第195話 ←凸】←敵 の色
似た光景を見ている。
とても酷いデジャブだと思った。
「あんたが、メルトを?」
「ん? その子メルトっていうんだべか? めんこい名前だなぁ。うちの娘にもおんなじ名前つけてやりゃよかった」
「質問に答えろ」
パレットソードを握る左手に力がこもる。もし、メルトをここに連れてきた張本人だとしたら、命の一つや二つじゃ償いの効かない案件だ。
刺し違えても、この男を殺す。
すると、男は軽く息を吐き出すと一歩、一歩とこちらに近づいてくる。その動きに気づいたのかジジューは体全体の刺青を発光させて相手を牽制する。
「止まって、これ全部使ったらあんたもただじゃすまないわよ?」
「わがった、わがった。声が聞きづらいから近づいただけだよ」
両手を挙げ制止する、そして近づいてきたことでわかる敵の全体像。背の高さは、自分より小さい。だいたい165センチくらいだろうか、そして無精髭を生やし小太りの中年のおっさんである。そして、普段着というところも相まって、その現状とのズレがとても気持ち悪い。
はっきり言って、こちらをバカにしているようにしか感じない。
「ま、確かに指示はだいた。けんど、そこの小僧と会うのは初めてじゃないんだぜ? おい、小僧。アエストゥスの温泉街覚えでるが?」
「あぁ....」
「そん時、あんたの土手っ腹吹き飛ばしたのはオラでよ」
そういって、笑いながら自分のことを指差すその男。
アエストゥスでの温泉街にて、まだレギナと一緒に逃げていた時に立ち寄った町で大きな火災が起こったのだ。その時は、彼女を追ってきた『啓示を受けし者の会』による襲撃だった。
だが、『啓示を受けし者の会』の赤の収集師を撃退したあと、自分は何者かの攻撃で死にかけたのだ。
その犯人がこの男だというのか。いや、だとしたらこの男の正体は....
「やっぱり随分と太ったわね? 管理職のせい?」
「んだ、『啓示を受けし者の会』だがそんなどこの収集師をやることことになっちまだがらんねぇ」
収集師。
それは、『啓示を受けし者の会』が無色の人間を狩るための特殊なスキルを備えた人間の総称だ。
やはり、王都の差し金か。
「んで、話戻すけんども。その剣渡す気あるが?」
「ない、少なからず。武力で人のものや命を奪うような輩に、この剣を渡すつもり毛頭もない」
すると。その返答聞いた収集師の男は頭をかき「ならしょうがないか」とつぶやいた。
次の瞬間。
先ほどとは比べ物にならないくらいの量の水流でできた蔓がこちらに向けて放たれる。
「な....っ!」
「相変わらず化け物ねっ!」
ジジューが悲鳴をあげたあと、地面に両手をおいた瞬間、地面に巨大な魔法陣が描かれそこから天井に届くくらいの水でできた巨像が立ち上がり、水流の蔓を防いでいる。
「あんまり持たないからっ! 今のうちに出口を探してっ!」
「出口って、あそこ以外っ!」
「絶対にあるからっ! でなきゃおかしいでしょっ!」
おかしい、
おかしい、
おかしい、
なぜだ。
思考を巡らせている間にも巨像の体は徐々に削れてゆく。そして、それを維持させているジジューの足元に広がる地面が徐々に干上がってゆく。
タイムリミットは近い。
考えろ、
考えろ、
考えろ、
出口は今、あの収集師の背後にある出口ひとつだけだ。だが、待てよ。
自分は大きな勘違いをしていた。
もし、ここで儀式を行ってそして出るのだとしたら、あの扉の構造はおかしい。自分は、あそこを外側にある魔法陣を起動させて中に入ることができた。ならば、一体中からどうやってあの扉を開けることができる?
いや、できない。
あの扉は、外から開けることはできても中から開けることはできない。
では、一体どうやってこの地下空間から外に出る。
一体どうやって、
決まっている。
「隠し通路....っ」
次の瞬間、攻撃を防ぐジジューに背中を向けて、地下空間の壁や地面を観察しながら駆け抜ける。背後に隠れていた女性陣はその様子をぼんやりと見ていたが、自分一人ではこの広さを全部調べられない。
協力するしかない。
「みなさんっ! 壁や地面を調べてください、何か変なところがあったら大至急知らせてください」
話しかけるが、全員怯えているのか周りをキョロキョロしだし全員体が動かない。
深く息を吸い込んだ。
「さっさと動けっ! 死にたいのかアンタらぁっ!」
「っ!」
怒声が地下空間で大きくこだまする。一瞬体を震わせた彼女たちが一斉に動き始める。全員が全員、地面であったり壁を触りながら隠し通路の扉を探し始める。
ふと、後ろを振り返るとジジューの省案した巨像の半分が削られている。そして、彼女自身も白い肌に走る刺青が徐々にその光を薄めているようにも見える。
早く、早く見つけなくては。
誰か、誰でもいい。
誰か、隠し通路を探すのが.....
得意な人物。
「メルトさんっ!」
ふと、屋敷の中での会話を思い出す。彼女が自分の部屋を抜け出して。自分の部屋に入り込んだ彼女の言葉。
『昔から家の隠し通路とか見つけるの得意でしたから』
もしかしたら、
もしかしたらっ!
