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異世界探求者の色探し  作者: 西木 草成
第5章 キャンバスの色
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第209話 放たれた雷の色

 トールは、まるで子供の喧嘩に邪魔をしにきたかのような立ち居振る舞いで右手に持った棒を手先でくるくると回しながら口笛を吹いている。彼の持っている棒は先端に刃物もなければ何か特徴的な形状をしているわけではない。材質は鉄だろうか、長さ約2メートル以上とトールの身長よりも長い。


「さぁて、軽くひねるだけさ。どうせ相手にもならん」


 すでに周囲を取り囲んでいた憲兵隊たちは、失神しているのかすでに死んでいるのかわからない。だが、地面に倒れピクリとも動かない憲兵隊たちは先頭に参加することは明らかに不可能だろう。そして、この事態を聞きつけたのか、すでにトールの周りを憲兵隊たちが囲っている。


「右手と魔術は抜きにしてやる。ショウだか小便だかしらねぇが、その死にかけた眼をかっぽじって良く見とくんだな。これから、一人で戦いたいと思うなら尚更だ」


 トールの声にうっすらと眼を開けて、彼の姿を霞んだ視界で捉える。落ち着いた足取りで手に持った棒を自分の手足のように回転させながら近づいていった彼は徐々に憲兵隊たちとの距離を詰めてゆく。


 憲兵隊の一人が切り込む。だが、剣が振り下ろされた先にはトールの姿はない。たった少し体をそらし、最低限の動きだけで相手を交わしたトールは手に持って回転させた棒の先端を相手の後頭部に叩きつける。顔をそのまま地面にぶつけた憲兵はそのまま体を大きく震わせたのち動かなくなる。


「一人で勝てると思ってるのか? 俺が手を抜いてあんたらが束でかかってきても勝てねぇよ」


 いいか、これは戦いでもなんでもない。ただの蹂躙だ。


 トールの一言が敵に恐怖を与えたのか、それとも挑発に乗ったのかわからない。ただ、一人では絶対に勝てない相手だと悟った敵は、まとめてトールへと飛びかかる。


 一人は槍を持って、


 一人は剣を持って、


 一人は体を張って、


 一人は落ちた剣を投げ、


 一人は勝てないと悟り逃げ出した。


 トールの持つ棒は益々その回転数をあげてゆく。まず、飛んできた剣を回転させたまま地面へと叩き落とす。追撃で迫り来る槍をトールは棒を使わず、体を捻らせ軽く飛び上がると、その先端を左足で蹴り落とし体にかかった遠心力と棒にかかった遠心力をそのまま、槍を持った男の胴に叩きこむ。大きく後方に吹き飛んだ彼の体は、タックルをしようとした憲兵にあたりそのまま後ろへと吹き飛ばされてゆく。


 しかし、剣を腰に構え、捨て身の覚悟で迫る憲兵に対して、トールはなんのためらいもなく棒の先端を突き出し、今まさに突き刺そうとした瞬間の剣先と接触する。だが、力強く押し出された彼の棒は剣を粉々に砕き、そのまま憲兵の鳩尾を突き押し出す。思いっきり鳩尾を突かれた憲兵は地面で勢いよく嘔吐したのち、自分の土砂物に埋もれて気絶をした。


 ここまで約10秒。たった10秒で、4人を戦闘不能にした。そして、彼は一切魔術を使わず、そして自分のハンデである右手を全く使うことなく終わらせてしまった。


「逃げたやつが正解だ。もっと仲間を呼んでこい、万に一つだがこの体に届くかもしれねぇぞ」


 トールは肩に棒をトントンと軽く叩きながら挑発するように嘲けた声で話すが、彼が扱う武術には見覚えがあった。


 日本が発祥とする棒術とは明らかに違う動き。日本武術にはあのように棒を振り回すような動作は基本的にない。だが、あのアクロバティックな動きは中国拳法の棍術の動きに近い。地球にいた頃、何度か中国拳法を教える道場を訪問したことがある。その時、その道場の師範が模擬戦で親父と試合をした時に使ったのが『棍』だったのだ。


