第170話 愛の色
風呂場から出て、自分の服に着替える。用意された自分の服は綺麗に洗濯されていて、鼻を近づけると石鹸のいい匂いがした。
ここに来る前、自分はどうしていたのかというと、ホームレスから買った、純アルコールでできた安酒を布に染み込ませて体を拭いて風呂代わりにしたのだが、正直この屋敷に入ってからアルコール臭くないかビクビクしていた。
服に着替えて、外へと出ると自分の部屋へと向かう。
道順はしっかりと覚えていた。そして、いくら広いとはいえ誰かの家の中で迷うなんてことはアニメの世界ではあるまいしと思っていた。
だが悲しいかな。
完全に迷った。
「嘘だろ....」
今自分がどこにいるかさっぱりわからない。いや、決して自分が方向オンチというわけではないが、強いて言うならこの屋敷が広すぎるのである。
と言い訳しても始まらない。だが、誰かに話を聞こうにもメイドも執事も廊下を一人たりとも歩いていないのである。かくなる上はパレットソードでとも思ったが、屋敷の地面に穴をあけるわけにはいかない。
さて、どうするか....
メルトに早く会いたいというのにもかかわらず。こんなところで障害に出くわすと思わなかった。確か友人に教えてもらったことがあるが、迷路で迷ったときは壁伝いで歩いて行くと必ずゴールにたどり着けると言っていた。
それを試してみるか。
一体何を目指しているのかわからないが、ともかく誰かに会って道を聞かなければ。壁を伝って、とにかくこの長い廊下を進んで行く。
壁に掛けられているのは剣であったり、美術品であったり。そして、何らかのオブジェだったり。何だか博物館の中を歩いている感じだ。そして、歩いてしばらくすると、壁に窓が現れた。そこから外を覗くと、すでに暗くなった屋敷の庭の向こう側に自分が数時間前まで死闘を繰り広げていた闘技場が見えた。
それにしても、家に闘技場があるなんていったいどんな家なんだ。
だが、今見ている風景に闘技場があるということは今いる場所は屋敷の裏ということだろう。となればあとは自分の部屋に戻ってきたときのルートを見つけるのは近いだろう。
再び、壁伝いに歩いて行くと階段が見えてきた。
それ伝って、下へと降りる。確か自分の部屋は一階にあった。一階に行けば執事やメイドもいるだろう。そうすれば道も聴きやすい。
下へと続く階段を降りてゆく。そして、階段を降りると再び長い廊下と右と左、そして正面といった分かれ道に出くわす。さっきまで自分は屋敷の裏にいたのだからここは正面を進むべきだろう。
そして、正面の道を進む。
しばらく進んでくると、確かに見慣れた廊下が見えてきた。ようやく元の道に戻れる。
そう思ったその時。ふと、右側を見ると、その壁は一面ガラス張りで、その向こう側にはなかなかに広い中庭があった。だが、その中庭にはただの芝生が広がているだけではなく、月に照らされて様々な、色とりどりの花が咲き乱れている。
とても幻想的だった。
「中が、気になるかね?」
「へ、うわっ!」
突如後ろから声をかけられ、思わず飛び上がると。背後に立っていたのはとても優しい顔立ちをした白髪の男だった。ふと頭に視線を向けたがしっかりと猫耳が付いている。
「何そんな驚くことではない。君は、今日来た客人だったかな?」
「え、えぇ。その....イマイシキ ショウと言います」
「そうか、息子が世話になったね」
「息子....もしかして、ここの?」
すると、その老人は深くうなずき片手をこっちに差し出してきた。
「ここの家の当主をしている。何、ただの隠居の爺さんだよ。ソドム=クラークだ。よろしく」
「こちら....こそ」
差し出された手を握ると、ソドムと名乗った老人は優しく自分の手を包み込む。そして満足げにうなずき、その手を離した。
「うん、良い剣士の手だ。さ、中庭が気になるのだろう? 入りたまえ」
「あ、ありがとうございます」
ソドムは自分の横を通り抜け、中庭へと続く入り口の扉を開ける。
入り口を開けると、ピリリと冷えた冬の冷たい風が入ってくる。先ほどまで風呂に入っていた体軽く震えた。
