*episode.23 過去の話 .2
ふあぁ、よく寝たぁ。
昨日はカラオケで歌い過ぎちゃったせいか、疲れてすぐに眠れた。朝になって起きたら喉の痛みも治まるかと思ってたんだけど、本当の痛みは2日目が本番だったみたいでさぁ。水もろくに飲めないよ。
それから、痛いのは喉だけじゃないんだ。お財布もかなーりピンチなんだよね。何せ、ここら辺にカラオケはあそこしかないから、結構高いんだよね。それを4人分、調子乗って曲入れまくったから時間もかなり長かったし、更に3人分のおやつ。私は歌いたくもないのに歌っただけで、こんなにも無駄遣いをしちゃったのだ。おやつも食べれば良かったなぁ。
でも、檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんと仲良くなれたんだから、これくらい安いって。
そうそう、どうして名前呼びになってるか気になったよね。昨日の帰り道に、なんと檸檬ちゃんの方から「浅黄だとどっちか分からないから、名前で呼んでよ」って言ってくれたんだ。私嬉しくって、思わず2人の名前を連呼しちゃったよ。
メールアドレスも交換したし、本当に嬉しかったんだ。
それから、赤羽さんも名前で呼んでって言ってくれたんだ。だけど「くれない」って言いにくいから、「くーちゃん」ってあだ名で呼ぶことにした。可愛い響きじゃない、くーちゃんって。
そしてくーちゃんも、「さくらざわ」って呼びにくいから、「桃音」って呼んでくれたんだ。
でも、肝心の檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんは、名字呼びのままなんだ。もう少し話せるようになったらって。でもさ、それでも少しは私達と仲良くなりたいって思ってくれてるってことだよね。
それだけでも、すごくすごく嬉しかった。
それはさておき、今日は臨時休校なんだって。
何でも昨日の設備点検で水道管か何かが変な風に歪んでて、それを修理するためだとか。やっぱり点検って大事なんだね。
朝起きたら、お母さんが電話で回ってきたって言ってたから、びっくりしちゃっよ。
ま、こんなガラガラ声をみんなに聞かれるくらいなら、ラッキーってところだけどね。
「ねえ妖精さん、黄色と橙色の妖精さん、まだ成長は終わらないのかな。」
私はふよふよと宙を徘徊している妖精さんに訊いた。
「んーん、まだだ。気配は全くない」
「そっか……。でも、夢の中に出てきてから結構経ってるし、もうそろそろなんじゃないかなぁ……。
成長が終わって、黄色と橙色の光が覚醒するのはとても楽しみだ。例え浅黄姉妹じゃなかったとしても、一気に2人も仲間が増えるんだもん。
……でも、その時は闇も現れるってことだから、油断はしてられない。
それに妖精さんは、黄色と橙色の光が目覚める時には、自分も一緒に目覚めるって言ってた。
何の根拠もないけど、何の希望もないよりはいいよね。ポジティブに考えなきゃ、物事はいい方向には進まないはず。
「だと、いいんだけどな」
妖精さんはぽつりと呟いた。
「今日は1日中暇だからさ、一緒に光の手掛かりでも探さない?もしかしたら、黄色と橙色の光以外の光も覚醒するかもしれないし」
私は指を組んで伸びをしながら訊ねた。腕を組んで考え事をしていた妖精さんは、複雑そうな顔をしている。
「どうかした?」
2回目の質問を重ねる。
「うーん……」
妖精さんは黙りこくったまま。
「体調でも悪いの?と言うか妖精さんでも風邪ってひくものなの?
もしそうなら休む?そうなら私出掛けてくるからゆっくりしててよ?」
「んーん、別に大丈夫」
私の心配も知らずに、妖精さんは曖昧に答えて、また物思いに耽ってしまった。
何だよ、もう。私がせっかく提案したのに、真面目に聞いてすらくれないなんて!
私の心が読めなくなってて大変なのに!
ちょっと出掛けてこようかな、くーちゃんに愚痴聞いてもらうんだ。
「妖精さん、私出掛けてくるからね」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、返事も聞かないまま部屋から飛び出して、乱暴にドアを閉めた。
もし逆の立場だったら絶対怒るくせにさ。自分勝手なんだから、全く。
私はどすどすと音を立てながら家を出た。
サンダルに足を突っ掛けて玄関のドアを開ける。
ポケットの中にミラクルキーと携帯電話とお財布が入ってることを確認して、私はずんずんと歩き出した。
「……あれ?」
何歩か歩いたところで、腰あたりで携帯電話が振動した。
メールか何かかな?
