永遠の別れ
佐久間や山川が、捜査を進展させるべく動き出した頃、安間圭介にも動きがあった。
妹京香のアパートを引き払う際、圭介宛の手紙を大家が預かっており、手紙を読んだ安間は大粒の涙を流し嗚咽したのだ。
中川智子は、付き添いで片付けに来ていたが、あまりの安間の狼狽ぶりに驚愕し、安間了解のもと手紙を読むことにした。
『お兄ちゃんへ。
お兄ちゃん、最近お兄ちゃんが店にも来なくなり、中々電話も繋がらないので手紙を大家さんに託して帰ります。
ドアに挟んでおこうかとも考えたけど、私以外の女性に見つかっても嫌かなという妹の気遣いです。感謝してよね?
裁判の方はあれから控訴されたけど進展はないみたい。店長はもう裁判を止めようと尻込みしてるけど、私は今でも触られたと思っているから受けて立つつもり。お兄ちゃんは裁判所が嫌いだから法廷には来ないだろうけど、結果は毎回伝えるので大丈夫よ。
手紙で伝えたい内容は、実は裁判ではなくて別の件です。
お兄ちゃんに内緒である男性と嫌々付き合っていたんだけど、その人の子供が出来ました。
勿論、半ば強引に身体を奪われた男の子供だから堕ろそうとしたけど、子供には罪はなく真剣に悩んでいます。
お兄ちゃんの天敵に値する男なので、どうしてもお兄ちゃんに相談したいんです。
お兄ちゃん、お店に来て欲しい。
携帯に電話欲しい。
最近、妙な違和感あるの。誰かに尾行されているのかな?・・・野本ではない他の誰かに。
お兄ちゃん、助けてください。
お兄ちゃん、連絡ください。
京香より』
「・・・・・・」
手紙を読み終えた中川智子も言葉が出ない。
「京・・・香。京・香。ゴメンな。お兄ちゃんが悪かった。・・・もう少し早くこの手紙を読んでいたら。もう少し早くお前に会って相談に乗っていたら、お前は死なずに済んだかもしれない。京香、お兄ちゃんがお前を見殺しにしてしまったんだな?・・・京香。ぐうぅぅ!」
うずくまる安間を強く抱きしめ、中川は叱咤する。
「圭介。しっかりして!・・・仇を討つのよ、私たちの手で。相手をよく考えて必ず仇を討ちましょう」
「智・・・子。・・・ああ。ありがとう。必ず、京香の仇を!」
中川は、もう一度手紙を読んだ。
「・・・圭介。京香ちゃんの相手について何か知らない?あなたの天敵って書いてあるけど?」
安間は真っ赤に充血している目を手で拭うと、ゆっくり手紙を読み返す。
「・・・わからない。自分には敵は沢山いるからね。・・・だが、野本秀人ではないことは事実だ。そこは整理出来たよ」
「誰かに尾行されているとも書いてあるわ。おそらく、尾行は事実なんじゃないかしら?」
「・・・誰が京香を?」
この時、安間と中川の脳裏にふと同時にある人物が浮かぶ。
「・・・斉藤啓二?」
二人の口から同時に斉藤啓二の名前が出て来たのである。
「あなたと京香ちゃんの接点で今のところ、マスターの斉藤啓二しかいない。飲んだ時、妙にあなたに関心を示していたし。野本秀人の相談にも乗っていたようだし。もしかして、野本秀人に依頼されて京香ちゃんを殺した?」
安間はクビを横に振った。
「いや、野本秀人は行員だ。社会復帰するには裁判で無罪を勝ち取ることを優先に動いていたはず。・・・最近そんな気がするんだ。野本秀人ではなく、斉藤啓二の単独行動かもしれない」
中川は、一度京香の部屋から外に出て廊下に人がいないことを確認すると、部屋に戻り玄関の施錠を行った。
安間の耳元で隣室に決して聴こえない配慮の音量で話掛ける。
「圭介、斉藤啓二を殺すの?・・・あなたとなら私、刑務所入っても良いわ?」
安間は、下を向いたまま目を瞑り考えを整理している。
中川は手紙を、握りしめて安間をたきつけた。
「圭介、私も無念を一緒に晴らしたい。義妹になったんだから。義姉としての使命よ。斉藤啓二は必ず何か知っている。証拠を押さえて警察に突き出すか、仇を討ちましょう!」
安間は心の整理がついたのか、静かに立ち上がり、優しく中川を抱きしめる。
「智ちゃん、君は家で待っていてくれ。もし、僕が何日も君の部屋に戻らない時は警視庁捜査一課の佐久間って警部に連絡を。・・・いいね?」
「な、何言ってるの?相手は拳銃を持っているかもしれないのよ?二人なら大丈夫よ。私が店外へ誘き出して、あなたが拉致する。これでいきましょう」
「ダメだ。一度君は奴を店外へ誘き出している。もう出てこないよ、警戒してね?」
中川はしばらく考えた。
「圭介、じゃあホテルに誘うってのはどう?女の誘惑で誘うの?・・・美人局みたいによ?」
「・・・どうかな?斉藤啓二もイケメンだ。君が魅力的でも簡単にお店の客には手をつけないと思うよ。そんなに腰は軽くないさ。・・・まぁ、僕にも考えがあるから大丈夫。君はアパートで吉報を待つんだ、いいね」
「・・・わかったわ」
安間と中川は、京香のアパートを引き払うと別行動をとるべく、しばし別れることにした。
「圭介、気をつけてね」
「ああ。事を成したら指輪買って君を迎えに行くよ。だから、待っていて欲しい」
「・・・うん、あなた」
二人は、井の頭公園で熱い接吻と抱擁を済ませると別々の方向へと歩いた。
何度も振り返り、互いの姿を目に焼き付けながら。
そして、これが安間圭介と中川智子の今生の別れとなるのである。




