表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
容疑者 山川義郎 〜佐久間警部の策謀〜  作者: 佐久間元三
それぞれの事情
13/29

安間京香と野本秀人

 二月十七日、十九時 科捜研。


「よお、氏原」


 佐久間は、研究室のドアを叩き、一人で残業している氏原に声を掛けた。


「おお、佐久間か?来ると思っていたよ」


「山さんの結果を聞きにきたんだが、どうだ?一杯?お礼にご馳走させてくれ。千春もお前に会いたがってるぞ」


「千春ちゃんが?俺も会いたかったところだ。あそこの店でどうだ?」


「ああ。じゃあ、千春に電話してみんなで飲もう」


 佐久間は自宅に電話を入れる。


「プルルルルル」


「はい、佐久間です。あっ、あなた?」


「千春、氏原と飲もうと思うんだが、いつもの店に来られないか?うちらも今から向かうから、ちょうど時間合うと思うんだ」


「いいわね。すぐ支度して向かいます」


「ああ、それじゃあ、また後で」


「氏原、待たせたな。千春も合流するよ」


「そうこなくっちゃ!今片付ける」


「おっと、忘れていたよ。捜査一課に電話しないと」


 佐久間は日下宛に連絡を入れる。


「もしもし、佐久間警部。日下です。警部に言われた通り、野本秀人とコンタクト取ろうと思ったら弁護士を通してくれと言われたので、担当弁護士経由で明日面会出来るように手配しました」


「そうか、ご苦労さん。場所はどこだ?」


「渋谷区道玄坂です。九時でよろしかったでしょうか?」


「ああ、勿論だ。日下、明日は直行する。お前も捜査一課には寄らずに八時五十分に道玄坂の交番前で落ち合うぞ。課長に話しておいてくれ」


「はい。目の前にいらっしゃいますので伝えておきます」


「じゃあ、私は今まだ科捜研にいるから、直帰する。お疲れ様」


「お疲れ様です」



 〜 一時間後、下北沢 〜


 三人は、駅で時間通り合流し馴染みの居酒屋で飲んだ。


「学生時代と変わらないわね。懐かしいわ。昔みたく居酒屋で喧嘩はよしてくださいね。あなた?氏原さん?」


「あの頃は若かったな、佐久間。俺が先に千春ちゃん口説く予定だったのに」


 氏原は、佐久間と千春にビールを注ぎながら苦笑いする。


「氏原さんと付き合っていたら、あなたは誰と結婚したんですかね?」


「・・・独身だったと思うし、こんなにバリバリ仕事してなかったんじゃないかな?氏原どう思う?」


「そうだなぁ。やっぱり遅かれ早かれ二人は結婚したと思うよ。縁深いから」


 佐久間と千春は顔を合わせ笑った。


「・・・そうね。この人とは縁深いもの」


「・・・ところで氏原。山さんのことなんだが?」


「ああ。お前の予想通りさ。山さんとガイシャから同じ成分の薬物だ」


「やはりな。すると、本ボシは山さんを嵌めるためにガイシャを殺したのかもしれないな」


 千春は黙って聴いている。


「千春、悪いな。仕事話して」


「大丈夫よ。気にしないで」


「佐久間、ひょっとして本ボシに目星付いているのか?」


「ああ。何と無くな、耳を貸してくれ」


「ボソボソボソ」


「何だって?まさか?」


 佐久間は、千春にビールを注ぐと自分のビールをクイッとあけた。


「まだ、想定であって確信じゃない。しかし、それなら時間的にも辻褄が合うんだ。だが、そこに辿りつくためには単独では不可能だ。本ボシは最低二人」


「・・・なるほど。それで成分鑑定も依頼したわけか」


「氏原さん、どういうこと?」


「千春ちゃん、こいつはね、山さんが逮捕された時にガイシャだけでなく、山さんの身体に付着した成分も俺に鑑定を依頼したんだ。普通は、指についた硝煙反応だけ調べれば終わりなんだが。つまり、瞬時に山さんを運んだ人間とガイシャを殺した人間が、単独ではなく複数と予想したんだ。・・・誰にも考えを漏らさずにね。どういうことかわかるかい?」


「・・・周りに犯人がいるかも知れないと思ったから?」


 佐久間は、ニコッと微笑む。


「さすが、我が愛する妻だよ。その通りさ。得てして策を講じる人間は、結果を気にするものだ。あの場にいたかは確証持てないがモニター越しに見ていたことも考えて、あえて山さんに冷たい態度を取ったうえで現行犯逮捕した。・・・それが、あの場から山さんを一番守ってあげられると判断したんだ」


 氏原は、枝豆を食べながら質問する。


「佐久間、さっきの話だが少しだけ教えてくれないか?何か新情報でも抑えたのか?」


「いや。山さん拘留四十八時間の中で、山さんの無実を証明するためには山さんが取った行動をトレースするのが早いんだ。どこを歩いて、何を見て、何を怪しいと感じたかをね。新宿の貴金属店で安間圭介を追って聞き込みしていた山さんを更に調べている人間がいたことがわかったんだ。そこから、山さんが何者かにマークされ嵌められたと確信出来た」