「ここの庭は私のお気に入りでね。人を招きれるのは久しぶりなんだ」
「....失礼します」
庭の中に入ろうとしたソドムはおもむろに自分の靴を脱ぎ、素足のまま庭の中にはいる。自分もそれに習って自分の靴を脱ぎ、素足のまま庭の中に入った。足の裏にチクチクと刺さる芝生がこそばゆい。
なかなか素足で芝を歩く感覚は新鮮だ。
「さぁ、こっちだ」
「はい」
手招きをされて進んだ庭。その横には、小さく野花が咲いており、それも自分が森の中を歩いていて見たことのある植物ばかりだった。まるで、山の一部をそのまま切り取ってきた感じだった。
その風景を横目に進んで行くと、そこには草木に囲まれたテーブルと椅子が姿を表す。
「まぁ、掛けて掛けて。今お茶を持ってこさせるから」
「....ありがとうございます」
椅子を引いて、そこに座る。すると、さもここに来るのを知っていたかのようにソフィーがティーポッドやティーカップの乗ったセットを音も立てずテーブルに用意してゆく。
「どうぞ、ごゆっくりと」
「あ、ありがとうございます」
それにしても、初めて会った時も思ったが、このメイドはどうも目線が怖い。いや、メイド服自体はとてもクラシックで好みではあるのだが、着ているのがまるで暗殺者みたいな目つきをした女性なのだ。
だが、そんな彼女の前でゆっくりとティーカップの茶をすするソドムは、にっこりと微笑み、カップをテーブルの上に置く。
「やはり、きみの入れてくれるお茶は私が子供の頃から変わらない」
「ほめ言葉として受け取っておきます」
恭しく頭を下げたソフィーはそのまま無言でテーブルのそばを立ち続ける。そして話の矛先は自分へと向いた。
「きみは、王都に指名手配犯として追われているようだね」
「えぇ....まぁ....はい」
曖昧な返事ではあったが正直な反応に満足げにうなずいたソドムは、再び一口茶を含む。自分も彼にならいティーカップの茶をすするが、確かにうまい。
「さてと、まずは単刀直入に聞こうか。きみは、私の娘についてどう思っている?」
「どう....とは?」
「そのままでいい。きみがどう想っているか。そのままで」
どう想っているか。
そんなのは、すでに出ている答えだ。
「僕は、メルトさんを愛しています。この上なく」
「ふむ....だが、もしきみと私の娘が共に生きる道を選ぶのだとしたら。それは、困難を極めるぞ?」
確かに、道は困難だ。
もし、メルトと一緒に生きる道を選ぶのだとしたら、王都騎士団との戦い。そして王都に証明せねばならない自分の無実がある。
そして、この剣。
この剣があり、そしてサリーの呪いが続くのならばそれを解かなければ自分は死ぬ。そしてそれを解く鍵は聖典にあり、精霊にある。それを見つけるために自分は再び旅に出なくてはならない。
そうでもしなくては自分は、彼女の隣にいる資格はない。
それもまた、すでに出ている答えだった。
だが、それでも。
「自分は、それでも彼女と一緒に生きることを決めました」
「何が、きみをそこまでにさせたのかな?」
「理由は....」
理由、それは単に彼女から好かれているという理由ではない。
ただ、あの時感じた温もりが心地よかったから。
生きたいと思ったから。
その温もりだけで、自分はどんな死の瀬戸際でも乗り越えられると思ったから。
そんな理由ばかりが頭に浮かぶが、答えはもっとシンプルだった。
かなり気恥ずかしいが、少し自嘲気味に答える。
「単に、自分が彼女と一緒にいたいから。ですかね?」
「....ふむ....」
少し考え込んだ表情で、彼は一口また茶を口に含むと。目を閉じ、空を仰いだ。
「私の家系は、先代。つまりは私の叔父にあたる人物だが、当時はやり病で血族間で多くの者が死んだ。父も母もそれで亡くなった。兄弟も次々死に、末っ子だった自分が繰り上がりで次期当主になった」
視線は下に向けられる。すると空になったティーカップにソフィーが新しく紅茶を注ぎ込んだ。その中をじっと見つめながら、話は続く。
「先代から世嗣ぎのことをしつこく言われ、私は何人もの妻を娶り、そして別れた。そこに愛なんて呼べるものはなかった。だが不思議なものでね、メルトが生まれた時は娘にも、そしてメルトの母親のリゼにも同等の愛が注げた」
