*episode.7 不思議なこと
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「も────、勝手にどっか行かないでよ、すっごい心配したんだからね!」
「分かった分かった、もう分かったから耳元で大声を出すな!!」
私は妖精さんの小さな耳を引っ張りあげて、声の限り叫んだ。
全く、昨日はたくさん心配掛けたくせに、夜中にふらふらって帰ってきたんだから。どこに行って何をしていたのかも教えてくれないし、本当に意味分からないよ。
「昨日闇に襲われたらどうするつもりだったの!?」
「そんなの考えられる余裕もなかったんだよ! お前の心も全然伝わって来なかったし、その……つまりそういうかとは、ワタシとお前の間に隔たりが出来たってことだから、ちょっと気まずかったんだよ……」
「それって信頼とかそういうやつでしょ。それならこれもそういうことなんだね?」
私はポケットから、濁ったままのミラクルキーを取り出して、妖精さんの前に突き出した。
すると、妖精さんの顔色はみるみる真っ青になっていき、ミラクルキーを無理矢理奪い取った。
「おい、これ何だよ!? ミラクルキー濁ってんじゃねぇか!!」
「だからそうなの! 何でこんなになってるのか分からなくて、ずっと不安だったんだからね」
本当に本当に不安で、学校休んじゃったくらいなんだよ。……って、今は妖精さんには伝わらないけど。
「ちゃんと説明してなれなくて悪かった。お前は光の戦士だってことを知るだけで精一杯だと思ったんだよ。これは本心だからな。だからまだ話さなくても良いだろうって思ったんだよ。
それがアイツにはお見通しだったんだな。私が考えてることも全部……」
妖精さんは俯きながら悔しそうに眉を潜めた。
アイツ――私の闇。あの女の子は、昔から妖精さんと知り合いだったのかな。妖精さんの考えてることがお見通しってことは、妖精さんの性格をよく理解してるってことで――それも妖精さんとか闇の能力なのかな?
「とにかく、私は学校行ってくるからね。妖精さんは、私に教えることをちゃんと纏めておいて、帰ってきたらちゃんと教えてよねっ!」
私は通学鞄を持って、階段を駆け下りた。
学校に行ったら、1番最初に赤羽さんにお礼を言うんだ。昨日はちゃんと言えなかったからね。
よーし、張り切ってがんばるぞ。
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校門を潜って、校舎の中に入る。警備のお兄さんに挨拶をして、下駄箱で上履きに履き替える。
うーん、ちょっと早く来すぎたかな。今朝は妖精さんが帰ってきたから、朝の5時に起きちゃったし、あれから色々話したとは言え、やっぱり時間は余りまくってる。
登校時刻より40分くらい早いのかな。部活の朝練っぽい生徒なら数人走ったりしてるけど、1年生は多分私だけ。暇つぶしに予習でもしておこうかな。私の学力じゃ、気を抜いてたらどんどん遅れていっちゃうからね。
教室に入ると、意外にももう来てる人が居た。
その人物がまたまた意外で、一昨日私に話し掛けてくれた雪帆ちゃんだったんだ。
「あれ、早いね、桃音ちゃん」
雪帆ちゃんはにっこり笑いながら、私に手を振ってくれる。
「おはよう、雪帆ちゃんも早いね」
「ちょっとやりたいことがあったから早く来たんだ。それより桃音ちゃん、昨日無断欠席してたけど大丈夫なの? 事故とかじゃないよね?」
雪帆ちゃんは心配そうに首を傾げた。
心配してくれてたんだ。何だか嬉しいな。
「……桃音ちゃんに何かあったら、困るからね」
「ん?」
今、何か言ってた?
「ん、んーん、何でもない! 桃音ちゃんが怪我しちゃったら寂しいなって言ったの!」
「そっか、ありがとう。私は結構頑丈だから平気だよ~」
私が腰に手を当てて身体を反らせて見せると、
「あはは、桃音ちゃんってドジっぽいから心配しちゃうよ」
雪帆ちゃんは、地味に傷付く一言をお見舞いしてくれた。
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はぁあ、結局赤羽さんきに話し掛けるタイミング逃しちゃった~。
赤羽さんってば、私よりちょっと遅れて来たと思ったら、すぐ授業の予習を始めちゃって、私が話し掛ける隙も与えてくれなかった。
そんなこんなで、もどかしいまま休み時間になった。2時間めの数学の教科書を机の上に出していたら、雪帆ちゃんが近付いてきた。何故かもじもじしてて恥ずかしそう。
「ねえねえ桃音ちゃん、お節介かもしれないけど、これ」
そう言って差し出したのは、何かが印刷された数枚の紙だった。
「……え?」
よく見てみると、それは昨日の授業のノートのコピーだった。
少し丸っこい女の子らしい綺麗な文字が並んでいて、図形や解説が分かりやすく書いてあったんだ。
「まさかこれ、雪帆ちゃんが!?」
私のために、わざわざコピーしてくれたんだ。
「えへへ、桃音ちゃん勉強苦手だから困ってると思って」
雪帆ちゃんは照れ臭そうに髪の毛を触った。
「そっか、ありがと――ん?」
雪帆ちゃんと私が出会ったのって、一昨日だよね? なのにどうして私が勉強苦手なことを知ってるの?
