*episode.8 赤色の光の正体は
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午前中の授業が終わって、教室の中はお祭り騒ぎになっていた。
みんなお弁当を片手に、それぞれ机を囲んで楽しそうに談笑している。私もどこかのグループに入れてもらおうかな。
と、思ってたら。
「桃音ちゃん、一緒に食べよ!」
雪帆ちゃんが誰よりも早く、私が立ち上がるよりも早く飛んできた。勢い余って机の角に脚の付け根をぶつけてるけど、本人はそんなの気にも止めてないみたいで。
「お昼の続き、話そう!」
なんてはしゃいでる。
そこまで楽しかったのかな、お昼に話したこと。ほとんど赤羽さんのことしか話してなかったような……。
「それよりも今の、痛くなかったの?」
一応訊ねてみる。
「え、今のって? ……あぁ、大丈夫大丈夫、あんなの大したことないよ」
雪帆ちゃんは無邪気な表情でたははと笑ってから、私の隣の席の子に「椅子貸してくれる?」と訊ねた。
その椅子に座って、雪帆ちゃんは自分のお弁当箱を開けた。
「ささ、食べよ食べよ」
「うん、って……」
雪帆ちゃんのお弁当を見て、私は思わず言葉を詰まらせた。
その小さな小さなタッパーには、ほんのひと口のお米しか入ってなかったんだ。
「えっと、雪帆ちゃん……ダイエット中?」
もしダイエットしてることを訊かれたくなかったら悪いけど、これは心配しない方がおかしいくらいの量だよ。3時間目は体育だったし、こんなんじゃ体力持たないだろうし、健康にも悪いよ。
でも、雪帆ちゃんの答えは別だった。
「ダイエットなんかしないよ、私のエネルギー源はご飯じゃなくて――え、っと……」
今度は雪帆ちゃんが言葉を詰まらせてしまった。
「どうかした?」
「ん、んーん、何でもないよ!
持ち歩くの大変だから、いつも朝と帰ってからたくさん食べてるの」
「確かにお弁当って重かったり邪魔だったりするよね」
厚みもあるしね。そっか、そういう手もあるのか……と1人で納得した。
「そう、それでね。お昼の続きね。
私のお姉ちゃんと赤羽さんは同じ塾に通ってるんだけど、本当に赤羽さんって頭良いみたいでね、高校生レベルの問題も解けちゃうみたいなんだよ!」
雪帆ちゃんは背中を丸めて、当の本人に聞こえないように小さい声で言った。
「……雪帆ちゃん、お姉さんって何て塾に行ってるの?」
「お姉ちゃんはねー、えっと……確か美雲塾だったよ」
「美雲塾!?」
思わず椅子を蹴り倒して立ち上がる。
美雲塾って言ったら、確か__
「お姉さんは何年生!?」
「こ、高校1年生だよ……」
「高校1年生っ!?」
まさか学年まで同じだったなんて!
ちょっと待ってよ、それって、それって……もしかしたら。
「ちょっと、いきなりどうしちゃったの、桃音ちゃん?」
「雪帆ちゃんのお姉さん、もしかして……」
「う、うん……」
恐らく物凄い形相なのであろう私に怯えながらも、雪帆ちゃんは頷いてくれる。
「しゅーちゃんって子、知ってたりする……?」
「しゅー、ちゃん?」
雪帆ちゃんはきょとんとしてから首を傾げる。
「うん……」
雪帆ちゃんが俯いて無表情になって、少しの間沈黙が続く。でも、雪帆ちゃんはすぐに顔を上げて、
「さあ、知らないかな。ごめんね」
苦笑いした。
そっか、やっぱりお姉さんも塾のことなんて、妹にそこまで詳しく話したりしないよね。
ちょっとガッカリだけど、仕方ないかな。
「そか、ありがとう」
私もお弁当箱を開けた。
しゅーちゃんは、近所に住む高校1年生のお姉さん。物心ついた時から、親同士も仲が良くて、私が幼稚園に入る前は、しゅーちゃんが幼稚園から帰ってきてから一緒に遊んだりしてたんだ。本当に仲良しだったんだよ。
しゅーちゃんが小学生になって、私が幼稚園に入園してからは遊ぶ回数も減っていったけど、私が小学生低学年の頃は、登校班や学校内でよく会ってたっけ。それでも遊ぶ回数は本当に少なくなっていったけど。
そして、去年はお互い受験勉強で全然会わなかったから、ちょっと心配なんだよね。
目指してた高校に合格したってお知らせも来ないから、近日状況はさっぱりなんだ。
「覚えてたらお姉ちゃんに訊いてみるね。
……それよりさ」
ずいっと雪帆ちゃんの顔がドアップになる。
「赤羽さん、今日はずっと桃音ちゃんのこと見てたよ」
「え、赤羽さんが?」
赤羽さん――もうこれ以上私に用事はないはずだよね。何か気掛かりなことでもあるのかな。
今、教室に赤羽さんは居ない。視線も特に感じないし……。
「桃音ちゃん、何かしたの? さっきも何か話してたみたいだけど」
疑り深い視線が私に注がれる。うう、何とも言えないよ、て言うか私自身も知りたい。
「別に、心当たりはない……けど」
ミラクルキーを落として拾ってもらったって、それだけ。昨日届け物してくれたことに関係してるのかな?
