第201話 闇の色
『闇を光で照らすんだ』
ある偉大なミュージシャンはそう言って、二日前に銃弾で倒れたにも関わらず平和のために歌を歌った。
ふと、そんな話を思い出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ノヴァは初めて来たときには雨が降っていたのにも関わらず、空を見上げると排気ガスで覆われた灰色の夜空が見える。基本的に、この世界での光源は火か魔術光だ。夜の中を歩くにはランプなどの光源が欠かせない。それなのに、町ゆく人は手にランプを持つことなく、暗闇を恐れること無く生活をしている。
自分がこの世界に来て初めての夜を過ごしたとき、この世界では本当に夜空が綺麗だと思った。自分が住んでいた地球では決してお目にかかれない光景が目の前で広がっていたのだ。けれども、この町はどこか懐かしいのにも関わらず、どこか残念にも思うのだ。
人間はどんどん便利になろうとするが、その代わりに何かが見えなくなっているのだと思う。
「そろそろ着くぜ」
「あぁ」
馬車の手綱を握っているハンクが荷台に向けて声をかける。例によって、自分とメルトとジジューはローブの魔術で見えなくしている。未だに自分たちは追われる身だ。あの街での出来事といい、この国にもいられなくなる日は近い。
ちなみに、トールはそのまま荷台の壁に持たれて眠っている。彼は人間の体を持ってしまった精霊だ。そして、つい最近知ったのだが、彼の肉体の活動は限界に近づいているらしく眠ることが多いとのことだ。1日にだいたい14時間程度睡眠を取らないといけなくなったらしい。
そして、現在向かっている場所はバンのいる鍛冶屋だ。
「さて、到着。早く降りたほうがいい」
「ありがとう。じゃあ前回と同じように」
「了解」
馬車は細い路地の目の前へと止まる。自分に続き、メルトとジジューも同じように降りて馬車は三人が降りたのを確認すると夜の街の向こう側へと走って言った。荷台で眠っているトールは放っておいても構わないと彼から直々に申し出てくれたため、荷台で番をさせることにした。
さて、バンの鍛冶屋にきたのはほかでもない。今、腰にぶら下げているパレットソードの修復を頼むためだ。すでに設計図のコピーを彼は取っていて、そして修復の条件は『生命の起源』を持ってくるということ。手元には、あの勇者召喚の間で持ってきた『生命の起源』がある。
「開けるわよ」
ジジューがしゃがみこみ、地面にはめられた木の板に手をかざすと魔法陣が刻みこまれるのと同時に真ん中で二つに分かれた、そしてその下には暗い地下へと続く階段が続いているのである。
「こんな連続で来ることなんてあまりないわね、ナイフも心許無くなってきたし補充にはちょうどいいかしら」
「思うんだけどさ、毎回どうやってナイフを出してるんだよ」
「えぇ〜、知りたいの。えっち」
「知る気無くした」
暗い階段を下りながら前を歩くジジューが身をよじらせているが地雷のような気がしたので話を区切る。あの地下での戦闘といい、本当に彼女はどうやってからだからナイフを取り出して戦っているのか気になってならない。だが、彼女にコン反応をされては知る気も失せる。
それにだ。
いま自分の左手をつかんでいるメルトの握る手には少しだけ力がこもっている。あのグスターレでの一件以来彼女は不安に感じているのだろう。できれば、これ以上彼女を不安にさせる要素は取り払っておきたい。
地下へと続く階段を下りてゆくと徐々に部屋の明かりらしきものが見えて来る。それと同時に、金属を叩く心地のいい音が聞こえてきた。
「おーい、クソジジィっ! いるんでしょおっ!」
「うっせぇアマだな。鉄を叩く音よりもウルセェっ」
階段を下り終えると、そこには以前きたときよりもさらにひどく荒れている、というよりかはいろんな武器やら刃物が地面に散らばり、なにやら設計図らしき紙も多く散らばっている。唯一の違いは、酒瓶らしきものが一つも散らばっていないということだろうか。
そして、作業場と思しき奥の部屋から手に金槌を持って上半身裸になっているドワーフの男が汗をぬぐいながら出てきた。
「....」
「どうも、ご無沙汰してます」
頭を下げ一礼をする。相手は無言だが、足音でこちらへと近づいてゆくのがわかる。
そして。
「手に入ったのか?」
「はい」
「誰も殺しちゃいねぇだろうな?」
「....はい」
「顔あげろ」
礼をした状態の頭をゆっくりと持ち上げる。彼は、パレットソードに人を犠牲にして得る『生命の起源』のことをひどく嫌っているのだ。そんな彼にこの剣を修復しろというのは酷な話だ。
だが、それでも自分はこの剣を修復しなくてはならない。自分の命のためにも。
ゆっくりと顔を上げる。するとそこにはいかにも不機嫌そうな顔をしたバンとその彼の手に握られた細長い何か。
「今日完成してよかったぜ、ほら。持ってみろ」
「え、うぉっ!」
放り投げられた細い何かは自分の左手にすっぽりと収まる。
その形状はまさに刀だった。
見た目は朱色に塗られた木製の鞘、そしてつばの部分には日本刀のものではない、傘のような持ち手にかぶせるようなものがついており、持ち手にはサーベルのように手の部分を守るようにして金属の枠がはめられている。
「片手で使えるように手の部分には細心の注意を施した。持ち手にも反りを入れたほうが利き手じゃなくても威力は出るだろう」
「.....すごい」
試しに、自分のベルトに剣の鞘を押し込み、左手で引き抜くとそこには銀色に輝く刀の刀身が姿を現す。
片刃、そして日本刀独特の波紋。通常の日本刀のそれとは違い反りは深い。おそらく刀の先端での破壊力を増すために作られた造形なのだろう。つまりは、この刀の特徴として『突く』ということではなく『斬りつける』ということに特化しているということになる。これは、片手しか使えない自分にとっては嬉しい特徴だ。
「気に食わねぇところがあっても文句は受け付けねぇぞ」
「いえ....こんな立派なのを....ありがとうございます」
剣術をやっている身として、刀を送られるという行為は嬉しい反面、緊張する。自分に送られたその刀に見合うだけの技量が自分にあるのか試されているということにもなるのだから。
「いつか、その右手が治ったときも考えて持ち手のパーツは分解できるようにしてある。そしたら、そのガチャガチャした持ち手のパーツも外せんだろうよ」
「あ....」
右の腰に刺さった刀を見て思う。確かに、刀身自体は日本刀そのものだがこれはあくまで左手で使うことを想定して作られた刀だ。だが、いつか両手が使えたときに、この刀はその真価を発揮するだろう。
彼は....
