四十八時間 3
山川逮捕から、十二時間経過し検察庁移送まで残り三十六時間を切った。
安藤から安間京香と安間圭介が肉親かどうかの結果を待つまでの間、佐久間と日下は新宿歌舞伎町に捜査の足をのばす。
「日下、眠いだろうが踏ん張ろう」
「大丈夫です。キツイのは一課全員ですから」
JR山手線で秋葉原から新宿まで移動しながら、途中五反田駅で下車して安間圭介が立ち寄るという健康ランドを捜索したが、安間の影はなかった。
十二時十七分、新宿駅。
新宿歌舞伎町についた佐久間のもとに安藤からやっと連絡が入る。
「安藤だ。佐久間警部の予想通り安間京香は安間圭介の妹だったよ。山川の側で射殺されていたのは紛れもなく実の妹だ。勤め先にも確認したが、兄妹間の仲は良好であると裏が取れた。安間圭介が山川を眠らせて妹を殺す動機は低い。別の第三者が企んだものと判断する」
「わかりました。課長、一時間ほとで一課に戻ります。十五時からマスコミを呼んで生中継で緊急記者会見を開きましょう。テレビを通じて安間圭介とコンタクトを取るんです」
「・・・わかった。上と相談してみよう。何か思惑があるのだな?」
「はい。責任は取ります」
「わかった。では、早く戻れ」
「わかりました」
電話を切った佐久間は、急ぎ足で山川が前日立ち寄った風俗店や貴金属店を尋ね、山川が聞き込みをした後に山川のことを嗅ぎまわっている不審者がいなかったかを聴いて回り、ある貴金属店で興味深い話を聴くことが出来た。
「この人、今朝のニュースで見た刑事だね。あんた、警視庁?」
「はい。山川の上司で捜査一課佐久間と申します。山川を逮捕した者でもあります。恥ずかしい話ですが、部下の無実を証明するために、こうして先日の山川足取りを確かめています。何か気になる点があればご教示ください」
「気になるもなにも山川って刑事が、誰かの写真を見せてくれてね。誰だっけ?」
日下が、安間圭介の写真を見せる。
「そうそう、この男。いい男だね。見たことないよって話したら山川って刑事は頭を下げて店を出て行った。その五分後にひょろっとしたスーツ姿の男が店に来てね、山川って刑事のことを聴いて来たんだよ」
「ーーーーーー!」
「どんなことを?」
「今出て行った刑事は偽探偵で、我々警視庁がマークしてるって話をしていたね。あと、山川って男が誰を探しているか確認されたよ」
「その男は警察手帳を?」
「ああ。見えるか見えないか、ほんの一瞬スーツの内ポケットから見せたかな。黒っぽい角だけ見えたのは覚えているよ」
「店長さん、その男こそ偽者ですよ。我々警視庁はきちんと提示することになっております。山川刑事のことを聴いてきた男は一人ですか?」
「一人だったよ。山川刑事のことを聴いて慌てて後を追ったみたいだよ」
「・・・また、今度思いあたることがあれば捜査にご協力ください」
佐久間たちは、時計を気にしながら新宿駅に向かう。
「警部、やはり山川刑事のことを誰かがつけていたようですね」
「そうだな。山さんのことを偽探偵と言うということは同僚か探偵事務所あるいは職種的に近い者かもしれない。これで謎が逆に深まってしまったな。とりあえず一課に戻ろう」
佐久間たちは帰途につく。
〜 十四時四十分、捜査一課 〜
捜査一課に戻った佐久間は、安藤に中間報告を入れた後、捜査二課の吉村刑事を訪ねた。
「先日は、うちの山川が二課と揉めたそうで申し訳ない。日下に報告を受けて詫びに来たところです」
パソコン画面に向かって、数秒間シカトし佐久間の声が届いていない態度をワザと取ったかと思うと、スクっと立ち上がる。
続けて吉村は、冷ややかな対応をする。
「別にいいですよ。もうすぐクビになる奴のことは。一課に協力得なくても安間圭介の身柄は二課で抑えますから、これからは知能犯事件には強行犯専門の一課は口を挟まないで頂けますか?」
「まだ、うちの山川は罪が確定していないし、一課は山川の無実を証明してみせるさ。山川はクビにはならんがね。・・・同じ組織に身を置く者として今の発言は頂けないな。・・・聴かなかったことにしておく」
「別にどうでもいいですよ。山川はクビですよ、クビ。あんな暴力刑事、同じ組織と思われるのは不愉快だ。・・・名高い佐久間警部もあんな部下を持つのは本当は不本意なはずだ。なんなら、私が部下になります。山川刑事よりも、佐久間警部に尽くしますよ」
「・・・ありがたいが、遠慮するよ」
「何故です?私はこう見えてもキャリアですし、貴方の上に行くかもしれない。私の叔父も官僚だ。エリート中のエリートと控え目ですが自負はしてますよ?」
「・・・エリートか?興味ないな。私には従順な部下など不要だ。正義に愚直で人間性があり、どんな者に対しても慈悲を持つ人間ならば、喜んで懐に入れるだろうがね」
