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異世界探求者の色探し  作者: 西木 草成
第5章 キャンバスの色
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第245話 創り出す色

「メルトさんっ! その資料を置いてきたらすぐ戻ってきて、この魔物の選定お願いっ!」


「はいっ! かしこまりましたっ!」


「五分で戻って来なさいねっ!」


「はいっ!」


 両手に抱えた大量の資料挟み込んだ紙の束。これらには、新しく冒険者として志願して来た人間の個人情報および、それぞれ研修で教官からテストされたステータスのような個人成績を含まれている。


 ここ、ギルド本部のある王都の中心部では各地に散らばるギルド支部から様々な資料であったり情報が集まってくる。そして、それらを保管。情報をもとに流通を操作するのがこの本部の役割である。そして、メルトが今動いている場所は、ギルド本部の地下にある巨大資料保管室。建物建造の高さに制限が設けられている王都では、地下に空間を作ることでその膨大な資料を作ることを行なっている。そこに並べられている資料数、および情報数は数千万以上に及ぶ。


 まるで一つの町のように多くの人が動いているギルドの地下空間。魔力駆動のエレベーターで地下まで降りると少し薄暗い真っ白で独特な空間に古くなった紙特有の酸っぱい匂いが鼻の奥に突き刺さる。


「すみませんっ! 398列の42の棚に案内してもらえますか?」


「はい。こちらです」


「ありがとうございますっ!」


 ギルド地下に入ると、そこにはまた別の受付がある。その受付に座る人間は、この棚に並んでいる資料の場所を全て記憶している必要がある。故に、幼少の時からギルドで働くと定められた時に、この地下空間で暮らしながらここに並ぶ書物に触れるのである。


 メルトが駆け寄った受付の女性は、手元に割光石の入ったランプを持ち立ち上がるとひどく高い天井に付きそうなくらいの棚の間を歩いてゆく。


「メルト=クラークさん? であってますよね?」


「え、あ。はいっ! 先日配属になりました」


「そう。確か、お家が大変なのでしょう?」


「は.....はい」


 目の前を歩く女性の履いているハイヒールの音が、周りの壁に反響して周りで人がたくさん動いているにも関わらずやけに耳に突き刺さった。


「それに、イマイシキ ショウ。資料で読ませていただきましたけど、とても興味深い方でした」


「え?」


「ロード=ガルシアギルド長に認められて飛び級で昇格。その後も、各地での人身保護、災害箇所での救助活動、および危険な魔物の駆除に尽力を尽くした結果SSランクにまで昇格。まるで、この世界の人じゃないみたい」


 どこか無機質に聞こえる彼女の声に、彼のことが遠い存在の人間に思えてしまった。確かに彼の在り方、生き方はどこかこの世界の人に比べて優しすぎるようにも思えた。


 だが、その優しさに。自分は救われたのだ。


 その優しさに、勇気をもらったのだ。


「....そんな紙切れの話よりも。ずっと、彼は素敵な人です」


「そうですか。私には、わかりません」


 目の前を歩いていた彼女の足が止まり、左手を差し出す。まだ、目的地までは先のはずだ。


「ここは私が持ちましょう。余計な時間を使わせてしまいました」


「え。あ.....ありがとうございます。えっと.....」


「ミラです。ミラ=メモリア」


「はい、ありがとうございました。ミラさんっ!」


 彼女の手に資料を渡し、大急ぎで先ほどのエレベーターのところへと戻る。なにせ、先輩に言われた五分をとうに過ぎてしまっている。この後も仕事が山積みなのだ。


 新人に戻った自分に休む時間などない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それで。明日出発かな?」


「はい。今までお世話になりました」


「そうか....寂しくなるなぁ」


 その日の最後の晩餐。最近調子の良くないトム爺さんに変わって作った料理は、家系ラーメン。麺にはスパゲッティーを、豚足から取ったの出汁とこの世界における醤油もどきでスープを作り、あとはざく切りにした野菜と出汁に取った豚で作ったチャーシューをトッピング。最後に、刻み生姜を乗せれば完成である。


「レギナさんは箸で大丈夫ですか?」


「あぁ。大丈夫だ」


 ラーメンは箸で食べるのが一般的だが、この世界には箸で食べる文化は根付いていない。レギナは以前、箸の使い方を教えているので問題なく使うことができるが、トム爺さんにはフォークでラーメンを食べてもらうことにしよう。


「では、いただきます」


 席に着いて、両手を合わせて食事前の挨拶を済ませる。


 一口麺を啜るが、やはりパスタの麺でラーメンの麺は厳しいものがあった。しかし、スープ自体は誤魔化しながらもしっかりとラーメンのものになっている。これから研究の余地ありだと思った。


「ふむ。スープだけかと思ったら中に麺が入っているものか、なかなか奇妙な組み合わせだがこれはこれでうまい」


「うん。これはこれで美味しい」


「そうですか。よかった」


 前回のオムライスに比べて反応はあまり良くはないと思ったが、それはこれからの研究によって彼女たちを満足させる味にさせる必要性があるだろう。家系ラーメンは、栄養価満点の最強の風邪薬。なんてことを以前に誰かから聞いたことがあるが、これでトム爺さんの体調が良くなってくれるのなら安心である。


