第233話 多色の色
もっと早く。
もっと速く。
もっと疾く。
トールの疾さに追いつけ。
追い越せ.....っ!
「くぅ.....っ、はぁああああっ!」
槍さばき、
鎖さばき、
二手の攻撃手段を持つガルシアはやはり速さだけではその防御を崩すことはできない。やはりどこか一歩手前で完全に攻勢出ることができず隙ができる。だが、疾くこの男を叩かなければいくらジジューの傷が多少癒えているからとはいってもまだ危険なことには変わりない。
攻め、
棍の一番手前を両手で持ち、野球のバットを振る要領で遠心力をしっかり先端に意識しながらガルシアの肩を狙って放つも難なく躱され地面を大きく抉るように土が飛び交う。
『レベル1 ボルトスタンパー』
次の瞬間、地面の中から大きくヒビが入るほどの大電流が流れガルシアとの間合いを大きく引き離す。
この棍の両端に刻み込まれている魔法陣はスタンプのように対象に刻み込めばそこに遠隔操作で、どのタイミングでもどの強さでも電流を流し込むことができる。つまり、相手を無力化するには必ず相手のどこかにこの魔法陣を刻み込まなくてはならない。
「っ....!」
瞬きを三回。
その瞬間、周囲の空気が歪み周りの動きが急激にスローになる。耳に聞こえてくる雑音もどこかくぐもって低く聞こえる。
今、この瞬間。自分の動きは誰にもついて行くことはできない。
スローモーションで空中に止まるガルシアの両肩に棍の先端を叩きつける。自身が高速移動をしているからか、相手に与える力も大きくなる。
叩きつけて、
叩きつけて、
叩きつけて、
これでもかと叩きつけて。
なんであんたはあの人の愛した街を捨ててこんなところで血を流してるのか。
怒りに震える手を振るいながら棍で彼を殴りつける。
「っ!」
突如、周囲の空気が変わる。
歪んだ空気感が元のクリアな状態へと巻き戻るが、同時に心臓が締め付けられるような痛みと、全身の気だるさが体を支配する。おそらく、この加速能力の反動なのか、やはり人間の体には限界があるということなのか。
体感で感じた加速時間は大体5秒。
この5秒がこの能力の限界だ。
『レベル1 ボルトスタンパー』
土埃をあげて後方の城壁に体を埋めたガルシアに黄色い放電が体全身に走る。
電圧なんて考えたこともないが、一撃与えただけで体が吹き飛ぶような電流が今ガルシアの中に流れているはずだ。おそらく今ので動きは封じることができたはずだ。
その瞬間、周りで身動きが取れなくなっていたナインヘッズの面子も体に付けられていた拘束具が取れたかのようにそれぞれ動き始めた。
「な、なんだったんだ。今の」
「....わかりません。とにかく、逃げるのなら今の内です」
「あぁ....こいつのおかげで助かった」
側に立っていたガレアが胸につけていたのは鳥の羽のようなもの。だが、元々は青色の羽をしていたのだろうか羽の根元から炭のように黒く変色してしまっている。
「ロッソのやつには今度また菓子を買ってやらないと」
「ガレアさん....お願いが、ジジューを運んでもらえますか.....」
途端に全身の力が抜ける。力を込めようにもどこか筋肉が張って、動かすことができない。まるで筋肉痛のような症状によく似ている。これで、ジジューを抱えながらの脱走は無理だ。
「まったく、中途半端な筋肉の鍛え方をするからそうなるんだぞ」
「ハハ....そういえば、あなたは。そんなキャラでしたね....」
ガレアに体全身を持ち上げられる浮遊感を感じる。いつの間に、棍も元のパレットソードの姿に戻っており、強制的に能力が解除されたのだと理解した。やはり、トールを使いこなすにはまだまだ時間が必要だ。頭の中では理解していても、体が追いつかないのであればしょうがない。
こうして、まだ助けられている分にはいいが。もし、一人だったらと考えるとゾッとする。
全員が退却を始め、城の壁に凭れるようにして座っていたジジューをガレアはその丸太のように太い右腕で抱え上げると城の外へと向かう。
それにしても、ガルシアの先ほどの威圧は一体なんなのだろうか。
いや、あれを威圧と言うにはあまりにも強すぎる。
なにせ体の動きそのものを封じたのだ。よほどの恨み、もしくは殺意、だが果たしてここにいる人間全員の動きを封じるようなことがありうるのだろうか。
いや。ありえない、どんなに威圧をかけられていたとしてもここにいる彼らは数々の戦場を駆け巡って、威圧や殺意の波を乗り越えてきた歴戦の戦士たちだ。たった一人の人間に、彼らの動きを封じ込めるようなことができるのか。
であれば別の可能性、それは魔術。
だが、自分の知っているガルシアは赤の持ち主。そんな動きを封じるような魔術を彼が持ち合わせているようには思えない。
ガレアたちの胸につけていた鳥の羽の変色。
それは、黒かった。
「.....!」
出口の手前。
ガレアの動きが止まった。
じゃらりと不気味に鳴る鎖の音。
そうだ。
そうなんだ、
