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異世界探求者の色探し  作者: 西木 草成
第5章 キャンバスの色
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第235話 幻影の色

 時折感じる体全身を這いずるような殺気は今だに振るう剣を鈍らせる。だが、体全身が拘束されるようなことはない。レギナの言う通り、パレットソードの色に接続していないおかげなのかもしれない。


「っ!」


 左肩スレスレでガルシアの槍がかすめる。次の瞬間、彼の頭上の上でレギナの放った斬撃が交差する。しかし、その斬撃をガルシアは影から出した数本の槍が傘の骨組みのように重なりそれを防ぐ。


 しかし、レギナの剣が二つに分解。もう片方の剣がガルシアの左肩を貫く。


「ぐっ!」


「はぁあああああっっっ!」


 パレットソードと『深無・翔』の同時交差で放った斬撃がガルシアの腹部を切り裂く。ガルシアから溢れた血潮が地面を濡らし、自分の剣を濡らす。


 こんなはずではなかった。


 どうして、自分は彼を殺そうとしなくてはならないのか。


 剣なんかくれてやればいい。


 だが。


 痛いだろう。


 苦しいだろう。


 だが、彼を切ろうとするたびに。自分の心が引き裂かれるように痛い。


「ショウ、トドメだ」


「....はいっ」


「今だに、覚悟が固まっていないとは言わせないぞ」


「....」


 パレットソードを投げ捨て、腰に下げた『深無・翔』の鞘に刀を収める。目の前では先ほどの攻撃を受けてからだから血を流し膝をついているガルシア。


 いや、あれはガルシアなのか。


 違う。もう、自分の知っている彼ではない。


 彼の知っている、自分でもない。

 

 今は倒さなくてはならない敵だ。


 彼を放っておけば、自分の周りにいる大事な人を傷つけてしまう。そうならないために、自分は強くなったのだ。


 だから、


 だから、


 だから、


『今一色流 抜刀術 風滑り』


 一歩、刀の持ち手に力を込めて先陣を切る。


 二歩、これから斬る人間の姿を睨みつけ。


 三歩、刀の鯉口を開く。


 狙うは頭、後ろに続くレギナに彼を殺させるわけにはいかない。これは、自分の責任なのだと。頭の中でぼんやりとした自覚が刀を握る手に力を込めさせる。


 刀の間合い。


 勢いよく鞘から滑り出した刀はまっすぐ彼の首を狙っている。


 そして、


「.....ショウ」


「!」


 ガルシアの顔は、あの時の。


 とっさに振るった刃がガルシアの首筋から外れ、刀の先はそのまま後ろを入ってきたレギナに向けて放たれた。


「っ!?」


 とっさに構えていた剣で彼女は防御したが、自分から一歩間合いを取り鋭い眼光がこちらを睨みつけている。


「何のつもりだ。貴様」


「レギナさん。彼を捕縛します」


「問答無用だ。黒に染まったこの男を助ける術はない、ここで斬り捨てたほうがこの男のためだ」


 再び、私の敵になるか?


 彼女の両手に構えた剣が、そのような言葉を語っているように感じる。だが、自分は彼を斬ることなどできない。


 できるはずない。


 自分がここまで旅をしてきた理由を思い出せ。


 メルトと、


 そしてガルシアと。


 あのイニティウムに帰るための旅だったのではないのか。それを忘れていた自分は、大馬鹿野郎だ。何かが狂い始めている、だったらそれを正せばいい。いつものことだったじゃないか。


 だから。


 俺は、ガルシアを連れ戻す。その理由を問いただす、彼を縛っているものがあるのなら断ち切る。エゴの塊であるということはわかっている、何もわかっていないわがままなのであることもわかる。だが、それは決して間違っていることなのではない。


「だから.....ガルシアさん。帰りましょう、僕たちのいるべき場所に」


 あの人の愛した、街に。


 レギナに背を向け、ボロボロに傷ついているガルシアに手を伸ばす。刀を手放し、無防備な姿で、彼に手を伸ばす。あの時の表情は、イニティウムのたった一人の女性を愛したロード=ガルシアという男の顔に間違いなかったのだから。


