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魔法少女mirai✡7 【⚠修正前】  作者: 千歳もも
✡第1幕 _桃色の光
7/39

*episode.5 曇る光

 


 ✡



 私はいつもみたいに、いつの間にか眠りから覚めていた。

 無意識にむくっと起き上がって、ぼーっとしたまま周りを見回してみる。

 空はどんよりと重い雲を羽織りながら、透明の涙を流していた。

 そんな朝。窓の方を見てみると、桜の花弁が涙に打たれて、ぽろぽろと地面に散っていくのが見えた。

「……雨」


 昨日の戦いで酷く傷付いた妖精さんは、ずっと独りで泣いている。私が声を掛けても、何も返せないくらい――無視してるわけじゃないんだよ、上手く声が出せないくらいに――泣いていたんだ。

 普段、と言うか会ってから数日しか経ってないけど、あんなにしっかりしてて強かった妖精さんがあんなに落ち込むなんて、思いもしてなかった。私も何て声を掛けたらいいのか分からなくなって、結局諦めて寝ちゃったんだ。


 闇《あの子》は確実に妖精さんの弱みを握ってる。私には分からないようなことも、妖精さんの過去のことも知ってるみたいだった。闇のことも妖精さんのことも、途中で引っ掛かるようなところがあったけど、それが何なのかは結局分からず終い。

 今日の朝は女の子の夢も見なかったし、ミラクルキーの色は濁ったまま。昨日より酷くはなってないとな言え、元の透き通った色に戻ってるわけでもなく。

 あーあ、謎が多過ぎるよ! せめて学校では何も起こらないでほしいなぁ。



「行ってきまーす」

 ローファーに足を突っ込みながら、リビングに向かって叫んだ。

「はーい、気を付けるのよ~」

 お母さんはスーツを着ながら、バタバタと見送りに来てくれた。

「うん、お母さんもね。帰ってきたら洗濯物と洗い物しておくから……行ってきます」

 ドアを開けて、外に出た。

 一瞬だけ闇が張った結界の中に居るような気分になった。雨が周りの色を洗い流してしまったみたいに、色褪せて見えた。

 ……なんてね。ちゃんと葉っぱは緑色だし、塀の隙間に咲いてるヒメツルソバは桃色だもん。

 私は玄関の傘立てから水玉模様の傘を取り出して、何の気なしに空を見上げてみた。


 無数の雨粒が私の顔を打ち付ける。ばちばちと音を立てながら、乱暴に私の顔を殴っては落ちていく。

 頬に剃って弧を描きながら、顎に向かってつーっと。

 何だか気持ちいい。目の中に入って痛いけど、雨に濡れるのって心の中のもやもやを洗い流してくれるみたいだね。

 ……傘なんていらないや。このまま学校に行っちゃおう!


 私はどんどん強くなっていく雨の中を、バシャバシャと音を立てながら走っていった。

 何でだろう、いつもはこんなに身体が軽くないのに、私とは思えないくらい速く走れるよ。

 ローファーが水溜まりにはまると、ピシャっと小さい音を立てて、雨水が跳ねて脚に掛かった。ローファーの中の靴下まで水が染みて、冷たくて心地いい。

 長い髪の毛の先にまで雨が打ち付けているのが分かった。頭皮を容赦なく叩く雨の音が、直接脳に響いてくるみたいな感覚で、それも何だか面白かった。

 せっかくの新しい制服は全部びしょ濡れで、学生鞄にも雨が染み込んじゃいそうだけど、そんなのどうだっていいや。

 制服や教科書の代わりはいくらあっても、私は1人しか居ないんだもん。だから、ネガティブに押し潰されそうな時くらい、こうやって発散してもいいよね?


 どこに居るんだろう、妖精さん。朝も部屋には居なかったし、一体どこで何してるのさ。

「ほんと、心配かけるな」

 視界が少しだけぼやける。あ、目に雨が入っちゃったんだ。やだなぁ、何か泣いてるみたいに何かが溢れてきてるみたいじゃんか。

「……何で、さ」

 何で? ほんの数日前までは、妖精さんが居なくたってそれが普通だったのに。妖精さんの存在も、私が光の戦士だってことも知らなかったのに。

 それなのに、妖精さんが居ないだけで、こんなに不安な気持ちになってる。

 少しの間でも、1番近くに居て1番私のことを見守ってくれたのは妖精さんだった。

 昨日は学校から帰ってきたら、「ただいま」って言ったら「おかえり」って返ってきたんだよ。そんなの何年ぶりかなってくらい久しぶりで、本当に本当に超絶嬉しかったんだよ。

 その後は私のせいで不穏な空気になっちゃったけど、それでも妖精さんは私を闇から守ろうとしてくれた。

 ……妖精さん。


 妖精さんに、会いたいな。


 有り得ないくらいすいすい走っていた脚はいつの間にか動かなくなって、私は雨の中を棒立ちしていた。

 雨が頭を叩き付ける音も、今ではうるさいし気持ち悪い。

「結局、全部気を紛らわすためじゃんか」

 ……馬鹿みたい。何してるんだろう、私。


 こんなことして、後悔するに決まってるのに。それにこのまま学校に行ったって、他の生徒とか先生には迷惑掛けるだけだし、きっと何で傘を持ってるのに差してないのかって質問攻めにされるだけだよ。

 そんなの分かってたはずなのに、どうして後先考えずにこんなことしちゃったの?

 やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。

 たくさんの人に、また同じような言葉を浴びせられたり、囲まれたりするなんてやだよ。

 またあんなことになったら――

 吐き気が胃の辺りからぐぐっと込み上げてきた。

 ……帰ろう。

 こんな気持ちで学校に行ったって、真面目に授業も受けられないもん。

 雨がより一層強くなったような気がした。



 家に戻るまでに何分掛かったんだろう。

 雨は相変わらず降り続けてるけど、きっと30分以上経ってるはず。

「ただいま」

 傘立てにお母さんが使ってる黒い傘は無かったから、きっともう仕事に行ったんだ。

 偉いなぁ、私は逃げてきちゃったのに、お母さんは毎日仕事に行ってる。亡くなったお父さんの代わりに、私を育てるために。

 それは義務だからなのかな? 自分が働かないと、自分も子供も生きていけなくなるから?

 もしそうだとしたら、お母さんは相当無理をしてるんだろうなぁ。仕事って大変なことなのに、「やらなきゃ」ってプレッシャーが大きいほど、きっと嫌になると思う。

 それなのに。私は社会から見たらほんのちっぽけな学校()の中に居るのに、そこからも逃げることしか出来なかった。他人から見たら小さなことかもしれないけど、私にとっての限界のラインはここなんだって臆病になって。

 だけど、私はこの限界しかしらない。もっと大きな苦痛を知らなかったから。

 だけど、それってやっぱりただの言い訳。光のことからもきっと逃げちゃうかもしれないね。


 ごめんね、妖精さん。妖精さんのパートナーがこんな情けない私で。

 心の中で謝ってみる。妖精さんには伝わるとは言え、直接伝えることは出来ないんだ。

「やっぱり情けないよ。何でこんな風にしか考えられないの」

 私は濡れねずみのまま、ひたひたと廊下を歩いた。

 そのままリビングに行くと、家電に学校からの着信があったみたいで、留守電があった。

 でも、掛け直すのもめんどくさかったから、お風呂に入って寝ることにした。


 お風呂場に入って追い炊きにしてから、2階に上がって自分の部屋の電気を付ける。窓の向こう側からは、相変わらず雨の降る音が聞こえてくる。何だか切ない気持ちになった。

 洋服ダンスから下着とトレーナーとスカートを引っ張り出して、階段を駆け下りた。

 洗面所に飛び込んでびしょびしょの制服を脱ぎ散らかして、お風呂に飛び込んだ。

 やっぱりまだ温い。そりゃそっか、そんなに早く暖まるはずないもんね。あーあ、失敗したなぁ。

 寒いなぁ。

 腕にぷつぷつと鳥肌が立ってる。やっぱりシャワー浴びちゃおう。


 風呂椅子に腰掛けて、シャワーを頭から浴びる。

 さっきの雨みたい。雨よりは優しいけど、たくさんの水滴が頭を叩いてる。

 軽くシャンプーで洗って、リンスを手に取る。私の髪の毛って、量も長さもあるから結構大変なんだよね。シャンプーの消費量も馬鹿に出来ないし、リンスだって付けるのも流すのもすごく大変。ドライヤーなんて、腕が疲れるくらい時間掛かるし。切った方が楽なのは分かってるけど、何だか切るのは悔しい気がする。

 何でかな。私って負けず嫌いだからかな。たはは。


 あ、追い炊き終わったみたい。早く流しちゃおう。

 再びシャワーを持って、温水を浴びた。やっぱりすごい時間が掛かって、給湯器の時計を見たら15分も掛かってた。

 うーん、冷めちゃったかな、お風呂。

 湯船に浸かってみたら、そうでもなかった。


 ……あれ、こんなところで何してるんだろう、私。

 ふと我に返って考えてみると、これっておかしくないかな?

 今は学校に行って、バリバリ授業の最中じゃない。それに今日から本格的に授業が始まるし、今日休んでたらどんどん遅れていっちゃうんじゃないかな。

 あれ、あれ、あれ?

 何でだろう、青空学園に入学したかったんだよね。頑張ってたくさん勉強したから合格出来て――それなのに、学校に関係ない理由で休んじゃってる。

 おかしいな、何でかな。

 ちゃぷんと音を立てながら、私はお湯の中で膝を抱えた。


 違うよ、妖精さん。

 他人のせいにして逃げてるのは私の方なんだよ。

 だからお願い、今すぐ戻ってきて、私の傍に居て。

 

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