「ありがとうございます」
「礼は後だ、その『生命の起源』とやらを見せてもらおうか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
テーブルに置かれたガラス瓶。その大きさは自分が梅干しのツボがわりに使っていた漬物用のガラス瓶より少し大きいくらいのサイズだ。だが、その中に入っているのは梅干しでもなければ、きゅうりでもない。
人の命を犠牲にして詰め込んだ『生命の起源』だ
「本当に、よく見つけてきたな。こんなもの」
「苦労したんです」
「はぁ....なんか怪しい儀式でもやって手に入れたもんじゃねぇよな....」
そう、断じて自分は罪のない人間を『生命の起源』に変えていたわけではない。それを行っていたのはあのグスターレの街と王都だ。いったい、何を企んでいるかわからないが、きっとろくな事ではないだろう。
「そこは私が保証するわ。どうせこの男、ろくに人も殺せないヘタレなんだから」
「まぁ、お嬢ちゃんが言うんだったら信じようじゃねぇか」
そう、彼女の言う通り。俺はヘタレだ。
「それで、修復できそうですか?」
「....ま、できそうだな」
そう言うと、バンは右手をこちらに差し出し指先クイっと曲げる。どうやらパレットソードを渡せと言っているらしい。腰からパレットソードを外し、それをバンの方へと渡す。
「普通だったら、こんな折れた剣を修復するなんざできねぇんだが。不幸中の幸いか、この剣は純粋に『月の涙』で出来ていやがる。まず、破損部から『生命の起源』を流し込んだ後、接合部に『月の涙』を粉末状にしたもので溶かしてやりゃあなんとかなるだろう」
ただし、と彼は続ける。
「不幸にも本気でこいつは魔力の通った生きた剣だ。治すにはトンカチ使ってやるだけじゃ足りねぇ。腕のいい魔術師が必要だ。魔力濃度10以上の魔術師が20人以上」
「魔術師が....20?」
「あぁ、出なきゃこいつは治せねぇ。治せたとしても、この剣の本来の力は元に戻らないだろうな」
確か聞いたことがあった。ウィーネから、精霊と契約するには魔術師20人がかりでようやく1人なのだと。剣を治すにも同じ道理なのだと言うのだろうか。
「ジジュー、魔力濃度は?」
「私は青色の8。それに、私の行使する魔術の専門は水分の圧縮と変質だから。今回はお役に立てそうにないわね」
「そうか.....」
バンは話を進める。
「この剣を直すのに必要な魔術は『繋ぐ』ことだ。それも一時的なものじゃねぇ、剣としての強度を持った状態でそれを一つの物質として繋ぎ止めなきゃいけねぇんだ。確かに、嬢ちゃんの力じゃ役不足だろうよ」
「悪かったわねぇ。でも繋ぐということだったら術式を魔法陣に転換できるわ。馬鹿でかい魔力が必要になることは間違い無いけどね」
軽く息を吐き、テーブルに頭をこする。
さて、どうしようものか。問題は、魔術師の数だけだが追われる身として魔術師を集められるわけもない。
ここにきて、また問題にぶち当たるのか。
いや、だけれど....
ふと、隣で自分の手を握っているメルトの顔をみる。彼女はとても不安げな面持ちでこちらを見ていた。おそらく、いま自分が考えていることと同じことに思い至ったのだろう。
「....おそらく、できます」
「ほぉ....どうやって?」
バンの眉にシワが寄る。
この方法は、おそらく自分にしかできない。
「自分の魔力は、無色です。魔力濃度10以上の。これならどうですか?」
「あ、そういえばそうだったわね」
自分の魔力は無色。体内に持っている魔力量を実際には勝ったことはないが、持続的に身体強化術を使えることから考えてそれなりの量は持っているはずだ。そして、魔法陣が無色でも扱うことができるというのは、あの地下で扉の魔法陣を使った時に証明されている。
「確かに、私の体をパスにして魔力を通せばいけるかもしれない」
「それじゃ、決まりだな。何かあるか?」
反対する人は誰もいなかった。
けれども、ただ一人だけ不安な面持ちをしているメルトだけは強くその手を握りしめていた。
さて、始まりました第5章。
今後の展開をお楽しみください。
明日も更新できたらいいなと思っています。