自分だけが、同じ憎しみを抱えて生きてきたわけではない。
彼も、ガルシアもまた。自分と同じ憎しみを抱えて生きてきた。
恨みを晴らすのならどんな怪物にだって、なろうとする。
「グフ.....っ」
ガルシアの口から血が流れでた。そして、大きく膝をついて大きな音を立てて地面に倒れる。その背中からは鎖で繋がれた槍が顔を覗かせていた。
「っ! ガレアさんっ!」
自分を抱えて動かなくなったガレアの大きな腕を震える手で持ち上げ、ガレアの背中に深々と刺さった槍を引き抜こうとする。
しかし、小さい手が槍を引き抜こうとする自分の手を止めた。
「ダメよ。引き抜いたら失血死する」
「....っ」
ジジューが言うことなら確かだ。幸か不幸か、この槍が唯一ガレアの傷口を塞いでいる。問題なのは、これを投げた人物からどうやってガレアを守るかだ。
土埃舞う城壁。そこの先に鎖は伸びている。
電撃を食らっても、肩の骨を折っているにもかかわらずピンポイントにガレアの背中にめがけて槍を放ってきた。
すなわち、
ガルシアにはまだ戦う気力があるということだ。
「下がって.....っ」
パレットソードの持ち手を回転、精霊石をウィーネに接続する。一気に引き抜くと同時に、パレットソードから青い光が漏れ出て鞘もろとも青い槍へと姿を変える。同時に、体全身の筋肉痛も周囲の土から溢れ出た水が体に纏うようにして癒し始める。
おかげで、体は動くようになった。
槍の先端でガルシアの槍の鎖を断ち切る。赤い火花が飛び散り、次の瞬間に城壁の方へと続く鎖が吸い込まれるように消えていった。
「....来る」
その瞬間、土煙を切り裂くようにしてが自分のやりにめがけて飛んで来る。それらを断ち切るように槍を振るっていくが、それは長さも量もガルシアの槍につていた物とは比べ物にならないほど多い。
『アクア・トレース』
目に見えている空間の水脈を切り裂いてそこから槍の複製を空中に固定する。そこから一斉に鎖の飛び交う土埃の向こう側に向けて一斉に射出。
射出した槍の出した風切り音とともに、土埃が徐々に晴れていった。
自殺した骸の山に、ガルシアは立っていた。
黒いオーラのようなものと、そのオーラから形成された黒い鎖が彼を中心にまるで生き物ののように渦巻き、飛ばしたはずの槍は彼に届く一歩手前で腐食し灰のようにチリじりになって消えた。
しかし、目を疑ったのは彼の上半身だ。
彼の上半身は、先ほどの攻撃を受けて黒いローブがボロボロになり所々彼の肌が見えている。その素肌には、何度か見たことのある刺青が彫り込まれていた。
あれは、ジジューの体に掘られていた刺青と全く同じなのだ。
「なんで....」
彼女は、確かに叫んだ。『私の色を殺した』と
まさか、
まさか、
まさか、
変わり果てたガルシアと出会った時の記憶が蘇る。あの、炎の拳。そして、見えない緑の魔術。
あれらはかつて戦ったことのある人間の持っていた魔術によく似ていた。
「あんた.....いったい何色中にいる.....っ!?」
闇が、微笑んだ。
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「ショウさん....大丈夫でしょうか....」
「気にすんな嬢ちゃん。あいつは強い、しっかりあのクソ女攫って戻って来るだろうさ」
城から約1キロほど離れた山の中腹。そこに馬車を待機させ、遠くから見守るメルトとバン、そしてハンクの姿があった。
遠くからすでに、ナインヘッズのパーティーが突入したのは確認済みであり、そこから一向に帰ってこないショウとジジューのことを心配して落ち着かず馬車を降りたり乗ったりを繰り返しているメルトをバンがなだめているところだ。
すでに馬車の中では水を張った盆がいくつもあり、ジジューのだけでなくおそらくボロボロになって帰って来るであろう翔の分も用意してある。
だが、今目の前に立つ古い城で起こっていることが、メルトの獣人としての本能がただ事ではないということを直感させていた。
「.....っ! ごめんなさいっ! 私見てきます」
「え、お。おぉいっ! 嬢ちゃんっ! ま、待てってっ!」
突如、馬車の中で組み立てられていた弓と、矢筒を手にしたメルトは一気に山を駆け下りてゆく。その動きは、人間には絶対不可能な獣の動きに等しいものだ。もはやただのドワーフと人間に山の急斜面を生身で追いかける手段などない。
「くそっ! おい小僧っ! 追いかけるぞっ!」
「ふぁっ! なにっ、敵っ!?」
「寝てる場合かアホっ! あの嬢ちゃん一人で山降りちまったんだよっ!」
「え、うそっ! えっと.....っ」
「いいからさっさと出せっ!」
バンに叩き起こされたハンクが、馬車の荷台から転げ落ちそうになりすぐさま体制を立て直すと、馬に鞭を打って馬車を急発進させる。
向かう先は古城。
もはや、これから戦地に飛び込むという考えは誰もしていなかった。
二日後に更新。




