*episode.25 現実から逃れる
「……ここは、どこ。」
私は寝そべりながら、ぼーっと宙を見詰めた。
体が怠くて起き上がれない。先が少し動くくらいで、他はまるで鉛のように重たい。
こんなところで何してるんだろう。私、今まで何かしてたんだよね?
あれ、何してたんだっけ。思い出せないや。
まあいっか、思い出せないってことは、大したことじゃなかったってことだから__
「……、………!!」
あれ、遠くの方でなにか聞こえる。
何だろう、誰かが叫んでるのかな?
馬鹿な人だね、どんなに必死に叫んだって、誰にも届くわけないのに。
あーあ、何か眠たいなぁ。
「桃音、桃音!」
抉れた地面に倒れ込む私の体を、くーちゃんが何度も揺さぶっていた。
「しっかりしなさい。」
くーちゃんは優しくそう言ってから、私の体から手を離した。
「……桃音の妖精が居ないわ。探してきてくれる?」
頷いた赤色の妖精さんは、たちまち飛んでいった。
「……桃音に何をしたの」
すもも色の瞳が、黒いシャイニングケーンを持った女の子を睨み付ける。
「こんなに血塗れになるくらい痛めつけたのね。」
「それはただの遊び心。血糊ペイントみたいなものだから安心して。」
女の子は無機質な声で返答した。
「あなたは仲間なの、それとも敵なの?」
「……質問の意味が、分からない」
女の子は目を真ん丸にして、小さく首を傾げた。
「何言ってるの、桃音をこんなにしたのはあなたなんでしょ!?
それにシャイニングケーンを持っているじゃない!!」
「……そう。私の魔法にどこまで耐えられるのか知りたかったけど、1番手加減してたのにそれにも耐えられなかった。」
女の子は寝転がったままの私を見下ろした。シャイニングケーンについては何も答えない。
「この子に、現実から逃げられる魔法をかけた。
本当に光としての覚悟があれば、ここからは簡単に抜け出せるようになってる。
……光の覚悟があるってことは、純真な光ってことが何よりの証拠。でもこの子は……」
「どういうこと?桃音は光じゃないっていうの?」
「そう。あの子は完全な光じゃない。その証拠に、ミラクルキーが曇っているはずだ。
それは、ほんの小さな心の隙間に、闇が入り込んだってこと。」
女の子は目を伏せながらゆったりと言う。
「そんな……」
くーちゃんは目を見開いて、背中越しに私を見た。
「それじゃあ、桃音はこのままだと闇になってしまうってことなの?」
「……それは分からない。けど、桃色の光は特殊なの。だから、その子を助けたいのなら、手始めに妖精との間に出来た隔たりをなくすといいわ。」
女の子はさっと身を翻して、私達に背を向ける。
「……くれぐれも、桃色の妖精にこのことを話さないようにね。」
女の子はそう言って、コツコツとブーツを鳴らしながら去っていく。
「待って!あなたはどっちなの?光なのか、闇なのか__」
「……分からない、それは誰にも、私にも。」
女の子はそう言いながら、ゆっくりと姿を消していった。
残されたくーちゃんの目の前に、ポニーテールの女の子と入れ替わるように2人の女の子が姿を現した。紫がかっていた結界の色は、再び灰色に戻ってしまう。
「あ、あなた達は……」
くーちゃんは小声で「シャイニング・ケーン」と言い、シャイニングケーンを出現させた。
「あぁ。戦う気満々みたいだね。ねぇ、林檎。」
「ふぅん。面白いわね。ねぇ、苺。」
2人は横目でお互いを見詰めながら、怪しげに口元を釣り上げる。
林檎と呼ばれていた女の子は、茶色の長い髪を下ろしていて、水色のカチューシャを着けている。苺と呼ばれた方の女の子は、焦げ茶色の髪を低い位置でサイドテールに結んでいる。
『ねぇ、赤色の光さん?浅黄檸檬と浅黄蜜柑の居場所、教えてくれなぁい?』
2人の瞳が、銀色に輝き出す。
「この2人が、黄色と橙色の闇ね」
くーちゃんは2人に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「お断りするわ。あなた達があの子達をどうしようとしてるのかなんてお見通しですもの。」
くーちゃんは闇の目が銀色になるってことは、怒ったり攻撃を仕掛けてくる合図だってことを知らないのか、無防備なまま2人の闇を煽る。
「あぁ。1人で熱くなってるおバカさんがいるね。ねぇ、林檎。」
「ふぅん。でも本当に分かっちゃってるみたいよ。ねぇ、苺。」
今度はまるで話し合いをするみたいに顔を見合わせながら、2人は頷き合った。
そして、手を繋いだと思ったら、くーちゃんにもう片方の手のひらを向ける。
2つの手がそれぞれ黄色と橙色に煌めき出す。その煌めきは小さな小さなガラスの破片が集まったもので、少しずつ黒く染まっていく。
「ッ!?」
くーちゃんもそれに気が付いたのか、顔を真っ青にして後退りした。
あんなのをもろに受けたりしたら、体中傷だらけになってしまう。
『お前は邪魔だから、先に始末させてもらうね♪』
2人の声が重なると、真っ黒に染まり切ったガラスの粒子達は、くーちゃんに突進していく。くーちゃんは逃げようとしたけど、倒れている私に気が付いて立ち止まってしまった。
「はっ……!桃音がっ」
「あれれぇ、何か気にしてるの?」
「あれれぇ、あの子に寝転がってるのって、別の光じゃなぁい?」
2人は意地悪そうに薄ら笑いを浮かべながら言う。
「早くしないと体がボロボロになっちゃうよ〜」
黄色の闇__林檎がくすくすと笑う。
「くっ……!
