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異世界探求者の色探し  作者: 西木 草成
第5章 キャンバスの色
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第222話 見えなくなった色

 どこから自分は間違えていたのだろう。


 様々な分岐点が頭の中で浮かんでは消えてゆく。


 槍を握った瞬間からか、


 復讐を誓った瞬間からか、


 あの街を愛した瞬間からか、


 彼女を愛した瞬間からか、


 それとも、自分が生まれて来た瞬間から全てが大きくゆがんでしまったのか。出会わなければ、こんな苦しくはなかった。触れ合わなければ、こんなに辛くはなかった。愛さなければ、喪失感を得ることはなかった。


 愛おしい、


 愛おしい、


 愛おしい。


 こんなにも愛おしかったのに、もう手にすることはできない。すでに、自分の腕ではないもので触れることも、そして触れたかった人にも触れることはできない。


 涙なんか流れることはなかった。流れたのは、唇を噛み締めて流れた血だけだ。握りしめた掌を爪が食い込んで流れた血だけだ。


 心の奥底、ヘドロみたいな感情が渦巻いて侵食する。


 もうダメだ。


 槍を手にして、立ち上がる。


 あの男を殺さなくては、


 あの男の持つ剣を奪わなくては、


 もう、


 もう、後には引けない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一週間が経った。だが、彼に一太刀どころか触れることすらままならない。


 この一週間、トールは平然と仲間達と一緒に朝食をとり、自分は指定された場所に向けて出発する。そして、ついた瞬間から生と死の隣り合わせの訓練が行われる。


 指摘、修正、技。そんなものを彼は教えてくれない。死の瀬戸際で学んだ動きこそが全て生きるための行動に変化していった。だが、生きることを望むたびに死は容赦無くその命を刈り取ろうと猛威を振るった。


 死との訓練。あれは、すでに人ではない。


 いつの間にか、精神は疲弊して口数は少なくなっていった。体が軽くなるようにと食事も生きるために最小限に抑え、みんなとの食事の時間は減っていった。


 いつかの生きるための渇望が心の奥底で蘇ってゆくようだった。


 生きることが当たり前だった自分を叱咤するかのようだった。


「終わりか?」


「....シッ!」


 刀を持ち手ではなく、刃を握って振りかざす。しかし、振り下ろされる寸前で腕は弾かれカウンターで顎が砕けた。右手にはパレットソードが変化した槍、アクアトゥーテラーが握られて自然治癒が行われる。


 怪我をして、再生して、怪我をして再生をする。このサイクルの中で、ある程度痛みに強くなれた。慣れたわけではない、慣れたら自分の中で何かが壊れるような気がした。


 だが、そんな中で気づいていたのだ。


 絶対に人は殺さないと決めていたのに、いま自分は生きるためにトールを殺す勢いで食ってかかっている。だが、殺そうとしなければ殺される。


 やらなければやられる。小学校で学ぶような喧嘩の定理をいまここでまた頭の中に叩き込まれているような気さえした。


「治癒の力に頼るな。今日は以上だ、陽が落ちる」


 最後は必ずトールが終わらせる。その瞬間に、自分と彼の間には敵意ではなく仲間という関係が戻る。


 だが、そんな切り替えがいまの自分にはできているのだろうか。


 その無防備な背中を槍で貫いたら、自分はジジューを助けに行くことが許されるのではないのだろうか。そんなふざけた妄想が頭の中で浮かんだところで、自分の顔を殴り飛ばした。


 そんな卑怯なことを考えるようになった自分は、果たして今一色 翔なのだろうか。自分は一体誰だ。


『我この道をゆく、ゆえに探求者なり』


 自分の進むべき道に、自分はいるのか? 


 そんなことを考えていたら、山小屋の灯りが見えて来た。今日もドロドロだ、血まみれだ、怪我だらけだ。小屋から出て来たメルトが心配そうに声をかける、だがぼーっとした頭で言葉が理解できない。


 なんで心配されているのか。それすらわからない。


 また一日が終わってしまった、


 また一日が終わってしまった、


 また一日が終わってしまった。


 後一週間しかない、彼の協力がなければ彼女を救うことはできない。ガルシアと渡り合うことができるわけがない。自分が救出に出ている間、一体誰がメルトを、ハンクを、バンを守る。


 無理だ、できるはずがない。


 自分がやらなくては、


 自分が、やらなくては。


 だから、早く。


 だから早く。


「っ!」


「....目ぇ覚ませ、坊主」


 突然、目の前がびしょ濡れになった。


 寒い、


「死人みたいな目で嬢ちゃん見るんじゃねぇよ、鬱陶しい。来い、剣を見てやる」


「....はい」


 手に桶を持ったバンが、水をぶっかけて来たようだ。全身ぐしょ濡れになったところでようやく意識がはっきりした。その後、心配そうに覗き込むメルトとハンクの視線をよそに、バンに連れられて小屋の中に入ってゆく。


 初めて入ったバンの部屋には、いつ買ったのか知らない酒瓶やおそらく最低限持ち出すことのできた職場の道具が散らばっていた。案内されるがままに、ベットに座らせると無言のまま、バンは手をこちらに向けた。


「とっととその剣よこせ。ぼっとしてんじゃねぇよ」


「....あ、すみません」


 部屋の中で唯一暖炉のあるこの部屋で、バンの顔が明るく照らされていた。腰から刀を外し、バンに手渡す。受け取ったバンは、刀を鞘から抜き暖炉の炎の明かりに当てながらまじまじと刀身を眺めはじめる。