受験の日にうんうん唸ってるところを見られたとかかな? でも、こんな白い子が居たら気付かないわけないもん……あれ?
「桃音ちゃん、どうしたの?」
頭を捻って悩んでいると、雪帆ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
優しい色の瞳に吸い込まれそうになる。何だか不思議だなぁ、雪帆ちゃんって。
「ううん、何でもないよ」
こういう優しい子って、意外と勘が良かったりするんだよね。きっとそうだ。
「そっかぁ、よかったぁ」
雪帆ちゃんはにっこりと笑った。
あぁ、妖精さんや闇のことで荒んでいた心が癒されるよ――
「ちょっといいかしら」
そんな空気も一瞬で壊れるほど――本当に雪が降ったみたいに、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「あ、赤羽さん……」
怖い顔をした赤羽さんが、私と雪帆ちゃんを見下ろしていた。
びえぇ、私何かしたぁ?
赤羽さんの肩で揃えられた濃い茶髪がサッと揺れる。
「席、外してもらえる?」
「は、はい……」
赤羽さんが雪帆ちゃんを睨み付けた。雪帆ちゃんは何も言い返さずに、教室の隅に追い払われてしまった。あまり良くない印象だなぁ、昨日とか一昨日はいい子だなって思ったのに。
何か、すっごいやな感じ。
「何か用?」
思わずつっけんどんな態度を取ってしまう。
「これ、あなたのでしょ。また落としてるわよ」
そう言って私の手を強引に引っ張る。結構痛かったから怒ろうと思ったら、何かを手渡された。
手の中に硬い金属の感触。
手を開いてみてみると、ミラクルキーだったんだ。
「ど、どうしてこれを!?」
私、いつの間に落としたの!?
「今朝拾ったの。あなたの家の前に落ちてたわよ。」
あ、朝学校に行く時に落としたんだ……。全然気付かなかった。
「あ、ありがとう……」
「そんなに大切な物を無闇に持ち歩くと、いつか落としたまま壊されたりするわよ。家に置いておきなさい」
「そ、そういうわけには……」
「いつも持ち歩いていたい気持ちは分かるけど……」
赤羽さんは表情を曇らせた。
「ど、どうしたの?」
「何でもないわよ。あなたがそれを無くして、騒ぎ立てたら迷惑だと思っただけだから。別に、あなたのことを思って言ったとか、仲良くしたいからとかじゃないから」
勘違いするな、と私を見据える赤羽さん。
「わ、分かってるよ……ありがとうね」
こんないかにも優等生で可愛くて人気ありそうな子が、ダメダメな私なんかと仲良くしたいわけないもんね。身分はわきまえるものなのさ。
「でも、これはどうしても持ってないといけない物なんだ。なくしちゃっても無闇に人に話せるような物でもないの……だから大丈夫だよ」
いつ闇に襲われてもいいように。私の生命なんだから。
「よく分からない。」
余りにも当たり前の返答に、ついあんぐりと口を開けてしまう。そりゃそうだよ、逆に分かったら怖いし。
あぁ、今の私はさぞ見てられないくらいのあほ面なんだろうなぁ。
「じゃあ」
赤羽さんは教室から出ていった。
すると、ドアの近くで待機していた雪帆ちゃんが、再びサササッと私の元にやって来た。
「あの子、赤羽紅ちゃんでしょ、すごいらしいよ」
雪帆ちゃんは口元に手を当てて、怪しい顔で囁いた。
「え?」
「何も本当は東京の有名で名門の中高一貫校に合格したとか……!」
「へぇ、何でその学校に行かなかったんだろうね」
赤羽さんって、振るまいとか言葉遣いもパキッてしてて、頭も良さそうだし、どうしてだろう?
「急にその学校に行けなくなったらしいの。東京から引っ越しもしたみたいだけど、原因は私には分からないんだ」
「そ、そうなんだ……」
何か悪いこと訊いちゃったな。
「でも、別に悔しいとかじゃないみたいだよ、逆にここに来られて良かったっぽいし」
「やけに詳しいね」
赤羽さんと知り合いだった様子ではないみたいだし、どういう経緯で情報を入手したんだろう?
「お姉ちゃんが赤羽さんと同じ塾に行ってるんだ」
なるほど。
「あ、もうすぐ授業始まるね。またお昼話そうね」
教室の時計を見て、雪帆ちゃんはすくっと立ち上がった。
「ん、じゃあね」
自分の席に戻っていく雪帆ちゃんに手を振った。
こんなこと言うのも何だけど、雪帆ちゃんはどうして私に話し掛けたんだろう。
それに、お姉さんは私達とは同学年じゃないはず、赤羽さんと親しい可能性は低いよね。どうしてあそこまで詳しいんだろう……。
それに、赤羽さんは今まで東京に住んでいたんだとしたら、雪帆ちゃんのお姉さんも東京から引っ越してきたってことになる……よね。
もしそうじゃないなら、どうして今までのこめも知ってるんだろう。
不思議が多いな、雪帆ちゃんって。