*episode.14 光と闇の接触
「いたたた……着地失敗だ~」
赤色の妖精さんは、小さな頭を抑えながら呻いた。呻きたい気分なのはこっちの方なんだけどね。
「あっ、悪さは辞めなさいッ!」
闇の姿を見た途端、赤色の妖精さんは急に厳しい顔になる。まるで悪さをした子供を叱りつけるお母さんみたいで、何となく微笑ましい。
……微笑んでる場合じゃないよね。妖精さんが来たとは言え、赤羽さんが変身するまでは気を抜いていられないよ。
って意気込んでるその時だった。
赤羽さんの身体が、どくんと大きく脈打つように跳ねたんだ。そして、辺りは一気に色褪せて、モノクロの世界が広がっていく。
どうして、闇の結界が……!?
「桃音、赤羽の体を見てみろッ!」
「えっ」
妖精さんに言われるままに赤羽さんの体を見てみると、眩しいくらいの光が溢れ出していたんだ。
目の前が血に染まったみたいな、真っ赤に。
「どうして、さっきまでこんなに光ってなかったのに――」
「ねェ、聞いてッ!
光は闇が張った結界の中で、闇と接触しないと、その力を発揮することは出来ないの!」
赤色の妖精さんが説明してくれた。
「あァ、何だそれ。そんなことワタシは知らないんだが?」
妖精さんは顔を顰める。
妖精さんも知らなかったのかな? でも、この間私が光に変身した時も、闇が張った結界の中だったっけ。闇と対面したのは変身してからだけど、きっとあの子はずっと家の前に居たんだ。
「キミは桃色の妖精?」
「あ、そうだけど何だよ」
赤色の妖精さんはくいっと首を傾ける。
「それじゃ、キミは――」
「話は後にしてくれないかな?
光に変身してくれるなら好都合だよ、私はただこいつを殺せば気が済むってわけじゃないからね。
かつてミライが勝手に決めた皮肉な運命に苦しみのたうち回ってもらわないと気が済まないの。」
赤羽さんの妹は悲しそうに微笑みながら、光り輝いている赤羽さんの身体に触れた。
赤色に輝く光が、心臓の鼓動に合わせるように点滅し始める。
「な、何したの!?」
それに「ミライ」って誰のこと?
「何って? 光が目覚め始めてるから、それを早めてあげただけだけど」
光が目覚め掛けてる……? それじゃあ、この前の私も今の赤羽さんみたいに動かなくなっていたって事なの?
確かに少しの間だけ夢を見ていたけど――あの夢の中で聞いた声は、何なんだろう? 今、赤羽さんもその夢を見てるのかな。
光になった日の夜の夢にも出てきた、あの声と女の子。私と同じ魔法少女のワンピースを着て、大きな鍵を持ってて――
私の考えを遮るように、バァンッと大きな音がする。
音と共に赤羽さんから溢れ出していた赤い光は、空気の中に弾け飛び、中から赤色のワンピースを着た赤羽さんが現れたんだ。
初めて見た、私以外の光が戦士として目覚める瞬間。
赤羽さんは、うっすらと目を開けた。
「……私」
赤羽さんは、まだ思考がはっきりしていないのか、ぼんやりとした目で自分の姿を見ていた。
私より力強い色のワンピースは、とてもよく似合っていた。
「私、どうしてこんな格好……!?
