第193話 痛みの色
彼らが出発してからまだ2時間も立っていない。朝までには帰ってくるとは言っていたが、それまで待っているような余裕はない。すぐにとった行動は、この宿舎を貸してもらっているギルドに報告。こちらの事情は知っているらしいので自警団には報告せず、すぐさま事態は動いたが一体誰の仕業なのか、
メルト=クラークが拐われた。
頭を抱え、ベットに座る。現在、職員と残っている冒険者を集めて捜索を行うとのことらしいが、山に入って遭難したわけではない。ただ単に着替えをしようとしていたところでいなくなったのだ。自発的でなければ、これは人為的な有界である。現場の様子から考えて自分から出ていったとは考えにくいだろう。
動機も.....多分ないはずだ。
「頼むから.....無事でいてくれ.....」
自分のせいだ。
どうして彼女を一人にしてしまったのだろう。こういった事態は自分の起こした結果ではないが、彼との関係の中で発生してしまった問題である。そして、自分がその道をともに歩むという選択をしたのならば、今自分のおかれているこの状況にも責任を持たなくてはならない。
どうして、こう状況で自分は彼女を一人にしてしまった。
深く息を吐き、吸い込む。
自分にも何かできることを探さなくては。そうでもしなければ、自分は命がけで彼女を連れ出した彼にどんな顔を晒せばいい。立ち上がり、ギルドの方へと戻ろうとして部屋の扉を引いた。
が、外に出ようとした瞬間、顔に何か筋肉質なものが覆い隠す。
「夜遅くすまない、寝てたか?」
「ひっ! え、あ。すんません。いえ、起きてますけど....どちらさんで?」
軽く悲鳴をあげて、上を見上げるとそこには自分よりもそこそこ身長の高い金色に染まった髪をした男が一人立っていた。だが、あまり手入れが行き届いてなくボサボサになり、口元には無精髭が生えている。
そして、彼の手には左手には斧が握られており、どこかサイコ映画の犯罪者みたいな雰囲気がものすごく漂っている。
「お前、あの冒険者の連れか?」
「え? は、はい。イマイシキの連れですけど....」
すると、男は軽く舌打ちをすると突然肩を揺さぶり大声を張り上げた。
「言えっ! あの男は今どこにいるっ!」
こういったことに耐性がないわけではない。だが、このように暴力で訴えてくる客は今まで会ったことがなかったハンクは大きく首を縦に振った。
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腰からギルド支給のナイフを左腕で引き抜く。地面に放り出されたメルトの前に立ちふさがり低姿勢で滑り込む。逆手に持ったナイフを一振い。姿勢を低く保ったまま、女性の周りを取り囲んでいる男たちを牽制。
「な、なんだこいつっ!」
「いいか、この女性に指一本触れてみろ。その腕ごと落とすぞ」
動かない右手はだらりと地面に垂れたまま、左手に持ったナイフを男の前でギラつかせながら睨みつけているが全体的に見渡して敵の数は6人ほど。右腕が使えればまだなんとかなるが、左手一本に、支給品のナイフ一本では心許なさすぎる。それにだ、できることならこの後ろにいる女性たちも開放してあげたい。
ふと、自分が飛び出していった柱の方へと顔を向けるがジジューが協力してくれそうな気配はない。となると、やはり自分の起こした問題は、自分で解決しなければ。
「ならないか....っ!」
「はやっ....」
『今一色流 剣術 笹雪』
逆手に持ったナイフを振い、相手の槍を持った手首に向けて斬りあげるようにして突っ込んでゆくが、刀身が短い上にリーチが小さい。左手から感じた手応えはかなり浅い。
「フンっ!」
「チィッ.....」
とっさに頭を右にずらす。次の瞬間、顔の横スレスレで槍が通過、それをナイフを持っていた左手で掴み、勢いよく手前に引き倒す。
「ウオっ!」
「はあっ!」
引き寄せられた男はそのままバランスを崩し手前へ、すかさず首と背中に身体強化術をかける。