でも、ただそれだけしか関わりはない。それだけなのに、何かが引っ掛かる。
やだな、何か。得体の知れない不安が背筋を冷たくする。
「そっか」
雪帆ちゃんは満足したのか、私から顔を離して仰け反った。
「ふうぅ、なんか肩凝っちゃったぁ」
「今ので? 雪帆ちゃんあんた何歳よ……」
「えへへ、私ちょっと筋肉が凝りやすい体質なんだよね~」
「そ、そうなんだ」
そんなたわいもない話をしてたんだけど……。
いきなり、世界が桃色に変わったんだ。周りの色が全て濃淡の桃色に染まって、クラスメイトや雪帆ちゃんの姿は消えてしまった。
私は、すぐに妖精さんが結界を張ったんだって分かったけど――本当に現実なんだよね、これって。
「桃音ッ! 赤色の光の気配を感じる!!」
妖精さんが物凄いスピードで教室に入ってきた。
肩で息をしながら、私の元へ飛んで来る。
「赤色の光だ、これは間違いなく赤色の光の気配だ」
「落ち着いて、落ち着いて妖精さん!」
まるでハエのように飛び回る妖精さんを両手で掴む。
「赤色の光が覚醒しそうだってのに落ち着いてられッかよ!
覚醒寸前の光は気配を感じ取れるんだよ、まずこれを覚えとけッ!」
妖精さんは私の手の中から脱出して、私の机の上に着地する。
「赤色の光の気配は、確かにこの部屋の付近にあった。はっきりとした赤色だったから、多分桃色の光と間違えたなんてことはないだろ……」
妖精さんは腰に手を当てながら、肩で息をする。
「光って目に見えるものなの?」
「結界を張っているうちだけな。自分の能力にまだ気付いていない光は、結界の中では普通の人間と同じように消えてしまう。
だが、結界の中は戦いの為のステージみたいなもんだからな、秘められた力が反応して、本当に淡くだが光の色に発光しながら姿を残すんだ」
な、何だかよく分からないけど、結界の中にうっすら姿を残してて、光っている人が光の戦士だってことだね。
それじゃあ、今のうちに光を探せば、仲間が出来るチャンスかもしれない。
「……おい」
妖精さんが私の肩を叩いた。
「え?」
「あいつ。光ってやがる」
妖精さんが廊下を指差して言った。
「え、うそっ!?」
慌てて廊下に出てみると、そこには浮かない顔の赤羽さんが立っていた。
体は透けていて、よく目を凝らさないと見えないくらいぼんやりしているし、生気を感じられないくらい虚ろな目だけど、しっかりと赤く光っている。
本当に「淡い」光なの? って言いたいくらい、強く、濃い赤色。
「間違いないな、こいつが赤色の光だ。
それに光が強いから、もしかしたら覚醒する時が近いのかもしれないな」
「うっそ、赤羽さんが!?」
こんな身近に光が居たなんて!
それじゃ、もしかして赤羽さんが私のことを見てたのって、自分や私が光の戦士だってことに気付いてたってこと……?
もう、よく分からないけど、赤羽さんが仲間になれるかもしれない光の戦士だったなんて、想像もしてなかったよ。