*episode.17 転入生
うーん、何て気持ちのいい朝! こんなにいい気分で起きられたのは何年振りだろう。
天気は曇りだけど、私の頭の中は快晴だよ!!
「こんなに曇ってるのに随分嬉しそうだな」
表情に現れてたのか、妖精さんがそう言った。心なしか、妖精さんの顔も嬉しそうに見える。
「だって、赤羽さんが光になったんだよ! 仲間が増えたんだよ!!」
「まあ、それはワタシも良かったと思ってるけど、あんまり浮かれんなよ。覚醒してない光はまだまだ居るんだからな」
「分かってるって! それに、友達にもなれたんだよ」
多分だけどね。もっともっと仲良くなりたい。
辛い戦いに直面しても、一緒に支え合って立ち向かえるような、そんな関係に。
「おい、それよりももう家出た方が良いんじゃないか?」
妖精さんが壁掛け時計を見ながらそう言った。
「…………。」
✡
案の定、始業ギリギリで教室に滑り込んだ私は、盛大にコケつつも何とか席に着いた。幸い先生はまだ来ていなくて、まだ来ていないクラスメイトもちらほら居た。
膝に擦り傷が出来たけど、遅刻しなくて良かった。でも案外痛いんだよね、これが。
「おはよう~」
鳳先生が教室に入ってくる。それから、気のせいか横目で廊下の方を見たような気がした。
それは見間違えなんかじゃなかったみたいで、次の瞬間、鳳先生の口から衝撃的な一言が飛び出してきたんだ。
「今日は転校生が来ているんだ」
驚きの衝撃発言に、クラス中がざわめき出す。
「こんな中途半端な時期に?」
「ちょっと不自然じゃない……?」
みんな口々に驚きの声を上げている。
確かに、新学期が始まって1ヶ月も経ってないこんな時期に、もう転校生が来るなんておかしいよね。1年生なんだから、入学式前にこっちに来ていれば、苦労なくクラスに馴染めただろうに。
何か事情でもあるのかもしれないけど、明らかにおかしいよねぇ。
「静かに! 私も昨日いきなり聞いてびっくりしたんだよ……こんなこと滅多に有り得ないことなんだけどか」
先生も知らなかったなんて、絶対おかしい。ふおう、やっぱり何か訳アリっぽい?
「入ってこい、浅黄」
へえ、浅黄さんって言うん――
「……えっ?」
「ど、どういうこと?」
「嘘でしょ、初めて見るんだけど……」
クラス中のざわめきがより一層大きくなった。
……だけど、驚くのも仕方ない、よね。
だって、だって、浅黄さんは――
「浅黄檸檬と、浅黄蜜柑だ。こんな時期に転校してきて上手く馴染めないと思うから、仲良くしてやってくれ」
『……よろしく、お願いします』
――双子だったんだ。
双子なんて初めて見たよ、本当に居るんだ……。
「えーと、自己紹介してもらおうかな。
簡単にでいいからな」
クラス中の注目を浴びる2人の緊張を解すためか、鳳先生は普段の話し方からは想像もつかないくらい優しい口調でそう言った。
そんな先生の気遣いも虚しく、2人は無表情のまま。相当緊張してるのか、表情すら変わってない。
2人は綺麗な金髪を左右対称にサイドテールにまとめていて、左側に立っている方――浅黄檸檬さんよりも、右側――浅黄蜜柑さんの方が少しだけ背が高い。どっちがお姉さんなんだろう。
檸檬さんは目付きが悪くて、蜜柑さんは気が弱そうな感じ。
やっぱり双子だからかよく似てるなぁ。
「えっと……自己紹介、出来るか?」
黙りこくったままの2人を見て、鳳先生は彼女達の背中を叩く。
と、思った次の瞬間。
「……何でんなことしなきゃいけないの?」
浅黄檸檬さんが鳳先生を睨み付けながら、そんなことを言ったんだ。
!?!?!?
教室中が凍り付いた。
な、な……何この子!
クラス中の生徒達の心はそう叫んでいた。声にさえ出してないけど、きっとみんなもそう思ってるはず。
「あ、あぁ、そうだな。それじゃああの席に座って」
鳳先生は顔を引き攣らせながら、窓際の1番後ろの席と、廊下側の1番後ろの席を指差した。
そこにはちゃんと2つの机が置いてあった。今日は急いでたから気が付かなかった。
「先生」
「ん、何だ?」
ひええ、まだ何かあるのぉ?
「あんたは生徒の問題を見て見ぬふりとかしないよな」
浅黄檸檬さんが、冷たい視線を鳳先生に向けた。彼女のその言葉は、一瞬で教室中の時間を止めてしまった。
な、何あの子……この間までの赤羽さんみたいじゃない?
「あ、あぁ。自分の生徒の問題は出来る限り解決していきたいと思ってる」
「ふーん。あっそ」
「なっ……」
何度も言うけど、何あの子!
生意気にも程があるでしょ、自分から訊いといて何よあの態度っ……! あっそって何さ、先生はちゃんと答えたのに!
凰先生も流石にイラッときたのか、無理矢理笑顔を作っているのが分かった。他の生徒達も失笑したり、中には彼女を思いっきり睨んでいる子も居る。
ど、どうなってるのさ……。
「ちょっと檸檬、今のは失礼だよ」
あ、浅黄蜜柑さんは結構穏やかな雰囲気だ。
やっぱり見た目通りだなぁ。
「うるせーな、お前には関係ねぇだろ」
「姉妹なのに何それ、いじめられても知らないからね……!」
「人をいじめるような屑なんて相手にもしねぇよ」
お、う……。
「あんたなんかが妹なら死んだ方がマシだよ」
さっきまでいい子だった浅黄蜜柑さんも、いきなり口調が荒々しく――と言うか、1番言っちゃマズイことを言い出した。そんな蜜柑さんに、檸檬さんも負けてはいない。
「お前と同じ血が通ってると思うと気持ち悪いな。瀉血して別の血入れ替えたいくらいだよ」
「はぁ!? なら勝手に瀉血でも何でもすれば。もうあんたなんか酷い目に逢って死んじゃえば!!」
これちょっとヤバくない?本気で殺し合いが起きてもおかしくないよ。誰か止めて〜。
人任せだけど、あの中に入っていく度胸は私にはないよ。
「あぁいいよ、お前と顔合わせるくらいなら――」
バシッ!
大きな音がした。教室の右前方辺りから……ま、まさか。
「そんな幼稚な姉妹喧嘩なんて見せびらかして恥ずかしくないの?」
思った通り、赤羽さんだった。どうやら机を叩いて立ち上がったみたい。
「うるせーな、黙って――」
「もうここは小学校じゃないのよ。あなた達ももう子供じゃないんだから、中学生としての自覚を持ちなさいよ」
「てめぇ……」
檸檬さんがつかつかと赤羽さんに歩み寄る。
「殴りたいなら殴れば? 暴力で融通利かせようなんて可哀想な人ね」
赤羽さんは涼しげな表情でチラッと檸檬さんを見下ろした。檸檬さんは悔しそうに舌打ちをして、指定されていた席にどかっと座った。
姉も続いて、静かに腰掛けた。
「……ちっ」
ひえええ、背後からどす黒いオーラが……。
「そ、それじゃ、授業始めるぞ」
鳳先生はお通夜みたいに静まり返った教室に声を響かせた。
朝はあんなに気持ち良かったのに! 赤羽さんが光になって、赤羽さんのことを知れて――
なのに、何でこうなるのさ!?
一体どうなっちゃうのさ、このクラス!!