 だから、


 だから、


 今、自分の体を貫いている。この槍を、


 引き抜いて。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さて、黒化は順調のようですねぇ」


「人の持つ色彩の黒化.....そんな方法があったなんて.....」


 白い聖堂。中心に置かれた円卓に広げられた古びた紙に書かれている様々な術式と研究レポート。


 それらを手に取り、眺める白ローブ姿の人間たち。


「やり方は自体は単純明快。絵の具と同じ要領です、色を混ぜ合わせれば自然と黒くなる。問題は、どうやって体内に複数の色を混在させるかということでしてねぇ」


「ともかくだ。この実験で、予言の対応は早まるのか?」


 男の一人が、資料を放り出す。


 予言、


 即ち世界の崩壊。


 全員の沈黙が一人の男に向いた。


「答えたまえ。ユークリッド、お前のしていることは少々目に余る。新王に対して新たな法令を敷かせ、新たに猟犬を三体放った。これ以上、大きな動きをすればギルド側と消滅戦になるのも時間の問題だぞ」


 王都とギルドが対立している以上。これ以上の行動は新たなギルド側に弱みを握られる可能性を秘めている。そうなれば、今対応を急がせている内容も全てが水の泡になる可能性がある。


 だが、ユークリッドは不敵な笑みを浮かべるばかりで答えようとはしない。


「予言が正しいのならば。すでに時間は残されていないんだぞっ」


「うるさいですねぇ」


 一瞬、空気が歪む。


 次の瞬間には、彼の白ローブの胸から剣を生やすことになった。


 白い円卓に真っ赤な血が流れる。


「いいですかぁ? 計画は順調です、あとは無能な皆様がしっかりと動いてくれれば何にも心配はいらないのです。全ては聖典のお望み、人を愛するが故に託された我々の使命であるということをお忘れなきように」


 男の耳元で舐め回すようなねっとりとした口調のユークリッドの言葉が全員の耳にこびりつく。


 ユークリッドが剣を引き抜いた瞬間、男の体はそのまま地面に吸い込まれる。だがその寸前、まるで立ちくらみのようによろけて円卓の端に手をかける。確実に心臓を貫いていたはずなのに立っていられるはずなどない。しかし、


 いつの間にか、男の胸には傷も、飛び散ったはずの血も消え去っていた。


「おや? 随分と汗をかかれていますねぇ。悪夢でも見られましたぁ?」


 ユークリッドは、先ほどと同じ場所に変わらず立って不敵な笑みを浮かべていた。まるで、その場から一歩も動いていないかのように。


「みなさん、我々の目的を忘れないでいただきたいですねぇ」


 私たちは、予言から人類を救うのですから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 目を開けると、そこはテントの天井だった。革張りのテント独特の匂いが鼻の奥を突き抜ける。体を起き上がらせると、そばには自分が昨日着ていたものと自分の荷物が置かれている。


「い....っ」


 浮き上がった瞬間に腹部に感じた痛み。着ていたシャツを持ち上げると自分の腹部に若干血が滲んでいて、だれかが治療をしてくれたのだと理解する。


 あの夜。


 自分は、ガルシアに刺された。その瞬間に、体に流れ込んで来た黒い何か。あれは、憎しみや苦しみという言葉では言い表すことのできない。あの怨嗟の声のようなものが、今も彼の体に流れているのかと思うとゾッとする。


 とりあえず、外に出なくては。


 ベットの横に置いてあったブーツを履き、そばに畳まれていた和服に着替える。体の状態は悪くない、おそらく治癒魔術のおかげだろう。


 だが、一体誰が?


 テントの扉を開け、外に出る。どこか曇り空の虚ろな雲模様が頭上に広がっていた。そして、周りに建っているテント類の山を見る限りここがどこかの野営地であるということがわかる。そして、せわしなくテントの間を行き来したりしている人間の顔を見る限り先日世話になったナインヘッズのメンツだということがわかる。


「おい」


「え.....っ!?」


 後ろを振り向いた瞬間。突如、眼前に迫った拳を左手で反らし、その腕を掴み上げ背中に回そうとした瞬間、今度は足が自分の体を倒そうと身体にかかり対応することができず体はそのまま足を掛けられている方向に重力に従った体が地面で大きく仰向けになった。


