山川解放
二十二時三十分。
吉祥寺にいる佐久間から、報告を受けた安藤はマスコミに一斉連絡を入れ、明朝九時より記者会見を行う旨を通知。
佐久間たちが捜査一課に戻ってきてから捜査会議が開かれた。
捜査会議には、安藤の他に佐々木部長や二課長、三課長も夜間であるにも関わらず出席した。
「・・・以上が、科捜研の解析結果と吉祥寺での安間圭介証言です。これをもって正式にマスコミを通じて世間に公表したうえで山川義郎の拘留解除としたいと考えております」
佐々木が口を挟む。
「二課長、安藤は言いにくいと思うので代わりに聴こう。どう思う?」
「・・・妥当かと。しかし、この短時間によくもこんなに証拠を集めたもんだ。安藤、うちの課全員やるから佐久間を二課に回さんかね?」
安藤は苦笑いした。
「ご勘弁を」
「部長、冗談はさておき鑑識結果でも山川義郎は薬を盛られ、安藤京香も現場で殺害されていないことや、安間圭介も遠く離れた鶴巻温泉にいたことが証言された以上、検察も起訴出来んでしょう。佐久間のことだ、すでに鶴巻温泉に裏を取るため手を打っていると思われることから、二課としては反対しません。三課長も宜しいですか?」
「・・・問題ありません」
佐々木は、佐久間に尋ねる。
「明日、マスコミにはどこまで話すつもりだね?」
「安間圭介のことは、オブラートにしながら情報を流します。世間から見れば我々が結婚詐欺師と司法取引したと誤解を招きますから」
「・・・わかっているならいい。好きに振る舞え。安藤、後は任す。早いとこ、山川に安心させてやれ」
「はっ、恐縮です」
「佐久間、山川を嵌めた本ボシは挙げられるんだろうな?我々の組織に唾を吐いたんだ。出来なきゃ、わかっているよな?」
「わかっていますよ、部長。少し、時間は掛かるかもしれませんが、時系列整理をしたうえで、本ボシを追い込みます」
「よろしく頼むぞ!」
「はっ。必ず」
〜 翌朝、記者会見 〜
「・・・以上が、前回からの進展事項です。既にマスコミを通じて、世間のみなさま方に公表したように、山川義郎の疑惑が晴れましたこと、発表いたします。今回は、みなさまのご理解を賜わり捜査を温かく静観して頂いたため、成果を得られました。誠にありがとうございます」
記者たちは、こぞって佐久間に質問をする。
「佐久間警部。すると、犯人は他にいるんですよね?もう目星は付けてあるんですか?」
「アンマキョウカさんの肉親ではないことは把握出来ました」
「では、誰が犯人ですか?」
「まだ、断定には至りませんが捜査網を今後展開していきます。山川義郎の件は解決できましたが、捜査としてはまだ初動段階となりフリダシですから」
「これからどんな展開になるんでしょうか?」
「捜査官を眠らせ、犯人に仕立て上げたうえで一般女性を殺害した点で、警察庁に恨みを持つ犯人であることは予想出来ます。縁故関係者より洗っていくつもりです。アンマキョウカさんの無念を一日でも早く晴らすよう鋭意努力します。報道を通じ、全国のみなさまからも情報を求めます」
こうして、記者会見は終了。
昼のワイドショーなどでも大きく今回の警察庁捜査一課による捜査スピードが評価され、山川義郎も即日拘留解除となることが報道された。
留置管理課、管理課長の平川が牢屋の前で佐久間たちに敬礼し、山川に告げる。
「山川義郎。拘留時間、約三十二時間十三分であるが証拠不十分により釈放だ」
「ギィィィィィ」
牢屋の扉が鈍い音を立てながら、ゆっくりと開く。
留置管理課員に付き添われ、山川が牢屋から出た。
その様子を佐久間は、感無量の面持ちで迎え入れる。
「・・・警部。言葉が出ません」
佐久間と山川は、ギュっと硬く抱擁をし、互いに涙を拭った。
「・・・おかえり、山さん。これからもサポートを頼むよ。平川課長、山さんを無事に捜査一課に戻してくれ、本当に感謝します」
「平川、世話になった。・・・同期はやはり良いもんだよ」
平川は薄くなった頭をペシペシと叩く。
「山、良い後輩が上司になったな。佐久間警部、みなお前さんの人徳と実力だよ。山川解放、個人としても組織としても感謝する」
佐久間と山川は、黙って敬礼した。
それに応え拘留管理課一同も敬礼。
こうして、佐久間と山川は捜査一課に戻った。
捜査一課では、全員が山川逮捕の時から完徹し、フラフラで勤務していたが、山川の姿を見た途端、課内で拍手がとんだ。
「山川さん、おかえりなさい」
「今回はマジでヤバかったですよ」
「山さん、勘弁してくださいよお」
「・・・みんな、ありがとう。儂一人、だらしなく一課全員に迷惑を掛けた。安藤課長、本当に申し訳ありませんでした!」
山川は、涙を流しながら、一人一人に感謝の念を込めて頭を下げる。
一課全員で、喜びを分かち合う中、一課のドアが開く。
「おー、一課は盛り上がってるな」
「二課長!」
片寄が、ふらっと一課に立ち寄り、佐久間の元へやって来た。
「佐久間、よかったな。お前の行動が生んだ成果だ。二課としてもホッとしている」
「課長、山さんの取り調べでも擁護に回って頂いたそうで、安藤課長からも伺っております。先日の無礼お赦しください」
「なぁーに。気にすんな」
片寄は捜査一課中を見渡すと、日下の机に腰を下ろし、全員に号令をかける。
「全員、今日は帰って眠れ。全員寝てないんだろう?今日は特別に二課と三課で一課の面倒を見てやる。・・・ガッツリ眠って明日から本ボシを追い込みかけるんだ!」
「・・・課長」
「佐久間よ。組織を守りたいのは一課だけじゃない。たまには二課や三課長にも泣きつけ。・・・抱きしめてやる」
佐久間は、目頭が熱くなり安藤を見た。
安藤もニコリ笑いながら、うなづく。
「天下の二課長さまからの褒美だ。今日は素直に甘えようじゃないか。みんな、今日はゆっくり休んでくれ。明日からは、リフレッシュして本ボシを追うぞ!」
「はい!」
こうして、一課全員が片寄に頭を下げて帰宅の途についた。
〜 一時間半後、佐久間自宅 〜
「ただいまーー」
「ーーーーーー!」
「おかえりなさい。テレビ見てたわ。山川さん解放されたのね?」
千春はニコニコしながら、佐久間の鞄と背広を受け取り、抱きついた。
「あなた、よかったね」
「うん。・・・なんとか守りきれたよ」
「お風呂沸かせておいたわ。お風呂入ってビール飲んで、バタンキューでしよ?」
「・・・そうだね。今日は気持ち良く眠れそうだ。入ってくるよ、ありがとう」
風呂に浸かり、窓を少し開けると近くの小学校グランドから部活動の練習声が聴こえる。
寒空に、若者たちの声がキビキビと通り時間がゆっくり流れる様を感じながら、お湯を両手ですくい、顔を洗った。
(・・・これで、フリダシだ。明日から山さんも元気に出勤してくるだろう。・・・さてと、どこから攻めるか眠りながら考えるとしよう)
佐久間の本格的な捜査が始まろうとしていた。