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NDP. Foundation―ハザマ所長の事件簿―  作者: 異濤崇拝
ユアン・ウィルマースの手記
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ユアン・ウィルマースの手記① プロローグ

 神話に語られる異形の怪物、人智を超えたオーパーツ、御伽噺の住人達――この世にはかつて数々の神秘が存在し、人類史以前の「主人」として世界に君臨していた。

 御存知の通りこの世界から既に神秘の大半は取り除かれ、その存在を知る者は一部のオカルティスト、宗教家、そして我々魔術師程度にとどまっている。

 だがしかし、神秘というものは確かに存在するのだ!

 その存在が民間に知れ渡らないのも偏に我々魔術学府とNDP財団の弛まぬ努力、邁進、秘匿の賜物であり、我々の先祖が成し遂げた世界の再構築後も依然として神秘因子というものはこの世界に存在し続けている。


 その存在から無倖の人々を守るべく活動する同志――NDP財団の副所長であるクサナギ女史から例の文書が送られてきたのはつい二日前だ。

 女史によれば世界の恒常性存続の為に自分の力が必要であるとの事だった。


 つまりは期待されてるという事じゃないか。


 弱冠二十歳という若さながら、世界に名高き魔術学府最高機関ミスカトニック大学の代表に選ばれた時は己の実力ではなく血筋によって選ばれたのだと自身を卑下したものだが、こうして任を託されたのは大いに誇るべき事だろう。

 世界の存在を賭けた戦いに召喚される等並の魔術師に成し得る事ではない。

 若くとも自分は魔術界四大名家の一つ、ウィルマース家の厳しい修練と秘術を受け継いだ一人なのだ。

 もっと自信を持って職務に邁進せねばなるまい。

 そんな決意と共に僕は巨大な桟橋――港とNDP財団の保有する群艦都市「ルルイエ」を繋いでいる――を渡った。


「お疲れ様です、ウィルマース代表」

「第一艦首中央研究棟にて所長がお待ちです」


 財団職員が声を掛けてきた。

 ありがとう、と言葉を返し船上を見渡した。

 本当に嘘のように広い。

 これは船と言うよりは海上都市だ。

 今居る第一艦首だけでも船の上からでは全体の大きさが把握出来ない程の巨大さを誇っている。

 甲板の上では白いコンクリートとオレンジ色の石材で建設された建物と、地面を覆う芝生や植えられた大きな木の持つ緑が洋風な街並みを描き出し、彼方此方から突き出す白銀のオベリスクがこの場所の持つ独特の雰囲気――近未来的とでも言うのだろうか――を生み出していた。

 第一艦首に存在するオベリスクは五つ。

 1から4までのサイトとその中心に存在するサイト0――中央研究棟だ。

 サイト一つ一つがかなりの規模を持つ為、そこを通り抜けて中央に行くだけでも中々骨である。

 こんな事ならばヘリコプターで直接向かうべきだったか。

 まあ後悔しても仕方ない、これ程の規模ならば必ず何かしらの移動手段が存在している筈だ。


 中央研究棟には結局電車で向かう事にした。

 船の上に鉄道とは驚きだ。

 街中に背の高い鉄橋が張り巡らされており、乗客は船上に居ながらにして空の旅を楽しめる。

 おまけに車内には幾つもの個室が備え付けてあり、荷物を広げて存分にくつろぐ事が出来た。

 巡回していた車内販売に声を掛け、大きめのスパムサンドとグレイプジュースを注文した。

 これが仕事でなかったら酒の一つでも注文する所だ。


 個室の窓際に設置されたデスクへと戻り、クサナギ女史からの報告書を読み直す。

 近頃急激に活性化を始めた残りしもの(リジデウム)、財団A級職員の不可解な暴走、そしてその二つとの関係を仄かに匂わせる伝説の怪文書――水神クタアト。

 これらの案件を解決する為に僕――ユアン・ウィルマースはミスカトニック大学の所有する水神クタアトの原本を携えて財団本部に足を踏み入れたという訳だ。


 さて、そろそろ始めるか。


 腰に着けた銀製のホルダから薄鋼のトランプを取り出し、黒革の手袋で手を保護してカードの山を切る。

 二十程よく切ってから四隅を推して形を整え、パンにバターを塗る様にカードの山を机に広げた。


 僕達魔術師に求められる八つの特殊技能の一つ――占術(ディヴァイネイション)

 一般的に占いというものはオカルティックな儀式や子供の遊びとして見られがちだが、魔術師にとっては極めて重要な知覚機能の一つ――そう、まさしく五感にも匹敵するだろう――なのである。

 自らのアストラル体――特に魔術の行使に消費されるものを魔力と呼ぶ――を魔術兵装を介して投射(プロジェクション)し、索敵から未来の可能性の予測まで幅広い情報収集を行う事が出来る。

