*episode.3 命の落とし物
「……あ」
まるで湯気が空気に溶け込むように目が覚めた。
気が付いたらそこはもう自分の部屋で、見慣れた天井が見える。
意識がはっきりしてくると、鮮明に夢の中での出来事が思い浮かんできた。
さっきの出来事は夢だったはずなのに、かなり明確に覚えてる。今までだって夢の内容をこんなにはっきり覚えてたことはないんだけど、何でかな?
昨日のことが影響したにしても、何かが引っ掛かる。
後で妖精さんに訊いてみようっと。
「……妖精さん、今何時?」
小声で訪ねてみるも、返事はない。
「妖精さんー?」
……居ないのかな。何さ、今襲撃されたらどうするのさ! ……ってこれフラグだよ、いかんいかん。
寝てるのかな? やっぱり妖精さんも眠るんだね。
ベッドからもっさりと起き上がり、壁掛け時計を見上げた。
なーんだ、まだ6時半じゃん。学校は8時までに入れば大丈夫だし、まだ平気だよね。
安心安心、もう少し寝ててもいいよね。
再びぬくぬくと布団にくるまる。
……ふふふ、何故か得体の知れない不安もあるけど、気のせいだよね――
「も──も──ね────!!
何呑気に二度寝してるの、もう学校行く時間よ!!」
1階からお母さんの怒声が聞こえてくる。
……あぁ、もう中学生なんだった!
天国に行き掛けていた頭の中に、「終わった」の文字が浮かび上がる。
それより何で二度寝しようとしてたって分かったの、お母さん!?
と、とにかくそんなことを気にしている時間も余裕もないよね。
とにかく、急いで支度しなくてはっ!
やっと1時間めの授業が終わったよ。授業って言っても、学校の説明とか教科書の配布なんだけどね。
朝は全力疾走したにも関わらず遅刻だったことも相まって、早く休みたい気持ちだよ。昨日も今日もドタバタすぎてついてけないや。
机に突っ伏して溜め息を吐く。
何よりも今は休みたい。友達作りよりも休みたい。
「はーじーめま──してっ!」
そんな私の願いを裏切るように、いきなりばっしーんと背中を叩かれる。
いったいなぁ、何すんのさ!
声にさえ出さないけど、思わず振り返ってその人を睨み付ける。
「こんにちは、あなた名前は?」
その女の子は、まるで雪みたいに白かった。
肌の色も髪の色も瞳の色も、全体的に淡い印象で、制服の紫と黒がより強調されて見える。
髪の色が薄い。もしかしたら私より薄いかもしれない。
たちまち親近感が湧いてきて、さっきまでの不機嫌が吹っ飛んで笑顔になる。
「桜澤桃音です!」
「可愛い名前だね! 私は城田雪帆。よろしくね~」
わ、イメージ通りの名前だ。
「優しい雰囲気だね」
お世辞じゃなくてね、ほんとに。妖精さんみたいなんだよ。
「そう? ありがとう~」
雪帆ちゃんは嬉しそうに笑った。
何だか、すごく優しい気持ちになれる笑顔だなぁ。
……だけど。何か変な気持ちにもなるんだ。
雪帆ちゃんとは今日が初対面なのは間違いないのに、何故かもう会ったことがあるような気がするんだ。
産まれる前、ずっと前――?
「ちょっとトイレ行ってくるね」
いかんいかん、この得体の知れない違和感におかしくなりそうになっちゃった。1回頭を冷やしてこよう。
これはただの気のせい。昨日のことが影響してるだけ。
そもそも産まれる前に会うなんておかしいよね。
よし。
「うん、ゆっくりね~」
雪帆ちゃんは笑顔で手を振ってくれた。心底嬉しかったけど、やっぱり心のどこかで不信感を募らせていた。
どうして私に話し掛けてきたんだろう。髪の色が奇抜だったから興味を持たれたのかな? 雪帆ちゃんも白かったし……。
なーんて、何の根拠もないのに、何も悪くない雪帆ちゃんを疑うなんて最低だよね。自分が嫌になるなぁ、もう。
「……っと、あなた」
ぼーっと歩いていると、不意に声を掛けられた。
「え?」
「これ。落としたわよ」
振り返ると、そこには私より少し背が高い女の子が立っていた。
赤い眼鏡を掛けていて、肩で揃えられた濃い茶髪がさっと揺れる。
その手にはミラクルキーが握られていた。
知らないうちに落としてたんだ!
