第250話 新たな目的の色
空には真っ白な雲がかかり、肌を突き刺す寒さはどこか朦朧として消えそうな思考を引き摺り出す。
「おい、貴様」
「あ? なんだ女」
一つ後ろを飛ぶ大きいワイバーン。その上に乗っているのは、かつて今一色 翔と呼ばれていた人間。彼の濡れたような黒い髪は炎の色に染まり、かつてともに旅をしていた時彼を苦しめた刺青が顔の半分を覆い隠していた。
そして。その体に入っているのは、今一色 翔ではない。
「貴様が精霊だということは理解した。なら、その中に入っていた本物はどうした?」
「あ? 俺が知るわけねぇだろ」
今、彼の体の中に入っているのはサリーと呼ばれる精霊。彼との旅で何度か面識があるが、俄かに信じがたい話だがこの豹変ぶり、そして容姿の変化と彼の剣が元の姿に戻っていないところを見れば信じざるを得ないだろう。
そして、サリーが体に入っているのだとしたら。本来、今一色 翔の体に入っていた本当の彼は一体どこにいるのだろうか。それを何度か問いただして入るのだが、サリーは知らないとの一点張りである。
「だが、一ついいこと教えてやる」
「なんだ」
「もし、あいつがこのまま体に戻ってこないようだったら。この体、死ぬぜ?」
手綱を握る手に力がこもった。
それだけ、彼の言葉に重みを感じた。
「今、こいつの体の中には全く別もんの魔力の色が流れる。人間の体に別の人間の血を入れたら死ぬだろ? それと同じだ、この体。あと持って二週間って言ったところか?」
「貴様はそれでいいのか? そうすれば、貴様も死ぬんじゃないのか?」
「体は俺のじゃねぇからな。別にこいつの体がどう朽ちようが俺にはなんの影響もない」
淡々と彼の声で全くの別人格で喋るその姿に不安よりも、違和感よりも、純粋にその不一致さから感じる気持ち悪さを感じていた。
今一色 翔という人物は、人の命を軽んじたりしない。自己犠牲の精神が強すぎるときもあるが、それは自己よりも他者を大事に思うばかりにだ。そんな優しさに救われた人間が多く居ただろう。
だが、それを彼から感じることはない。
「んで、女。俺はこのトカゲに乗せられてどこに連れてこうってんだ?」
「いいか、私が質問したとき以外口を開くな。でなくば、貴様を問答無用で叩き斬る」
「ホォ? できるのか?」
雪がちらつき始め、空は若干荒れ模様となる。だが、背後から感じるその殺意は冷たい背中をジリジリと焦がすように向けられる。普段ならゾッとする殺意なのだが、彼の放つ殺意には熱を感じる。
「あぁ。できるとも」
「そうか? 今の俺の体はあの今一色 翔のものなんだぜ? 万が一俺様が負けたとして。死ぬのは俺じゃなくこいつだぞ?」
背後を睨みつける。そこには堂々とワイバーンの頭に両足を乗せた状態で自分の胸に親指を突き立てている彼の姿がそこにあった。
真っ赤に染まった目を、爛々と輝かせながら殺意を乗せて。
だが、すでに返答は決まっている。
何より、ここで戸惑っては今までともに旅をしてきた彼に申し訳が立たない。
「あぁ。貴様にその体を酷使され朽ちるくらいなら、私が引導をくれてやろう」
「チッ....なんだ。読みが外れたか」
少し、拗ねたような顔をして視線を外した彼はぼんやりと流れてゆく景色をつまらなそうに眺め始めた。
雪がちらつき始め、視界が悪くなり始める。
目の前に並ぶはアルブスの黒い岩肌を見せる高山。
記憶が正しければ、
この今この下にある道が、
「おい、女」
「さっきの言葉を忘れたか?」
「俺は、一体何に付き合わされてる」
後ろを振り向く、そこにはそっぽを向いたまま視線をこちらから外しているサリーの姿。少しは申し訳なく思っているのならばありがたいと思ったが、おそらく彼はそんなことを微塵にも思って居ないだろう。
視線を前へと向け、徐々に迫ってくる山々を睨みつける。
今から、私たちが向かう場所。
それは、今まで決別してきたもの、
この時になって、目を向けなくてはならない時が来た。
「私の、故郷だ」
短くてすまん、
さて、第5章完結。
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