記者会見
捜査一課に戻る車内で、佐久間は珍しく妻の千春に電話をかける。
無性に千春の声が聴きたくなった。
「プルルルルル」
「はい、佐久間です」
「眠っていたかい?」
「ウトウトしていたところよ。・・・その声色は嫌な事があったのね?」
千春は長年佐久間の妻として、サポートしてきただけあり、瞬時に察した。
「・・・千春。山さんを逮捕したんだ」
「ーーーーーー!」
予想もしなかった佐久間の発言に、千春も困惑せずにいられない。
「・・・あなた」
「・・・ああ。わかっているよ。山さんは犯人なんかじゃない。誰かに嵌められたんだ」
「・・・助けてあげて下さい。他の誰でもない。あなたの手で」
「・・・ああ。しばらく帰れないかもしれない」
「わかってます」
「・・・千春」
「・・・辛かったでしょう?山川さんに手錠をかけるの」
「・・・辛かった。今までで一番手錠がヒンヤリとしていたよ」
「あなたは、佐久間警部よ。悩む暇があったら、解決に頭を使って。・・・頑張って」
「ああ。ありがとう。スッキリした。また連絡する」
千春のおかげで、少しだけ頭の整理をした佐久間は明日からの捜査イメージを必死に模索する。
(現職刑事が、殺人容疑で現行犯逮捕されたとなるとマスコミのことだ。もう騒ぎを聞きつけて警視庁前に集まっているだろう。・・・深夜だが、速報でテロップが流れているかもしれないな)
「日下、パトカーを警視庁の裏口に回してくれ。表口はマスコミで殺到しているかもしれない」
「わかりました。念のため無線で確認します」
日下は無線で、警視庁通信司令室に連絡を取る。
「こちらゼロサン号車。本部、応答されたい」
「こちら通信司令室」
「佐久間警部と現在、昭和通りから警視庁へ戻るとこであるが、表口の様子を目視確認されたい。マスコミは殺到していますか?」
「正面玄関に四十人程の報道記者たちを確認」
「・・・了解。ゼロサン号車は裏口から帰還します」
「了解」
無線連絡を黙って聴きながら、マスコミに質問されるだろう内容について頭の中で想定問答しながら考えているうちに警視庁に到着する。
表口のマスコミに気づかれることなく、こっそりと庁舎駐車場にパトカーを止め、無言のまま捜査一課に戻った。
捜査一課では、佐久間の到着を待っていた安藤が、途中まで迎えにきていた。
「佐久間警部。経緯は聴いているので説明不要だ。こんな時間だが、奥の大会議にて記者会見を行うぞ。組織を守るためにマスコミを理論武装で負けることは許されん」
「・・・わかりました。対応は私が行いましょう」
慌ただしく、深夜の記者会見が始まる。
〜 三十分後、大会議 〜
捜査一課長の安藤、佐久間が記者会見席に座ると無数の眩いカメラのフラッシュが二人を迎える。
安藤が記者会見の口火を切った。
「みなさん、深夜帯ではありますが緊急記者会見を始めます。簡潔に説明を行い、その後質問形式にさせて頂きたい」
「現職刑事が犯人とは本当ですか?」
「現職刑事と被害者の関係は?」
記者たちの質問に安藤は苛立ちをおぼえたが冷静に対応することに専念した。
「それでは、説明から始めます。まず、事の始めは110番通報です。警視庁通信司令室に人が二人倒れている情報が二十二時二十分頃寄せられました。幸い近くに上野警察署台東交番あり、警察官二名で急行しましたが、一名死亡、一名は意識がないため応援要請を受けた捜査一課も駆けつけた次第です。死亡したのは一般成人女性、年齢は二十歳から三十歳前後で現在身元特定中。死因は拳銃による射殺と思われます。近くで倒れていた男は山川義郎、五十一歳。我々捜査一課の刑事です。被害者側には使用した拳銃が落ちており、山川義郎の指からは硝煙反応を確認。緊急逮捕した。・・・以上が経緯です」
再びカメラのシャッター音、フラッシュの光が安藤達に降り注ぐ。
用意された席には記者達は座らず、総立ちし安藤に詰め寄る。
「現職刑事は、どんな人間なんですか?我々の調べでは、中々横暴な刑事と聞いていますが?」
普段は冷静な安藤もこの言葉には切れる。
「山川刑事が横暴?誰の情報だ!・・・今話した記者、そこの君だよ?誰からの情報筋だ?」
「情報筋は明かせません。しかし、あなた方の身内から聞いたんです。よく聴き込み捜査でもトラブルを起こしたこともあるとか?」
「・・・・・・」
「黙るということは、認めると解釈しても?」
安藤が記者を鋭く睨む。