「あっ! あ……ありがとう!!
これ、大切なものなの」
踏み潰されたりなんかしてたら……ひぃい。
私はミラクルキーを受け取り、ぎゅっと握り締めた。
知らないうちに落としてたんだ……良かったぁ。
感謝し切れないよ、この子は命の恩人だよ!
私は女の子の手を無理矢理取って、何度も頭を下げた。
「もういいわ、落し物くらい誰にでもあるから」
眼鏡の女の子はにこりとも笑わずにそう言うと、鬱陶しそうにさっと手を払った。
「ほ、本当にありがとうね!」
後ろ姿にお礼を言いながら、私はトイレに向かった。
✡
一体何だったのかしら、今の鍵みたいなもの。
長いツインテールの女の子の後ろ姿を見る。
……学校に何持ってきてるの? それにあんなに大切そうにして。……もしかして、私のこれと同じなのかしら?
よく分からないけど、学校に大切な物を持ってきてたら、いつか後悔することになわよ。
✡
「ただいま~」
いつものように家に入る。中学生になったからって、家の中は小学生の時と何も変わらないんだ。
少し寂しいけど、もう大人にならなくちゃ。
「おう、お帰り。何事もなかったみたいだな」
妖精さんが2階からふわふわと飛んでくる。
ただ1つ違うのは、自分の帰りを待っていてくれる人が出来たことくらいかな。小さなことかもしれないけど、私にとってはとっても嬉しいことなんだよ。
「うん、だけど教科書が重いんだよ」
パンパンに膨れた通学鞄を持ち上げて妖精さんに見せる。
「うわ、見てるだけで肩凝りそうだな」
「そうそう、聞いてよ妖精さん!」
洗面所で手を洗いながら話す。
「学校でミラクルキー落としちゃってね、拾ってもらったの!
その拾ってくれた子が凄く可愛い子でさ――」
「ミラクルキーを落としたぁあ?
何呑気に笑ってんだよ、もし拾った奴が闇の仮の姿だったりしたらどうすんだよ!」
妖精さんは怒鳴り散らしながら私の頭をペチペチと叩いてきた。
「いたた、そんなに怒らなくても……。実際ミラクルキーは無事なんだし、今日は許してよ~」
「ミラクルキーを奪われてからじゃ遅いんだよ。とにかく身体の1部だと思っとけ。頭に入れておけよッ」
うー、そんなにキツく怒られるとは思ってなかったよ。
「分かったよ。あ~疲れたぁ」
私はわざと適当に返して、リビングのソファにぼふんと倒れ込んだ。
何なのさ、怒られてばっかりで良い気持ちしないよ。
「あのなァ、もっと気持ちを引き締めて――」
その時、いきなり世界から色が消えた。
「妖精さん、まさか敵が――」
ポケットの中のミラクルキーをぎゅっと握り締める。
「あァ!? 昨日の今日でまたかよッ!」
妖精さんは苛立ちを隠そうともせずに怒鳴った。
「とにかく変身するぞ。魔法が使えなきゃ殺されるのも時間のうちだ」
「う、うん!」
死にたくないし、よし。変身しよう!
えっと、昨日はどうやって変身したんだっけ?
「えっと……へーん・しん!」
「ふざけてんのか?」
ふざけてないよ、至って真剣です!
「昨日は光が目覚めたから強制的に変身しただけだ。
ミラクルキーを強く握って『トランスフォーム・フューチャー』と叫べッ!」
「う、うん!」
私は2回深呼吸をしてから、大きく息を吸った。
「トランスフォーム・フューチャー!」