*episode.12 赤色の闇
✡
私は魔法少女のコスチュームに変身して、妖精さんに言われた通りに、再びミラクルキーを握り締めた。
固く冷たい感触が手の中に。私の体温が伝わっていってるのか、その感覚も徐々に消えていく。
「シャイニング・ケーン!」
無意識に、何かを言っていた。
次の瞬間、ミラクルキーから大きな竜巻が発生したんだ。私の両手が吹き飛ばされるんじゃないかってくらいの威力で、弾かれるように両手が後ろに下げる。
ミラクルキーは私の手から飛び出して、目の前に浮き上がった。
今までは気付かなかったけど、ミラクルキーの石の中には、小さな濃い桃色のハートがはめ込んであった。そのハートの宝石が、ミラクルキーから分裂して、大きな光の玉になる。
その光の玉が弾けると、中からステッキ状の何かが出てきたんだ。
桃色の棒部分には、金色の星やハートのモチーフが散りばめてあって、その先端にはロンデル、丸い真珠、菱形の宝石が付いていた。
反対側には棒部分と同じ色のハートのモチーフと、乳白色に輝く羽が付いていた。ハートの真ん中には大きな濃い桃色の石がはめ込んであって、棒部分と同様に金色のモチーフが散りばめてあった。
きっとこのハートの石が、ミラクルキーの石の中にあったハートなんじゃないかな。
ミラクルキーを見てみると、石の中のハートはなくなっていた。
「……あれ?」
出てきたステッキを見て、ふと妖精さんの言葉が頭に浮かぶ。
妖精さん、確か1メートル大の……って言ってなかったっけ。
今私が持っているステッキは、片手に収まるくらいの小さなステッキ。推定40センチくらい。
妖精さん、まさか間違えたのかな?
まあいっか、とりあえずは魔法を使う準備は出来たんだ。いつでも来い、だよ!!
……って意気込んでたんだけど、いつまで経っても闇は来なかった。結界の中では時計も止まっちゃってたから正確な時刻は分からないけど、もう30分近く経ってる気がするんだ。いい加減気が抜けちゃいそうだよ。出てくるなら私が油断し切っちゃう前に出てきてほしいな。
妖精さんは赤色の妖精さんを探しに行ったきり戻って来ないし、赤羽さんの身体は相変わらず真っ赤に光ってるし。
このステッキ、異様に重いんだよね。見た目からして如何にも高級そうな金メッキの塗装が多いけど、それ以上に重たい。腕がぷるぷる震えてきて、肩が痛くなる。
どこかに置きたいけど、これはミラクルキーの中から出てきたんだから、きっとこのステッキが壊されたりしたり、奪われたりしたら、きっと私の生命は消えてしまう。だから、手放すのがちょっと怖い。
こんなおもちゃみたいな鍵に、私の生命は掛かってるんだ。今までだって2回も落としちゃったし、拾ってくれたのが赤羽さんだったから良かったけど……。
もしかしたら、赤羽さんが2回も拾ってくれたのは、ミラクルキーが引き寄せてくれたからなのかな。赤羽さんも、光の戦士だったんだから。
「……妖精さん、まだかなぁ」
「あ? 何言ってんだよ」
「ほげぁあ!?」
よ、妖精さん!?
いきなり過ぎたのと、あまりにもタイミングばっちりだったもんで、私は情けない声を上げながらひっくり返った。そして、手の中からあの重たい感触が消えた。
「――あ!」
次の瞬間、ゴトンと重たい音がした。
「おいお前何して――!」
妖精さんが慌ててステッキを拾う。こんなに小さい身体のくせに、こんな重い物を簡単に持ち上げられるなんて……。ちょっと悔しい。
「ふぅ、何とか無事だったみたいだな。……お前も」
妖精さんはステッキを抱えながら私をチラ見した。
お前も、ってことは、私のことも心配してくれてたのかな。
「うん、ありがとう。
ところで妖精さん、赤色の妖精さんは見付かったの?」
妖精さんは静かに首を横に振った。
「それがどこにも居ないんだよ。気配すらなくてな……」
「気配って?」
「妖精の能力で、他の妖精や光、闇の気配を察知出来るんだ。半径100キロ以内に目的が居たら察知出来るから、多分もっと遠くに居るんだと思う」
は、半径100キロ……。妖精さんはさらりと言ったけど、それってすごく広いよね。
でも赤色の妖精さんはもっと遠くに居るんだ。赤羽さんがここに居るって分からないのかな? 妖精さんはこんなに簡単そうに私のところに来たのに。
「それにしても困ったな、妖精が居なかったら――ッ!?」
急に表情が険しくなった。妖精さんはばっと顔を上げて、窓の方へ飛んでいく。
「ど、どうしたの、妖精さんの気配がしたの?」
私が訊ねてみると、
「逆だよ……闇の気配がする。かなり近い」
「えっ……」
ずっと待ち構えてたとは言え、いざ近くに居ると思うと思わず脚が震え出す。やっぱり怖い、怖いよ。
「震えてる場合じゃない。赤羽に危害を加えられないように阻止しに行くぞ」
妖精さんは窓の外に出て、そう言った。
「待って、赤羽さんをここに置いてくの!?」
「こいつをどうやって連れてくんだよ」
「でも……」
私達が闇と戦ってるうちに、もし赤羽さんが目を覚ましたら?もし自動的に変身したら、きっとびっくりする。独りで、何も分からないで、周りも変な色になってて、きっとすごく怖い思いをすると思う。
「ねえ、妖精さん、やっぱり――」
「赤羽を一緒に連れて行ったら、巻き添えになるんじゃないのか」
妖精さんは静かに言った。
「……とにかく、今は赤羽から闇を遠ざけるのが最優先だ。きっと闇にも光の居場所が分かってしまうからな」
「……わかった」
しぶしぶ返事をして、私も窓枠に足を乗せた。
「赤羽さん、待っててね」
校庭に飛び降りた。
私と妖精さんは、赤色1色に染まった町を駆け巡った。
だけど、いくら走っても人影は見当たらないんだ。
「ねぇ、闇が一斉に攻撃してくることってないの?
