女子会
佐久間と山川が、事実関係を探っている頃、渋谷区猿楽町のある喫茶店では女子会が開かれていた。
「じゃあ、被害に遭った者同士仲良く情報交換しましょうね。私から自己紹介します。中川智子、目黒区中央体育館付近のペットショップでトリマーしてます」
「井上香織、世田谷区松陰神社付近のフラワーショップに勤めてます」
「坂田美雪、バツイチ幼稚園保母です。よろしくね」
三人には、共通点があった。
昨年末、安間圭介のことで警視庁に結婚詐欺の相談をした際に、たまたま相談時期が重なり知り合ったのである。
年が明け、まず中川智子と井上香織が電話とラインで少しずつ交流し、そのうち坂田美雪も入れて女子会を開く計画となり、本日三人で会って話すこととなったのだ。
坂田美雪は、ダージリンティを飲みながら二人に経緯を尋ねてみた。
「みんな、安間圭介と付き合っていたんだよね。私はどちらかというと、前に旦那がいる身で付き合ってたから、不倫なんだけど、どこで知り合ったの?」
中川智子は、少し照れ臭そうに身をモジモジさせながら答える。
「目黒区のバーで声かけられたの。いつもはペットショップが終わったら、まっすぐ家に帰るんだけど、この日は何と無く一人で眠りたくなくて。誰かに慰めて欲しくてバーに行ったら、偶然会ってね。・・・寂しかった私には白馬の王子に見えたわ」
「わかるーー!」
「・・・あとは二人の想像通りの展開。意気投合して口説かれて、ホテルに行って、付き合って」
井上香織が、興奮気味に食いついた。
「で、安間は結婚話をあなたに?」
「ストレートな表現はなかったな。ただ、新しい家族を持ちたい的なことを独り言で言ってた。私はそれを察したの。あっ、これは私と所帯を持ちたいんだなって。井上さんも同じなの?」
「・・・私は、彼の身体に夢中になっちゃって、私からプロポーズしたの。子供欲しいし。世田谷区でつまんなそうに買い物していたら、声掛けられて喫茶店で会話が弾んで、気がついたらホテルにいたわ。一回でハマっちゃって。それからは定期的にこちらからアプローチして」
「坂田さんは、不倫なんですよね?」
「ええ。身体がハマっちゃったのは井上さんと同じ。相性が良かったのかな。前の旦那は淡白でつまらない人だったから、危険なオスは魅力だったわ」
三人は、出会いと付き合っていた頃の話題で大いに盛り上がる。
「・・・みんな、暮れに警視庁で会ったんだから、安間に、そのどの位お金を取られたのかしら?私は三百万円」
井上香織は、聞きにくいことではあったが中川智子と坂田美雪に尋ねてみる。
先に中川智子が答える。
「・・・二百五十万円。安間がやっている事業が不渡り出して、操業資金として貸したのがキッカケ。でも、初めは全額直ぐに返金してくれたの。だから、その後も何度か同じ場面となっても疑わなかった。時には水増しして返金してくるたから」
「私は、三十万円ずつ八回だから、二百四十万円。手口は中川さんと一緒よ。何回も貸し借りを繰り返しているうちに麻痺しちゃって、気付いたらドロンね」
三人は、被害意識が合致したのか妙な一体感を感じていた。
「私や井上さんは、結婚を意識してたけど、坂田さんは実際どうだったの?旦那いたんたなら、結婚とかは関係ないでしょ?」
坂田美雪は、しばらく考え込んだ。
「初めは家庭を壊す気なんてないわ。でも、先に家庭を壊したのは旦那の方よ。・・・ここから先はとてもシラフじゃ話せない」
中川智子と井上香織は顔を見合わせて笑った。
「いいわ。なら、お酒早くから飲めるショットバーが近くにあるの。十七時からオープンだから、あと四十分ここで時間潰してから行きましょうよ。安間に振られた者同士仲良くしたいわ。ねっ、井上さん。マスターイケメンよ?」
「イケメン?・・・行きます」
「決まり!じゃあ、違う話題ね?」
十七時過ぎ、渋谷区猿楽町ショットバー。
代官山駅から徒歩七分で着く、このショットバーは知る人ぞ知る隠れた名店であり、カウンターやテーブル席の他に特別会員には個室が提供され、ジャズやクラシックを楽しみながら酒を嗜むことが出来る。
店が混むのは、二十時過ぎからであり中川智子は決まって、この店を利用する時は開店直ぐにと決めていた。
経営者の斉藤啓二は、イケメンで愛想もよく、安間の他に中川智子は斉藤啓二にも惹かれていたのだ。
客が少ないこの時間帯なら、良く身の上話を聴いてくれたし、色々と親身になって応対して貰えるので、自分と同じ境遇の二人を紹介したかったのである。
「いらっしゃいませ、智子さん。今日はお一人ではないんですね」
「マスター、どうも。今日は悩み友達とお邪魔するわ」
「ようこそ、ランチマーケットへ。ちょうど良かった。試作していたカクテルがやっと完成したんです。まだ、誰もいないし味見して貰えませんか?勿論、お代結構です」
井上と、坂田は甘いマスクの斉藤とこの申し出に一瞬で恋に落ちた。
