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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏切り者の英雄

作者: 九乃頭虫


俺の戦友…いや、親友グステオ・ソルダートは、王国兵の中でも"天才"だった。王国に忠誠を誓い、対魔王軍の戦果も第3中隊でトップクラス。敵将はあまり討っていないため英雄呼ばわりはされていないが、きっとその日も遠くない筈だ。入隊初日からずっと同じ隊の俺としては、少し悔しい気もするけど。


「…い、…おい、ディナント?ディナント・フラント!」


ディナント・フラント。俺の名前だ。俺は、ハッとして声の方へ意識を向けた。


「っ、はい!分隊長!」


「全く、この作戦はいつもより危険なんだ、しっかりと聞いておくように。第5小隊は森林に潜み、背後から魔物どもに奇襲をかけることになった。我々第6分隊は第7分隊と共に先陣を切るのだ、奴らの混乱が狙いだが、敵将がいるかもしれん、十分に注意していけ。我々第6分隊は3班に分かれ…」


ーーーーー


鬱蒼とした森林の中、俺達第6分隊第3班は息をひそめている。幸運にもグステオとは一緒の班だった。その気持ちはもう二人も同じらしく、どこか安心しているようだ。やはり強者が味方だと、士気も上がるのだろう。だが当の本人は全くそんな素振りは見せず、本隊からの合図を待っている。どんな時でも緊張感を持ち、油断しないのもグステオの凄いところだ。俺も、こうしちゃいられないと思い、顔を引き締めた。


程なくして、大地を響かせる足音が迫ってきた。木々の隙間から、異形の怪物たちが目に入る。ゴブリンや、コボルトといった何ともない魔王軍…、そんな集団が見えて、内心安心した。これくらいなら何とかなると思った。だけどそいつらと戦うのは前線の兵士たちだ、俺達別動隊が戦うのはこいつらの後ろにいる…。


「…っ!」


思わず息を飲んだ。山のような巨体に、ごつごつとした鱗。太く発達した前足は地面を踏むたびに軽い地震をおこし、口からはただならぬ熱気を感じる。恐らく火を蓄えているのだろう。それは、ドラゴンだった。翼は無いようだが、それを補って余りある大きさと、力を兼ね備えているのが容易に見てとれる、ドラゴンは長く太い尻尾を鞭のように地面に打ち付けると、口を大きく開き、咆哮した。地が割れるかのような声が耳にビリビリと響く。


想定を明らかに越えている。無理だ。あんな大きさのドラゴンなんて、第3中隊が束になってかからねば倒せない程だ。いや、束になっても敵わないかもしれない。鎧の中で嫌な汗が吹き出ているのが分かる。横を見ると、兵士達は恐れおののき、震えている者も居れば、神に祈っている者も居る。グステオは…顔を引き締めたまま、まだ合図を待っているようだ。こいつには感情ってもんがないのか?…だが、不思議とグステオの顔を見ていると、何故だか気が楽になった。グステオは、勝つ気でいる。


「合図だ、行くぞ!」


グステオが、本隊が上空に打ち上げた光球を見て叫んだ。同時に、ドラゴンの背後へと飛び出していく。


「…マジかよ…あいつ」


それを見て、俺も恐れているのでは駄目だと思った。震える足を押さえつけ、グステオを追い飛び出した。他の兵士達もそれに感化されたのか、次々と茂みから飛び出してきてくれた。


ーーーーー


…圧倒的だった。結論から言うと、俺達の快勝だ。グステオが真っ先にドラゴンに立ち向かい、そして瞬く間に倒してしまった。その瞬間は目の前の光景を信じられなかった、周りのゴブリンから"不意打ち"をされなければ意識を取り戻せなかった程だ。戦が王国の勝利に終わると、兵達は口々にグステオの事を"竜殺しの英雄"と褒め称えた、俺もそれに加わっていた。さらに言えば、俺が一番褒め称えていた。


兵舎に戻り、冗談半分でドラゴンを倒すコツをグステオに尋ねてみたが。


「どんな生き物も大体頭が急所だから、よじ登って鱗の間から突き刺せば良い」


何でそんなことをさも当然のように言えるんだこいつは。やっぱりすげえよ、グステオは。


ーーーーー


「なっ、異動!?」


突然だった。竜殺しが大きく影響したのか、グステオが最前線である第1大隊-第1中隊-第1小隊-第1分隊…俗称"英雄隊"に配属されることになった。英雄隊は、今まさに魔王の城へと進軍している、特別な精鋭だけを集めた最強の12人だ。そこに、"13人目"として早馬で合流するらしい。本当に、何もかもが急な話だったため別れの言葉も何も言えなかったし、何も言われなかった。