黙って聞いていた佐久間が、安藤に目で合図して代弁し始めた。
「トラブルはありません。記者さんに逆に質問します。我々は凶悪犯罪者を相手に日々闘っています。そのため一般人よりも口調や仕草は常に誤解を与えやすい。あなただって、街で山川や私に職質されたら、それだけで圧迫感を感じるかもしれません。その時あなたは、訴えますか?」
「・・・それは理論のすり替えだ」
「ええ。理論のすり替えですよ」
「ーーーーーー!」
「みなさん、何か勘違いしているのでは?安藤の説明を思い出してください。通報があり所轄警察官が駆けつけた時は山川刑事も倒れていたんですよ」
佐久間の言葉で、会場は一瞬静まりかえった。
「みなさん、腹の探り合いはやめましょう。今から警視庁としての腹を話します。その上でみなさんの意見も聴いてみたい。一度カメラやマイクを下ろして、お座りください」
記者達は佐久間に言われた通り着席する。
「事件を整理して一緒に考えましょう。普通に考えてください。通報があり現場に駆けつけた時に山川刑事は意識がありませんでした。指からは硝煙反応。ここから、みなさんは何を想像しますか?」
「女性を撃ったショックで意識を失った?」
「我々は刑事です。発砲し意識を失うなどあり得ません」
「誰かが山川刑事の意識を断ち、山川刑事の指を拳銃の引き金にあて、女性を撃った?」
「そんな時間はないでしょう。そんな回りくどいことをしたら、誰だって走って逃げると思いますよ」
「山川刑事の意識を断ち、山川刑事の拳銃を使って女性を撃った後に山川刑事に待たせた?」
「まあ、八十点です。そんなところでしょうか?」
記者達は顔を見合わせる。
「あの、では何故、山川刑事を逮捕したんですか?」
「現状では山川刑事の無実を証明する術が揃わないからです。我々はもし、これが家族でも同じ条件、つまり、やっていないという証拠がなければ妻や自分の子供でさえ逮捕しなければならない。まして、山川刑事は私の部下です。逮捕したくはありません。しかし、容疑者である以上真相が判明されるまでは、身柄確保するしかありません」
「佐久間警部、どう報道を?」
「ありのまま、現状を報道してください。真犯人は必ずテレビニュースで事の顛末を確認するはずです。我々は山川刑事を信じています。犯人が油断している間に秘密裏に捜査を開始します」
「佐久間警部のことは、我々報道人として長年見てきているので十分に信用出来ますが、本当に山川刑事はシロなんですかね?」
「証拠がない以上、言い切れませんが山川刑事が犯人なら私は一緒に牢屋に入りましょう。なんなら、職を辞しても結構です。逮捕した時も山川刑事はある事件を捜査し、おそらく張り込みをしていたはずだ。そこを狙われたと確信しています」
佐久間の本音を聴いた記者達は、みんなで話し合った。
はじめは、現職刑事の不祥事として大事件枠で特集を組もうと考えていたが、単純に第三者が真犯人で嵌められたのが事実ならば、騒げば騒ぐ程、報道のせいで捜査を邪魔しかねないからだ。
「佐久間警部、現職刑事が逮捕されたことは事実なので、その点は報道します。但し、警視庁は他との関連も視野に入れ詳しく捜査すると付け加えておきますよ」
佐久間は記者達に頭を下げる。
「ありがとうございます。マスコミのみなさんに感謝するとともに有益な情報があれば互いに共有しましょう。よろしくお願いします。・・・何か単なる事件ではない気がしております。時にあなた方マスコミの方が我々よりも裏に辿りつくことも知っているし、頼りにもしております」
「こちらこそ、腹を割って話してくれてスッキリしましたよ。・・・不祥事なら本当は数字上がるんで良かったんですがね」
ある記者は、手書きのメモをその場で破りカバンにしまい、ある記者はカメラで記者会見の様子を撮影することをやめた。
「佐久間警部。あなたは何か今後の捜査展望などお持ちですか?あればお聞きしたい。なんせ、あなたは昔から対応が早い。この記者会見だって、あなたの思惑通りとなったはずでしょ?」
佐久間は微笑する。
「さすがに一時間ほど前にあった事件で、まだ何もわかりませんよ。・・・山川の身体に何か証拠が残っていないか念入りに調べさせています」
記者達は引き上げていった。
佐久間の機転で何とか記者会見を乗り切ったが、記者達に宣言した通り、真犯人を見つけないことには山川刑事を救うことができない。
佐久間の捜査が、始まる。