「いいんですか!じゃあ、お言葉に甘えます」
三人は、奥の個室も勧められたが、マスターと会話がしたいので、あえてカウンター席を選び、試作カクテルを飲むことにした。
「中川さん、素敵なお店ね。私、一発で気に入っちゃった」
井上は、マスターのカクテルを作る様に見惚れながら、うっとりしている。
「・・・良かった。ここのマスター本当に色々親身に聴いてくれるのよ。ねっ、坂田さん、さっきの話教えてよ?」
「カクテル飲みながらね。それにしてもイケメンだわ。来て良かった」
三人に熱い視線を感じながらも斉藤啓二は涼しい表情で、カクテルを手際良く完成させていき、最後に小さな花火を添えて、そっとカウンターに並べる。
「パチパチパチ」
線香花火に似た花火が、ブルーと淡いピンクのカクテルを彩り、甘い香りが漂う。
「テキーラサンライズにモスコミュールとカシスオレンジをブレンドしたものです。お愉しみくださいね」
三人は、甘い香りを楽しみながらカクテルを飲んだ。
「んー、美味しい。初めて飲む味ね!」
「花火がオシャレだわ」
「さっぱりとして、何杯もいけちゃう」
三人の好評に斉藤も、ホッと胸を撫で下ろす。
「・・・良かった。自信作なんです。これで本格的に出せますよ。ありがとうございます」
「こちらこそ、美味しかったです」
「お礼にもう一杯、オススメカクテルを」
斉藤は、絶妙なタイミングで二杯目を提供し三人は斉藤のおもてなしに対して更に好感を持った。
「・・・探せばいるんだね、いいオトコが」
「そうね。ねっ、マスター独身?」
「独身ですよ」
「じゃあ、マスター口説くために常連になっても良いですか?」
斉藤は照れ笑いする。
「光栄です。でも、私なんかよりもお酒に興味持って頂けるともっと嬉しいです」
「くぅーー。痺れるわ。私、通う!」
井上は、既に酔いが回っている。
中川は、井上は放っておいて坂田に話の続きを聴くことにした。
「ねぇ、坂田さん。そろそろ教えて。気になっちゃって」
「そんなに聴きたい?」
「聴きたいわ」
「あれは、もう十ヶ月程前かしら。夫が通勤中の車内で痴漢容疑で逮捕されたの」
「痴漢容疑で?本当に?」
「あり得ないでしょ?旦那は中堅銀行員だし、エリートコースにのっていて将来は順風満帆のはずだった。それが、痴漢容疑で逮捕されて、あっさり銀行クビになったのよ」
「・・・痴漢容疑だと言っても誤解だったり冤罪もあるでしょう?本当に旦那さんが?」
「ちょうど、安間と出会って付き合っていたから、もう野本のことはどうでも良いと思って、別れることにしたんだ。恥ずかしくて表も歩けないし。慰謝料タップリ貰って、安間と暮らすことも考えたけれど、安間と連絡取れなくなっちゃって。だから、居場所突き止める為にも警察に相談したの」
黙って聴いていた斉藤が、坂田に尋ねる。
「あの、本来お客様の話題に耳を傾けるだけなんですが、野本って野本秀人さんのことでしょうか?」
「ーーーーーー!」
坂田は、目を丸くして立ち上がる。
「主人、いえ、元主人を?」
「ええ。やはりそうですか?野本と言う性と痴漢容疑が聴こえたもので」
「ひょっとして、野本はこの店に?」
「ええ。常連さんで、ご贔屓頂いています」
「あ、あの。今の会話は野本には?」
「勿論。他人のことを言わぬのがバーテンですから」
中川は失礼と思いつつ、会話に参加する。
「あの、話の腰折っちゃうかもしれないんだけど野本さんは痴漢の件で何か?」
「・・・冤罪だと、自分は絶対にやっていない。嵌めた安間っていう女を赦さないとよく話されていましたよ」
「安間?」
「どうかされましたか?」
中川と坂田は互いに目を合わせて笑った。
「まさかねー?」
「・・・・・・?」
「いえね。私たち今日初めて女子会したんだけれど、結婚詐欺師に引っかかったんだ。男の名は安間だから、ビックリしちゃって」
「まさかね。たまたま苗字が同じなだけよ」
「そうなんですか?・・・人生は本当に色々なんですね。この商売していると、様々な人間ドラマを見ます」
「マスター。その野本さんが話していた方は安間誰さん?」
坂田が代わりに答える。
「安間京香っていったかな?京の香りだったと思う」
「あの、皆さんが被害に遭ったという安間なる人物は?」
「安間圭介よ。さすがに圭介は来てませんよね?」
「ええ。私はお会いしたことがないと思います」
井上香織は、酔い潰れ眠っている。
斉藤啓二、中川智子、坂田美雪の三人は安間繋がりで、この後も世間話を続け、坂田は元旦那について、あっさり捨てたことを後悔したのである。
「坂田さん、旦那さんと寄りを戻さなくて良いの?」
「・・・今更無理よ。まだ裁判中のはずだし。まだ、安間圭介の方がマシ」
否定しながらも、坂田美雪の心は大きく揺れていた。
中川と坂田の会話を聴きながら、斉藤は黙々と洗い物をする。
(・・・安間圭介、安間京香、野本秀人か)
こうして、他の脱線話もある中で女子会の夜が過ぎていく。