*episode.13 姉妹
そう。今目の前に居る2人の女の子は、どっちも赤羽さんだったんだ。
いやいや、冗談とかじゃないよ。
闇じゃない方の赤羽さんは、何が起こっているのか全く理解出来てないみたいで、私達3人の方を見て不安そうに指を組んでいた。
「う、うそ……」
改めて目の前に立っている2人の赤羽さんを何度も見比べてみる。
戸惑いの表情を浮かべる、赤羽さんと、余裕そうな表情でもう一方の赤羽さんを眺める赤羽さん。態度は全然違うけど、でも……。
「何で? どうして赤羽さんが2人居るの?」
そこに居る2人の赤羽さんは、何度見たって全く同じ姿をしている。
肩で揃えられた茶髪も、つり気味の目も、すもも色の瞳も、シャープな輪郭も、私より少し高い身長も――ただ1つ違うことと言えば、眼鏡を掛けているか掛けていないかと、着ている服が違うってところくらいしか無さそうだよ。
「あ、朱……?」
眼鏡を掛けている赤羽さんが、掛けていない赤羽さんに問い掛ける。
声もそっくり。と言うか、完全に赤羽さん。
「そうだよ、久しぶりだね。……紅お姉ちゃん」
闇は心情が読み取れない笑顔で答える。
紅お姉ちゃん、ってことは、闇だって言った方――眼鏡を掛けていない赤羽さんは赤羽さんの妹ってこと?
「どうして今まで帰ってこなかったのよ!? お父さんも私も凄く心配してたんだから!」
赤羽さんが妹の手を握ろうとすると、あえなく振り払われてしまった。
「何? 心配って。」
赤羽さんの妹は笑顔のまま訊ねる。
「え?」
「心配なんかしてないくせに。ってか、私が帰らないのは誰のせいだか分かって言ってる?」
「え……」
2人の間に出来た微妙な距離。
「私をあんな所まで追い詰めたくせに! それにお母さ――あの人は心配してないのね!!
やっぱりね、あんたとあの人はいつもいっつも……」
「待って、ちょっと待ってよ!」
妹の声を掻き消すくらいの大声で、赤羽さんが叫んだ。
私と妖精さんは、何も言えずに2人の会話を聞いていた。
「お母さんは、お母さんは!
先月から行方不明になってるの……!」
辺りがしんと静まり返る。
私と妖精さんは、もう言葉も浮かんでこなかった。ただぼーっと見てることしか出来ないでいた。
赤羽さんのお母さんが、行方不明に……?
「え? あの人、が……」
赤羽さんの妹は、私達以上に驚いたのか、歪んだ笑顔のまま固まってしまう。そして、ゆっくりと呟いた。
「どういうこと? あいつ、私が逃げることは許さなかったくせに、自分は逃げたって言うの?
私のことはあんなに縛ってたくせに」
「違うの、お母さんは――」
「何が違うの! もういい、あんたも消えて!
消えて、私の記憶からも消えてっ!
私の過去も、あんたに怯えて生きなくちゃいけない記憶も! 全部、全部──ッ!!」
「あ、朱……」
妹の瞳が、真っ赤に燃え盛る。
そして、次の瞬間、水銀のような色に変わった。
「伏せろッ!!」
妖精さんが咄嗟に叫んだ。その声に反応した私と赤羽さんは、反射的に地面に身を伏せる。ついさっきまで赤羽さんの首があった空間を、大きな炎の塊が薙いだ。
「な、何なの、朱……」
赤羽さんは鳥肌が立った両手で頭を抱えて、ぶるぶると震えていた。瞳には涙が浮かんでいて、流石の赤羽さんでも怯えているのが一目瞭然だった。
「はふ……っ、まさかあんたが私に怯えるなんてね。
いつもいつも、私のことを見下して生きてきたあんたのその顔、嫌いじゃないよ」
赤羽さんの妹は、右手の上で燃え盛る炎を吹き消して、がくがくと震える赤羽さんを見下ろした。
私は何とか立ち上がって、ステッキを持ち上げる。
「……少しは私の痛みが分かった?」
反撃しようとする私をお構いなしに、赤羽さんの妹はけらけら笑い出した。
赤羽さんがゆっくりと顔を上げて、妹を睨む。
「あなた、朱じゃない……朱はいつも大人しくて、人を傷付けるようなことは絶対にしない子だった。
あなたは誰なの、本物の朱を返して!」
声は震えていたし、ところどころ裏返っていたけど、赤羽さんの言葉には力強さがあった。
ちゃんとした意志を持った、自分の気持ちが。
それは、赤羽さん家の事情はなんにも知らない私にも分かった。
でも、赤羽さんの妹は、そんな赤羽さんを鼻で笑った。
「私が私じゃない? 何言ってるの、私はあんた達の前では怯えて大人しくしてただけで、元からこういう性格だった……私がこんな風になったのは全部あんたのせいじゃない!」
「朱っ!」
元のすもも色に戻っていた妹の瞳が、ゆっくりと赤色に変わっていく。
「とにかくこのままじゃマズイ……。てか何で赤色の妖精はこっちに来ねェんだよッ!」
妖精さんは愚痴りながら飛び回る。
「あーもうめんどくせェ!
