囮捜査
安間圭介が殺害されてから一夜が明けた。
佐久間が仮眠から目を覚ますと、どこか懐かしい匂いが台所からする。
匂いつられ、台所に目を向けると、そこには、まだ憔悴してはいるが何か吹っ切れた様子の中川智子が朝食を作っていた。
「佐久間警部。おはようございます」
「ああ。おはようございます。いつの間にか眠ってしまったようです。申し訳ありません」
中川は、ニコッとしながら手際よく味噌汁、ハムエッグ、魚肉ソーセージ、韓国海苔、納豆、塩シャケを食卓に並べた。
「朝から凄い食卓ですね。旅館で迎える朝みたいだ」
「圭介と私からのせめてものお礼です。何たって私達夫婦の仇討ちして貰うんですから」
佐久間もニコッと微笑む。
「そうですね。遠慮なく、沢山食べますよ。お代わりしても?」
「五合炊きましたから」
「それは、流石にデブるな?」
二人は目を合わせて笑った。
二人とも、前だけを見た覚悟の朝食を味わい、十分に朝食を堪能した後、去る時刻となった。
「ご馳走さまでした。すっかり甘えてガッつきました。学生時代を思い出しました」
「ふふふっ」
佐久間はあまり、安間のことを改めて話したくなかったが遺体との面会について、やんわりと佐久間にしては珍しく歯切れが悪い話し方をする。
「中川さん。その、彼の面会ですが。差し支えなければ、内縁の妻ということで配慮するように手を打ちます。・・・しかし、思い出のままということであれば、こちらで葬いますが」
「勿論、最期まで私が送ります。あの人も待っていると思いますから。ああ見えて、一人にされるの嫌いだと思いますから。私、警部のおかげで前だけを見ることにしました。だから大丈夫です」
佐久間は、黙って頷き中川智子と握手した。
「そうですね。私も戦友を失いましたが、本ボシ確保するまでは、圭介さんに背を叩かれそうです。早くせいってね。わかりました!捜査一課に私から電話して案内準備が出来たら迎えに来させます」
「そんな、自分で行きますよ」
「たまには、オッチャンの言うことも聴くものですよ。朝食のお礼です」
「そんな。・・・わかりました。お言葉に甘えます!」
「それでは、戦友の安間圭介を頼みます。私は本ボシ確保のため捜査に戻ります!」
佐久間は手を振りながら、階段をおりてアパートを後にした。
(前だけを見るか。安間夫婦のためにも捜査を前に進めないとな)
代々木公園から、電車を乗り継ぎ佐久間は真っ直ぐ新宿歌舞伎町に向かう。
山川拘留の際に、山川が辿った捜査過程を検証するにあたり、山川のことを追っていた人間がいたことを、佐久間は忘れずに覚えており、再度適した時期に訪れようと心の中にしまっておいた。
勿論、安藤以外の誰にも話さずに。
これは、佐久間が本ボシに対して策謀を巡らす時期に来たことを佐久間自身が肌で感じ取ったためでもある。
山川を追って聞き回ることを捜査一課に知られれば、間違いなく本ボシにとって確たる証拠であり致命的であろうことは把握したうえで、敢えて罠を張ることにしたのだ。
(このやり方でなければ、本ボシ二人のうち片方しか釣れないからな。悪いが二人同時に確保させて貰うぞ?)