 我々にしてみれば未来を知らずに行動するなど目を瞑って歩くのと同様の行為である。

 訪問者の来訪は二十分後……朝食を持って来る様に指示した時間だ。

 予期せぬ訪問者は無し。

 魔術的及び物理的監視も存在せず。


 ……ならば安全だろう。

 僕は手荷物の聖別(コンセクレイション)済みジュラルミンケースを手元に引き寄せ、魔術的加護でロックされた留め金に手をやった。

 予め設定しておいた魔術的記号を投射、魔術的加護を解読、そして解錠。

 加護を抑制された金具を指で押し上げ、ケースを開いた。

 その瞬間、部屋全体の湿度が上がった様に感じた。

 何という濃い含有エーテルだ……。

 これならば魔術師でなくとも違和感を感じずには居られないだろう。

 部屋に入る前に部屋そのものを聖別しておいて正解だった。

 黄ばんだ半透明の皮で装丁された表紙、其処に空く生気すら感じさせる不気味な五つの()、常にじっとりと湿り気を帯びるその装丁は紛れもない人皮である。

 これこそが魔術師はおろかオカルティストにもその名を知らない者は居ない――これを知らずにオカルティストを名乗るのは笑止というものだ――伝説の魔導書の一冊水神クタアトだ。

 その名の通り数多くの神秘的禁忌に加えて水の属性を司る邪神の召喚法を記した魔導書である。

 僕自身既にこの書物を既に一読しているが、魔導書というものはそう簡単に読解出来るものではない。

 ミスカトニック大学の名だたる教授達の中にも水神クタアトを完璧に解読している者は五人に満たないだろう。

 故に今回財団に所属する博士達と共にこの魔導書について研究出来る事は大いにありがたかった。

 奇人変人の集まりという事で学府内での評判は悪いが、その叡智がミスカトニック大学の権威のそれにも匹敵するというのはあらゆる魔術師が認める所なのだから。


 水神クタアトの状態確認を終え、再びジュラルミンケースに収納して加護をかけておく。

 これを失う事だけは決してあってはならないのだ。

 それがミスカトニック大学現代表としてこの任を任された自分の責務である。


 そうしているうちに部屋のドアがノックされた。

 朝食――時間ぴったりだ。


 ドアを開け、ありがとうと言って朝食を受け取る。

 代金と少し多めのチップをはずんでおいた。

 車内販売が去るのを見届けてドアを閉めた。

 朝食を手に席に着く。

 大きなグラスになみなみと注がれたグレイプジュースに口を付けて一心地つくと、車窓から流れる外の景色を眺めた。

 美しい街だ。

 遠くに見える青い水面、瑞瑞しい若葉色の木の葉、真っ白な建物の壁。

 そのどれもが燦燦と降り注ぐ陽光を照り返し目映く輝いている。

 そして極め付けには突如轟音と共に街中から立ち上った紫染の閃光――――


 …………ん?


 今、何だかとんでもないものを見てしまった気がする。

 と、いうか禍禍しい光柱の残滓は未だに空中を漂っている。

 今のは……魔術的な光だよな。

 状況をよく見ようと立ち上がると、手袋をはめた手の下でじゃりりと破片の音がした。

 トランプカードだった。

 スペードのファイヴ――五大元素の風を象徴する記号と数秘術に於ける僕自身を表す数字。

 それは僕の身に降り掛かる凶事を暗示していた。


「ぐっ……!」


 反射的に窓際から飛び退き、部屋の中心に陣取る。

 スペアのトランプカードを取り出し、縦の軌道を描く様に空中に展開し、その中からエースとキングを八枚見出した。

 それを交互になるように八方へと飛ばし、即席の魔術陣を作成する。

 魔術師に求められる八つの特殊技能の内二つ――聖別(コンセクレイション)追儺(バニシング)を応用した高等結界である。


 来るなら来い……!


 僕の覚悟とは裏腹に予感された刺客は訪れなかった。

 否、正確には既に立ち去っていたと言うべきか。


 数瞬の後、僕が乗っていた電車は線路毎木っ端微塵に()()()()()()()()

 大量の肉片が宙を舞う中で、結界により難を逃れた僕はその視界の奥に信じられないものを見た。

 話には聞いたことがあった。

 それに関する記述だって幾つも見てきた。

 そういうものが太古の昔存在したという事は知識としては知っていた。

 だからといって一体誰がそれを実際に目にするというのか!


 紫煙に煙る街、


 其処には彼の有名な邪神の大祭司――クトゥルフに酷似した存在が鎮座していた。


 水神クタアト――その名の通り数多くの神秘的禁忌に加えて水の属性を司る邪神の召喚法を記した魔導書である。


 迫り来る地面を前に、僕はそんな事を思い出していた。

ついに本編開始!

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