おい、お前紅とか言ってたよな?」
妖精さんは地面に座り込んだままの赤羽さんに問うた。
「……名前を訊く前に、今のこの状況を説明してちょうだい」
赤羽さんは静かに問い返した。
声が低くなって、微かに震えている。さっきの闇の魔法がショッキングだったのかな。それともこの摩訶不思議な現象に戸惑ってるのかな。
それもあると思うけど、きっと優しかった妹がこんな風になっちゃったのが自分のせいだって言われて、ショックだったんだと思う。
「おい、今はそんなこと説明してる場合じゃねェんだよ!
くそッ、桃音、この紅って方がクラスメイトの方だよな?」
私は妖精さんの声に頷いた。
「そんなことって何よ! 何年も行方を眩ませて、死んだ事にされていた妹にやっと会えたのに!!
それなのに朱はあんな変な技術を手に入れて、周りの景色も真っ赤になってしまって……!!
こんな状況で冷静で居られるあんた達の方がおかしいわよ、何なのよ!」
赤羽さんは悲痛な叫び声を上げながら、頭を抱え込んでしまった。
「何で妖精は来ないんだよ……てか何で闇と接触してるのに光の能力が目覚めないんだ?」
妖精さんもブツブツと呟きながら苛立ちを露わにしている。
妹は恨めしそうに赤羽さんを睨み付けている。攻撃はしてこないんだけど、相当な恨みがあるみたいだよね。それも家族絡みで……。
ちょっと話しただけの他人の家族事情に口出しするつもりはないけど、このままじゃいつか、本当に殺されちゃうかもしれない。
そうなったら私達も他人事じゃ済ませられないし、どっちにしろ、赤羽さんは早いうちに光の力を手に入れないと駄目だよね。
……よし。
私は大きく息を吸い込んだ。
「……赤色の妖精さ────ん!
赤色の光の紅ちゃんはここに居るよ────!」
一か八か、空に向かって叫んでみた。
まるで夕焼けみたいな真っ赤な空に、私の声は吸い込まれていった。
「桃音?」
気が付くと、妖精さんも赤羽さんも赤羽さんの妹も、ここに居るみんなが私を凝視していた。
「……あはは。こんなんじゃ来ないよね。
赤羽さんの居場所が分からなくて困ってたら、この声で居場所が分かるんじゃないかなって」
我ながら浅はかな考えだなぁ。単純で、何の根拠も無いのにね。
それに、妖精さんの能力は光や闇の居場所が分かるって分かってるのに。
でも、きっと、赤色の妖精さんに届くよ。
「あなた……」
赤羽さんは眉を潜めて私を見上げた。
……あれ? 赤羽さんが見てるのって、私じゃない……?
「……ぁぁぁああああああああああああああっ!」
「え!?」
甲高い悲鳴と共に、何かが物凄い勢いで落ちてくる音が聞こえてくる。
「……え――あっ!」
脳天に鋭い衝撃が走る。首が潰れそうな勢いで、ソレは私の頭に直撃したんだ。
――あぁ、赤色の妖精さんが来たんだ。良かったけど、何で皆私の頭に落ちてくるかなぁ。