「・・・なるほど。そこから、本ボシになったつもりで路地の謎を解いたという訳だな」


「氏原には、敵わんな。その通りだよ」


 氏原は千春に、ビールを注ぎ微笑む。


「千春ちゃん、やっぱり佐久間は良きライバルだ。千春ちゃんと会えて昔ライバル視した自分を思い出したよ。・・・負けちゃいらんないねぇ」


「ふっ、私もだよ」


 三人の楽しい夜が続く。



 二月十八日、渋谷区道玄坂。


 時間通り、合流した二人は道玄坂を登った弁護士事務所を訪れた。


「ここか?蓮池守弁護士事務所。ここに野本秀人が?」


「はい。指定してきたので、もう来ているかと」


 佐久間たちは、受付を済ませ、二階の応接間に案内された。


 待つこと、一分。


 弁護士の背後に守られる形で、野本秀人が姿を見せた。


「警視庁捜査一課の佐久間と日下です」


「蓮池弁護士事務所の代表蓮池です。こちらは野本秀人さんです」


 互いに挨拶を済ませ、席に着いた途端、野本秀人は悪態をつく。


「刑事さんよ、俺を痴漢容疑者だけでなく、今度は殺人容疑で話を聴きに来たのか?・・・どこまで人の人生滅茶苦茶にすれば良いんだ?」


「何ぃーー?」


「辞めろ、日下」


「やめなさい、野本さん」


 佐久間が日下を制御し、蓮池弁護士も野本秀人を制御する。


「野本さん、今日伺ったのは、あなたの事実関係を聴くためです。捜査一課では、まだあなたを疑っていない」


「・・・どうだか」


「安間京香殺害事件で、安間京香関係者から事情を聞いていくうちに、あなたの痴漢容疑と裁判に関する話が出てきました。安間京香の同僚話では、もしかすると冤罪なのではという意見があります。そして、安間京香殺害を捜査すると、まず野本秀人さん、あなたに一番に容疑がかかる。・・・しかし疑惑があっさり掛かり過ぎるんです」


 蓮池弁護士は、冷静に対応する。


「では、うちの野本秀人さん身柄確保に来られた訳ではないと?」


「はい。先ほども申した通り、野本秀人さんは誰かに利用されている可能性があります。野本さん、誰かに事件のことや関係話を外でした事はありませんか?」


「・・・・・・」


「野本さん、この刑事は信用出来ると思います。この間、テレビで会見していた刑事ですよ」


 野本は、しばらく佐久間の顔を見つめて、ようやく思い出したようだ。


「ああ。あの一味違う刑事さんか!・・・あんたなら信用出来る」


「悪いようにはしません。心当たりあれば教えてください」


「・・・ショットバーのマスターに話したことはあります。痴漢容疑で逮捕されたことや妻に逃げられたこと、安間京香を殺したい程憎んでいることをね」


 日下が思わず立ち上がる。


「それじゃあ、やはり!」


 佐久間は、日下の肩を少し強めに抑え着席させる。


「違う!野本秀人さんにとって安間京香は殺したい程憎いが殺す動機はないんだよ」


「・・・どういう事ですか?」


「安間京香は、痴漢冤罪を覆す大事な生き証人だ。冤罪を勝ち取ることが唯一社会復帰出来る手法なのに、何故それを自ら放棄する必要がある。私は野本秀人さんを信じる」


 それを聴いた野本秀人は、涙をポロポロ流し佐久間の手を握った。


「佐久間さん、あんただけだよ。俺のことをここまで理解して信じてくれる人は!・・・よくぞ、よくぞ言ってくれた!裁判でもこうして庇ってくれた人は弁護士先生しかいなかったよ」


「野本さん。辛かったですね。・・・ありがとうございます、話してくれて」


「なぁに、無実を信じてくれる人には幾らでも話しますよ」


「野本さん、もし本ボシがあなたの立場を利用しているとすれば、まだあなたはターゲットになる可能性があります。どうか、行動には気をつけてください。アリバイが付く行動を出来るだけお願いします」


「・・・わかりました」


「野本さんが、通っているショットバーはどこにあるのか教えてください」


「同じ渋谷区猿楽町ですよ。代官山駅から徒歩七分くらいの所です。店の名前は、ランチマーケットです。斉藤啓二という経営者兼マスターによく相談をしていました」


 佐久間は、メモを取り二人に挨拶をする。


「話を伺えて助かりました。捜査一課では野本秀人の無実を証明するためにも事実関係を突き止めます。ご協力ありがとうございました」


「佐久間警部、あなたとは良い仕事のお付き合いが出来そうだ。今後もよろしくお願いしますよ」


「ええ。こちらこそ。野本さんをよろしくお願いします。では」


 佐久間たちは、蓮池弁護士事務所を後にした。


「まだ、夕方までに時間があり過ぎるな。一度捜査一課に戻ろう、日下」


「はい。あの、佐久間警部」


「どうした?」


「さっきは、先走りました。・・・すみません」


「気にするな。いいか、日下。先走るのは若者の特権だ。ミスをしたって良いんだ。今のうちに沢山失敗して、次に活かせ。そして同じ過ちはしないこと、他人の感情や想いを考えてやれること。特に自分が容疑を掛けられた場合、相手に言われてどう思うかを悟ることが出来るようになれば、場を掌握することが容易になるさ。まっ、先は長いがな」


「はい!勉強になります」


「わかれば、良いさ。では、一課に帰るぞ」


(こうして、私も下山先輩に教えられたな。下山先輩、あなたの意志はこうして紡いでいくんですね)


 捜査一課に戻りながら、佐久間はふと昔、先輩たちに指導された内容を思い出していた。


 山川や自分が引退した時、日本の安全は側にいる日下や、小川たちに掛かっている。


 捜査技量や接客能力、判断力、行動力など継承していかなければならないと、改めて感じた佐久間であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