その1 ハンバーグ定食を食す。
ぐねぐねと書いてまいります。
余が若かりし時のことである。
時間はあるが、金がない、仕事は詰まっているが、私生活のスケジュールは詰まっていない、そんな時の出来事である。
当時、余は、とある地方都市で仕事をしていたのである。この際、少し御幣があるといけないので、都市ではなく、田舎としておいたほうが無難な場所である。
開けているところと言えばJRの駅前、そして国道沿い程度の寂しい所である。
休日、あても無く出かけた余は、何も無い田舎をほつき歩き、いささか空腹を覚えておったのである。国道沿いにまばらに存在するチェーン系の飲食店にはどうも気が進まなかった、何故なら給料をもらってまだ日がたっておらず、懐は暖かい状態である。こんな時にピエロのハンバーグや寝ぼけたようなヒバリのレストランに入る気はしない。その時は、良いものを食ってやる、この気持ちが強かった。
国道から少しそれたところに昔ながらの洋食店がたたずんでいるのを発見した余は、迷わずその店に飛び込んだのである。
店の中は薄暗く、小生以外に客は居らず、オーナーシェフらしき親父が退屈そうに新聞を読んでいたのである。早速、適当に席に座ると、シェフがメニューを持ってきたので、早速、目を通すと、片っ端から並ぶ定食の数々、フライにエビフライ、カレーライスにスパゲッティ(パスタではない)などなどおなじみのメニューである。
しかし、その時の余はメニューはすでに決めていたのである。そう、この店で一番高額ななのを食すと。メニューの値段設定は800円からの経済に易しい状態で、どれもこれも似たような値段である。
その中で唯一4桁だったのが、ハンバーグ定食であったのである。
余は、ためらわずハンバーグ定食をシェフに注文した。その間、週後れの少年誌を眺めながら時間を潰す。物欲しそうにカウンターの奥で動き回るシェフを目で追うようなことはせず、空腹に腹をへこませ、ハンバーグ定食に胸を膨らませて、しばし待っていた。
そして漸く、ハンバーグ定食が余の前に姿を現したのである。待ちに待ったハンバーグ定食である。
余は、これよりハンバーグ定食を食す。心の中で高らかに宣言する。頭の中にファンファーレが鳴り響き、余は、お手元と記された割り箸に手を伸ばす。ナイフとフォークも一緒に出て居ったが、漬物と味噌汁を味わうにはどうしても箸でないと収まりがつかぬためである。漬物を一口、口中に入れ租借する。何の変哲も無いお新香である。そして味噌汁、わかめが少々と麩が浮いているのはせめてもの愛嬌である。これも一口すする、普通の味噌汁である。そして、本日の主役のハンバーグを箸からナイフとフォークに持ち替えて、そっとナイフを入れる。濃厚な肉汁が・・・そんなに出ない、切り分けたハンバーグを見つめる、取り立ててびっくりするような者ではなく、普通の合い挽きミンチである。満を持していざ口中へ、一噛みごとに肉のうま味が・・・さほど無い、しかし、余はこの店でもっとも高額なハンバーグ定食を食しているのである。それが証拠に、ハンバーグの上には目玉焼きがあるではないか。目玉焼きだけでも充分にご飯を茶碗二杯は食せる火力を保持しているのである。その主力足りうるものがこの場では主砲ではなく、副砲もしくは高角砲なのである。
しかし、その主砲は戦艦の主砲ではなかった。それだけのことである。1050円でそこまで期待してはならないことを余は悟ったのである。しかし、ハンバーグ定食は余の空腹なる強敵に対して、充分な美味と滋養を持ってこれを撃退してくれたのである。
あちこちでハンバーグを食したが、あの時ほどテンションが上がったハンバーグにはお目にかかっていないことは確かである。
そっとしておいてくださいね。