「青臭いんですね?」
「ああ。それが私の生き方だよ」
側で黙って聴いている二課長や課員たちに佐久間は頭を下げて、一言だけ口を開いた。
「捜査一課の者として、一言だけ言わせて頂きたい。先日一課の者が誤解を受ける逮捕をされ、組織全体に対して迷惑を掛けている件については、率直に頭を下げます。・・・しかしながら、同じ組織の者として弱者となった組織の者を守れない奴は、私から見ればクズ以下だ。そして、それを黙っている者も私は決して許さない。二課が一課の捜査を妨害する時は私の全身全霊をもって、この頭脳で策を講じさせて頂く。それは、課長。あなた相手でもです」
「それは君の意見かね、それとも一課としての意見かね?」
「一課として、そして私の意見です」
「・・・捜査一課としての意見と覚悟はわかった。しかし、高くつくぞ?」
「私のクビなど安いものですよ。部下のクビに比べたらね。それに部下が一番辛い時に部下を守ってあげられない上司は組織には不要ですよ、課長」
「これから記者会見を開きます。良かったら二課もご視聴ください」
大啖呵を切って、颯爽と二課から出て行く佐久間の後姿を二課長の片寄は黙って見送る。
「みんな、見たか?あれが、警視庁きっての佐久間だ。あの位でないと全国に名前が響かんよ。・・・吉村?お前は佐久間警部をどう見る?」
「天下の二課長に楯突く愚か者と見ました。今度の人事が楽しみです」
大笑いする吉村を見て、片寄も大笑いする。
「そうか、人事が楽しみか?・・・私は佐久間はやがて警視総監まで登りつめる器と見たがね」
「ーーーーーー!」
「他の者はどう見る?この中であの猛者と渡り合える器量を持った者はいないか?いたら、次の人事で、推薦し、私の席に座らせてやる?」
二課の誰もが口を開くことはなく、シーンと静まり返った。
「・・・やはり、いないか。安藤も果報者だな。私にも佐久間警部のような部下想いのイケイケかつ緻密な切れ者が欲しい。・・・いいか!二課はこれからも一課とは友好関係を維持し決して、捜査妨害しないように。妨害した者は処罰も辞さないと覚悟しておけ!」
「はっ、承知しました」
青ざめている吉村を見捨てるかの如く、片寄は記者会見が開かれる大会議室に向かった。
〜 十五時、警視庁大会議室 〜
「これより、生中継による緊急記者会見を始めます。山川刑事の逮捕に関して、中間報告をいたします。なお、発表は佐久間警部より行わせて頂きます」
カメラのシャッター音、フラッシュに包まれながら佐久間が起立し、頭を下げる。
「・・・生中継だからこそ、丁寧に全国にありのままの現状を伝えます。マスコミのみなさまはどうか、お静かに我慢して中継にご協力を。そしてテレビをご覧のみなさまも私の説明をどうか暖かい目でご覧ください」
佐久間は、真っ白なホワイトボードを使い一から説明を開始した。
「まず、昨夜二十二時過ぎに匿名で二名秋葉原の昭和通りから奥に入った路地で倒れていると通報かありました。ここから、箇条書きで表示します」
○匿名による通報
○現場に一名射殺された遺体
○現場に意識朦朧とした刑事
○刑事の手には拳銃
○発砲した硝煙反応あり
「今、書いた内容から、現場近くでご覧になった一般の方は感じたと思われますが、遺体の近くで男が拳銃を握って硝煙反応まで簡易検査で出れば、状況証拠で犯人として確保するのは当然です。そのため、まず我々は警視庁捜査一課同僚でもある山川義郎を女性殺害の容疑で緊急逮捕しました」
佐久間はマスコミ、テレビ視聴者たちにゆっくりと前段説明をし、またホワイトボードに、その後について書き足していく。
「次に山川義郎の前日行動等についてです」
○事件当時、山川は結婚詐欺師を捜査
○秋葉原、五反田、新宿を捜査
○夕方から二課と手分けして張り込み
○逮捕前、路地で何者かに眠らされる
○気付けば逮捕されていた
○新宿で山川の動向を探る謎の人物あり
○事件現場路地は薄暗かった
○他の路地で眠らされ、現場に放置疑惑
○被害女性も現場で射殺か疑問あり
「まず、我々捜査一課が山川義郎逮捕後の捜査でわかってきたことを率直に申し上げます。第一の通報が匿名による電話で、事件後に名乗り出てきていないこと。次に山川刑事の行動を調べている人物がいたこと。現場路地は薄暗く左右が塀であり、人通りも少なく死角となっていること。山川義郎が張り込みした場所は結婚詐欺師潜伏場所と言われた所から離れており、その場所で張り込みする必要性がないこと。射殺されたはずだが、発砲音を誰一人聴いていないこと」
佐久間は、ここまで説明しホワイトボードに書かれた箇条書きに対して赤ペンで大きく?表示した。
「マスコミのみなさまに、確認します。これより何が思い当たりますか?」