次の瞬間、バキッ! という骨と骨が強烈にぶつかり合う音が地下空間に響き渡る。男はそのまま、女性陣の中へと吹き飛ばされ頭からは血を流して気絶した。
突然飛んできた人間に女性陣は大きな悲鳴をあげその場から逃げ出そうとするが周りの男に脅され、再び地面に座り直させる。
「う....っ」
とっさに放った頭突き。自分も相当なダメージを負ったが、頭を振り意識を保つ。ナイフを男の方に投げ捨て、こちらに向けて槍をかめている男たちを睨みつける。
今度は奇襲戦とはいかない。
先ほど、男が持っていた槍を左手で持ち腰を低くして構える。
「メルトさん....」
女性陣の中で、下着姿で眠っている彼女。
なんのために、自分の右腕を犠牲にして助けたのか。それは、彼女を自由にするため、彼女に危険な目に合わせないため。
そのために、自分は生きてここから出なくてはならない。
「はぁあああああああああっっっ!」
気合十分。
声が地下に響き、駆け出して女性陣の上を通り越してゆく。狙うは足元、だが相手もプロだ。狙った足は一歩引かれ、槍の先端は地面と激しく接触。とっさに自分も身を一歩引くと相手の槍の先端が喉元スレスレまで迫っていた。
追撃。
振り上げられた槍を、顔を上げることでスレスレでかわした後。地面に刺さった槍を引き抜き、目線だけは相手に。
左肩に思いっきり槍を叩き込む。だが、それだけでは届かない。とっさに、手を離して左足の膝で槍の先端を押し出し、一気に突く。
「ぎゃっ!」
その反動で、背面宙返り。天井はそこそこ高いため、軽く飛んでも問題はない、その時に地面に着いた左手で投げ捨てたナイフを拾うのと同時に、逆さまになった世界で左肩を貫かれた男の隣でこちらに向けて走ってくる男の膝めがけてナイフを投げる。
突然飛んできたナイフに男は反応することができず、膝に深くナイフが突き刺さりその右足は完全に使い物にならなくなった。その場でうずくまった男は、ナイフを引き抜こうとするも、痛覚に邪魔されなかなか引き抜くことができない。
しかし、これで獲物を失ってしまった。
残るは3人。
これを右手が使えない徒手空拳でなんとかしようというのは自殺行為だ。後、残っているのは。腰にさしてある折れたパレットソードのみ。
一か八か。
いや、大丈夫か。
地下空間を支えるためにある数本の柱、その後ろを小さい何かが駆け抜けていく。次の瞬間、一瞬で飛び出していったそれは一人の男の喉を引き裂いた。
傷口から一気に血を吹き出した男はそのまま絶命、それに気づいた残りの二人が一瞬、こちらに背を向けた。
『今一色流 剣術 時雨』
槍を持つと、自然に脇が甘くなる。基本的に、脇は人体急所の一つだ。右手でなくとも、木刀並みの強度を持つ獲物で左腕の腕力で思いっきり叩き込めば、確実に人を無力化できる。
今手に持っているのは、パレットソードを鞘にしまった状態のものだ。
これで、全員。
「フゥ....ジジュー。殺すことは....」
「その前に言うことあるんじゃないの? おかげで服汚れちゃったんだけど?」
返り血を浴び、服を真っ赤に染めている彼女の姿を見て。改めて自分とは違う種別の人間なのだと理解する。
こういった経験は、前にもした。
「....ありがとう、助かった」
「どういたしまして。それで、どうするの? みんな怯えちゃってるけど?」
ふと、後ろを振り向くと。そこには、血を吹き出し倒れた男から後ずさりして、こちらを怯えた目で見ている。
こんな光景を見れば、確かに怯えもするか。
だが、見たことがあるのは盲目の女性ばかりで、それ以外は見た目こそ派手なものの、一体どこからきた女性なのかわからない。
そして、死んだのは一人。気絶は三人、戦闘不能だが残りの二人は話せそうだ。だがその前に、
メルトのそばにまで駆け寄ると、彼女の体を左腕で抱え上げ口元に耳を持ってくる。息をしているのはわかった、次に耳を胸に押し当てるが心臓も動いてる。気絶しているだけのようだ。
「ねぇ、耳を胸に押し当てる必要あった?」
「あった。絶対にあった」