「出発で必要なものは、大丈夫かな? もし足りなければ私が街で調達してくるが....」


「いえ、お気遣いありがとうざいます。あまり大荷物で動ける身分ではないですから」


 街で、目立って顔を出せない分。自分たちの行動はある程度制限されている。よって、今まで日用品であったりの調達物資は全てトム爺さんに任せていたのだ。三人分ともなれば荷物もそれなりにかさばるだろうし、本当に彼には感謝しかない。


 当然ながら、料金は自分たちで払っている。他人のものとはいえ、師匠から受け継いだ国家予算並みの貯金を切り崩してだが。


「君たちも、大変だねぇ。特に隊長さんなんか、すごくいい人なのに」


「優しさで人は生きていけない。当然、人を救うこともできない」


 だが、とレギナは丼のスープを飲み干し、軽く口を拭う。そのまっすぐな目の先には何を見ているのか。


「だが、それで生きることのできる世界を作るのが。私たちの使命だ」


 王都騎士団九番隊。別名、王都平和維持兵団。多くの争いを根絶するために存在するリーダーだった彼女らの部隊はすでに無い。しかし、その名の通り、平和を生み出すものとしての闘志が彼女の中にまだ息衝いている。


「明日出発だ、ショウ。今日は早めに寝ておけ」


「あ、はい」


 ごちそうさま。と彼女は両手を合わせて丼をキッチンの皿洗い場に置くとそのまま二階の部屋へと戻っていった。


 リビングには、トム爺さんと自分だけ残される。


「ショウさん。隊長さんと、お付き合いしてるのかい?」


「ぶふっ! へ? はい?」


「いいや、随分と仲が良いようでねぇ。ついつい自分の若い頃を思い出しちまった」


「は、はぁ....え?」


「で。お付き合いしてるのかい?」


 トム爺さんの少しニヤついた顔に、思わず目をそらし口一杯に麺を放り込むが。自分にとってレギナという女性は確かに憧れの対象ではある。しかし、その憧れというのは彼女の強さであったり、その清々しいほどの生き様であったりであって恋心や、愛というものでは無いだろうと自分の中では思っている。


 それにだ、


「いや....自分。お付き合いしてる人がいますから」


「ホォ。でも、この世の中。まだまだ一夫多妻の文化はあるからねぇ」


「自分、そんな器用じゃ無いです」


 すでに一人のメルトと付き合って、というか付き合う段階で一苦労だというのにあんなワイルドな女性と付き合おうものならば体が一つでは足りないような気がする。もとより、付き合おうなんざ思わないが。


 本当、良くあるハーレムとか作ってうはうはしてる何処ぞのラノベ主人公の気が知れん。


「でも。まだまだお若いんだ、今の内に苦労はしておきなさい」


「女難で苦労はしたく無いです」


「はっはっは。それは確かに、だが人の気持ちを深く理解する勉強にはなるさ」


 そう言って立ち上がったトム爺さんの手には少しまだ具が残っているラーメンと空になった自分の丼。


「あ」


「今日は、早く床に入りなさい。明日はお早いのでしょうから」


「.....すみません、ありがとうございます」


「美味しい食事のお礼です。さ、ここは私に任せて」


 そう言って、キッチンに立つ彼の姿は何処かさみしげに思えて。月明かりが差し込むキッチンがこれから彼の戻る日常を切り取っているようにも思えた。そんな彼に一礼をした後、階段を登って自分の部屋がある二階へと戻る。


 レギナのいる部屋の明かりはすでに消えていて、軽く中を覗き込むと彼女はすでに部屋のベットで寝息を立てていた。そんな彼女の姿を見て軽く息を吐くと扉を閉じ自分の部屋の中へと入る。用意された部屋は宿に比べるとだいぶ狭いが、いろいろなものが揃っているためとても扱いやすい。腰のベルトを外し、用意されたパジャマに着替えてそのまま倒れるようにして、ベットの中へと潜り込む。


「....出発か....」


 行き先は、アルブス。その土地では常に雪が降り、大きい山々が連なる山脈としても有名でそこで取れるパレットソードの鞘の原材料として有名なパンセリノスが獲れる場所でもある。


 月の光でしか成長しない、幻の木。是非一度お目にかかりたいものである。


 昼間の疲れもあるのだろうか。すでに、ベットに体が飲み込まれるように意識もまた深く深く飲み込まれそうになる。そして、目を閉じた瞬間に。意識は完全に夢の中へと降りていった、


 はずだったのだ。


 しばらくして。突如、体が揺さぶられる感覚を覚える。何事かと思い、目を開け起き上がると、自分の口元に何かが添えられている。この柔らかい感覚は手だろうか。


『いいか、今から声を出さずによく聞いて欲しい」


 耳元で話しかけられた声はレギナのものだった。つまり、口を塞いでいるのは彼女だ。しかし、窓の外を見るとまだ夜で陽もまだ登っていない。出発の時間までまだまだ時間があるはずだ。


 すなわち、この行動の意味することは。


『緊急事態だ』


二日後更新

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