「犯人は山川義郎ではなく、別の男?結婚詐欺師ですか?」
「それが、そうでもなさそうです。結婚詐欺師はまだ容疑者なので本名は捜査上明かせません。しかし、被害女性は判明したのでカタカナで表示します」
佐久間はそう話すとホワイトボードに名前を書いた。
○アンマ キョウカ(三十歳)
○独身
○当日の足取り不明
○結婚詐欺師の妹
○ブティック店員
○兄とは仲が良い
「これらのことから、殺害の実行犯は山川義郎でも結婚詐欺師でもないことが、強くなってきました」
「つまり、警視庁は誤認逮捕をしたと?」
佐久間は微笑した。
「我々はその場判断と状況証拠で山川義郎を確保したまでです。誤認逮捕とは少し意味が違います。疑わしきは家族でも逮捕するのが我々の役割りなんです。そのために四十八時間、審議をするために警察に時間的猶予が法的に定められています。問題は、無実の人を事件の真偽が間違ったまま、検察庁に送検してしまうことにある。この段階を誤認逮捕と言うのではないでしょうか?」
会場はどよめいた。
佐久間の説明は、過去類を見ないほど、視聴者にも分かりやすく丁寧で、妙な説得力があるのだ。
「なるほど。佐久間警部の説明が事実なら山川刑事は無実ですね?」
「はい。それには心苦しいですが被害女性の兄である結婚詐欺師と話を行い、兄もまず妹を殺していないことや山川刑事と接触していないことを確認する必要があります。山川刑事は結婚詐欺師を追っていた。張り込み時、捜査対象者の妹が射殺された。しかし、兄には妹を殺す動機がない。これらの条件が揃えば無実の線が強くなり、検察庁に送検しなくて良くなります」
「では、検察庁は結婚詐欺師の兄にどうしたいのですか?」
佐久間は、カメラに対して画面アップする仕草を行ない、各報道局カメラは佐久間をアップする。
「警視庁捜査一課代表として、被害女性アンマキョウカさんの兄に依頼する。結婚詐欺師としてではなく、一個人として捜査一課に電話してきて欲しい。この報道が生きた証拠であり、全国の視聴者も証人である。電話によるヒアリングでは、公衆電話から掛けてくるものとし、我々も逆探知しないことを約束する。フェアではないからだ。また、他の課で兄をこの機会に逮捕しようなどと策を講じて場合は、私は責任をもって辞職して君の罪を代わりに受けても良い。それくらい、山川は私にとって、かけがえのない部下である。また、今回の事件は君の大事な妹を殺した犯人を捕まえるため、君の犯罪とは別に対応する」
再び、会場でどよめきが生じる。
「佐久間警部、犯罪者の身内が殺されるとは我々も想定外でした。また、警視庁の対応も異例ですね?」
「罪を憎んで人を憎まずですよ。確かに結婚詐欺を働いた罪は兄にいずれ償わせます。しかし、かけがえのない身内を殺されたんです。そこは犯罪者は関係ない。一個人として我々は全力をもって供養の意味でも犯人確保に全力を尽くすことを兄に約束します」
「我々マスコミからも、お兄さんに一言。お兄さん!あなたの罪は罪ですが、全国の国民がこの中継の証人であることは間違いありません。どうか、警視庁捜査一課に公衆電話から連絡を!佐久間警部、山川刑事の検察庁身柄引き渡しはいつですか?」
「明日の夜、二十二時五十八分です」
「全国のみなさま。報道史上初めてとも思われる会見を現在お送りいたしております。佐久間警部の人としての心遣い、警視庁としての捜査方針、これは決して間違っていないと思うのは私だけでしょうか?異例の記者会見となりましたが、全国のみなさまも暖かい目でご覧になって頂けているものと思います」
佐久間と安藤は改めて、カメラに向かって頭を下げた。
「最後になりますが、現職刑事が例えシロで誤解を与えてしまったことについては、山川を一人にしてしまい、守ってあげられなかった我々警視庁捜査一課の落ち度であり、全国のみなさまに深くお詫びいたしますが、どうか山川を救うためにも世論を味方につけたい。みなさまのお力をどうか山川をはじめ、アンマキョウカさん殺害の犯人検挙にご協力をお願いいたします。これにて、緊急記者会見を終了いたします」
会場からは、拍手と熱気がいつまでも中継され、警視庁にはクレームではなく、慰労と励ましの電話が殺到することになるのである。
この会見を静観した警視庁上層部や警察庁、それに検察庁までも反論することはなく山川の送致は事実上なくなった。
検察庁幹部から警察庁に連絡が入り、世論を味方につけた佐久間とサシで勝負することを避けた結果とこの後なっていくのである。
しかしながら、佐久間が公言した通り山川の送致見送りには、被害女性の兄、安間圭介との接触が重要なファクターであることには変わりなく、佐久間は油断せず、四十八時間以内に接触するよう待つことにしたのだった。
時間は無情に過ぎていく。