*episode.9 監視、失態
「とりあえず赤色の光の正体はわかったな。結界は解いておくから、あの女の身に何か起こるとまずいから、出来る限り行動を共にしておけよ」
妖精さんは、ぼんやりと光を放つ赤羽さんの周りを飛び回りながら言った。
「え、私赤羽さんと仲良くないし、赤羽さんも迷惑しちゃうよ」
「あァ? 超理不尽な理由で惨殺されれよりもお前みたいなうるさい奴に付きまとわれた方がまだマシだろ。赤色の闇の正体も分からないんだからな……。
それじゃあ、なるべく監視しておけ。怪しい奴がこいつの後を追ってないかとか、何かに怯える素振りを見せてないかとか、怪しいことをしてないかとかな。分かったな」
「う、うん、分かった」
それくらいならどうってことないか。
「じゃあな。くれぐれもこいつや他の奴に怪しまれないようにな」
妖精さんはそう言って、教室から飛び出していった。
途端に景色の色は元の色を取り戻していって、いつの間にかクラスメイト達が目の前に座っていた。
いつ結界が解けたのか分からないくらい自然に、教室にざわめきが戻っていた。
赤羽さんが、光の戦士なんだ。私と一緒に戦うことになるかもしれない、不思議な能力を秘めた光。
結界の中では、赤羽さんは廊下に立っていた。結界のせいだからなのかは分からないけど、物憂げな表情で、悲しそうに見えた。
何か悩んでるのかな。ずっと私を見てたってことは、私に纏わることなのか、私に助けを求めてるのか……。もしかして、もう自分が光だってことに気付いてるとか?
とにかく、赤羽さんも闇に狙われてるかもしれないんだよね。私がしっかりして守らないと!
それに、いつか友達になれたら――
「――ちゃん、桃音ちゃん?」
「は、はい?」
ぼーっとしてたせいか、雪帆ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「何かぼんやりしてたみたいだけど、何か悩み事でもあるの?」
雪帆ちゃんは既に食べ終わっていて、お弁当箱を閉めながら訊ねていた。
……まあ、あんなに少ないんだから、私ならひと口……いや半口で食べ終わっちゃうよ。
「んーん、大丈夫だよ。
それより、雪帆ちゃんって赤羽さんのことよく知ってるよね。」
「んー、よく知ってるってわけではないけど、それなりには」
雪帆ちゃんは曖昧に答える。
「それでね、お願いがあるんだけど……。
もし赤羽さんがどんなものが好きだとか、どんなことで悩んでたりしてるのか、もし知ってることがあったら教えてくれないかな?」
「え、赤羽さんの?」
雪帆ちゃんは不思議そうに、少し疑り深そうに顔を顰めた。
「うん。どんなに小さなことでも良いから」
雪帆ちゃんやお姉さんが、何で赤羽さんの過去のことを知っているのかは、今度訊くとして。
今は光のことを最優先にするんだ。
「私も本当に何も知らないんだよ。お姉ちゃんも学年も違うし、たくさん話したことあるわけじゃないみたいだし。
……あ、強いて言うなら、人と関わるのが嫌いで、他人と仲良くするよりも自分のしたいことを優先するような性格、かな……?」
言葉を詰まらせながらも、雪帆ちゃんは丁寧に教えてくれた。
「なんだ、全然詳しいじゃない」
本当は仲良いんじゃないのかな。確かにあんまり関わりがない私でも、赤羽さんが人と馴れ合うのは得意じゃないなっていうのは何となく伝わってくるかなぁ。
くくぅ、これはかなり難しいよね。本人に話し掛けて、一緒に行動するなんてとてもじゃないけど無理そうだよね。
「こんなことしか知らなくてごめんね、役に立ったらいいけど……」
「ううん、ありがとうね!」
ちょっとしたことでも、今は大きなことに繋がると思うんだ。
赤羽さんがこの街に引っ越してきて、同じ学校、同じクラスになったなんて、本当に奇跡みたいなものだもんね。
私も早く魔法を使ってみたいな。
「それより桃音ちゃん」
「なに?」
雪帆ちゃんは教室の時計を指差して、
「お昼休み、終わっちゃうけど……」
お箸を持った手がわなわなと震える。
お昼休み、あと4分で終わっちゃう!!
