閑話 魂の漂流者の色
夢を見ていた。
そこには自分がいる。小さい頃の自分が木刀を握って座り込んで、大声で泣いていた。
全身、あざだらけで。擦り傷だらけで、
「翔、辞めてもいいんだぞ」
「嫌だぁっああぁ!」
「だったら泣くな。立て、お前の目の前にいるのは敵だ。諦めて座り込んだら負けだぞ」
険しい表情の親父が、目に涙を溜めながら再び木刀を構え直す。泣いている自分の幼い姿もまた目元をこすり木刀を持って立ち上がる。
激しい打ち合いが起こったところで、場面が大きく変わる。
「翔っ! 連戦全勝って化物かよ」
「運が良かっただけだよ。悪りぃな、出番全部俺がもらっちゃって」
「畜生このっ! 最後の大会なんだから手を抜けよっ」
高校時代の友人が、自分に絡んでいる姿が目の前に現れる。そこは、剣道の全国大会での記憶だ。チームでの参加で優勝を目指していた思い出が、いまになってはどこか遠くの世界の話にも思える。
そうだ。
この後だったんだ。
「翔君っ! 今一色君いるっ!?」
「あ、はい。ここですっ!」
大会の控え室。そこで、突如仲間の声が響き渡った。突然の出来事に、部員全員があっけにとられていたようにも見えたが。その部員はまっすぐ自分のとこへとやってきて、耳打ちをしたのだ。
「お父さんが倒れたんだ。今すぐ....」
「今すぐ行く」
この後の展開は早かった。すぐさま、大会を棄権。自分がいようがいまいが、彼らは十二分に強い。その後、トンボ帰りで親父の搬送された病院に駆けつけたのだ。
あんなに死ななそうな親父が、簡単に死ぬわけがない。殺しても笑って立ってそうな親父が、倒れたなんて信じたくなかった。
しかし、ついた病院にいたのは、白い布を顔にかぶせ。お亡くなりになりましたと言いたげな姿で、ベットに横たわっていたのだ。死因は過労。体の内部に至るまで、親父はボロボロだったのだ。
一度も、そんなそぶりを見せたことはないのに。
親父が、残してくれたものは。門下生二十人弱と、道場。そして、親父から受け継いだ今一色流の技。
意識は暗闇に飲まれてゆく。徐々に開けていった視界には、優しい太陽の光が入り込んだ。
ここはどこだろう。
なんて、ベタなセリフを吐くつもりは毛頭もない。なぜなら、ここは自分がよく知っている場所だから。
そして、目の前に座っている人間がよく知っている人間だったから。
「翔、とうとうこの時が来たな」
「....親父。いい加減に教えてくれるのか」
「あぁ、教える」
親父が苦虫を噛み潰したような表情で、道場の真ん中に座っている。それは、何か話しづらいことを話さなくてはならない時に親父がよくする表情だった。
いつの間に、自分はこんなところにいたのだろう。意識を失った瞬間から記憶がない。だが、今身につけている服装は、間違いなくハンクからもらった勝負服。体のどこにも傷はないし、唯一腰にあったはずのパレットソードは無く、バンにもらった『深無・翔』だけが残っていた。
「いい刀だな」
「....大事な刀だ」
「いい仲間を持ったな。翔は」
「....うん」
腰から刀を外し、出口付近へと座る父の前で正座をする。
いつも、自分が死にかけている時。
そして、何か迷いを抱えている時。
死んだ親父は、この世界にきてから何度も自分の意識の中で姿を現した。死んだ人間は、二度と蘇らないにも関わらず。自分は何度もそんな死んだ親父に救われたのだ。
故に、何か異常な事が起こっていると言うのは必然だった。現に、
「親父....体が....」
「あぁ....そろそろ限界が来ててね。あと2ヶ月くらいは持つかなって思ったんだけど....やっぱり死んでる人間がおいそれと今を生きている奴に口出しするのはできないみたいだ」
親父の体は透けていた。
まるで消えかかる寸前のように、体から白い粒子のようなものがキラキラと親父の体から出ているようにも見えた。
「教えてくれ。どうして、俺はこの世界に来たのかを。親父は知っていたのか? 俺がこうなるってことを」
「.....あぁ、知っていた」
苦しそうに、
今まで、自分を苦しめていた事実から逃れるようにこぼした親父の顔は。いつの日かの自分のようで。
事実から、目をそらし続けていた。
そんな目を、
「いつから.....いつから知ってたんだ」
「あぁ。そうだな....いつから話せばいいのか....」
これは、お前がまだ生まれる前の。そう、母さんと出会ったときの話だ。
次回、異世界探求者の色探し
第6章 白の色
二日後更新予定