「....いよいよそいつはマズイな。心臓が止まりかけてる」


「そんな....っ」


 現在、トールの言われるがままに戦闘を目で追ってはいたが剣で刺されそこから流れ出る血液。そして、殴られた場所に感じる焼けた鉄を流し込まれたかのような痛み。うまく呼吸ができず、手先が冷えてくるのがわかる。


「ショウさんっ! しっかりしてくださいっ」


 傷に布を押し当て、必死に止血を試みているメルトが慌てたように呼びかけるがその声も心なしかどこか遠い。


 死にかけているのは慣れている。と言えば嘘になるが、これで何度目だろうか。全身ボロボロになって、すでに魔術では治せないような傷もいくつか体に見かけるようになった。この世界に来る前とは比べ物にならないくらい体もしっかりとしてきたし、いろんな体験をしてきた。殴られたり、蹴られたり、切られたりというのは慣れてきたつもりでも。


 死ぬ寸前のこの瞬間は何度やっても慣れなかった。


「おい女。こいつの服を脱がせろ、上だけでいい」


「はいっ」


 今来ているのはハンクにもらった和服、それをメルトはなんの躊躇もなく引き割いて、自分の上半身が露わになる。近づいたトールは露わになった上半身を見て軽く「ヒョロイな」と一言こぼすと、手に持った棒の先端をちょうど心臓あたりに突きつけた。


 そして。


『とっとと動け』


「ギッ!」


 次の瞬間、音こそ大きくはなかったが体全身が跳ね上がるような衝撃が体全身を駆け巡る。そして実際に、体が自分の意思と関係なく大きく跳ね上がり一気に意識が覚醒したのと同時に、体から逃げていた熱を徐々に取り戻し始める。


 止まりかけていた心臓が、再び動き始める。


「あいつらが来るまでせいぜい気張れ。他人のために死ぬなんざ10年早ぇよ」


 ぼんやりとしていた視界も今ではしっかりと見える。体は動かすことはできないが、なんとかメルトが傷を抑えている部分に手を添えることができる。


「さて、こっちも大詰めだ。明らかに雰囲気が違うやつが出て来たぜ」


 魔石を打ち上げて、まだ5分と立っていない。だが、この悪寒。この圧倒的死の圧力が込み上げて来る感じを自分は覚えていた。


 その雰囲気をただ寄せている、向かい側の路地。そこから月に照らされ黒いフードをかぶった人物がのらりと大路地へと出て来る。片手に持った槍を地面にズルズルと引きずりながら、槍に巻き付けている鎖を徐々に解放してゆく姿が見える。


 ガルシアだ。


「それで、あんたは俺と闘るのか? 逃げるなら手を抜いてやる」


「後ろの二人をこちらに引き渡してもらおうか。そうすれば、その両腕が繋がったまま家に帰れる」


 互いの出す殺気で息苦しい。メルトに至ってはすでに吐き気を催している。ガルシアの持つ槍が静かに構えられる。その姿はこれから命を狩る死神のようにも見える。そして、その姿を見て戦う意思を見たトールは全身から黄色い放電を走らせ手持つ鉄棒を回転させ威圧をするように構える。


 空気が弾ける音が聞こえた。


 瞬きの間で一気に間合いを詰めたトールの鉄棒がガルシアの構えていた槍を弾き飛ばす。しかし、ガルシアの弾き飛ばした槍は空中を彷徨うが一瞬、向きが変わったように見えた瞬間、槍の先端があり得ない動きと間合いで周りの建物を大きく削り取りながらトールに襲いかかる。


 瓦礫の埃が大路地を覆い、中で何が起こっているのかわからない。しかし、一瞬大きな破裂音が響き渡ると、空間全体を走る放電が埃を一気に弾き飛ばす。埃の中から現れた大きな影が二つ、そこで初めてトールが一歩身を引いてガルシアから間合いを取っているのを見た。


 近隣の住居は時折窓の外からこの爆音と騒ぎの様子を見るために窓から人の顔が覗き見るが、おそらく関わりたくないのだろうすぐさま顔を引っ込め布で窓を覆う姿が見えた。


 二人の間合いを作っている原因はガルシアの持つ槍にあった。先ほどの槍の間合いと破壊力を無視した攻撃の正体は彼が槍の持ち手ではなく、鎖の部分を持って振り回したことによる攻撃だったからだ。これでは、通常の槍の間合いの取り方では意味がないことがわかる。