✡
「赤羽さん、この前は本当にありがとうね!」
「この前っていつ、何回もあってどれか分からないわ」
「全部だよ、ミラク……鍵を拾ってくれた時×2回と、プリント届けてくれた時!」
「もうお礼は聞いたから。しつこい」
「赤羽さん、ここの問題分からないんだけど……」
「何で私に訊くのよ。先生に教えてもらったら?」
「赤羽さん頭良いから――」
「あなたに教えてたら私の勉強時間が2日分くらい減るからいや」
「赤羽さん、一緒に図書館で勉強しよう!」
「部屋が1番落ち着くし、この後塾があるから」
「あ、知ってるよ、美雲塾だよね」
「何で知ってるのよ。誰に教えてもらったのか知らないけど、あなたには関係ないから」
「赤羽さん、紅ちゃんって呼んでもいいかな?」
「家族以外に名前で呼ばれる筋合いはないわ。馴れ馴れしく話し掛けないで」
「呼び方くらい自由にさせてよっ!」
「ならどうして私に訊くの? 言ってる事が矛盾しててイライラするわ」
私は思わず机に突っ伏した。
「くわー、相手はかな~り手強いよ〜……」
私の心はズタズタのボロボロになっていた。きっと今レントゲンを撮ったら、見てられないくらい悲惨な状態なんじゃないかな。
それくらい、赤羽さんは無感動で、私を拒んでるんだ。
確かに何回もお礼を言いに行くのはしつこかったかもしれないけど、それくらいしか話し掛ける口実が思い付かなかったんだよね。それに先生は忙しそうだったから、赤羽さんにちょっと解説してもらおうと思っただけだしさぁ。
確かに通ってる塾の名前を知ってたのは気味悪かったかもしれないけど、あそこまで冷酷な顔で言わなくてもいいような……。
呼び方の時も、確かにむっとして矛盾したことを言っちゃったけど、イライラするなんてそんなストレートに言わなくても良くないかな!?
こんなやり取りを何回も繰り返していたら、いつの間にか1週間以上経っていた。
ミラクルキーの石は濁ったままだし、相変わらず妖精さんに私の心の声は届かないままだし、闇が襲って来ないから魔法も練習出来ないし、赤羽さんとは何の進展もないし……。
そろそろ休みたい気分だよ。ミラクルキーの濁りが、私には赤羽さんの心を開かせることは出来ないって言ってるみたいで、更に気分は沈んでいく。
「わあってるよ、そんなことー」
もうやだ。体力も精神ももう限界だよ。
妖精さんは赤色の光のことに気を取られて、光や闇のことを教えてくれてないし、催促しても生返事が返ってくるだけ。
もう、いい加減に私も爆発しそう。
こうなったら、絶対赤羽さんが諦めるまで、私は諦めないでやる!
そんな日が続いた矢先。
私はいつも通り、不機嫌そうな赤羽さんの元に駆け寄っていく。
「おはよう、赤羽さん!」
「……いい加減しつこい」
何か聞こえたような気がするけど、知らんぷり。
「あのね、赤羽さん――」
「いい加減しつこいって言ってるの! 聞こえないふりしたって無駄だから。これなら聞こえるわよね、いい加減しつこい!!」
私が話題を切り出すと、ついに怒りが爆発したのか、赤羽さんは大声で捲し立てながら立ち上がったんだ。
途端に教室中の視線が私達に集まる。
流石にしつこ過ぎたかな……?
「もう何なの、毎日毎日、休み時間の度に私のところに来て!
そんなに私に嫌な思いさせたいの? こんな手の込んだ嫌がらせしてくるのはあなたが初めてよ!」
赤羽さんは顔を真っ赤にしながら叫び散らす。あまりの迫力に、私はたじろぎながら何も言えなくなってしまう。
いつもは物静かで、怒る時も冷静な赤羽さんが――。
私、相当しつこかったんだ。嫌がらせって捉えられるくらいに。
でも、何故か口から飛び出してきた言葉は、謝罪でも同情でもなかった。
「どうして誰とも仲良くしないの?」
自分でもびっくりした。まさかこんな言葉が、考えるよりも先に出てくるなんて。
でも、赤羽さんは私とだけじゃなくて、クラスの誰とも仲良くなろうとしないんだ。それどころか、教師の事まで極力避けているみたいで。
「……そんなの、今は関係ないじゃない」
「今だって私と話すことを避けてるじゃんか!」
クラスメイトが見ている中、教室には私の声が小さく響き渡る。廊下の方からも視線が集まって、教室に入ろうとしていたクラスメイト達が「なになに?」「どうしたの?」と言いながら狼狽えていた。
「あなたみたいなタイプの人間は本当に嫌いだわ! 人にうざったいって思われてるのに気付かないで、本当にイライラする!」
赤羽さんは大きく溜め息を吐きながら頭を抱えた。
あまりのオーバーリアクションに、私はカチンときた――興奮していたのか、赤羽さんが本当に嫌がってるなんて考えられなかったんだ。
「赤羽さんおかしいよ! 何でそこまで嫌がるの!?
