*episode.4 読めない意志
声を振り絞って叫んだ途端、身体中からブワッと桃色に輝く光が溢れ出してきた。
ミラクルキーを握った両手が、勝手に胸の辺りに近付いていく。心臓辺りに重なった途端、私が着ていた青空学園の制服は光の中にすうっと溶けていき、魔法少女のワンピース姿に変身していく。
気が付くと光はなくなっていて、私は魔法少女のワンピースに変身した姿で立っていたんだ。
「……すごい」
相変わらず夢みたいだよ……。
「感心してる暇はないからな。行くぞ、桃音」
「う、うん!」
妖精さんは物凄い勢いで玄関へ飛んでいく。私もブーツをガタゴトと鳴らしながら後に続いた。
鍵を開けて外へ出てみると、結界の中だからか誰も居なかった。
当たり前なんだろうけど、白黒の世界の中で人が居ないのはちょっとだけ怖い。
いや、本当に怖いのは敵の方だよね。妖精さんも高い位置から落ちたからとは言え、かなりの量の傷を負っていた。今はもう回復して元気みたいだけど、あんな傷を全身に負ったんだから、きっと物凄く痛かったよね……。
いざという時は、私が妖精さんを守らないと……!
「どこに居るんだ、結界を張ったからには自分から出てこい!」
妖精さんは叫びながら住宅街の上を飛び回っている。
今もこうして私のサポートをしてくれてるんだ、甘えてばっかりじゃいられないよね。
よし、気を引き締めて頑張ろう。
「……言われなくても出てくるよ」
背後から声が聞こえて、私は思わず振り向きざまに尻もちをついた。かなり情けないけど、やっぱり怖い……!!
「どーも。桃色の光を恨みに恨んでいる桃色の闇だよ〜。あははっ」
女の子はおかしそうに笑いながら、ゆっくりと私に近付いてくる。
「こ、来ないでっ!」
やっぱり気合いじゃどうにもならないよ、怖いものは怖い。目を瞑ると、全身が硬直して動かなくなっちゃった。
どうしてそんなにふざけてるの? どうして私を恨んでいるの? どうして恨んでる人を目の当たりにしてもそんなに笑っていられるの?
全部が全然分からないよ。何を考えているのか、これから何をしようとしているのか。
「……大丈夫?」
「え?」
目を開けると、目の前に真っ白な手のひらがあった。その手は女の子の手で、きょとんとした顔で私に手を差し伸べてくれていたんだ。
「どうして?私の事恨んでるんでしょ……?」
恨んでいるのに、どうしてこんなことするの?
「恨んでるよ、そりゃいっぱいね。桃音ちゃんは気付いてないと思うけど、私はあんたのこと大っ嫌いだった。」
女の子は笑いながら言った。
「い、今、桃音ちゃんって……」
私のことを「桃音ちゃん」って呼ぶ人はたくさん居る――と言うか、私の知り合いのほとんどは「桃音ちゃん」って呼ぶから、この子が誰なのかは判断出来ない。
会ったことはあるはずなのに、どうして思い出せないのかな。
「おい、そんな態度を取って油断させられたと思うなよ。桃音は騙せてもワタシは絶対に騙されないからな」
女の子の背後で妖精さんが叫んだ。
「油断させようなんて思ってないよ。ただ、あんたが闇についてちゃんと説明してないのはどうしてかなって思ったけどね」
「そ、それは……」
少し不愉快そうに言う女の子に、妖精さんは言葉を詰まらせた。
闇についての説明? それなら昨日してもらったけど……。
「どうして私があんたの闇なのか、その理由は聞いた?」
「あれ、そう言えば聞いてないや……」
そもそもこの女の子が私の闇だって事も聞いてないよ。そもそも私の闇って何、どうして闇なの!?
「妖精さん、どうして教えてくれなかったの?」
もしわざと教えてくれなかったんだとしたら、尚更。
「それは……時間がなかったからだよ。お前も疲れてただろ」
妖精さんは目を逸らしながら言った。
「今日、お前が学校から帰ってきてから話そうと思ってたんだよ。」
「本当に?」
「……本当だよ」
本当なのかな。目を逸らしてるから何となく疑っちゃうなぁ。あーあ、私にも妖精さんの考えてることが分かればいいのに!
