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容疑者 山川義郎 〜佐久間警部の策謀〜  作者: 佐久間元三
送致を防げ
8/29

四十八時間 4

 二月十五日、十八時。


 佐久間は、化学捜査研究所の第二化学科、化学第三係を訪ねた。


 昨夜、山川の身柄確保した時に同期の氏原に山川衣服等に付着した薬品について成分鑑定を特急で依頼していたのだ。


 鑑定により、山川も被害にあった証拠を示すため、ある種の賭けであったが、氏原であれば、微かな痕跡を見つけてくれると信じ、科捜研の扉を開いた。


 第一化学科の建物を抜け、エタノール系の臭いが強い廊下を抜け、階段を登ると、ちょうど氏原がタバコを咥えて歩いている。

 

「よお、氏原」


「おお、佐久間。お疲れさん。ちょうどお前に連絡入れようと思っていたところだ」


「その顔は朗報だな?」


「ああ。その前に一服しようぜ?」


 二人は、廊下突き当たりの喫煙所でタバコに火をつける。


「お前の賭けは、正しかったよ。山川をそのまま取調室に連行していたら、山川が眠らされていた事実は闇に葬られていただろう」


「やはり、睡眠薬成分か?」


「ああ。睡眠薬を砕いて、トルエンやその他成分と掛け合わせ、おそらくペースト状と液体による霧状を使用したと思われる。これだけ濃度が濃い成分を嗅いだ山川は、一瞬で意識を絶たれただろう。それは、佐久間。お前でも山川と同じ立場ならばお前が逮捕されたかもしれないぞ」


「・・・おそろしいな」


「朗報はまだある」


「・・・?」


「ガイシャの安間京香は現場で射殺されていない。別の場所で射殺され、山川の側に遺棄されたんだよ」


「物的な証拠で証明出来そうか?」


「ああ。遺体の側で血は流れていたが、血しぶきが飛んだ形跡がないことや、山川の右手人差し指についていた硝煙反応も簡易キットでは黒だったが、別の者が先に発砲し、山川に拳銃をもたせた時に出る硝煙反応の数値量であることは証明出来そうだよ」


「・・・そうか、よかった」


 思わずタバコを咥えたまま、天井を見上げる。


(山さん、もう少しだけの我慢だ)


「氏原、本当に助かったよ。これで最低限の証拠は揃った。検察に説明出来るレベルまで、時間がないが仕上げを頼むよ」


「ああ、任せておけ。お前は安間圭介との接触をするんだろう?」


「ああ。少し考えがあるんだ」


 佐久間は、時計を見ると氏原の肩に手を置いて、挨拶を済ますと科捜研を後にした。



 十九時三十二分、捜査一課。


「日下、移動中頼んでおいたリストは出来ているか?」


「はい。二課から情報仕入れておきました」


「よし、手分けして電話を掛けるんだ。それとSNSメールを流せ。文面は、安間圭介至急連絡を求む。捜査一課佐久間。今回居場所特定しない」


 佐久間は、科捜研から捜査一課に戻る途中で日下に、安間圭介が結婚詐欺を働いた被害女性のリストと被害にあった女性が安間圭介とのコンタクトに使用していた携帯番号を調べさせていた。


 過去逮捕された案件を含め、延べ十三件事象があり、六種の携帯番号を安間圭介は使い分けていたのだ。


「日下、ダメ元でここは任せる。私はこれから三鷹市に行く。井の頭公園付近に勤めているということは、吉祥寺辺りに住居があるはずだ」


「それだけでわかるんですか?当たっております」


「調べておいて、くれたのか?」


「はい。課長から言われたんです。佐久間のことだ。捜査一課に寄って、我々に指示を出して直ぐに被害者住居を調べるだろうから、ブティックに電話して安間京香の住居を調べておけと。このメモに書いておきました」


 佐久間はメモを確認。


(よし、課長のおかげで時間が稼げた)


「日下、小川を借りるぞ。小川、私について来い。お前も今日から現場デビューだ」


 佐久間は、新人の小川大樹を指名する。


 小川大樹は、新卒採用で研修を終えて捜査一課に配属されてから今日まで日下の下でまだ雑用しかしていなかった。


 小川にとって、佐久間は同じ捜査一課でも雲の上に位置し、課長と同じくらい話すのも緊張する存在であった。


 突然の佐久間の指名で、本人の緊張度は半端なく、全身から汗が大量に出ており、周りも心配せざるを得なかった。


「小川大樹、ガイシャの家宅捜査をこれから行う。ついて来い。カメラと携帯は忘れるなよ。行くぞ」


「は、はい。よ、喜んで同行します!」


 二人は、警視庁を飛び出して、吉祥寺へ向かう。



 二十時十一分、吉祥寺。


 吉祥寺はサブカルチャーの発信地や学生の街でも有名だ。


 東京女子大学、武蔵野大学、ルーテル学院大学などが有名であり下北沢やお茶の水と並び東京屈指と言える。


 交通においても、東西を井の頭通り、五日市街道や南には吉祥寺通りがある。


「小川大樹、この住所どの辺りかわかるか?」


「はい。わかります。学生時代、井の頭公園でよく遊んでいたし、この界隈でショップ巡りしていましたから。多分、この路地を曲がって、すぐに着けそうです」


「頼もしいな。では、案内を頼むよ」


 小川大樹は、喜び勇んで佐久間を案内し迷うことなく安間京香のアパートに到着。


「小川を連れてきて、正解だな。では、小川。ここで質問。我々は安間京香のアパートまで辿り着いたが、彼女の部屋の鍵がない。ここでするべき行動は?」


「隣室に説明して、大家を探す・・・でしょうか?」


「イタズラに被害者情報を流すのは良くないぞ。アパートのどこかに大家や管理会社の連絡先があるはずだ。そこに連絡して、事情を説明して、隣室に悟られないように部屋に入るんだ」