昔に何かあったんじゃ――」
思わず自分の過去と照らし合わせてそんな言葉まで飛び出してくる。
そして、赤羽さんはその言葉に過剰に反応したんだ。
「私はあんな人達に負けたくなかったわよ!
あんな、あんな人達に――」
赤羽さんは苦しそうに語尾を詰まらせて、わなわなと震え出したんだ。
我に返った私は、思わず両手で口を抑える。
でも、言ってしまったことはもう取り消すことは出来ない。後悔しても、私が言ったことは、今ここにいる全員の頭から消し去ることは出来ないんだ。
そんなこと分かってるのに、私は今言ったことをなかったことにしたいって思った。それほど、目の前で赤羽さんは苦しんでいるから。
右手で口を抑えて、左手で机に手を突きながら、よろよろと立ち上がる。
「も、や、……め」
途切れ途切れに何かを呟いて、よろめきながら教室から飛び出していった。
「赤羽さ、ん」
私はそれを棒立ちのまま眺めることしか出来なかった。
私は、赤羽さんを傷付けた。
何が光だ。何が私が赤羽さんを守るだ。
笑わせないでよ。光なんて以前に、赤羽さんを傷付けた。
どうしよう、どうしよう……!
「桃音ちゃん、大丈夫……?」
雪帆ちゃんが私の肩に手を置いて、優しく声を掛けてくれた。雪帆ちゃんだけじゃなくて、まだ話したこともない他のクラスメイト達も、私を心配してくれたのか「大丈夫?」と声を掛けてくれる。私は力が抜けてしまった脚をなんとか奮い立たせて、大丈夫だよ、と頷いて見せた。
「でも、それより赤羽さんが――」
「赤羽さんのことは放っておいた方がいいと思うけど」
クラスメイトの1人が、腕を組みながら言った。
「どうして? 赤羽さん、が怒ったのは私のせいなんだよ」
みんなだって見てたはずだよ、私がしつこく赤羽さんに付きまとってたところを。
「私見ちゃったんだよね。赤羽さんが路地裏で変な集団と話してるところ」
「うそ、あの赤羽さんが!?」
「路地裏って……完全に不良じゃん」
「何それ、表では優等生ぶって、そのストレス発散するために変な奴等とつるんでるってワケかぁ」
「何か最初っから好かなかったんだよね、あの子」
「ね、如何にも孤立しそうな性格だし、いちいち細かいから気に食わないんだよね」
クラスメイト達は口々に納得の声を上げた。その中から、悪口もたくさん聞こえてくる。
みんな、自分の目で見たわけじゃないのに――。赤羽さんのこと、何も、何も知らないのに。
私だって赤羽さんのことは全然知らないけど、こんな風に言われるのはおかしいよ。
私が赤羽さんを傷付けたのに、そのせいで更に赤羽さんを傷付けることになる。そんなの、あんまりだよ……。
「止めて! もうそんなこと言うの止めてよ!!」
力一杯叫んだ。
私は、自分を庇ってほしいわけじゃない。一緒に赤羽さんを助けてほしいと思った。なのに、関係ない人達を巻き込みたくない気持ちも強いから――光の戦士じゃない普通の人には、安易に相談出来るのことじゃないと思うから。
でも、私1人じゃ赤羽さんを守るどころか、傷付けることしか出来なかった。本当、情けない。嫌になるくらいに。
「そうだよ、その人赤羽さんじゃない人かも知れないじゃない」
雪帆ちゃんも然り気無くフォローしてくれた。それから、私の方を見て、苦笑いしながら肩を竦めた。
「……まあ、そうかもしれないけどさ」
クラスメイト達は納得し切れないみたいで、歯切れの悪い返事をした。
「もうすぐ授業始まるし、ね」
雪帆ちゃんはそう言って、自分の席に戻った。
それに続いて、他のクラスメイトも自分の席に着いていった。
……赤羽さん、大丈夫かな。なんて、無責任に心配なんかしてる自分が気持ち悪い。
この1週間で、クラスも大分落ち着いてきた。多少グループはあるけど、基本的にはみんな仲良くて、明るいクラスだった。
……ただ、赤羽さんを除いて。
赤羽さんは、いつも教室の隅でノートに向かっている。話し掛けても無視か冷たい返事が返ってくるかの2択で、これが結構精神的にくるから、みんな話し掛けるのを諦めちゃってるみたいで、完全に孤立しちゃう日も遠くはないと思う。
「……赤羽さんの、本当の気持ちは?」
私がふと呟いたその時、ちょうどチャイムが鳴った。
――赤羽さんは、帰ってこないままだった。