スカートのポケットから携帯電話を取り出して、画面を覗き込む。縦長の画面の上の方で、着信の通知が表示されていた。
そこに書いてある名前は、「浅黄蜜柑」だったんだ。
あっ、蜜柑ちゃん!?
私は思わず叫びそうになって、一度周りに誰も居ないことを確認してから、飛び跳ねて喜んだ。
昨日アドレス交換したばっかりなのに、もう電話してくれるなんて!
あっと、早く出ないと切れちゃうか。
「もしもし~」
携帯電話を耳に押し当てる。自分でもびっくりするくらい高くて綺麗な声が飛び出してきた。さっきまでかえるみたいなガラガラの声だったのに。嬉しいと顔つきも声も本当に変わるんだよね。
「あ、桜澤さん。浅黄です」
少しくぐもった蜜柑ちゃんの声が聞こえてくる。
「昨日の今日でいきなり電話しちゃってごめんね。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな。」
「いや、全然気にしないで。私に出来ることなら何でも聞くよ」
むしろ電話してくれたことが嬉し過ぎて舞い上がってるくらいなんだけど、電話越しじゃそれも伝わらないか。声もガサガサだしね。
「ありがとう。今日って何か予定入ってる?」
「予定?何もないけど……」
むしろこれからどうしようか悩んでたところだったもん。遊びに誘ってくれるのかな、って期待してたら。
「昨日の続き、聞いてほしいの」
蜜柑ちゃんの重苦しい声が、耳元でこだました。
「あ、桃音、こっちこっち!」
駅前のコンビニの前で、くーちゃんが大きく手を振ってくれた。
「くーちゃん早いね。檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんはまだ?」
「いや、先にカラオケに行って部屋取ってくれてるわ。早く行きましょ。」
まさかの私が1番遅刻?
「2人とも、断頭台に上る直前の死刑囚みたいな顔をしてたわ。人に自分達の過去を話すのが、あの子達にとってどれだけ大きいことなんでしょうね。」
私の前をずんずんと歩いていくくーちゃんが、いきなりそんなことを言った。後ろ姿だから顔は見えないけど、低くて小さな声だった。
だけど、私はその言葉の意味を、悪い方には捉えなかった。
人に過去を話すのが大きいことなら、話せたら何かが変わるかもしれない。
「おまたせ」
くーちゃんがカラオケの1室をノックしてから開けた。
ドアを開けても、カラオケ特有の賑やかな音楽も、楽しそうな歌声も聞こえてこない。
ソファにはちょこんと浅黄姉妹が座っていて、2人揃ってゆっくりと顔を上げた。
「あ、桜澤さん」
蜜柑ちゃんは少しだけ口元を釣り上げて立ち上がった。檸檬ちゃんは怠そうな目で私達を見ただけで、何も言わない。
「檸檬ちゃん具合悪そうだけど、大丈夫なの?」
私が尋ねてみると、
「檸檬は私の何倍も私のことを大切にしてくれてるから__あ、もちろん私だって、檸檬に負けないくらい檸檬のことが大切よ。
きっと私が嫌なことを思い出して、また塞ぎ込むんじゃないかって心配してくれてるんだと思うの。」
蜜柑ちゃんは苦笑いした。
「大丈夫なの、無理して話すことないわ。
また日を改めてもいいし__」
「いや、絶対今日話す。」
くーちゃんの声を遮って、檸檬ちゃんが声を上げた。
「蜜柑が今日にしたんだ。今日じゃないとだめだ」
驚くほど真剣な目で、檸檬ちゃんは断言した。
「それで、8歳になって、私達は日本に帰ってきた。向こうではその土地の言葉を話してたけど、祖母は家の中ではいつも日本語で話してたから、言葉は苦労しなかったな。多分日本に戻ってくる時が来るって分かってたんだな、祖母は。親はそんなこと全く考えてなかったから、いつもその土地の言葉だったけどな。
日本の小学校に転入した日のことは、今でも覚えてる。」
檸檬ちゃんはそっと目を閉じて、ぐっと顔を顰めた。
*…*…*…*…*
「今日からみんなと同じクラスに転入してきた、浅黄檸檬ちゃんと浅黄蜜柑ちゃんです。2人はこの間まで外国で暮らしてたから、分からないことがたくさんあると思うから、みんなも協力して助けてあげてね。」
30代くらいの女教師が、クラス中の児童達ににこやかにそう言った。