どういうことなの、これってあなたが着てるそれと同じ……」
「落ち着いて、落ち着いて!」
混乱している赤羽さんを何とか落ち着かせる。
何て説明したらいいのか分からないけど、取り乱しちゃだめだよね。
「桜澤さん、どういうことなの……?」
赤羽さんは涙目になりながら私に問うた。
「私もちゃんとは知らないんだけど、赤羽さんは光の戦士って言って、生まれた時に光って言う力が赤羽さんに堕ちて、その力はずっと眠ってたんだって。だから、今その力が目覚めて、変身したってことなの……。
……で、合ってるよね、妖精さん」
一応妖精さんに確認しておく。妖精さんと赤色の妖精さんは、揃って首を縦に振ってくれた。
説明したとは言え、やっぱり赤羽さんはよく分かってないみたいで、私を見詰めている。
「こ、これに、朱も関わっているの……?」
赤羽さんな泣きそうな顔で私を見ている。
「そうだよ、関わってなかったら今こんなところに居ないから」
赤羽さんの妹は、薄ら笑いを浮かべながら赤羽さんに近付いていく。その顔も、悲しそうに見えた。
「ほら、誰も校舎に出てこないでしょ。ここは結界の中だから、光や闇以外はこの中には居られない。結界は光と闇が殺し合うステージなんだから」
「こ、殺し合う?」
赤羽さんは不安そうに呟く。
「そう。あんたは光、私は闇。闇は光を強く恨む人のこと。
あまりの恨みの強さに、光とは真反対の闇の力が、私に取り憑いた。」
赤羽さんの妹は、悲しそうに微笑みながら言った。
闇が光を恨んでいるってことは知ってたけど、改めて本人の口から聞くと、その不気味さはより一層強かった。
闇は、本当に光を恨んでいるんだ。さっきだって、姉である赤羽さんのことを、躊躇いもなく攻撃していた。家族って、相当なことがない限りは、簡単に殺そうとしたり傷付けたりしないと思う。出来ないと思う。
出来ることなら助けてあげたいけど、赤羽さんの家族は私とは全くの他人だから、容易に顔を突っ込むのもあんまり良くないから、私はどうするべきなんだろう、って思った。
私はひとりっこだから、兄弟が居るってどんな感じなのかは全然分からない。毎日喧嘩するのか、家の中でも口も利かないのか、休日に一緒に出掛けるのか。
そりゃそれぞれ違うと思うけど、兄弟が居る人って、どんな気持ちなんだろう。
赤羽さんの妹みたいに、本当に本当に嫌いなのか、喧嘩ばっかりしてるけど本当は好きなのか――赤羽さんの妹だって、本当は赤羽さんのことが好きなのかもしれないもんね。
私は赤羽さんの家族でもないし、まだ友達とも言えないくらいの関係だし、兄弟が居る人の気持ちなんて想像も出来ないくらい分からない。
でも、光の戦士だっていう共通点はあるから。全然違う私達だけど、光を恨んだ人が闇になるなら、光の戦士が全く関係してないとは限らないかもしれない。
「闇と光は戦わなくちゃいけないんだよ。光が闇のことを好きでも、嫌いでも。だからね」
棒立ちのまま動かない赤羽さんに、妹はゆっくりと手のひらを向ける。
「例えあんたが私のことを好きでも、私を殺さないといけないんだよ」
「赤羽さんっ!」
私は赤羽さんに飛びついて、地面に倒れ込んだ。赤羽さんの妹の手のひらからは、真っ赤な火の粉がパチパチと音を立てながら吹き出している。
「赤羽さん、しっかりして!」
目を見開いたまま呆然としている赤羽さんの頬を引っぱたく。何回も何回も叩いたけど、ただほっぺたが赤く腫れ上がるだけで、赤羽さんは我に返らない。
きっと、ほっぺたよりも心の方が痛いんだ。
「あーあ、あんたのせいで仕留め損ねたじゃない」
赤羽さんの妹が呆れたように笑いながら、私の横腹を軽く蹴ってきた。
「ちょっと、何してるんだッ!?」
赤色の妖精さんが叫ぶ。
「こいつを仕留めるのを邪魔したから、蹴っただけ。
私は心の底からこいつを恨んでるから、どうしても苦しんでほしいの。だからそれを邪魔する奴も容赦なく苦しめる。
それは妖精も例外じゃないんだからね。」
赤羽さんの妹はそう言うけど、赤羽さんのことも妖精さんのことも、私が絶対に守る。
集中しなくちゃ。もしここで私が倒れたら、誰が赤羽さんを守るの。
赤羽さんだけじゃない。これから覚醒する光はまだたくさん居るんだから。
「まだ魔法も使ったことないあんたに勝ち目なんかないんだからね」
「うるさいなぁ、だったらあなたの体力が擦り減るまでずっと逃げてやるっ」
本当は逃げ切れる自信なんてないけどね。
「あっはは、そんなの出来るわけ無いじゃん! 自惚れやさんなんだね」
な、何それ。思いっ切り強がってるってバレてるし。
だからってへこたれたりしないよ。
「とにかく、私はあなたを――」
私はステッキを力強く握り締めた。
「あなたから、赤羽さんを守るっ!!」
私の声に、妖精さんは力強く頷いてくれた。
「とにかく反撃だ。そのステッキ――シャイニングケーンを握ってみろ」
妖精の指示通りにステッキ――シャイニングケーンを握ってみると、ハートの石が桃色に輝き出したんだ。その光はステッキの先端に移っていき、そのまま輝き出した。
そしてなんと、40センチ程だったシャイニングケーンは、1メートルを優に超えるほどの大きさに変わったんだ。
お、重さも倍増……!