とっさにジジューの背後で守られているメルトのそばへと駆け寄る。いまだに彼女は気絶状態で、起きる気配はない。
なんども頬を叩き、声をかけるが相当深く気絶しているのだろう。
本気でまずい。
「お兄はんっ、これつこうてっ!」
「え、これは....」
突如、そばにいた盲目の遊女が声をかける。差し出されたのは小さな小瓶だ。中には透明な液体が入っており、何かの薬のように見える。
「これは気つけ薬、こんな時のためにとっておいたんの」
「助かりますっ」
小瓶の中身を開け、彼女の鼻元に近づける。おそらく、彼女は今日連れ去られるときに必要になると思ってこの薬を常備していたのだろう。
頼む、
頼む、
「メルトさんっ!」
「....スゥ.....ん? あれ、ここは.....」
深く息を吸い込んだ彼女はゆっくりと目を覚まし、あたりを見渡し始める。そして、いま自分の真横で戦闘が起きていることに気づき、軽い悲鳴をあげてこちらに飛びついてきた。
「きゃっ! ど、どこですかここっ、ショウさんっ!? それに、私下着姿でっ」
「落ち着いてください、混乱するのはわかりますが。手伝ってもらいたいんです」
「へ? は、はいっ! 私にできることだったら」
さすがの適応力といったところか。ギルド職員の名は伊達じゃない。
「隠し通路を探してるんです、得意でしたよねっ?」
「えぇ、はいっ! 大得意です」
「お願いしますっ!」
ローブを身にまとったまま、裸足で地面を駆け抜けて隠し通路を探し始める。自分も探し始めるが、地面には大量の魔法陣の文字。中身を読んでも、隠し通路を空けるための文句ではない。
「ねぇっ! いい加減そろそろ限界なんだけどっ!?」
「もう少し耐えてくれっ! 頼むっ!」
くそっ!
くそっ!
くそっ!
くそっ!
くそっ!
あるのはわかる。
絶対にどこかにあるはずだ。
血眼になって、周囲を探すが。絶対に、あの男のいる入り口の近くにはない。となるとすれば直線的に自分たちの方向に出口があるはずなんだ。
必ず。
誰でもいい、
メルトでもいい、
彼女たちでもいい、
自分でもいい、
どうか。
「ありましたっ!」
「っ! 今行きますっ!」
突如、メルトの声が響いた。その声に、自分も、防御を続けているジジューも反応した。
すぐさま、メルトのそばに駆け寄り彼女の指差す方へをみる。
「隠し鍵穴です。たぶんこの向こう側に」
「すみません、失礼しますっ」
それは、壁の一部。一見みるとわからないが、細かくみると丸く傷が入っているのがわかる。その傷の入った部分を触ると、丸く切り取られた部分がずれそこから小さな鍵穴が覗いた。
壁に近づき、壁を拳で叩く。
耳を近づけ、聞こえてくる戦闘音を全て頭の中から除外する。
かすかに、壁の向こうから反響音が聞こえた。
「ここだ....っ、メルトさん、愛してるっ!」
腰からパレットソードを外し、低空姿勢で構える。
『今一色流 剣術 翡翠』
壁に向けて身体強化術を乗せて放った付きは、壁の外壁にヒビを入れる。だがそのあまりの衝撃に、左肩に強い痛みが走る。
「っ!」
「ショウさんっ」
「あと、一発っ!」
再び、構え直し入ったヒビの真ん中にめがけもう一撃。
『今一色流 剣術 翡翠<煌>』
ゼロ距離で放たれた突きは壁を貫通。扉の形で壁が崩れ落ちた。部屋の向こう側からは今まで長い間溜め込んでいた埃の匂いと、どこか古びた油のにおいで充満していた。
そして、部屋を挟んだ向こう側の暗闇に階段が見える。
正直、かなり怖いが今はそんなことを言っている状況ではない。
「みなさんっ! ここから逃げてギルドに向かって助けを呼んでくださいっ! 早くっ!」
開いた出口に向かって一気に女性たちがなだれ込んでゆく。ギルドからの助けは重要だ。もし、このことが明るみに出ればこの町の遊郭は大打撃を受けるだろう。証人も生き残っている三人がいる。
少なからず、居場所を失った彼女たちの助けにはなるだろう。
結局は、他人の手を借りることでしか他人を救えない。
「ショウさん、左肩大丈夫ですか?」
「あぁ.....ちょっと外れてしまったようです。戻せますか?」
「魔術が使えればいいんですけど....水が....」
メルトが声をかけ、自分の左肩を心配するがピクリとも動かないところから見て左肩は完全に逝ってしまったようだ。治そうにも、メルトは水がなければ治癒魔術を使用することはできない。
左肩が外れてしまった状態の戦闘は厳しい。そう思った時、一人の人物が自分の肩を触り。
そして。
「いっ!」
「貸しやで、お兄はん。絶対に返しにきいや」
見れば、盲目の彼女が自分の肩を入れてくれたようだ。とても荒っぽく。指先や肩を回してみるが、痛みこそ感じるもののなんとか動かすことができる。
「あ、ありがとうございます。え....っと」
「リタ。うちの名や、お兄はんに教えるのが初めてなんやで」
「リタさん。ありがとうございます。メルトさん、彼女を」
メルトは軽く頷くと、彼女の手を引いて先ほど空いたばかりの出口へと向かって進み出す。
だが、
一瞬彼女が、こちらに戻ってきて。自分の唇を塞ぐ。
「ショウさん。聞きたいことがたくさんありますから。生きて帰って来てくださいね」
「あ....」
そう言って、リタを連れて出口へと向かう彼女の背中をぼんやりと眺めながら。こんなにも生きて帰るのが怖いのは初めてだと思った。
また明日