だけど、グステオは一つだけ残していってくれた。その日の夜、自分の部屋に戻り机を見ると、『親愛なるディナント・フラントへ グステオ・ソルダートより』と書かれた手紙と共に、武骨な指輪と、とても精巧な赤いゼラニウムの造花が置いてあった。ゼラニウムの花言葉は"真の友情"決して枯れることのない造花で、彼は…。それを見ていると視界が少し滲んできた。男相手に涙するのは悔しかったが、なにより雲の上の存在であったグステオが自分の事を大切だと思ってくれていたのが嬉しかった。全く気障な野郎だ。


ーーーーー


ーーーーー


「あと三日くらいで追い付くか…」


英雄隊と合流するため、俺は馬を走らせながら呟いた。もう人間が支配している地域からは大分離れてしまった。ここ数日ゆっくり眠っていない、身体が悲鳴をあげ始めている。だが一度も止まろうとは思わなかった。俺は王国に忠誠を誓っている。…それに仇なす魔物は殲滅しなければ。


「っ!?なんだっ、落ち着け!!」


急に馬が暴れだした。混乱していると、間髪入れずに大量の矢が飛んできた。


完全に油断していた。どこに潜んでいたのか十数匹の魔物に囲まれている。背後は底の見えない谷だ。背水の陣とはいっても、避けきれなかった矢の痛みで奮戦もできそうにない。馬も谷底、退路も絶たれているようだ。…魔物にしては、中々考えている。魔物達が、一斉に矢をつがえる。あと数秒で、俺は死ぬのだろう。


「…足掻いてやる」


俺は、谷の暗闇に飛び込んだ。


ーーーーー


目が覚めると、そこは城の中だった。見慣れた王国…ではないようだ。どこかの国に救助されたのか?


「…目が覚めたか」


声がした方へ顔を向ける。声の主は紛れもない魔物であった。二足歩行のトカゲのような大男だ。魔物が助けてくれたのだろうか…?ふと、手足が縛られているのに気付いた。だろうな、魔物が助けるなんて事するはずが無い。


ーーーーー


その大男に連れていかれた場所は玉座の間だった。座していたのは、魔王。あそこに、魔王が居る。故郷の、友の、家族の仇が、不気味に微笑んでいた。冷静さを失いそうになった。今すぐにでも殺してやりたかった。けれど、この状況では拳を握りしめることしかできなかった。


「…まずはお礼を言わねばな、人間。お前のお陰で、人間の別動隊の進路を知ることが出来た」


魔王が発した言葉を聞いて、はっとした。俺は、英雄隊と合流するために英雄隊の進路を手渡されていた。だとしたら、その進路が魔王に知られてしまったのなら、英雄隊は…。


「…お前の思った通りだ、人間。感謝するぞ、奴らをこの段階で殲滅できたのは大きい」


「…ッ」


殲滅…あの英雄隊が、全員…?


俺のせいだ。俺が魔物に捕まりさえしなければ、俺があのとき、進路を破り捨てておけば、俺が…!


「貴様…!許さん…!!」


「…許さん?……クク…ハハハッ!!!」


魔王が、俺の頭をぐいと掴んだ。何故、あいつはずっと遠くに居た筈なのに。


「思い出せ、人間…!お前の記憶に嘘偽りがないか、お前の憎むべき敵は何者か…都合よく忘れ去るなど許さん…」


魔王の深く暗い声が頭に響く。感覚が、頭の中で跳び跳ねている。気持ちが悪い。これはなんだ?この声は…


・・・・・


「ちっ、しけた村だ、こんなもんしかねぇとは…あん?…ガキか、ったく顔を見られちゃしょうがねえ、ママのところに連れていってやるよ」


「…クソ野郎が、こいつは同族じゃねえのか。おい坊主、大丈夫か。怖がらなくても良い、取って食うわけでもない。無抵抗なヤツを殺すってのはそれが例え人間でも見てられないんでね」