 胸を踏みつける、鉄でできた靴。


 見上げた先には、見慣れた鋭い眼光。


 レギナだ。


「久しぶりだな。ショウ」


「.....こんな状況じゃなかったらもっと素直に喜べたです」


「だろうな。とりあえず、昨日の件について聞かせてもらおうか」


「....この状態ですか?」


 自分の胸を踏みつけたままレギナは静かに腰から剣を引き抜き、その剣先を喉元に突きつける。


「当然だろ?」


 この人のやり方は自分が一番よく知っている。だからこそ、自分はこのやり方に対してどのように対処するかを知っている。


「まず教えてください。あれは一体なんですか」


「お前が知る理由は?」


「.....彼は、僕の友人だ」


「で?」


「助けたい」


「その男は、お前の知る男ではなくなっているかもしれないぞ?」


 だが、あの一瞬。


 ガルシアの見せた顔は、


 間違いなく、


 だから、彼女の目をまっすぐ見ながら。


「それでも、彼はまだ助けられる。まだ救える」


「.....」


 レギナと睨み合うこと数分。喉元に突きつけられた剣が静かに下がり、いつの間にか胸に乗っていた足も外されていた。片手が差し出される、それを掴み勢奥引き上げられると、ようやく彼女と目線が合った。


「相変わらず、お前は甘いようだ。安心した」


「それはどうも。レギナさん、今までどこに?」


「あぁ。積もる話は多いだろうが、まずは現状だ。こっちにこい」


 レギナが白いローブを翻すのと同時に、この彼女と離れていた間に伸びた黒い髪が風に流れた。向かった先は、周りのテントに比べて少し大きいものだ。中に入るとそこにはたくさん並べられたベット、そこに眠っているのは怪我をしたナインヘッズの面子。


「邪魔をするぞ、ロッソ」


「あ、隊長さん」


 ベットのそばで何やらすりつぶしている白衣を着た子供。まだ10歳を迎えていないのではないだろうかと思うほどの童顔と、まだまだ遊び盛りなソバカスを鼻に浮かべている。


「ガレアはどうだ?」


「....まだ目を覚ましてくれない.....色々手は尽くしたんだけど.....」


「そうか.....わかった、ありがとう。しばらく休むといい、一晩眠っていないのだろう?」


「うん。だけど、夜更かし好きだし」


「ダメだ。しっかり寝ろ、また明日よろしく頼む」


「....うん、わかった。じゃあ、バイバイ。おやすみなさい」

 

 そう言って、ロッソという少年は自分の横をあくびをしながら通り過ぎてゆきそのままテントの外へと出て行った。


「若いが優秀な魔導師だ。私の軍の先鋭だった」


「そうなんですか」


「あぁ。だが、その先鋭の力を持ってしてもダメらしい」


 そう言って、レギナが見下ろしたベットには体が収まりきらず手とか足がはみ出ている人物。その顔は確かにガレアだった。まるで眠っているようで、しかしピクリとも動かないその姿は死んでいるようにも見える。


「ここに搬送されてから、彼は目を覚まさない。治癒師の力を持ってしてもダメだそうだ」


「そんな....」


「さて、まずこれが今の現状だ。さほど良い状況ではない」


「.....僕の傷は、一体だれが?」


 自分を治療してくれた人物。


 おそらく、ロッソという少年はガレアに付きっきりだったはずだ。


 では、いったい誰が。


「あぁ。お前の連れだ」


「え?」


「獣人の女が....」


 とレギナが言いかけたところで言葉が止まる。テントの入り口をじっと見つめる彼女の視線を自然に追うと、開かれたテントの入り口に誰かが立っている。


 その人物はまっすぐこちらに近づいたと思うと。


 自分の頬に大きな張り手を食らわした。


「っ!」


「ショウさんのばかっ! どうしてすぐに逃げなかったんですかっ!」


「いや.....それは.....」


「ですがもクソも聞きませんっ! 問答無用でもう一発殴らせてくださいっ!」


 大きく吹き飛んで馬乗りになったところでなんの抵抗もできず、そのままもう一発反対の頬に張り手を食らう。気持ちのいい音がテント内に響き渡った。


 これから怪我を負って帰るなんてことは二度とできないな。と、いつの日かイニティウムでリーフェにしたはずの誓いを、メルトにしたのは必然の出来事だったのかもしれないと思った。

次回は二日後

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