「なるほど。わかりました。やってみます」


 小川は、一階ゴミ捨場に貼ってある管理会社の連絡先を見つけ早速電話して、事情を説明した。


 十分後に管理会社が到着し、佐久間は警察手帳を提示しながら、管理会社の二人に聴こえるボリュームで経緯を話した。


「記者会見見ていました。まさか、カタカナでアンマキョウカと表示されていましたが、まさか当社アパートに住んでいた安間京香さんとは、今でも信じられません」


「隣室には接触していませんし、彼女が部屋で殺されたわけではありません。御社にご迷惑を掛けないように静かに家宅捜査します」


「わかりました。では、鍵を開けて待機してますので、どのくらい待てば宜しいですか?」


「三十分もあれば、十分です。よろしくお願いします」


 佐久間たちは、開錠された安間京香の部屋に入った。


 小川大樹は、部屋に入ると、ソワソワしながら本業を忘れ周囲を見渡し、思わず大きく深呼吸する。


「小川、捜査に集中しろ」


「す、すみません。健全な女性の部屋は久しぶりなんで。しかし、良い匂いです。メスの匂いというか、クラクラします」


「ほどほどにな。小川、ここでは何を捜査するか話してみろ?ここでガイシャは事件には巻き込まれた訳ではないが、何を探さなければならない?」


「・・・交遊関係ですね?」


「それだけじゃない。ガイシャは誰に殺されたのか?愉快犯、計画犯、縁故様々に分かれるが、安間京香の所持品からは住所が特定出来るものは何も残されていなかった。ゆえに、この部屋から故人の手紙、通帳、アルバムなど交遊関係者を洗うとともに、兄の安間圭介に繋がる連絡先があるかどうかも念入りに探すんだ」


「・・・わかりました。探してみます」


「隣室に音が漏れないように、静かに捜査するぞ」


「はい、わかりました」


 十五分経過。


「警部、安間京香は何か裁判をしています。これを見てください」


 小川は佐久間に、地方裁判所の封筒を渡した。


「これは、痴漢の訴えか?原告人、安間京香。被告人、野本秀人。・・・まだ、裁判中だったようだ。念のため、差し押さえするんだ。痴漢訴訟のため、恨みによる殺人も視野に入れる。他には、何か手紙関係はあったか?」


「手紙はありません。ガスや水道の請求書関係はありますが。電話帳はありました。安間圭介も載っています」


「ーーーー!良し、この部屋から掛けてみよう。テレビを見ていない場合、妹からなら出るかもしれない」


 小川は、安間京香の固定電話から安間圭介に電話してみた。


「プルルルルル」


「ダメですね。警戒してか、電話に出ません」


「・・・仕方ない」


 佐久間は、携帯を取り出し電話帳に記載された安間圭介の番号を回そうとした。


 その時である。


「プルルルルル」


「き、来ました。安間圭介からですよ?」


 佐久間が、小川に静かにするように合図をしてから電話に出る。


「はい、安間京香の番号です」


「・・・誰だ?」


「警視庁捜査一課の佐久間だよ、安間圭介」


「ーーーーーー!あの佐久間か?」


「そうだ。安心しろ。約束通り。この番号には今後掛けないし、居場所特定しない。フェアでないからな」


「京香から電話掛かってきたから、事件には関係ないと喜んで掛けたんだが。・・・あれは俺の妹なんだな?」


「残念だが、そうだ。今、警察病院に安置されている。お前を結婚詐欺師でなく、肉親としてコンタクト取りたかった。お前に妹殺害容疑も掛けられているぞ!」


「何だって?俺が妹を殺す道理なんてない」


「わかっているさ。お前が妹と仲が良いことは調べてある。捜査一課は殺人ではお前を参考人にしたくなかったんだよ。連絡ついて良かった。私の名において責任をもって捜査会議で説明する」


「・・・信じて良いのか?」


「ああ。だから正直に答えてくれ。二月十四日の二十二時から二十三時お前は秋葉原にいたのか?それとも別の場所に?」


「・・・アリバイか?」


「アリバイだ。結婚詐欺師としてのお前の身柄を確保するために、うちの山川刑事が秋葉原の大有記念病院脇の路地で張り込みしていた時に、何者かに眠らされ、気がついたらお前の妹が殺害されていたんだ」


「・・・そのために俺まで犯人扱いに?」


「状況証拠を集めている。教えてくれ、妹のためにも」


「・・・神奈川県伊勢原市と秦野市境にある鶴巻温泉にいたよ。確認してくれれば、宿の女将が証人でいけるだろう。なあ、警部さんよ?」


「なんだ?」


「妹を殺した犯人は、俺が仇を討つ。邪魔をするなよ?」


「やめておけ。相手は銃を持っているかもしれない。返り討ちに遭うぞ。我々に任せておけ。・・・目星はあるのか?」


「痴漢野郎に決まっている!」


「野本秀人か?まだ、断定は出来ないぞ」


「・・・俺は俺のやり方で、犯人を探してみせる。詐欺師として、お前に捕まえられるのが先か、妹の仇を討つのが先か。・・・情報をくれた事と俺を妹の肉親として接してくれたあんたの心は感謝するよ」


 電話が途中で切れた。


(これで、山さんは助かる。しかし、新たな事件の始まりだな)


「小川。直ぐに捜査一課に戻るぞ。手続きをして山さんを救うんだ!」


 安間圭介と連絡がついた佐久間は、管理会社に挨拶をしてから、早々と捜査一課に戻ることにした。


 事実上、山川の無罪は証明出来そうであるが新たな事件の発生を抑えるために、早急に体制を整える必要が生じた。

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