この先生の名前は菖蒲幸。天然パーマの茶髪で、全体的におっとりした雰囲気の優しい先生だった。
菖蒲先生の言葉に、クラス中のあちらこちらから拍手の音が聞こえてくる。
海外から来た帰国子女で、しかも双子。私達はあっという間にクラス中__いや学年中の注目の的となった。
「ねえねえ、2人はどこの口から来たの?」
「ハーフなの?それとも外国人?」
「日本語上手だけど、外国語も話せるの?」
「髪の毛って地毛?」
休み時間になるや否や、私達は一気にクラスメイトに囲まれてしまった。
外国で集団に囲まれて罵声を浴びせられたりしてた蜜柑はトラウマが蘇ったのか、冷や汗をかきながら固まってしまっていた。
私は1つ1つ答えるのが面倒だったから適当に流してたけど、それでも蜜柑は頑張って質問に答えてあげていた。
「ねえねえ、檸檬ちゃんと蜜柑ちゃん、どっちがお姉ちゃんなの?」
「えっと、私の方が先に生まれたっておばあちゃんが言ってたよ」
「へえ。確かに蜜柑ちゃんの方がお姉さんぽくてしっかりしてるもんね~」
「確かに。檸檬ちゃんってすぐ男子のこと叩いたりするし、目付きも悪いしちょっと怖いよね」
「そんなことないわ、檸檬だって本当は思いやりがあってとても優しいのよ。自分が嫌なことをされたりからかわれたりしてるから怒ってるだけなの。それに目付きは生まれつきのものだし、みんなに対して怒ってるわけじゃないから……」
蜜柑は私の悪口を聞くと、必ず否定していた。そんなことない、檸檬は本当は優しいんだって。
私が八重歯のこととか滑舌が悪いこと、それから蜜柑のことを馬鹿にされた時に、男子を殴ったり蹴ったりしてたのは事実だったんだけどね。悪口言われるようなことをしてたのは事実だし、そのことを蜜柑は知っていたはずなのに、蜜柑はいつも私を庇ってくれてた。
まあ、男子が私のことをからかうのはそういう性格だったからなんだけど、蜜柑のことをからかうのは、……蜜柑のことが好きだったからなんだ。
小学生の男子って好きな女子にチョッカイ出したりするだろ。まさにそんな感じだった。
席替えをして蜜柑と同じ班になった奴は、授業中に蜜柑の背中を鉛筆でつついて、隣の席になった奴は、教科書や机にらくがきしたりしつこく話し掛けたり、脚を蹴ったりしてた。
蜜柑はそれが好意の裏返しだなんて気付くわけもなくて、嫌われてるから嫌がらせをされているんだって本気で悩んじゃってさ。
毎晩私に泣きながら話してきたし、菖蒲先生に相談しに行ったりしてた。
蜜柑は冗談とかが通じなくて、どんなことでもすぐ真に受けちゃう性格でさ。嘘も見抜けないしネタにも乗れない。
しかも嫌われないように謙虚な喋り方だったし、何より男子にモテてたし。面白くなかったんだろーな、嫉妬深い奴らだったし。
海外でいじめられてたせいで、蜜柑も私も日本でも上手くいかなかったんだよ。
蜜柑は海外に住んでいた時みたいに嫌われたくない一心で、誰に対してでも顔色伺って、必死にご機嫌取ってたし、私は八重歯とか滑舌のことをからかわれるのが本気で嫌だったけど、嫌だって口じゃ言えなかったから、暴力で辞めさせようとして。
蜜柑はいい子ぶってるけど心の中は腹黒い、なんて言われてたこともあった。
蜜柑がみんなに嫌われ出してから、何故か今まで嫌われていた私の周りに人が集まってきた。
今まで散々暴力女だのああやって男子の気を引こうとしてるだの言ってきた奴らが、とんだ手のひら返しだよ。
それでも蜜柑は、クラスで独りぼっちだった子に話し掛けてあげたり、いつも悪口を言っている子が忘れ物をして困っている時は、教科書やはさみを貸してあげたりもしてた。
またいい子ぶってるーとか、味方を作るためだーとか、諂ってるだけだろーとか言われてたけど、蜜柑に取ってはそんな気持ちで行動するなんて考えももしないことだっただろうから、私は蜜柑は本当に優しい子なんだなって分かった。
それでも、クラスメイト達はそんな蜜柑の優しさには気付いてくれなかったけどな。
まあ、でも……優しい奴とかいい奴って、結局は嫌われるんだよな。
蜜柑が話しかけてあげてた独りぼっちだった子も、他のクラスメイトと仲良くなった途端に蜜柑がしつこく話し掛けてきてたんだって言い出してさ。蜜柑は独りにならないための仮の友達だったんだよ。