「随分と荒く使い込んでやがる。あのクソ女がナイフを放っぽってどっかに捨てるのよりよっぽどタチが悪りぃ」


「....すみません」


「謝ってばっかで、その性根が治るかってんだ。全く」


 バンは、刀から持ち手を外し丸裸になったその刀身を鉄のハサミのようなもので固定をしながら、刀についた血を紙のようなもので拭い取ってゆく。


「刃にこんなベットリ血をつけやがって。これはテメェの血か?」


「はい、そうです....」


「自分を守る武器でテメェが傷ついてどうするってんだ、馬鹿野郎」


「....」


 拭き取った後、刀身を炎の明かりに当てながら歪みがないかどうかを調べてゆく。問題がないと判断したのか、床に転がっていた砥石を数個並べた後その砥石に酒を撒いて研ぎはじめる。


 刀を研ぐ時の音が、耳に心地いい。


「刃こぼれが多くて、その上自分の血で塗れて、よく武器はテメェの心のようだなんて言うが。どうだ、坊主?」


「....どうって....」


「テメェ自身がテメェのことわかんねぇんでどうすんだよ」


 わからない。


 ただわからない。


 もともとわかっていたわけではないけど、わからない。ここに来て、見えかけていたものも再びわからなくなった。


 いつの間にか、貰った刀も持ち手が何度か壊れ刀身もボロボロになり自分の血で汚れてしまっていた。バンの言う通り、それが自分を表しているのだとするならば、見た目の通りボロボロで、傷だらけで良く斬れなくなって結局は刀としての意味を成さなくなって消えて行くのだろうか。


 このままジジューを救うということを成すことなく、死ぬのだろうか。精霊の力を使ってでも感じるあの恐怖は乗り越えられる気がしない。


 いや、乗り越えたくないのか。


 いや、そんな甘い考え方でいいのか。


 わからない。


 ただわからないのだ。


 何度目なんだ、一体。


「ボロボロ、されど刀身に歪みはない。自分でボロボロになって、されどまっすぐなんざ真っ当な人間ができる芸当じゃねぇよ」


「....え?」


「見たまんまだ。ボロボロになっても芯はしっかり曲がんないでまっすぐと目の前の敵を見据えていやがる。若造にこんなことを言うのは癪だが、俺はテメェを尊敬するよ」


 偏屈なバンが耳を疑うようなことを言った。いや、だが仮にもそんなことを言われたところで、自分はそんなことを言われる資格なんてない。自分で勝手にやって自分で勝手に傷ついているだけだ。


 刀を研ぐ音に涙が落ちる音が聞こえる。


 だが、なぜだろう。自分だけじゃない、そんな気がしてならないのだ。この一週間、どれだけ声をかけられても感じていた孤独感。きっと、絶対に拭うことはできない。誰にも拭うことはできない、それはきっと身勝手な自分に与えられた罰だ、呪いだ。


 けれど、こんな自分が。一瞬でも孤独を忘れることを、身勝手で周りを不幸にしてしまう自分をどうか、そんな機会を許してはもらえないだろうか。


 研ぎ終わった刀が鞘に収まり、涙を落とす自分の膝の上に置かれる。


「最近泣いてばっかじゃねぇのか? 坊主」


「....っ、そうですね....っ。バンさん.....俺は、これを振るうのにふさわしい人間に.....っ、なれてますか?」


「馬鹿野郎。剣がお前以上の存在になるかよ、テメェがこいつのことをしっかり扱え。振るわれるな、振るってやれ。そうすりゃ、こいつはお前の気持ちをしっかりと汲んでくれるさ」


 たった一言、かすれた声でありがとうとしか言えなかったが。バンは得意げな表情で自分の作った剣だから当たり前だと誇らしげに言っていた。


 そう言えば、そうだ。


 この刀には、名前がなかった。


 無銘、刀としての価値がない。


 自分は無価値な存在か?

 

 いや、そうではない。そうではないと思いたい。


 自分が無価値でないと思うのならば、この刀に名前をつけなくては。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「来たか、早速始めるぞ」


 またいつものように、トールは森の中で立っていた。攻撃を仕掛ける間も無く、防御に回る。だが、いつもと雰囲気が違うことを悟ったのか、トールは一旦攻撃の手を緩め、距離をとる。


「....いつもと違うな」


「えぇ。今日の僕は、いつもと違います」


 腰に巻いたベルトの両脇に下がっているのはパレットソードと刀。昨日の夜、ハンクが刀用のベルトも取り付けてくれたのだ。一歩身を引いた距離を保ちながら、左腰に下げたパレットソードを右手で、右腰に下げた刀を左手で。


 右手で持つ、パレットソードの持ち手を捻る。


 その瞬間、鍛冶場のような熱量が右半身に襲いかかる。パレットソードを引き抜くたびに、赤い炎が右腕を包み込みながらバキバキと熱で鉄を捻り潰す音で支配する。


『炎火統一 紅炎の型』


 左手に握りしめた刀を炎と共に勢いよく引き抜く、刀の銀が炎に深く照らされ、それは夜に浮かぶ大きな三日月のようにも見えた。


 この刀は僕自身だ。だとしたら、どうしようもなく何も無い僕自身だ。深いところにまで潜っても何も無い僕自身だ。だがそれでも、僕は『翔』けなければならない。僕を信じてくれた人のためにも『翔』け続けなければならない。


 他の奴らに何も無いなんて言わせるな。自分以外に誰にも言わせるな、そいつはきっと自分以上に自分のことを知っていることはない。だとしたら、誰にも言われないくらい、死ぬまでまっすぐ生き続ける覚悟こそこの刀の名前にふさわしい。


 この刀の名前は


深無ふかきなき(されど)かける


刀の募集、ありがとう。

次回二日後

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