第252話 積み重ねた色
洞窟の頭上には、氷柱のような石が無数にぶら下がっており。それは、大地が時間をかけて土を侵食し石灰成分を含んだ水が再結晶することにより数千万年かけて積み重ねてできる時間が生み出した神秘。それが鍾乳石である。
だが、
「邪魔クセェんだよっ!」
サリーの振るう刀で、鐘乳石はいとも簡単壊れてゆき洞窟内で道ができて行く。長い時間をかけて作られてきた神秘だの努力などのというのは、最も簡単に壊されて行くのは世の常である。
そうやって作られてきた道を歩くレギナとサリー。ここまで来るのに約半日がすぎていた。
「おい、どこまで歩けばいいんだよ」
「この洞窟内を以前通った時は一週間かかった」
「ハァ? どんだけ長げぇんだよ」
「雪解け水が侵食して通れない場所も多くあった。順調にいけば四日で着く」
以前、この場所を通ったというレギナの言葉に呆れ顔のサリー。ワイバーンでの移動を含め、このアルブスの地に足を付けた日数も含めればすでに一週間が経過している。
サリーが今一色 翔の体を奪った日数も同様。よって、彼の体に残されている時間も非常に短い。
「基本洞窟内での寝泊まりだ。だが、仮眠程度に済ませておいて移動を続けるぞ」
「おい、なんだそ....」
次の瞬間、洞窟の奥の方から断末魔のような悲鳴にも似た大きな鳴き声が二人の耳を貫いた。距離にしてだいたい数十メートル先だろうか、少なくとも好意的な声ではないというのは、それなりに魔物を相手取ってきたレギナと、野生の本能としての感をサリーが感じ取っていた。
「外は猛吹雪。人間ですら怯むような過酷な環境において、魔物や動物はいくら適応力があるとしてもそれを避けようとするのは生物としての本能だ」
「....要はあれだろ?」
ズシリズシリと、大きな足音が洞窟内を揺らす。レギナがゆっくりと腰の剣を引き抜く。サリーも同様、パレットソードが炎を帯びて変化し『炎下統一』へと変化、そしても一振りの『深無・翔』を同時に引き抜く。
二人の目の前に現れたのは、全身白い体毛に覆われた熊のような。しかしその大きさは熊よりもはるかに大きく、象のように膨れ上がった筋肉を全力で震わせて威嚇をしている。
サリーの、今一色 翔の頬が大きく歪んだ。
「目の前にいるやつら叩き燃やして進めってことだろっ!」
鯉口から、炎が吹き出した。
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「親父、教えてくれ....俺は人間なのか?」
「....あぁ、人間だとも。俺が保証する」
精霊と人間の間に生まれた子供。それが自分。一体そんな状況をどうやって信じることができるのか。だが、そのような予兆らしきものはすでに所々散りばめられていたのだ。
自分が、なぜパレットソードを使った精霊魔術を行使できたのか。
自分が、なぜ精霊の眼を地球人であるにも関わらず持っていたのか。
自分が、なぜ動物に嫌われていたのか。
それは、通常の人間とは違う部分があったからなのだ。そして、自分の体の中に入っている魂はおそらく。このパレットソードの最初の持ち主。
「迷うな」
「え....?」
「安心しろ。お前は、俺の息子だ。その中に入ってるのが誰だろうが、結と俺の大事な息子だ。それをしっかり覚えておけ」
「....ありがとう」
木刀を持ってた立ち上がった親父を前に、自分もまた『深無・翔』を手にし立ち上がる。
「お前。俺が木刀なのに、真剣でやり合うの?」
「問題あるか? どうせ当てられねぇんだ」
「まぁいいけどさぁ.....怖いじゃん?」
少しおどおどしている雰囲気の親父に心の緊張がほぐれるが、実際。あの世界で経験したことをぶつけて戦ったとしても親父に勝てるビジョンが全く浮かばないというのは不思議な感覚だ。明らかに親父よりも強い相手と向かい合ってきたというのに。
「翔、今一色流での奥義は覚えてるな」
「当然」
今一色流奥義。
そもそも今一色流は、自然の動き、また生活根ざした文化を体得することで生み出された流派だ。よって、今一色流の剣技にはそれぞれ元となった自然の動きや流れというものが存在する。その中でも、特に強力な技に対して奥義、それぞれ四季に割り振られた技がある。
上空からの滑空と同時に抜刀することで落下エネルギーとスピードを最大限に高めた抜刀術。
今一色流 奥義<春> 枝垂れ桜
刀の先端を相手の体に当たる寸前ギリギリで逸らし、下からの切りつけで相手にフェイントを掛け懐に潜り込む剣技。
今一色流 奥義<夏> 空蟬
二刀を連続で叩き込み、反撃をさせないまでに全力で叩き潰す、突進技と乱打を行う。
今一色流 奥義<秋> 爽籟初嵐の如く
