事実関係
「俺はここで逮捕されたのか?」
山川と小川は、二月十四日に事件があった路地に再捜査のため立っていた。
あの日、確かに安間圭介を追い、潜伏先からほど近い路地で張り込みをしていたが、この路地ではなく、自分が居たはずの路地から三つ程位置がズレているのだ。
「小川、俺はこの場所で張り込みしていない。三つ程秋葉原駅に近い路地だったんだよ」
「すると、誰かに眠らされてこの場所に?」
「・・・全てが一瞬だったからな。佐久間警部の話だと安間圭介は、この先の女アパートではなく遠く離れた鶴巻温泉にいたと言っていた。二課のヤロウ、ガセ言いやがったようだ」
「つまり、安間圭介ではなく二課の誰かが山川さんを嵌めた?・・・ということですか?」
「・・・わからん。しかし用心するさ」
小川は、病院の塀を手でさすると、改めてこの路地が人通りが少ないことを感じながら、山川に尋ねてみた。
「あの、山川さん」
「何だ?」
「安間圭介は、そもそも、我々捜査一課よりも捜査二課を警戒しているんですよね?」
「ああ、もちろん。結婚詐欺師は二課が天敵だ。たまたま傷害が重なって一課がかんでいるがな」
「すると、安間圭介よりも山川さんの行動を把握し、山川さんに恨みを持つ人間なんじゃないでしょうか?」
「・・・お前もそう思うか?」
「はい。でも、殺されたのは安間圭介の妹なんですよね?・・・ここで」
「そこなんだよ。嫌でも安間圭介の影があるんだ。安間圭介を追って、妹が殺され、俺も眠らされ、訳がわからん」
「・・・佐久間警部ならどう考えるのですかね?」
「警部は、凡人じゃないから違う景色が見えるんだろうな?俺なんか長い付き合いだが、想像もつかん。だから、こうして物的証拠がないか足で探すしかない。悪いが付き合ってくれ」
「わかりました。事件当日の場所もう一度歩きましょう」
〜 一方その頃、吉祥寺 〜
佐久間と日下は、安間京香が生前勤めていたブティックで店長に話を聞いていた。
「すると、時々安間圭介が妹の京香さんに会いに来ていたと?」
「はい。幼い時分に両親を事故で失い施設で育った二人は、普通の兄妹よりも仲が良かったんです。よくお兄さんが京香さんを訪ねてきては夕食を共にしていましたよ」
「・・・仲が良かったのは、よくわかりました。妹さんが痴漢の件で裁判していたことは、ご存知ですか?」
店長は、試着されたまま型くずれしたセーターをたたみ直すと、客が出て行く様をじっと見た後に口を開く。
「・・・知っています。何せ、裁判を進めたのは私なんです。同じ電車で見てましたから」
「そうですか。では、野本秀人なる人物は本当に痴漢を?」
「・・・それが」
煮えきれない返事に、佐久間と日下は反応する。
「それが、どうかしましたか?」
「・・・実は今思うと、野本秀人の手ではなかったかもと自信がないんです」
「見間違いなんですか?」
「いえ。見たのは見たんですが角度的に触れたか触れてないか微妙なんです。ただ、京香さん曰く触れていたらしいんですが」
「・・・相手の野本秀人はまだあまり調べてないのですが、サラリーマンですか?」
日下が尋ねた。
「中堅の銀行員だったらしいです。痴漢で逮捕され、即クビになったようですが」
「・・・裁判でわかったと?」
「はい。原告と被告の尋問で、野本秀人が恨み節で話していました。人生メチャクチャだと。絶対に痴漢はしていないし、京香さんを許さないと。それは凄まじかったです」
「そうですか」
佐久間は、続けて尋ねる。
「裁判に安間圭介も同席を?」
「いえ。お兄さんは京香さんから事の結果を細かく聞いたようです。何せ、警察や検察は嫌いですからね」
「・・・事情は知っているみたいですね?」
「ええ、まあ一応ね。でも、私には普通のお兄さんですよ。一緒に食事もしたしね。・・・なので、お兄さんが京香さんを殺すことは絶対にありません。殺すとすれば野本秀人が怪しいと思います」
(あり大抵に言えば正論だ。しかし、正論過ぎて違和感がある)
「情報提供感謝します。お仕事の邪魔を。また何か思い出したら、この名刺宛にご連絡ください」
佐久間は名刺を差し出し、ブティックを後にする。
「警部、やはり野本秀人が?」
「・・・いや、野本秀人に会ってみてからだな。人生メチャクチャにされた点では殺意があってもおかしくないが、野本秀人と山さんに接点はないはずだ。想像以上に複雑かもしれないな。日下、一課に戻って野本秀人の現住所か弁護士に連絡を取ってくれないか?」
「弁護士ですか?」
「ああ、この手の被告は、必ず弁護士を通して話すことを望む。警察に対しても恨みを抱いているからな。覚えておいてくれ」
「はい。勉強になります。早速調べてみます」
「頼んだぞ。私は科捜研で同期の氏原に会ってから、一課に戻る」
「科捜研ですか?」
「ああ。安間京香は射殺されたのが直接の死因だが、山さんに盛られた薬を拉致前に盛られたか調査を依頼してあるんだ。同一犯によるものか念には念を入れて積み上げておくさ」
「・・・やはり、警部は奥が深いです。勉強になります」
「捜査はやり過ぎて困ることはないからな。では、また後で」
二人は、吉祥寺駅前で別れた。
少しずつ、事実関係が明らかになりつつ、新たな謎が浮き彫りとなっていく。
果たして、野本秀人は本当に犯人なのか?
野本秀人の身辺を洗い人物像を見極めようとする佐久間と見え隠れする山川を嵌めた犯人。
事件の真相はまだ遠い。