歌舞伎町から、程なく裏路地にある貴金属店き再び訪れ、今までの経緯を細かく店主に説明する。
「すると、私が山川っていう刑事のことを聞き回る本ボシを見たが故に、身の危険が及ぶリスクがある。・・・そういうことですか?」
「申し訳ありませんが、その通りです。いつ襲われるか知らず、ビクビク過ごすより、罠にかけて一網打尽にした方がはるかにリスクが回避されるので、本ボシに嗅ぎ付かれる前にお忍びで来店しました」
店主は、心底困り果てている。
佐久間は一枚の写真を店主に見せたうえで切り出すことにした。
「前は提示出来ませんでしたが、この男ではないですか?ウチの山川を聞き回る輩は?」
老眼鏡をカウンターから取り出し、ジーッと眺めていた店主の顔が凍りついた。
「・・・間違い。この男です。知っているんなら早いとこ逮捕すれば、私は助かるんじゃないですか?」
佐久間はクビを横に振る。
「この証拠では二人組みの内、一人しか確保出来ません。もしかすると、逆恨みでもう一人が店主に危害を加えないとも限りません。どうか、身の保証は担保しますから捜査にご協力くださいませんか?」
「担保ってたってね?一体、どうやって?」
佐久間は店主に耳打ちする。
「ボソボソボソボソ」
「ーーーーーー!面白い。でも、本当だね?間違いなく大丈夫だね?」
「はい。これならどこに拉致られても直ぐに救出出来ます」
「いきなり、ピストルでパーーンは嫌だぞ?」
「それは、ないと思いますよ。一般の方に発砲などあり得ません」
「・・・・・・わかった。協力しよう。でっ、いつ実行するんだね?」
佐久間に微笑する。
「明日、本ボシが動いても良いように今から段取りしてしまいましょう。大丈夫です。私の信頼出来る同僚に物を調達します。情報漏えいを防ぐためには最善の策です。ご理解ください」
佐久間の真っ直ぐブレない説明にやっと観念した店主は捜査に協力することにした。
佐久間は表に出ると、一本電話を掛ける。
「プルルルルル」
「はい、もしもし」
「もしもし、氏原か?私だ。本ボシをいよいよ追い込むぞ。悪いが誰にも悟られないように科捜研をコッソリ抜け出して、秋葉原で今から話す材料を調達してくれ」
「・・・相変わらず、人遣いが荒いな。同期はもう少し大事にするもんだ。でっ、何を調達するって?」
「・・・・・・だ」
受話器から、呆れたため息が漏れる。
「組み立てられるのか?」
「ああ。この日のために山さんの無罪を模索していた時から練習を重ねておいたよ」
「はあーー、呆れるくらい天下の捜査一課警部さんは優秀だこと!・・・わかった。やってみよう。今から三時間は掛かるぞ?」
「勿論、待つさ。頼んだよ、氏原?」
「わかった。じゃあ、また後で」
佐久間は電話を切ると店主と氏原到着を待つことにした。
三時間経過。
予定通り、秋葉原にて佐久間から依頼された品を持って氏原が貴金属店に到着した。
「佐久間、待たせたな。トランジスタが中々大きさが合わなくてな?でも、バッチリ揃ったぞ」
佐久間は、品物を見定め早速組み立て始め約三十分程で完成した。
「氏原、早速実験してみよう。パソコンを起動させてみてくれ」
「あいよ」
氏原が、科捜研から持ち出したパソコンを起動させて、佐久間が組み立てた品物とリンクさせる。
「ピッピッピッ、ピーー」
「・・・これで良しと。通販で学んだ知識は正しかったよ。店主、表を歩いてみてください。どの範囲まで大丈夫か検証したい」
「それなら、俺がついでに護衛しよう」
「頼むよ、氏原」
佐久間が店番をしている間、店主と氏原は歌舞伎町や都庁など少しずつ歩調を伸ばし検証が繰り返される。
一時間半掛かって、やっと修正プログラムと飛距離を伸ばすアレンジを加え完成。
「ざっと、半径二キロメートルといったところか?護衛を大量に配置すれば、まず大丈夫でしょう。二人とも、作戦を伝えます。耳を」
佐久間は念入りに店主たちに説明する。
「わかったよ。で、明日何時くらいになるかの?心の準備っちゅうやつをしたいんだが」
「私の予想では、十一時前後かと。その時間になるように嵌めてみせます。最後にこれとこれは必ず身につけておいてください。追えなくなりますから」
「わかった。くれぐれも頼んだぞ」
「ええ。警視庁の名にかけて」
歌舞伎町貴金属店での段取りを追えた佐久間と氏原は捜査一課に戻ることにした。
途中、氏原と念入りに打ち合わせを行い、明日の捕り物準備を科捜研でも行うよう手配を依頼。
氏原は、胸をトンと叩き科捜研に戻っていった。
(さあ、反撃だ)
佐久間最後の作戦が始まる。




