*episode.15 気持ちの揺らぎ
私と赤羽さん、そして妖精さんと赤色の妖精さんは、何も言わずに街を歩いた。
もう5時になるのかな、4月とはいえこの時間になると結構暗くなるんだよね。校門閉まってないと良いけど。
ちらっと横目で赤羽さんを見る。乱れた茶髪でよく見えないけど、俯きながら唇を噛み締めているのは分かった。
せっかく妹と再会出来たのに、こんな形になってしまうなんて。大切な妹が自分のことを恨んでいたなんて、信じたくないんだと思う。それに、あんなにいきなり変身したんだ。そりゃびっくりして何も言えないよね。
そうだよね、初めて変身したんだもん。我ながら私が初めて変身した時は、よくあそこまで冷静で居られたなって思う。
「……赤羽さん」
名前を呼んでみたけど、返事はない。
そしていつの間にか、学校の前まで来ていた。
幸い校門の鍵は閉められていなかったから、校舎に入れた。
「あ、赤羽さん!」
保健室に入ると、保健の先生が駆け寄ってきた。
「心配したのよ、荷物置きっぱなしでどこか言っちゃうんだもの……」
先生が心配しても、赤羽さんは何も言わないで俯いたまま。
「桜澤さん、何かあったの?」
先生は何かを悟ったのか、今度は私に目を向けてきた。
な、何て誤魔化せばいいんだろう……。
「えっとですね、その、色々――赤羽さん?」
何か言い訳を言おうとしてたら、赤羽さんが学生鞄を抱えて、こっちを見ていた。
そして、私に向かって激しく首を横に振ったんだ。
今日のことは誰も言わないで、ってことなのかな。
どっちにしろ先生には言えないことなんだけどね。
「……さようなら」
赤羽さんは、そのまま保健室から出ていってしまった。少しだけ肩がぶつかったけど、そんなの気になも止めないいくらい、赤羽さんは必死に走っていた。
まるで何かから逃げるように。
「ちょっと、赤羽さん!?」
先生が追い掛けようとしてたけど、
「先生、赤羽さんは私が追い掛けます! さようなら!!」
行かせまい、と私も自分の学生鞄を掴んで、保健室から飛び出した。下駄箱に上履きとローファーを履き替える赤羽さんの姿が見えた。焦ってるのか、上履きがロッカーに引っ掛かったり、ローファーに踵がつっかえたりしている。
こんな状態じゃ、今問い詰められても何も話せないよね。今日あった光と闇の事は、赤羽さん自身もよく分かってないんだから、余計傷付けることになっちゃうもん。
今日は、放っておいた方がいいのかもしれない。
「……赤色の妖精さん、赤羽さんをよろしくね」
私は着いてきていた赤色の妖精さんに言った。
「パートナーだもん、当たり前だよ。任せてッ」
赤色の妖精さんは小さく頷いて、赤羽さんの後を追うように校舎から出ていった。
妖精さんが、心配そうに呟いた。
「赤羽には、あいつがちゃんと説明してくれるから安心しろ。
桃音もこれからは1人で戦う時もあるかもしれないんだ、今日の魔法を使う時の感覚、ちゃんと腕に焼き付けておけよ」
「……分かった。」
1人で、か。妖精さんが居ない時に戦わなくちゃいけないって考えると、やっぱり心細いかな。
でも、いつまでも妖精さんに甘えてられない。
強くならなきゃ。
✡
夜、私はベッドに倒れ込んだ。
ありとあらゆる部位が悲鳴を上げて、軽い痙攣を起こし始めたんだ。
「あああああああああ、筋肉があああああああ」
超絶痛い。これが筋肉痛の末期症状なのか……ぐふっ。
「何死にそうな声出してんだよ、あんなくらいでへばってちゃ何も出来ないじゃないか」
なんて妖精さんは言うけど、魔法を使うってすごく疲れるんだよ。
「はー、もう今日はダメだ。お風呂もご飯も宿題もやる気出ないや」
もうこのまま寝ちゃおうかな。このまま起きてても何も出来る気しないし、それなら早く寝て疲れを取った方がいいよね。
