井上香織
佐久間から指令を受けた山川は、安間圭介と関係がある井上香織、坂田美雪の順に二人を警視庁に呼び出し任意で事情を聴いた。
ワザとぶっきらぼうな態度で怒らせ、場を濁した後で佐久間が紳士的な振る舞いで話を深く聴く作戦である。
当然、山川の横柄な質問に二人は応えることはなく怒り心頭で警視庁を後にした。
「山さん、ありがとう」
「・・・捜査が進むなら、喜んで汚れ役いくらでもします。では、警部あとは頼みます。警部が話を聴き出す間に、今度はランチマーケットで斉藤啓二を揺さぶってみます」
「ああ、頼みます」
翌日、世田谷区若林四丁目。
佐久間は、まず井上香織の勤めている花屋を訪問し、井上香織に頭を下げた。
「警視庁捜査一課の佐久間と申します。昨日は部下が失礼を働いたようで。キツく指導したことを報告に来ました」
昨日とは違い、謙虚な姿勢で接する佐久間に井上香織は驚きを隠せない。
「同じ警察官の方なのに、こうも違いますか?あなたなら、話を聴いても答えますけれど?」
「本当ですか?では、コーヒーでもご馳走させてください。店長さんには私からお断りを入れます」
佐久間は店長に、捜査関係でどうしても井上香織の協力が必要なことを説明し三十分程度、職場を離れる許可を得てから、近くの喫茶店に案内した。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとロイヤルミルクティです」
「さぁ、飲みましょう。あなたのおかげでコーヒーが頂けます。来てくれてありがとうございます」
「本当に紳士なんですね。テレビで見たまんまの刑事さんだわ。・・・もしかしてランチマーケットで会いませんでしたか?」
「はい。お会いしてますよ。偶然ですが」
佐久間は苦笑いし、佐久間の笑顔につられるように井上香織も微笑した。
「昨日、山川って刑事さんに安間圭介の居場所どこだ?本当は知ってるんだろう?って容疑者みたいな聴かれ方して、私頭来ちゃいました。普通、任意で話聴きたいなら佐久間さんみたいに訪ねて来ますよね?だから、何も答えたくなくて拒否して帰ってきました。・・・ひょっとして、公務なんとかにあたります?」
「公務執行妨害ですか?いいえ、あたりませんよ。大丈夫です」
井上香織はホッと胸を撫でおろしミルクティを口に運ぶ。
「それで、佐久間さんはやっぱり安間圭介のことを私に?」
「安間圭介というか、まず色々なことを整理したいんです。ゆっくり話をしますので答えて頂けるものは教えてください。答えたくないものは結構です」
「・・・はい」
「まず、井上さんはまだ安間圭介と復縁を望まれていますか?」
「・・・いいえ。中川智子さんが安間圭介と復縁というかよりを戻した話を先日坂田美雪さんから聞いたんです。貸したお金が戻ってくるなら、もういいかなって思います」
「察するに、中川智子さんを通して返金依頼は安間圭介に伝わっている。そう解釈しますが、結構ですか?」
「今の発言だけでわかるんですか?」
「はい、わかりました。しかも、安間圭介に熱を入れていたあなたが、あっさり身を引く態度から他に意中の相手が出来た、斉藤啓二さんですか?」
「ーーーーーー!ヤバくないですか?えっ、なんでわかるんですか?」
「この商売を長くやっていると、なんとなく身についてしまうんです。因みに返金依頼は進みそうですか?」
「はい、少しずつですが返してくれることになりそうです。入金が確認次第、被害届取り下げようかと」
「そうですか。お互いに納得なら警察なんて不要です。良かったですね?」
「ありがとうございます」
佐久間はコーヒーを飲み干すと話の核心に入ることにした。
「・・・安間京香さんのことはご存知ですね?」
「はい。圭ちゃんの妹さんですよね。知っています」
「安間圭介は、坂田美雪さんの元旦那さん野本秀人さんを犯人と疑っているようですが、あなたの耳に入っていますか?」
「はい。何度かあの店で飲んだ時に。坂田さんから野本秀人さんと安間京香さんの因果関係について教えて貰ったの」
「安間圭介と坂田美雪さんも付き合っているんでしたよね。確か飲んでる時に聴こえて来ました」
「・・・不倫です。まあ、私も遊びで付き合ったから悪く言えませんが」
「否定はしませんよ。誰かに寄り添わないと背骨が立たない夜もありますから」
「佐久間さん・・・」
「坂田さんなら、野本秀人さんと安間圭介の間に立たないでしょうか?厳しければ、井上さんにお願いしたい。安間圭介を殺人者にしたくないんです。今なら罪は軽い。被害届取り下げなら、執行猶予だってあるかもしれない」
「・・・佐久間さんは、ここまで話をしても圭ちゃんの電話や住所聴かないんですね?・・・いいわ。坂田さんはさすがに不倫を今更バレたくないだろうから私から中川智子さん宛てにラインして、圭ちゃんに伝えてみます」
「・・・ありがとうございます」
「あの、一つ気になることが?」
「何でしょうか?」
「斉藤啓二さん、飲む度に圭ちゃんのことを聴きたがるんです。お店に入店させたいみたいで」
「・・・真意はわかりかねますが、色々な意味で安間圭介はあの店に入店はさせない方が良いと思いますよ。坂田さんと野本秀人さんの関係もありますし。みんなが大人と言っても、波風立たない保証はないですよ」
井上香織は、納得し職場に戻っていった。
(一人目は良し。次は坂田美雪だな)
井上香織を見送り、佐久間は杉並区に向かうことにした。