最終決戦 4
吉村たちの車内。
「店主、お店はどうですか?」
「ええ、おかげさまで」
「それは、良かった。ところで店主は鑑定の目利きはよくされるのですか?」
「はい、先日も岡山県まで査定に行ってきました。古今和歌集の一部が出てきましてね」
「ほう?それは凄いな」
店主は、吉村に尋ねる。
「いやぁ、楽しみです。今日鑑定する品はどちらから入手を?」
「・・・中国の知り合いからです。驚きますよ?・・・まだ、小一時間掛かりますから、どうです?ビールでも?」
「いやぁ、悪いですよ」
(飲んだら終わりかもしれない)
店主は丁寧に断りを入れるが、吉村はしつこくビールを勧める。
「まあまあ、私も飲みたいんですから?あなたが飲まないと私も飲むわけにいかない。なぁ?斉藤」
「・・・そうですよ、遠慮しないで」
店主は困惑したが、痛い思いをしたくないため腹をくくる。
(仕方ない。運にまかすか?)
「負けました。遠慮なくご馳走になります」
店主は、美味しそうにビールを飲むと予想通り、数十秒で深い眠りに落ちた。
店主が崩れ落ちる様を観察しながら、吉村が高々と笑う。
「やはり、この薬効くなぁ。おい、今度佐久間に試してみようぜ?」
「やけに素直だな。馬鹿だろうか?」
「佐久間とおんなじ。みんな馬鹿ばっかりだ」
こうして、吉村たちの車は大黒ふ頭へと順調に向かう。
〜 同、高速道路上 〜
「今のところ、順調だ。B班車内の様子わかるか?マイクロバスからなら、車内の様子見えると思うが?」
「・・・こちらB班。先ほどまで確認出来た店主の姿見えなくなりました」
「・・・薬で眠らされたかもしれないな。時々監視をするようにしてくれ。B班は大黒ふ頭までいったら、怪しまれないようにパーキングに入って、ターゲット車を泳がせてくれ。逆に入れ替わりで他の覆面で追うぞ」
「・・・了解」
四十分後、大黒ふ頭で降りたターゲット車は、ふ頭奥の貸し倉庫脇で停車。
吉村と斉藤で、麻袋に入ったものを担ぎ倉庫に消えていく。
(店主だろうか?)
「佐久間より全警察官へ。たった今、ターゲット貸し倉庫内に入った。全員貸し倉庫の周囲を取り囲め。店主安全のため十分後にカウントダウンし、突入する。相手は拳銃所有している為、不測の事態には発砲を許可する」
倉庫内。
「・・・・・・・・ろ」
「・・・・・ろよ!」
「・・・きやがれ!」
少しずつ、痛みが込み上げ店主は目を覚ました。
「い、イテテテテ。・・・ここは?」
「お前の死に場所だよ?」
目の前に銃口を突きつける吉村たちが立っている。
「ひっーーーー!」
不敵に笑うその表情は、まるで悪魔のように思えるほどだ。
「死に場所?い、一体私があんた達に何をしたんだ?」
「別に?何もしてないよ。ただ、お前に山川っていう田舎刑事のことを俺が聞いたことをバレたくないだけさ!」
「山川?・・・あっ、あの時私に聞いた探偵か?」
吉村は、目を丸くしながら斉藤啓二を見ると大笑いする。
「えっ、何なに?気づいてなかったの?じゃあ、お前ただの無駄死に?可哀想だなぁ。さすがに。おい、斉藤?見逃してやるか?」
斉藤啓二はクビを横に振る。
「そっ、そんなぁ?」
店主の顔が絶望の色に染まる。
「ギャハハ!ダメだってよ?まぁ、痛いのは一瞬だからさ、オヤジ軽く逝っとけよ。じゃあな」
その時である。
「そこまでだ。吉村敏彦に斉藤啓二。山川義郎殺人未遂、安間京香殺人、安間圭介殺人、そして貴金属店主殺人未遂容疑で現行犯逮捕する!」
貸し倉庫の扉が開いたかと思うと延べ三十人の警察関係者が一斉に銃口を二人に突きつける。
また、倉庫天窓からは特殊部隊のスナイパーがガラスを割り、同様に銃口を向ける。
斉藤啓二は瞬時に、敗北を悟り両手を挙げた。
吉村敏彦は、驚きのあまり失禁したが、もう引き返せない感が強く銃口を店主に突きつけ人質としたのだ。
佐久間は、右手を上げ全員に狙撃待ての合図を行い、ゆっくりと三人に近づいて歩を進める。
一歩、また一歩。
「く、来るなぁ。撃ち殺すぞ!」
佐久間は表情を変えず、大胆不敵にまた一歩近づく。
「うああぁぁぁ」
「パーーーーン」
吉村敏彦が放つ銃弾が一発佐久間の右肩に命中した。
「警部ーーーー!」
佐久間は撃たれた反動で、一瞬仰け反ったが再び、大胆不敵に歩を進める。
(な、何なんだこいつは?)