「…煙が見えたから来てみたが…やっぱり魔物共か。少年、怪我はないか、もう大丈夫だ。さっきの魔物は俺が倒した」


「グステオ、最終試練だ。あの集落を一人で落として来い」


「まだ生き残りが居たか?怪物の癖にしぶといな。グステオ、追撃するぞ!絶対に逃がさねえ!」


・・・・・


「ッ!…はぁ…はぁ……」


俺の記憶、紛れもない俺自身の記憶だった。だけど、あの山賊は?…俺に笑いかけた、あの怪物は…?無抵抗な魔物を……あ…、いや、そんなはずはない。疑ってはならない。俺は王国兵なんだ、王国が正しいんだ!俺は人間なんだ!!


「…教えてやろう、人間。お前が殺したあのドラゴン…、彼の母親は人間に殺された。あの家族は人間に危害を加えたことなど一度もない。ある時、はぐれた傭兵に姿を見られたためにお前ら王国兵に殺されたのだ。そこに理由らしい理由などあるわけがない、ただ"魔物"というだけで殺された。…その息子は、彼は王国兵を憎んだよ。だからこそあの戦闘に参加した。……まぁ。たいした戦果も挙げられずに、お前が殺してしまったがな」


「……やめろ…」


「人間には心が無いのか?自分達と姿形が違うだけで、同じように集落を作り生活を営んでいた魔物を…」


「やめろおぉっ!!…違う……違う!違うっ!!俺は…俺達は…!……畜生…、全部、全部間違ってたっていうのか…!?…こんなこと、望んでいなかった…争いを生むのがいつも人間なら……皆も…ディナントも……」


ーーーーー


「…あれから少し位は頭冷えたか、クソ野郎」


独房の中。先程のトカゲのような大男が、睨み付けてきた。俺の事が嫌いというのは分かっていたが。道理だろう。


「…なぁ、俺は…お前の友を何人殺したんだ?」


「……7人だ」


「そうか…すまないな……」


「んな言葉要らねえよ。…さっさと王に答えを出せ。そんで…償えよ」


「…ああ、分かった。……出してくれ」


ーーーーー


玉座を見上げる。前と変わらない座りかたと、前と変わらない表情を浮かべている魔王。しかしその目だけは、前とは違って見えた。…どこか、優しい目だった。


「……魔物の王よ、俺は…いや、私の滅ぼすべき相手は人間だと悟りました。貴方に仕える兵として、支えることを誓います…。我が罪を、償うため…」


「…そうか。……顔をあげるといい」


魔王は静かに囁いた。魔王は俺の肩に手を乗せて真っ直ぐな目で俺を見据えた。吸い込まれそうな、暗く、綺麗な瞳。


「ではこれから、よろしく頼むぞ。グステオ・ソルダート」


彼は、とても純粋な笑顔を浮かべた。


ーーーーー


「さて、今回の標的はこの砦だ。この戦いはとても重要なものになる。よって、魔軍三将も全員動かす。グステオは初陣だ。無理をするなよ」


魔王の城で、魔物の鎧を着込み、作戦の説明を受けている。相手は、人間だ。一人殺せば裏切り者だ。もう後戻りはできない。だけどそれでも、俺は争いを無くしたかった。


ーーーーー


「進めえぇっ!!」


将の号令と共に、砦へと向かい走り出した。横を見れば、魔物が居る。敵が味方に、味方が敵に。今でも信じられないが、少しだけ心強かった。


「…な、人間…か?」


砦の守備兵は、俺の姿を見て困惑しているようだ。…戦場では、それが一瞬でも命取りになるぞ。


本当に一瞬だった。人の命は、こうも簡単に潰えるのか。実に簡単だ。兵から剣を引き抜き、次の標的を探し始める。口からは、意識せず笑みが溢れていた。これが…


平和への一歩なのだ


ーーーーー


「くそっ!一体何が起きている!!」


予想通りだった。魔物がこの砦を攻めてくるのは誰もが知っていたようなものだ。だが…何かがおかしい。こちらには迎え撃つのに十分な兵が居たはずだ。そのはずなのに、時間が経つにつれ、少しずつ、少しずつ押されていった。…こんな時、グステオが居てくれれば…。