正直、彼女の豊満な胸に頭を押し付けるのは夢だったが、こんな形で叶うとは思わなかった。
冗談はさておき、
いったいどんな意図でここにメルトが連れてこられ、そしてここに複数の女性たちがいるのだろうか? 一番手っ取り早いのは、ここに女性たちを連れてきた奴に聞くのが早いだろう。
「さて、なぁ。話せるか」
「っ.....テメェ、こんなことして許されるとっ」
先ほど、膝にナイフを叩き込んでやった男に話しかけるが、侮蔑の言葉を吐く前にパレットソードの鞘の先端を男口の中に突っ込む。
「いいか? 俺の質問に答えろ。イエスの場合は縦に一回、ノーの場合は横に首を触れ。それ以外の動作をしたら二度と喋れないように顎を砕く。わかったら首を縦に振るんだ、いいな?」
「....っ」
男はそのまま静かに、首を縦に降る。
こういうところでは、甘さを捨てなくてはいけない。甘さを見せれば反撃されかねない。もしされたら、自分では太刀打ちできないだろう。
「まず、ここにいる女性たちはこの町の人間か?」
答えはイエス。
「全員、遊女か?」
答えはイエス。
「お前たちは、王都の人間か?」
答えはノー。
「町の人間?」
答えはイエス。
「雇われてやってる?」
答えはイエス。
ここまででわかったこと。この女性たちは、町の遊郭で働いていた遊女だ。そして、この男たちは王都とは関係ない。王都とは関係がないなら、自分たちを追ってきた人間ではない。では、なぜメルトがここにいるのか。
メルトは、ハンクに預けてギルドの宿舎にいるはずだった。
となると、ギルドからメルトを誘拐してきたということになる。では、どうやって、彼女を誘拐してきたのだろう。
ここから先の質問はイエスとノーでは回答できない。
声を上げられて助けを呼ばれるのも面倒なので、口に突っ込んでいたパレットソードを外した後、柄を思いっきり鳩尾に叩き込み気絶をさせる。
これで、尋問できる人物は残りひとり。
「ジジュー、こういうの得意じゃないか?」
「まだ根に持ってるんだったら、筋違いってものよ」
「だが、得意なんだろ?」
ナイフについた血を自分の服でぬぐいとっていたジジューは、その刃先を自分の指先に軽く押し付けながら、見た目には似合わない嗜虐的な笑みを浮かべ始めたかと思いきや、肩を槍で貫かれた男の上にまたがる。
馬乗りになった彼女は、男の肩に刺さっていた槍はすぐには引き抜かず。
ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
たっぷり時間をかけて引き抜いた。
「ぐっあぁああっ!」
「はいはい、大声を出さないでね。シーッ....」
馬乗りになった彼女はナイフを持った手で悲鳴をあげそうになった男の口をふさぐ。そして、そのまま徐々に顔を男の耳元にまで持ってゆく。
「ねぇ.....ナイフって、どうやって扱うか知ってる?」
「....っ」
「ナイフはね? すぐに刺しちゃうとあんまり痛くないの。でもね....」
口元に持ってきていたナイフは、艶やかに男の肩をなぞり、そして。
ズプリ....
男の肩に先ほどまで槍が刺さって血がにじむ傷口に徐々にゆっくりとナイフがめりこんでゆく。悲鳴をあげそうになる男の口をとっさにジジューは自分の口で塞ぐ。
ねっとりと、
激しく、
一分の悲鳴すらその口からも漏らさんとばかりに口づけをする。
だが、その間にもナイフは確実に男の肩へとめり込んでゆく。この今聞こえている音が、二人の接吻の音なのか。それとも、男の肉をナイフがえぐる音なのかわからなかった。
そして、ナイフを引き抜くのと同時に二人の口は離れる。男の焦点は、いたるところにさまよっており、脳内では快感と痛覚が同時に混在している状態なのだろう。
「一言訂正して欲しいんだけど」
私、拷問が得意じゃなくて。大好きなの。
そう言いながら、先ほどまでナイフをめり込ませ血がベットリとついた刃を、小さい舌が舐りとる。
この幼女。やはり、只者ではない。
やっぱり、妖女だ。
また明日