私の闇が居たってことは、当然赤羽さんや他の光の闇も居るんだよね?」
「ワタシにもよく分からないんだが、闇はとにかく恨んでる光を集中的に攻撃するだろうし、それに――」
妖精さんが説明してくれている途中で、ザッと砂利を踏む音が聞こえた。
はっとして顔を上げると、そこにはにんまりと笑った女の子が立っていたんだ。
「だっ、あなたは!」
私は思わず息を飲み込んだ。噎せながら女の子を指差す。
「教えて上げようか、赤色の光の居場所を」
「えっ……!?」
赤色の世界によく似合う、赤色のコスチュームを身に纏った小柄な女の子は、にっこりと笑ったまま口だけ動かした。
「な、お前まさかッ!」
妖精さんも気付いたみたいだ。
「そうだよ、私は赤色の闇。」
そう言いながら、女の子はゆっくりと手を差し伸べてきた。
だけど、私と妖精さんが言いたかったのは、それじゃない。
「よろしくね」
「あ、はぁ」
思わずその手を握ろうと思って差し出したら、妖精さんにチョップをお見舞いされる。
「いたっ!」
「お前馬鹿か、そんな気軽に闇に身体を触らせるな!
よく見てみろ、コイツの手!」
「え?」
言われるままに見てみると、女の子の手は真っ赤に焼け爛れていた。
……いや、焼け爛れてるんじゃない。女の子の手が燃えてるんだ。
「私の魔法、炎なんだよ」
女の子は笑いながら近くの塀に手を翳した。
塀は忽ち燃え盛り、ボロボロと崩れていく。
「ね。挨拶はこれくらいにして。
赤色の光の居場所、分からないと困るでしょ?」
女の子の笑顔が陰る。
すっと笑顔が消えると、私の疑心が確信へと変わっていった。
この子、絶対にそうだ。でもどうして?
どうして、あなたが!
「あなた、赤羽さんだよね!? いつの間に光になったの!?
それにどうして闇なの!? あなたは赤色の光なんじゃないの!?
ねえ、どうしてこんなことするの!?」
分からない、分からないよ。
赤羽さんは、いいさっきまで私のそばで赤色に光っていた。それを妖精さんは覚醒する前の光に起こる現象だって言ってた。
なのに、赤羽さんが闇……?
見間違えるはずない。このさらさらの焦げ茶のミディアムヘアも、真っ白の肌も、細めの手脚も、よく通る低めの声も。
唯一違うところといったら、眼鏡を掛けてないってことくらい。
でも、眼鏡なんて自由に取り外し出来ちゃうし――
やだ、こんなの絶対認めたくない!
そうだ、ミラクルキーを拾ってくれたから――きっと闇じゃないよね! 闇ならその場で壊しちゃうはずだもん。
「そうだよ、ミラクルキーを2回も拾ったのに、ちゃんと返してくれたじゃん! もし赤羽さんが本当に闇なら、邪魔な私を消すためにその場で壊しちゃうはずだよっ」
「あァッ!? ミラクルキーを拾ったのがコイツ!?」
妖精さんが物凄い形相で私を見た。
学校に敵が居たなんて、――それが赤羽さんだったなんで、私も信じたくないよ。妖精さんが忠告した通り、本当に闇が拾ったことになっちゃう。
妖精さんは「ワタシの言った通りだろ!」ともなんとも言わずに、目と口を真ん丸にしたまま固まっていた。私も驚きを隠せなかった。
「ミラクルキー? ……あぁ、あれね」
私と妖精さんのやりとりを見守っていた赤羽さんは、一瞬きょとんとして黙り込んでから、にやりと怪しげに笑った。
「その話はどうでもいいよ。赤色の光はね――あ」
言い掛けてから、私達からは死角になっていて見えない道路を横目で見る。
「――あははっ、教える必要はなかったみたい、もう来ちゃったよ!」
赤羽さんは嬉しそうに笑った。
あ、赤色の光――私と同じ、光の戦士。
赤色の光は赤羽さんじゃなかったんだ。それじゃあ一体誰なんだろう。全く想像出来ないよ。それに、光だと思っていて、友達になれそうだった赤羽さんが敵だったってことも相まって、その不安は一層大きくなってい る。
「ふふっ、久しぶりだね、――」
女の子が言い掛けたその時、曲がり角から赤色に光る女の子が姿を現したんだ。
「――お姉ちゃん」
そこには、私がよく知っている人が立っていた。
私は、愕然として立ち尽くした。
「あ、赤羽、さん……?」