私は本気で許せなかったし、クラス中の奴ら全員死ねって思ったけど、蜜柑は恨んだりはしてなかった。と言うか、恨めなかったんだと思う。
「自分が全部悪いから、みんなのことを怒らせちゃってる。だからみんなは悪くないんだよ」
って、いつもぼろぼろの顔で言ってた。
幼い頃から両親と祖母の喧嘩を見てきたり、自分を否定するような言葉を聞いたりしてきたから、蜜柑は自尊心を失ってしまって、高学年になる頃には、私以外とは一切口を利かなくなってしまった。
そんな矢先、蜜柑へのいじめは一気に酷くなった。
5、6年生になると、女子だってプロレスごっことかし出すし、陰湿さも一気に増すからな。体もあざだらけになって、精神的にも蜜柑はどんどん苦しめられてた。
私は他の友達を切り捨ててでも蜜柑を助けてたし、酷い時には反撃もしてた。いつも怒られるのは私だったんだけど、唯一の家族だし、大事な姉だったから、別に何とも思わなかったけどな。
まーでも、もしいじめられてるのが他のクラスメイトだったら、多分助けてやらなかっただろうから、いじめられてる奴を助けるのは当たり前だーなんてかっこいいことは言えないけどな。
その頃の蜜柑は、毎日どこかしらに新しいあざや切り傷、転んだ傷跡が出来てた。普段は服に隠れて見えないところにもだ。
私達はその頃は一緒に風呂に入ってたから、その時に傷が出来た経緯を訊いたんだけど、蜜柑は誰がこんなことをしたのかは教えてくれなかった。と言うか、蜜柑自身も誰にやられたのか分からないって言ってた。
そんなこと有り得ないと思ったから、私が復讐するかと思って言わないんだと思ってた。
けど違った。
とある日、私は蜜柑をいじめ始めた奴をトイレの個室に連れ込んで、毎日蜜柑に怪我させてるのはお前だろ、どうしてこんなことするんだよって問い詰めた。
「はぁ?何でそんなこと言わなきゃいけないわけ?」
そいつは不機嫌そうな顔で私を睨み付けてきた。
「そもそもこんなところに連れてきてさぁ。悪いけどあんた全然怖くないから。ってゆーか関係ないくせに口出ししないでくれる__」
「関係ない?私の家族なんだよ蜜柑は!」
私はそいつに怒鳴った。そいつはびくっと肩を震わせて、決まり
が悪そうに足元を睨んだ。
「知らないよそんなの……私はやってないから」
「はぁ!?じゃあ誰にやらせてんだよ、やってないってことは誰かに指示したんだろ!!」
「言い掛かりは辞めてよ!やってないし指示だってしてないから、早く帰してよ!」
そいつは私を押し退けて個室から出ようとしたけど、私はそれを許さなかった。蜜柑がココでも苦しむことになる原因だったのがこいつだから。
「誰が信じるかよ、お前の言葉なんて!!」
私は我を忘れて、そいつの肩を掴んで揺さぶった。前後にがくんがくんと揺れるそいつの目は、私を恐れてはいなかった。
「じゃあ言わせてもらうけど、誰が好きで人をいじめるかよ!」
そいつは私の肩を掴み返してきて、同じようにがくがくと揺らしてきた。
「じゃあなんで好きでもないことしてんだよ」
「そんなことも分からないの、あんた。」
そいつは馬鹿にしたように私を見た。
そんなの分かってた。簡単なことだ。
「お前、生きるのが上手なんだな。」
皮肉を言ってやった。
「とにかく、私に聞いたって無駄だから。ただね、蜜柑ちゃんいじめてる理由は、檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんが仲良しだからだよ。」
そいつは個室の鍵を開けて、私の横をすり抜けた。
「檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんが、仲良しの姉妹だからだよ。」
どんなに頭を捻っても私にはその言葉の意味が分からなかった。どうして姉妹で仲が良いからっていじめられなきゃいけないのかも、何で蜜柑だけが怪我をさせられるのかも、どうしてわざわざ「姉妹だから」って言い直したのかも。
だけど、仲が良い姉妹だということが原因でいじめられるってことは分かったから、中学からは仲が悪い姉妹を演じようって2人で決めたんだよ。