一歩、また一歩。
吉村敏彦は焦りの表情を隠せない。
握りしめた拳銃を激しく上下に振りだす。
吉村敏彦まで、あと三メートルのところで佐久間は立ち止まり、冷ややかな目で吉村を見下ろすと、拳銃をゆっくり吉村めがけて構える。
「おい、吉村。お前の弾は何発だ?山さんの弾倉から抜いた分ならあと一発か?私の頭はここ。心臓はここだ。撃つなら苦しまないように頼むぞ」
「な、何を言っている?僕はキャリアだぞ?叔父は官僚だぞ?お前なんかお前なんか!」
佐久間は大笑いする。
「でっ?坊っちゃんは何がしたいんでちゅか?」
銃口を真っ直ぐ吉村に向け、鋭い目つきで睨みつけると、吉村はカタカタと震え目を合わせられない。
(こ、怖えぇぇぇ。こ、これが佐久間か)
「なあ、吉村?お前はこれで終わりだ?叔父も失脚せざるを得ないだろう。お前の汚点は警視庁全体の汚点。どうするつもりだ?」
「う、うるさい。か、関係ないね。お前を殺し僕は上に行く。警視総監になる器だ!平民は黙ってひれ伏せろ!」
互いの距離は二メートル。
「仕方がないな。では、差しで受けてやるよ。撃ってみろ?さっき既に撃ったから撃てるだろう?安間兄妹を殺したんだから、お前はどの道、死刑だ?私も殺してみろよ?」
「うぅぅぅぅぅぅ」
「もう一度言う。頭はここだ、よく狙え。心臓はここだ、外さんだろ?・・・いいか、お前は私に喧嘩を売った。だから、お前の若さに免じて真っ向から受けてやる。どういうことかわかるか?」
「・・・・・・」
佐久間は銃口をさらに吉村顔面に向ける。
「生か死か。お前が外したら私がお前を躊躇いもなく引き金を引く。警視庁の膿は私が綺麗にしてやるよ」
追い詰められた吉村は、目を瞑り最後の弾を放った。
「パーーーーン」
弾丸は佐久間の右こみかみをかすり、血しぶきが上がる。
倉庫にいる警察官全員が硬直し動けない。
カタカタと震えて銃を下ろした吉村に佐久間は表情を変えず近づくと、無言で銃口を吉村の眉間に当てる。
「警部!ダメだ!もう終わってます。吉村は戦意がありません!警部ーー!」
佐久間は、山川を御しながら斉藤啓二に声を掛ける。
「おい、斉藤啓二?何故、助けん?お前の相棒じゃないのか?吉村の次はお前の番だぞ?」
佐久間の気迫に斉藤啓二もカタカタと震えて失禁し、ヘタっと座りこんでしまった。
「全くお前たちは?人を殺す時は人の痛みをわからんくせに自分の時だけ命乞いか?情け無い。・・・もう、お前たちは大人ではないな?ただのガキだ。吉村?先ほどの威勢はどうした?」
吉村は完全に心が折れている。
「・・・では終わりにしよう。安間兄妹の無念をその身で刻め」
「パーーーーン」
佐久間は、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
倉庫全体の空気が真っ白となり時が止まる。
吉村は、ブクブクと泡を吹き失神。
「・・・空砲だよ。お前ごとき組織の弾は使わん。お前は法のもとに裁かれなくてはならない。・・・全国民のためにだ」
佐久間は、銃を下ろし店主に駆け寄り跪きながら、様子を伺った。
「店主、申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。助かるとわかってはいたが怖くて痛かった」
店主は安堵からか今頃痛みがぶり返したようだ。
「ワシなんかより、あんた二発も撃たれたんじゃ。大丈夫なのか?」
「・・・こんな若僧の弾を受けたところで痛くも痒くもありませんよ」
「タフだねぇ。さすがは天下の佐久間警部だ。もしワシが死んでいたら、あんたどうしてた?」
佐久間は即答する。
「店主、あなたの命は私の命です。あなたが射殺されていたら、即、吉村と斉藤を射殺して私も後を追いましたよ」
「そうか・・・」
倉庫内の空気が戻った。
「確保しろー!」
待機していた全員が突入し、吉村と斉藤の身柄を確保。
山川が、ハンカチを破き佐久間の腕を止血する。
「警部、たまには年寄りの言うことを聴きなさい。無茶しすぎですよ」
「そうだね。ありがとう、山さん」
佐久間は倉庫内を見渡し、鑑識官に状況証拠と斉藤啓二所有の車について念入りに調査するよう依頼しようとした時、氏原が到着。
「終わったな。間に合って良かった。科捜研からも検査キットと安間京香に関する比較資料を持って来た」
「さすがだ、氏原。後は頼むよ」
逮捕劇が終わり、倉庫の外に出ると、捜査一課長の安藤と二課長の片寄が待ち構えていた。
「ご苦労さん、佐久間警部」
「・・・終わりました、安藤課長」
佐久間は片寄を見るなり、深々と頭を下げ謝罪する。
「片寄課長。あなたの部下を辱めながら逮捕してしまいました。・・・二課に対して申し訳ありません」
片寄は、優しく佐久間に接する。
「いや、あれで良い。人を人と思わん頭が固い奴はそこまでの男だということだ。・・・それよりも、お客さんを連れて来たぞ?」
「・・・客?ですか?」
佐久間は振り返った。
そこには、安藤兄妹の写真を持った中川智子が涙を浮かべて立っていたのである。
「佐久間警部。・・・仇を。本当に仇を討ってくれてありがとうございます。これで圭介も京香ちゃんも安心して永眠出来るって言っていますわ」
佐久間は腰を少し下げ、目線を下げ写真に話掛ける。
「ええ。終わりました。安間、約束は果たしたぞ。京香さん、長いこと待たせてしまい申し訳ありませんでした。でも、もう大丈夫。安らかに眠ってください」
潮風が春の香りを運び、汽笛の音が中川智子たちに新たな時を告げる。
ふ頭から、太平洋に浮かぶ定期船を眺め、佐久間たちは束の間の平和を満喫しながら深呼吸してから、捜査関係者に解散の号令を掛ける。
「帰りましょう。我々の街へ」