「弾き飛ばした槍をすぐさま石突についた鎖を使って反撃したのは見事な判断だ。純粋に褒めてやる」


 トールの言葉に、ガルシアは反応しない。ただ静かに、鎖を引き寄せ槍を持ち平然と構え直す。その姿は、あのイニティウムでの日々で見た人間としての姿のガルシアはどこにもなく、ただ戦闘を行うマシンのように見える。


 いったい何が彼をそこまでにさせてしまったのかわからない。


「だが解せねぇな。あの攻撃だったら、普通に俺の背後にいた二人の首も取れただろう? あんたの目的はあいつの持ってる剣のはずだ、なぜそうしなかったか理由を聞こうか」


「貴様が気にすることではない」


 一言、次に動いたのはガルシアだった。槍が大きく跳ね上がりトールとの間合いが一気に縮められる。軽く受け止めたトールは鉄棒の先端で槍の刃の軌道を体から反らし、そのまま間合いの詰められるまま追撃を行う。しかし、彼の槍の恐ろしいところはその技術もさることながら、その槍の構造にもある。


 追撃を行おうと突き出したトールの右手が突如として止まる。それは、彼の腕を止めるように鎖が巻きつき、ガルシアが右手で槍を、そして左手で鎖を持ってトールのことを拘束していたからだ。


「フンっ!」


 鎖を持ったガルシアの手が強く引かれる。トールの体のバランスが崩れ、大きくガルシアの後ろまで飛ばされ地面へと転がる。今までにないくらいに、トールの方が劣勢に見えた。


 しかし、


「掛かったな」


「!?」


 右手に巻きついた鎖を見たトールはニタリと不敵に笑うと、膝をついたまま鎖の巻きついた右手を前に突き出す。


『吹っ飛べ』


 次の瞬間、激しい放電がトールの右腕に起こり鎖を伝って黄色い電気の網が走り出す。それは、ガルシアが持つ槍へと伝わり明らかに人を気絶どころから死をもたらすような電流が流れているということは体感しなくてもわかった。


「ガルシアさんっ!」


 自然と、自然と口から声が出ていた。メルトもその様子を険しい顔つきで見ている。それもそのはずだった。二人が共有して持っている記憶、その面影にあるのは、あの気さくで、どこか抜けてて、そして一人の女性を40年もかけて片思いをして愛した心優しく不器用な男として認識していたのだから。


 たとえどんな在り方に変わっても、死んでほしくないと思うのは必然だった。


 だが、放電を受けたガルシアは一瞬動きを止める。しかし次の瞬間、何もなかったように、鎖を大きく振り回したガルシアは力が抜けて状態のトールを引き寄せる。


 そして、


『灰になれ』


 ガルシアが突き出した腕が大きな炎の腕となり、トールの体をさらに大きく吹き飛ばした。地面に大きく跳ねるように吹き飛んでいたトールはすぐさま態勢を立て直し、鉄棒を地面に突き立て地面をえぐりながら静止する。


 あり得ない。顔をあげたトールはそんな表情をしていた。


 ガルシアが炎の拳を突き出し、平然と彼は先ほど放電の走った右腕をみる。だらりと下がった腕そこは先ほどの攻撃で服の一部が大きく焼き焦げ、邪魔だと言わんばかりに左手で焼けた布を引きちぎる。するとそこから現れたのは、無機質な黒く模様の入ったマネキンの腕のような関節が丸出しの腕。遠目からでもわかる、あれは義手だ。


「パンセリノス製の義手か、道理で電気が通らないわけだぜ」


「貴様の放電は効かない。約束どおり、その両腕をもらう」


 まるで本物の腕のような動作で軽々と右腕で槍を持ち上げ、体勢を低くし一気に間合いを詰める構えをする。電撃が効かないとなればトールは若干劣勢となる。


 緊張の色が張り詰め、今はち切れようとしたその瞬間である。


『ショーウっ! メールートーっ!』


 月夜を切り裂く、大声が街を震わした。


 この声は、間違いなくジジューの声だ。


次回も二日後で

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