はぁっ!!」
くーちゃんは顔を顰めて、シャイニングケーンをぶぉんと振り回した。
瞬く間に真っ赤に輝く魔法陣が完成し、それが盾となって闇の攻撃から守ってくれた。魔法陣の前で灰のようになりながら消えていく闇の粒子。
くーちゃん、魔法を使うのは初めてのはずなのに。
「……わぁお。すごいわ、苺。あの子私達2人の魔法を1人で防いじゃったわ」
「ほんと、すごい。魔法のプロフェッショナルなのね!」
ぱちぱちと拍手をする2人を睨みながら、くーちゃんは魔法陣に手をかざす。魔法陣はすうっと空気に溶け込むように消えていった。
「バカにしてるの?」
くーちゃんは2人を睨む。
「なぁに?褒めてあげてるだけなのに。ねぇ、林檎。」
「相当ひねくれてるのね、苺。」
挑発的にくすくすと笑いながら囁き合う。
「ほ〜ら、もう1発!!」
「お見舞いしてあげるわ、ほらっ!!」
再び手を繋いだかと思うと、またガラスの破片が浮かび上がってくる。さっき魔法を使ったばっかりのくーちゃんには、きっともう防御する力は残っていない。
「くっ……」
それでもくーちゃんはシャイニングケーンを構えて、魔法陣を描いた。けど、闇の攻撃は空にぐんぐんと上っていく。
「まさかっ……」
次の瞬間、雨あられのようち降ってくる闇の粒子たち。
「桃音っ!あぁっ」
くーちゃんは咄嗟に私に覆いかぶさった。私を守る形で闇の攻撃を全身に食らうくーちゃん。苦痛に顔を歪めながら、攻撃が終わるとゆらゆらと立ち上がった。
「あははぁ、本当に仲間を守った、すごいすごい!」
「光としての覚悟が、あなたにはあるのね!」
「光としての覚悟もないような子に攻撃が当たらないように守るなんて、私には出来ないわ。ねぇ、林檎。」
「そうよね。それにそんなこと気にしたって何の意味もないのにねぇ。苺。」
2人は顔を見合わせて、くっくと含み笑いをする。
『だって2人まとめて、今ここで消してあげるんだから!!』
笑顔でそう言う2人に、肩で息をしながらくーちゃんは言い返す。
「そんなことさせないわ、絶対に!」
2人は目を真ん丸にしながらぱちぱちと手を叩く。
「すごい意気込みね!」
「その子とは大違いね」
「うるさいわね!桃音だってきっと……」
くーちゃんは悔しそうな顔で私を見た。
「私が光の力を受け入れられたのは、桃音が居るからなのよ。きっと桃音が居なかったら、私は逃げてたわ。闇が現れても戦えなかったし、きっとあなた達の思うがままに死んでたわ」
くーちゃんは笑われても私のことを庇ってくれた。
そんなくーちゃんが面白くないのか、ふっと2人の顔から笑が消える。
「いつまで強がってられるかな?」
「見ものね。」
「あなた、妹が闇なんですってね。妹に恨まれるなんて、どれだけ不出来な姉だったのかしら。気にならない?ねぇ、苺。」
「気になるわね。でも不仲の姉妹を見るって、あなたにとっては結構辛いんじゃないの?ねぇ、林檎。」
「ふふ、浅黄檸檬と浅黄蜜柑を見ている方が辛かったわ。」
「あの2人は、生かしておけないよね。」
妹が闇だということよりも、別の言葉がくーちゃんの頭の中に残った。
「……もしかしてあなた達が!」
「あれぇ、何か気付いたのかなぁ?」
「すごいすごい、褒めてあげる。」
それでもまだ余裕の表情を見せる2人。闇は全員が光に正体を知られたくないってわけではないんだ。
「本当にあなた達なのね?」
「ふふ。それはあなたの想像に任せるわ。それより……」
『早くアイツの居場所を教えて!!』
そう叫びながら、くーちゃんに飛びかかる。
「はぁっ!!」
3度目の魔法を使おうとしたくーちゃんだけど、手からシャイニングケーンが滑り落ちてしまう。がくっと片膝をつきながら、くーちゃんは顔を顰めた。
「あははっ、流石のあなたでも3回目は無理でしょ!」
「今ここでシャイニングケーンを壊してあげるわ!」
2人が笑いながらシャイニングケーンに足を伸ばす。
その時だった。
曲がり角から、不安そうに歩く2人の女の子が現れたんだ。
ぜえぜえと喘ぎながら地面を見詰めるくーちゃんはそれに気付かない。
……あれ、何だっけ。
あの女の子達が踏みつけようとしてるの……。
何だかすごく大事なものだった気がする。だけどそれが何なのかが思い出せないよ。
それに、あそこで苦しそうに喘いでる子も、どこかで会ったことがある……?