引っ越す時期が合わなくてこんな時期に転校することになっちまったけどな。
でもそのおかげで、友達を作るのに必死な奴に絡まれなくて良かったけどな。はは。
「これが最善の方法だとは限らないけど、私達は自分達から嫌われに行けば、もう傷付かないって考えたんだよ。初めっから人を信じるから傷付くんだ。
でもまあ、お前らに見付かったせいでそれも全部水の泡だけどな。お前らには私達がどんな気持ちでお互いを罵り合ってたのかなんて分からないだろうけどさ。
どうせ私達のこともクラス中にばらしたんだろ?」
私は机の上に置いておいたコップを掴んで、それを一気に飲んだ。コップの表面は水滴で覆われていて、中の水も温くなってる。
「そんな、ばらしたりなんかしないわよ。あなた達がわざと仲が悪いように演じてるのなんて、スーパーで見掛けた時に察したんだから」
赤羽が小さい声でそう言った。赤羽も桜澤も、すっかり元気がなくなっている。
「あ、あのね、別に私達の努力を台無しにしたからって恨んだりはしないよ?こうして私達の話も聞いてくれたしさ。」
楽しい場所のはずのカラオケボックスの中は、完全にお通夜状態だった。蜜柑が慌てて私の言葉を訂正したけど、空気は軽くならなかった。
そりゃそうだよな。聞く方だって辛いもんな。
教室で小学1年生の男子でもやらないような下らない口論を披露して、何かを察されそうになったらいきなり喧嘩腰になってさ。そんなただの幼稚な姉妹が、いきなりこんなシリアスな話をし出してさ。
私がもしこんな話を聞かされたら、我慢出来ずに爆笑してるだろうのに、こいつらは本気で私達の気持ちを想像しちゃってさ。馬鹿みたいだ。
「教室でしてきたことは本当に悪いと思ってるけど、こういうことだから……大目に見てやってくれないか。」
私は2人に頭を下げた。たった2人のクラスメイトに秘密がバレたからって、仲が悪い姉妹を演じることを辞めるつもりはない。
私達の気持ちが楽になったとしても、クラスの奴らが変わることはないから。
「……あの。」
今まで黙ってた桜澤が、ゆっくりと顔を上げた。
「引っ越して新しい場所に来て、2人な過去を知ってる人は1人も居ないのに……ここでも仲が悪い姉妹を演じる意味って、ないんじゃないかな?」
言いづらいそうな顔をして、桜澤はそう言った。
「……そうだけど」
蜜柑は気まずそうに手を組む。
「でも、やっぱり怖いの。あの時、半身みたいな存在同士なのに、仲良くしちゃいけないって、否定されてるみたいで。
環境が変わったからって、その気持ちが消えることはないわ」
蜜柑ははっきりとそう言い切った。
「ごめんね、教室の雰囲気悪くしちゃって。あんなんじゃ何の解決もしないって分かってたのに、みんなに迷惑掛けちゃってたよね。
ありがとう、桜澤さんも赤羽さんも。私達のことを鬱陶しがらないで知ろうとしてくれる人が居るなんて、思いもしなかったわ」
「……そっか。」
「もう教室で喧嘩のフリはしないから、安心して。」
もう何も言わせたくないのか、蜜柑は桜澤達が言ってきそうなことを全部先に言った。
こんなにはっきりと自分の気持ちを伝えられるなんて、蜜柑じゃないみたいだ。
今まで他人の顔色伺って生きてきてたけど、この2人に対してはそんな様子は見せない。ってことは、やっと蜜柑にも信頼出来る人が出来たんだな。
私が今まで何かをするには、いつも蜜柑が基準だった。
蜜柑が怖がる人間からは離れて、蜜柑が赤いチューリップが好きだと言ったら、休日はチューリップが咲いた公園に蜜柑を連れ出してた。
それは私がそうしたかったっていうのもあるけど、蜜柑から私がなくなったら、何も残らないから。
蜜柑が頼れるのは私しか居なかったし、私にも蜜柑しか居なかった。
他の人間なんて敵だった。私や蜜柑を否定する奴らしか周りに居なかったしな。
でも、やっとだ。やっと、私や蜜柑のことを心から知ろうとしてくれて、私や蜜柑が必死に演じていたことを笑いもしないで、気を使って笑うこともしないで、ただ真剣に聞いてくれる人が居た。
「……私達、もう現実から逃げるの、やめよ」
私は蜜柑の手を握って呟いた。
ちゃんと向き合って真剣に考えてくれる人が居たんだ。私ももう、逃げるのは辞めよう。