最後に、相手の打ち合いにて刀を返すのと同時に相手の小手を先端で斬り、最小限の動きで懐に潜り込んだ上で喉を突く。
今一色流 奥義<冬> 氷面鏡
以上が、今一色流の四大奥義である。しかし、これでは今一色流の奥義のみでそのまだ奥にある最終奥義については教えてはもらえなかったのである。
「これら4つの奥義は前段階。裏を返すのなら、あと一歩で最終奥義への道が開けるというわけだ」
「.....で、どうやるんだ?」
親父の眉間にシワが寄る。その表情の険しさに自分もまた生唾を飲み込み、次に発せられる言葉を待っていた。
そして、
「さぁ?」
「....は?」
「いや、だって最終奥義とか。厨二病が考えたような必殺技でしょ? あぁイヤダイヤダ。俺の弱いハートに傷をつけないで欲しいわ」
「ちょ、ちょっと待てよ。じゃ....最終奥義って。ないのか?」
「いや、あるよ。そりゃ」
急にナヨっていた親父が真剣な表情に戻る。先ほどのシリアスな雰囲気は何処へやら。だが、こんな調子の親父に救われたところも多かった。
「だが、最終奥義の型は存在しない」
「は? じゃあどうやって....」
「無いならどうするかわかるだろ?」
答えは単純明快、自分で作り出す。
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『炎下統一 最奥の型 炎獄鬼神烈斬』
体の内側から、何十本も炎の刀を生やし。先ほどまで猛威をふるっていたその巨大な体躯は大きな音を立てて地面に倒れこんだ。
「いっちょあがりっと」
「あぁ。こっちも終わったぞ」
サリーの目の前には巨大な白熊のような魔物。そして、レギナの周りには白い体毛を持つ狼の死骸が無数に散らばっていた。
「いつの間にこんなに殺ってたんだよ....」
「貴様がそのクマもどきを相手にしてたときだ。周りを見れないようではまだまだ半人前だな」
「あ? やんのかテメェ」
突如、喧嘩腰でサリーの持つ『炎下統一』の炎が一気に燃え上がる。しかし、そんな言葉の気迫を正面に受けてもレギナの表情はいたって冷静そのものだった。
「ガキに付き合ってる暇はない。解体を手伝え」
レギナはクマの上で得意げに陣取っているサリーを見上げながら、クマの皮を剥いでゆく作業を始める。全く相手にされていないことを理解したサリーは大きく舌打ちをすると、刀を鞘にしまい不貞腐れたようにクマの腹の上であぐらをかく。
「おい。女」
「なんだ?」
「お前、どうしてこの場所について詳しい」
「前にも説明した。ここには一度来たことがあるとな」
「いいや。お前の説明を聞く限り。来たなんて生温い行動じゃねぇだろ」
一体、何から逃げてた。
サリーの言葉に、レギナの手が一瞬止まる。
だが、その質問に答えず。あるいは答えないように目の前のクマの解体を続けるレギナの姿を、真っ赤な瞳で探るようにサリーが見下ろす。
「あんた。綺麗な色してるよな」
「世辞を言う暇があるなら手伝え」
「誰にも汚されてねぇ、綺麗な色だ。外の世界を知ってどうだ? テメェのやりたいことを見つけたか?」
突如、血でべっとり濡れた『スペルビア』が今一色 翔の首の両側に迫り来る。しかし、同様にレギナの額に突きつけられている『深無・翔』もまたその寸前でピタリと止められている。
「最初に言ったはずだったな。余計なことは話すなと」
「ここまで無理やり連れて来られたんだ。俺は理由の無ぇ命令が一番大っ嫌いなんだ」
「ショウになら話したかもしれん。だが、貴様にそれを話す理由がない」
「俺の体は、テメェの大好きなショウさんのだぜ? 死なせたくないなら考え直せよ」
レギナが歯を食い縛る音が洞窟に響いた。
血に濡れた剣を、今一色 翔の首から離し。そして、それを見たサリーは醜く微笑む。その関係は悪魔と契約をした人間と悪魔の姿のようにも見えた。
しかし、レギナの目にはまだ光は消えていなかった。
「悪いが、まだ話すわけに行かないものでね」
まさに神速だった。
下ろした剣の柄を『深無・翔』に当て、一瞬ひるんだサリーの首元に目掛け片手に持った剣で峰打ちを行なった。
結果。サリーの体はゆっくりとクマの体から落ちてゆき、それをレギナが支える。気絶をしている彼の手足をちょうど剥いでいた毛皮で縛り、起きても抵抗できないようにする。
「はぁ....一日無駄にした」
気絶している人間を抱えて動くほど、この洞窟に巣食っている魔物は優しくない。しばらくこの場所で装備を整える準備が必要とレギナは判断した。
「早く戻ってこいショウ。いい加減、私は疲れたぞ」
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