「ぐずぐずしてる暇はないぞ。ハートの先が光ってるうちに、大きく円を描け。」
「う、うん」
両手でシャイニングケーンの柄を握り、時計回りにゆっくりと動かしていく。
私が円を描いた宙には、桃色に煌めく光の粒子が線になって浮かんでいた。
円の始めに繋がると、妖精さんは次の指示をする。
「次はその中に六芒星を描け。三角と逆三角を組み合わせるんだ」
私は言われた通りに、円の中に収まる正三角形を描く。そこに綺麗に重なるように逆三角形を描いた。
「よし。それじゃその中にハートを描け。」
交わった2つの三角形の中にハートを描く。
「その中に十字架を描いて、完成だ」
ハートの中に小さく十字架を描いた。
私が初めて描いた魔法陣は、淡い桃色に点滅している。
「その円をシャイニングケーンで思いっ切り突き飛ばせッ!!」
妖精の声に、私は両腕に力を込めて、そのまま前へ突き出した。
魔法陣は勢いよく飛び出し、反動で私の体も反り返る。
その魔法陣は、赤羽さんの妹の体を貫く。
そのまま桃色に発光しながら、赤羽さんの妹は目を見開いた。
「朱……」
赤羽さんはそんな妹を見ながら、名前を呼んだ。
赤羽さんの妹は、何も言わずに空気に溶け込んでいってしまった。
「はぁ、はぁ……」
一方、全身に力が入らなくなってしまった私は、地面に座り込んで肩で息をしていた。
「ちょ、これ、何で、こんな、疲れ、るの〜」
妖精さんに訴えていると、変身が自然と解けていく。
シャイニングケーンはくるりと丸まるようにして小さなハートの石に戻り、ミラクルキーの中に収まった。
「魔法は、人間には大き過ぎる力だからな」
妖精さんはぽとりと落ちたミラクルキーを拾いながら言った。
な、何だって。私やっぱり人間なんじゃない〜!
「魔法を使うにはそれなりの代償がいるんだよ。元々人間として生きるはずだった光の戦士は、魔法を使うと大幅に体力をすり減らすからな。
もしいっぺんに何回も何回も使い続けたら、いずれ生命まで削る事になるんだろうな」
さらりと恐ろしいことを言いながら、妖精さんは赤羽さんの元へ飛んでいく。
赤羽さんもいつの間にか変身が解けていて、元の青空学園の制服に戻っていた。
「……赤羽さん」
私は座り込んだままの赤羽さんに、手を差し伸べた。
私の手は、黒く汚れているように見えた。
「鞄、まだ学校に置いたままだよね。一緒に取りに行こう」
赤羽さんは無言で頷いて、私の手に掴まりながらゆっくりと立ち上がった。
モノクロの世界には、いつの間にか色が戻っていた。