とは言え、現時刻はまだ7時14分。こんな時間に寝たら、3時とかの微妙な時間に目が覚めちゃいそうだからなぁ。
でもとにかく、今は寝転びたい。
「そんなに疲れてるなら飯食った方がいいし、風呂入った方が疲れも取れるんじゃないか?」
「うー、確かにそうだけどさ。ご飯はいいけど、お風呂は洗うのもドライヤーするのも大変だからさ。」
お風呂はドライヤーも含めて、2時間くらい掛かりそうなんだよね。
「そんなに疲れるなら髪切ればいいんじゃないのか?」
妖精さんはかなりイタいところを突いてきた。分かって言ってるのか何も知らないのかは分からないけど、答えにくい質問ばっかりしてくるなぁ。
「いいのいいの、長い方が可愛いもん」
そうだよ。長い方が、可愛いんだよ。
だから切らなくていいや。もう少し経ったら考えなくもないけどね。
とりあえず妖精さんの言う通り、ご飯だけは食べちゃおうかな。とにかくエネルギーを摂取しないと、栄養不足で倒れてしまうよね。魔法を使うとあんなに疲れるんだもん、きっと物凄くカロリー消費してるんだよね。
好きなだけお菓子食べても太らないかな……ふふっ。
なんて考えながら階段を降りていくと、リビングに電気はついてなかった。
「……あれ?」
お母さん、この時間なら帰ってきてるはずなのに。
そういえば「ご飯食べないの?」って訊かれてなかったっけ。
「あ、そうだった。お母さん今日は遅くなるって言ってたんだったっけ」
本当に言ってたか言ってなかったか忘れちゃったけど、そういうことにしておこう。
どっちにしろお母さんが居ないんじゃ、ご飯も1人で食べなくちゃいけないもんね。冷蔵庫の中のものを適当にあっためて食べよう。
冷蔵庫を開けてみると、昨日のおかずだった肉じゃがとサラダが入っていた。
炊飯器の中には少しだけだけどお米があった。見たところいつも食べてる量より少ないけど、そこまでお腹空いてないからいっか。
肉じゃがもご飯もあっためるのめんどくさいから、このままでもいいや。
「いただきます」
ちゃんと両手を合わせてから、お箸を手に取った。
誰も見てないからって、お行儀悪くしてたら気持ちまでグレちゃうんだって、お父さんはよく言ってたなぁ。私がお箸の持ち方を覚えられなかった時は、毎食毎食注意してきたんだっけ。その時はただただお父さんが怖くて、必死になってお箸を持つ練習してたなぁ。
あの時はお父さんの大切さなんて、全然知らなかった。知ったような気になってただけで、実際はこれっぽっちも分かってなかった。
大切なものは、失ってから初めて気が付くんだよ。だからせめて、まだ手が届くうちに、もっともっと一緒に過ごせば良かったって、今でも悔やんでる。
お父さんの声も、お父さんの匂いも、お父さんの体温も、今では思い出の中からは出てこなくなっちゃった。
……会いたいなぁ。
やだ、何しんみりしてるんだろ。ただお箸を持っただけで、お父さんのことを思い出すなんて今までなかったのに。久しぶりに1人の夕ご飯なもんだから、ちょっと寂しくなっちゃったのかな。
どっちにしろ早く食べちゃおう。そして早く寝よう。
小さいじゃがいもを口に運ぶ。
「……冷たっ」
当たり前だよね、あっためてないんだし。
でも、温度が低いっていう冷たさじゃないような気がしたんだ。
何て言うんだろう、こう――温度を認知出来ないみたいな感じ。何だか気持ち悪い。
「……お父さんに、会いたいな」
不意に零れたその言葉は、私の本心からの願いで、だけど、もうこの先ずっと叶うことのない願いだった。
人って、どうして死んじゃうんだろう。
✡
私が密かに泣きながらご飯を食べている間、私の部屋着のポケットの中で、ミラクルキーに何かが起こっていた。
ミラクルキーは強く不規則に点滅して、最後にはフッと濁ってしまった。
その濁りは、さっきまでよりもずっとくすんだ色だったんだ。