「ぎゃああぁっ!!」


鋭い断末魔がまた耳を貫いた。さっきからずっと続いている。それも、徐々に近づいているようだ。まるで災害だ。


そして、それは現れた。純黒の鎧に身を包み、手には血で赤く染まった剣を持っている。姿形はヒトによく似ていて…いや、そんなはずはない。人間なはずがない。あれは偽物だ、違う。あれは俺の親友じゃない。違う。違う。


グステオ・ソルダートであるはずがない。


「…こんなところで会うとはな、ディナント・フラント。我が…友よ」


「違うっ!!」


思わず叫んでいた。目の前の存在を、とにかく否定したかった。これは夢だ、悪夢だ。


奴の剣が、目の前に迫った。


「ディナント!!」


自分の名前を呼ぶ声と共に、強く突き飛ばされた。


「…あ…っ、分隊……長…!」


俺に突き刺さるはずだった剣が、分隊長の心臓を貫いた。奴は驚いたようだが、すぐに剣を引き抜き、こちらへ視線を向けた。


「…愚かだな、ディナント。これが、今のお前の姿なのか?……失望したぞ」


「…っ!グステオオォッ!!」


本当は分かってたんだ。俺は、親友の姿を忘れたことなんて一度もない。奴は本当に裏切ったんだ。…愚かなのはお前だ。魔物にたぶらかされ、王国の恩を忘れ、簡単に寝返った。許せるものか。王国を…人間を裏切ったお前は…


絶対に殺す。


ーーーーー


決着は簡単についた。傷口から、自分の命が流れ出ているのが感じられる。


「…かはっ……!!……は、はは…やっぱり……敵わねぇ…な……」


剣を引き抜かれる。俺は、もう声も出せず、膝から崩れ落ちた。


グステオは、いつも俺の先を行っていた。剣の腕も、知識も、全部俺を上回っていた。俺が必死に努力しても、奴に追い付いたことは一度もなかった。奴はいつも思いもよらない方法で俺を高く飛び越えていった。そして今も……。


やっぱすげえよ、グステオは。


ーーーーー


ーーーーー


「ごほっ……酷い臭いだ」


死体を運びながら呟いた。全く。魔王軍に名を連ね予想はしていたが、こうも気味が悪いとはな……。


ふと、机の上。鮮やかな花が置いてあった。砦に似合うとは言いがたい、赤いゼラニウムの造花だった。……ディナント、あいつ持ち歩いてたのか。


「……待て、それなら…ッ!」


運んでいた死体を投げ出し、それまで腕に込めていた力を脚へと運んだ。今ならまだ間に合うかもしれない。


ーーーーー


「待ってくれ!!探し物があるんだ、まだ処分しないでくれ!」


俺は、灰の山に駆け寄った。死体が混ざりあった死の山を、必死で探る。


「っ、おいどうしたんだ。…灰の中にあるのか?」


「…っ、ああ。ディナントが…友人が居たんだ。俺が殺した。奴はきっとあの指輪をはめていた…」


そこまで聞いて、一人の魔物が俺の横で跪いた。


「…どんな指輪だ」


「……探してくれるのか?」


「友達だったんだろ?…それなら大事なもんさ。形見ならなおさらな。おーい!皆も手伝ってくれよ!」


付近の魔物達が、続々と灰の山に集まってくる。さらには将までも呼び掛けてくれた。


結局指輪は見つからなかった。……不思議とは思わなかった。俺は裏切り者だ。今さら人間との繋がりを求めるなど、愚か……だな。


ディナント、今までありがとう。


安らかに眠ってくれ、我が友よ。


ーーーーー


ーーーーー


ーーーーー


「貴様が、勇者か……」


「なっ、お前は…人間なのか?」


「…フン、貴様らは人間の恐ろしさも、魔物の優しさも知らない。…っ、その指輪は…!」


「…そうだ。この指輪は英雄の遺志!何よりも深く思いの残っていた聖なる遺物…!かの者の力を借りて、今ここで貴様を滅ぼすッ!!」


「…はは、そうか。ディナント、俺を殺しに来たか……。……いいだろう。我が名は魔王軍四天王が一人、グステオ・ソルダート!我が心、我が王にあり!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [気になる点] 視点が変わりすぎていて、少し読みづらい、と思います。 人のこと言えないけど。 [一言] ディナントはちょろいですね。それとも洗脳の類なんでしょうか?
2017/08/15 12:01 退会済み
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