「疑われちゃってるね、妖精さん……」
女の子はくすくす笑いながら妖精さんを茶化す。
それに、気のせいか私の真似をしてるみたいに。
「何だと……?」
そんな女の子の態度に、妖精さんが怒らないわけないよね。顔を林檎みたいに真っ赤にしながら、思いっ切り女の子を睨んでる。
「そんなんじゃ先が思いやられるよ。妖精が光の戦士に信じてもらえないだなんて……その子が闇になるのも時間の問題じゃない?」
「うるさいッ! 桃音はまだ未熟だから__」
「未熟って何? 笑わせないでよ、あなたは桃音ちゃんだけのせいにするんだね。自分は何も悪くないみたいな態度で不快だよ。
そもそも桃色の光自体が__」
「その話はするな!!」
妖精さんの声が、物音1つしないモノクロの住宅街に響き渡る。その甲高い声は、まるで余韻のように、少しずつ小さくなりながら空に吸い込まれていく。
……静寂。妖精さんは下を向いてわなわなと震えて、ゆっくりと地面に降りていく。女の子は目を見開きながら、そんな妖精さんを見ている。
私の知らない話ばっかりだ。妖精さんも女の子も、光のことをもっとたくさん知ってるんだ。私の何倍も、もしかしたら何十倍も、何百倍も。
私は今知らないことを、もっと知った方がいいのかな。
例え知らない方が良かったことだとしても、いつかはきっと、知らなくちゃいけない時が来るのかな。
このまま何も知らないでいるのも、何か大変なことを知ることになるのも、どっちも嫌だ。
怖い。怖い。怖い。
「……あれ、桃音ちゃんも落ち込んじゃったの? 落ち込むのは妖精だけで良かったのに。
ま、私も言い過ぎちゃったかな? やっぱりあんたは弱過ぎるんだよ、妖精さん。戦う力があっても、結局は自分を守るために他人に責任を押し付ける軟弱者。」
女の子は立ち上がって、冷たい目で妖精さんを見下ろす。
「桃色の光以前に、あんたの人間性の問題だったみたいだね。昔もそうやって桃音ちゃんを傷付けてきたんでしょ?」
「…………」
妖精さんは何も答えなかった。
私の頭の中にも、女の子が言っていることの内容が入ってこない。言葉はちゃんと聞き取れるんだけど、その中身だけ抜かれちゃったみたいに。
何言ってるの、この子。
昔、妖精さんが、私を傷付けた?
「……いつまでも逃げてなよ。
桃音ちゃん、いつでも私のところに来ていいからね。辛いことからは逃げていい時もあるんだよ。
それに、もし私達の仲間になってくれたら、もう新しい仲間を作ろうと必死にならなくていいし、私の正体も教えてあげるからね。
今日は妖精を制裁するために来ただけから、安心してね。これから先は安心出来なくなると思うけど。」
女の子はすくっと立ち上がって、電信柱の上に飛び乗った。
「私は桃音ちゃんのことが大っ嫌いだし、あなたが生きてるだけで死にたくなるけど、殺したりするつもりはないよ。
ただ、今まで私が受けてきた屈辱を思い知らせて、一生孤独に生きてもらうつもりだから。
……じゃあね」
女の子はくすくすと笑いながら、その姿を消していった。
すぅっと溶け込むように、周りの景色が色付いていく。
膝を付いたままの妖精さんは、何も言わずに、動かないままだった。
「……妖精さん、戻ろう」
私は放心状態の妖精さんを左手で抱きかかえて、家の中に入った。
魔法少女のワンピースが、ボロボロと崩れ落ちるように消えていった。
青空学園の制服姿に戻った私の右の手のひらに、ミラクルキーがぽとりと落ちる。
「……あ」
ミラクルキーの先端に付いた丸い石が、少しだけ曇っているように見えた。
どうして? さっきまではあんなに鮮やかな桃色だったのに!!
『もしミラクルキーが闇に染まったりしたら、お前も平常心を失い地球を破壊するために暴走する。さっきのあいつのようにな』
昨日の妖精さんの言葉が、頭の中で聞こえた気がした。
“闇に染まる”?ミラクルキーが――
「……あ」
今日の明け方に見た、あの不思議な夢を思い出す。
ミラクルキーらしき物を持って、私の魔法少女のワンピースと同じデザインのワンピースを着ていて、真っ黒な闇に包まれていった女の子。大きさは全然違ったとは言え、あの形はミラクルキーに変わりないはずだよ。
それじゃあ、あの女の子は光の戦士だったってこと?
ミラクルキーが半分闇に染まっていたってことは、あの子は光から闇に変わっちゃったってことじゃ――
『あいつは無理だッ!!』
『あいつは無理だ。他の光が見付かるまで辛抱しろ』
また、妖精さんの言葉が頭の中から聞こえてきた。
あそこまで1番目の光の話を拒否していたのは、その子が闇になった事を知っていたってこと?
仲間になれないのも、その子はもう光じゃないから。
そういうことなの?
私の憶測が間違っていなかったとしたら、どうして教えてくれなかったの、妖精さん。