『桜澤さん』
うざったそうな顔をしながら、私の名前を呼ぶその子。
『桜澤さん』
泣きそうな顔で私の名前を呼ぶその子。
『桜澤さん』
いたずらっぽく笑いながら私の名前を呼ぶその子。
『桃音』
笑顔で、私の名前を呼んでいる、
__くーちゃん。
「ねぇ苺、このまま踏み潰しちゃうのって何だかもったいない気がしない?」
「そうね、この子を人質に、檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんを脅しちゃいましょ」
くすくすと笑う2人の闇。
ゆっくりと立ち上がる私に気付いていないみたいだ。
「ふふっ、でもやっぱり__ッ!?」
ヒュッと空を切る音がして、黄色の闇__林檎の体が吹き飛んだ。私はシャイニングケーンを出現させて、ぐっと前に突き出した。
「な、な、何であんたが……!!」
橙色の闇__苺が、吹き飛ばされた黄色の闇を見てから、私を指差した。
「私は純真な光じゃないよ。ミラクルキーの石だって曇ってる。
でも、声が聞こえたの」
私はシャイニングケーンで大きな大きな円を描いた。
「まだただのクラスメイトだった時の『赤羽さん』の声も」
その中に、大きな三角を描く。
「赤色の光だって分かって話し掛けた時の、迷惑そうな『赤羽さん』の声も」
三角に重なるように、逆三角形を描く。
「あの日、保健室で泣きながら話してくれた『赤羽さん』の声も」
その中に、小さなハートを描く。
「それから、昨日初めて、私の『名前』を呼んでくれた、くーちゃんの声も!」
ハートの中に十字架を描いて、私は叫んだ。
「私、ちゃんと光の戦士だから」
出来上がった魔法陣が、淡く桃色に発行しながら、ぽーっと浮かび上がっていく。
「闇になったっていい、闇になったって、私が光だってことは変わらないよ!!」
ステッキを思いっ切り前に突き出すと、魔法陣は砕け散った。
「なっ……」
橙色の闇が驚いたような顔をした。攻撃するんだと思ってたのかな。
違うよ。今はそんな魔法は使わない。
「……くーちゃん」
私のことを守って、傷だらけになってしまったくーちゃんの体に、砕けた魔法陣が落ちる。ゆっくりと桜の花びらみたいに落ちていく魔法陣は、すぅっとくーちゃんの体に溶け込んでいく。
「……桃音」
くーちゃんは安心したように笑ってから、ゆっくりと立ち上がった。体中の傷はなくなっている。
「もう、どれだけ迷惑掛けたら気が済むのかしら、あなたは!」
くーたゃんはぷいっと向こう側を向いてしまった。
「……ありがとう、くーちゃん」
「私、桃音が居なかったら、あんなに戦えなかったわ」
こっちを見たくーちゃんの顔には、涙が伝っていた。
「私、桃音を守るために、自分のことも守れるようになるわ」
「……うん。」
私達は手を繋いだ。
「……よくもやってくれたわね。あなたも許さないわ!」
黄色の闇が瞳を銀色に染めながら歩いてきた。手のひらからはどす黒いガラスの破片が溢れ出している。
「苺、いくわよ」
橙色の闇と頷き合って、2人は手を繋ぐ。
「私達も、やろう。」
私とくーちゃんも、2人でシャイニングケーンを構えた。
再び魔法陣を描く。不思議とこの前みたいな疲労感は感じられなかった。
きっと、くーちゃんが一緒に戦ってくれてるからだ。
「はぁっ!!」
私とくーちゃんが同時に魔法陣を完成させ、シャイニングケーンを突き出す。赤色と桃色の魔法陣は、混じり合いながら2人の闇に向かって突進していく。
闇達も黄色と橙色のガラスの破片を真っ黒に染めて、両手を私達に向ける。闇の粒子になったガラスの破片が、魔法陣とぶつかり合う。
闇の粒子はあっけなく灰のように崩れていった。魔法陣がそのまま2人の闇の体を貫く。
「やっぱり、黄色と橙色は、闇も2人で1つなんだ」
私は小さく呟いた。
黄色と橙色の闇は、がくっと地面に倒れ込んだ。
「……許さない、許さない」
「……コイツらも、アイツらも」
2人はぶつぶつと呟きながら、じっと地面を睨み付けている。
そして、ゆっくりと世界に色が戻っていった。
「……おい」
一部始終を塀の影から見ていた檸檬ちゃんが、顔を真っ青にして呟く。蜜柑ちゃんもがたがたと震えながら、檸檬ちゃんの手を握っている。
「アイツら、まさか」
2人の闇を見た檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんの表情が一変した。




