表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤギの心臓

作者: 名称未設定

宙はかくもヤギの心臓のように紅く、視界も又それに彩られている。

そこに刺し込むように突き出された鈍色は美しくも醜い白魚に添えられていて。


僕は、言う。


「あなたが好きだ」


彼女は、言う。


「死んでもいいわ」


ちゃちなナイフはもうその穢れなき喉元を食い破れと囁いているというのに。

愛しい僕の人形は口元を鎌のように歪め僕の鼓動を軋ませる。


何故、なんて問いはとうに枯れ果て、地に転がる彼女の携帯とともに亡骸のように朽ち果てている。

だのに、彼女への好意は消えることもなくいつかに夢見た孤島の熾火のように燃えて。


何もわからず、何も口にできない。

まるで生まれたての赤ん坊のようで、いやそれでも今の僕はそれにも劣る畜生だ。

だから例えるなら、そう。


「迷い児。可哀そうに道順を間違えた愚かな子。途切れた道を体液で穢して足元もおぼつかずそれでも歩くのね」


迷った、のだろうか。

嗚呼、それでもナイフを片手に愛を囁くのは、性器をつぶしながら絶頂するのと同じようなことなのだろう。

それ等の行為が似たようなものであっても等価であるかはともかくとしても。


頭はとうに僕の制御を離れてウジ虫のごとき有様。

ごそがさと騒ぎ立てるそれは何故だか体をも這いずり回り脳を、腕を、足を、手を、ナイフを。

震わせる。


死体をあさるハイエナよりも荒い吐息を繰り返し、暗示のように僕は言う。


「僕はあなたが好きだ。好きで、好きだからこそ、好きであればこそ、なればこそこのような行動をしているのだ」


このようなことを言えた自信はない。

頭をはいずるそれを引きずり出しせめてもの飾りつけをして相手の口元に押し付けたようなありさまが言葉。

そんなものは伝わりようがなく、だから、彼女の言葉は


「だから、死んでもいいわ」


何も形を結ばない。


「私」


何も。


「死んでもいいわ」


なに、も。


何も聞こえないはずの言葉はウジ虫を押しのけ勝手にそれの意味するところを突きつけようとする。

いよいよわからなくなって僕は優しい痛みを彼女に押し付けた。


だから、死んだ。


形はいともたやすく結ばれて、彼女の悲哀に満ちた瞳は僕の舌がなめとった。


「      」


やまぬ吐き気とおぞましい絶頂に体を震わせながら口から出た言葉は何の意味も持ってはいなかった。


代わりにドロドロにかき混ぜられたウジ虫の死体の山が彼女の言葉を語りだす。


「私、死んでもいいわ」


「死んでもいいと」


「言っている」


「のは、なぜ」


「意図は虚像」


「意味は実像」


「愛している」


「の言葉の英語」


「を曲解」


「好きだ」


「な満月」


「だから」


「それ」


「は?」


それはもはや彼女の言葉ではなく僕の口からあふれ出るものだった。


意図は明確でだからこそ彼女は悲哀を僕に向けた。


僕は、駆けた。




気づけば僕は宙にいた。


ヤギの心臓は賢しき人の腸の中に飲み込まれ、そこに白々しい球体がぽかりと浮かんでいた。


言葉は疾うに枯れ、罪悪感というプレス機はたやすく僕の体を押しつぶした。

肌に触れる風も、恐怖におびえる本能も感じず。

彼女の真意を遅すぎる手紙のような後悔とともに知った。


――今日は月がきれいですね。


柘榴は散った。


だからおしまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