「....どうして、メルトさんは。ギルドに?」
すると、彼は軽く微笑み。自分の顎に手を当てて考えるそぶりをする。
「私がわかるのは、メルトは貴族に向いていなかった。過ぎ去るものを愛でて、永久であることを望まない。そういった娘だ。貴族にとって生きるというのは血を絶やさないことと同一なのだよ。彼女は、この庭で草木を見つけては愛でるのが好きな子だった。今思えば、メルトがあの道に進んだのは必然だったのかもしれない」
すると彼はおもむろに立ち上がり、庭の中にある、一つの草花を取りそれをテーブルへと持ってくる。
「ミオソテス、これはメルトとリゼが好きだった花だ。彼女に会ったら、渡してあげなさい」
その花は、よく山でも見られる、本当にすぐに通り過ぎてしまうほど小さく、だがそれがたくさんと寄り添い宝石のように青くキラキラした花だった。
「さて、私は行くとしよう。イマイシキくん」
「はい」
「....娘を頼んだ。じゃじゃ馬で、多少頑固ではあるが。気立てのいい優しい子だ。大事にしてやってくれ」
「....ありがとうございます。あなたと同様、大事にさせていただきます」
その瞬間。一瞬風が通り過ぎ、庭に咲いていた花の花びらが一気に巻き上がる。思わず目をそらしてしまう。だが、再び正面に顔を向けた時、彼の後ろ姿はどこにもなかった。
まるで、一時の夢かと思った。
「夢ではありませんよ」
「....久しぶりです、心を読まれたの」
「メイドですから」
「....なるほど」
ソフィーが礼をして、テーブルの上に置いてあった茶器を片付け始める。するとソフィーはおもむろに先ほど彼が置いていったミオソテスの花を拾い上げ、こちらに手渡してきた。
「イマイシキ様」
「は、はい」
手渡されたミオソテスの花を受け取ると、彼女はそっと自分の手に彼女の両手が重なる。
「私は、お嬢様が生まれてからずっとお側に置かせていただきました。たかがそれだけでございますが。おこがましいことを言わせていただけるのなら、どうか、先ほどの旦那様の言葉をお忘れなきよう」
「....えぇ、わかりました。お約束します」
そう言った後、彼女の手は離れ自分の手にはミオソテスの花だけが残された。ソフィーは片付けを終え、その場から立ち去り庭には自分一人だけが取り残された。
もう一度、椅子に座り周りの風景を見る。
派手なものが何一つない庭。どれも、草花が咲き乱れており二つの月に照らされキラキラ輝いてる。時間の流れすら忘れそうになる、幻想的な光景だった。
その時、一瞬風が吹く。背後から迫る人の気配に立ち上がり、ゆっくりと振り返ると。そこには、白いワンピースに花びらをつけて様々な色に染まった、メルトの姿がそこにあった。
綺麗だ。
「....メルトさん、あなたに伝えないといけないことがあるんです」
「....はい」
素足のメルトが近づいてくる。サクサクと、芝生を歩く彼女の足音が耳に心地いい。そして、彼女の顔はすでに鼻先へと迫っていた。
「メルトさん」
「はい」
「僕は....メルトさんを、幸せにできません」
自分は、彼女を幸せにはできない。
自分の問題が解決したとしても、それはあくまで一段落したというだけ。そして自分と一緒になるということは、多くを待たせるということである。
待たせてしまった彼女を、また待たせてしまう。彼女の望む幸せとはほど遠いだろう。だが、そんな自分にもできることが、
一つある。
今にも泣き出しそうな彼女を抱き寄せ、自分の持っていたミオソテスの花をそっと髪に挿す。ブロンドの髪によく映える青色だった。
「でも、僕は。決してあなたを不幸にはしません」
「....っ」
「決して、あなたの前から消えません。決して、死にません。手足をもがれても、ボロボロになっても、あなたのもとに帰ってきます」
「....っ.....っ」
「そして、必ず。あなたと一緒に暮らせる日が訪れるよう努力します」
胸の中で震えている彼女の頭を撫でながら、語りかけるようにして、彼女に誓う。もう二度と、死のうなど考えない。
何としてでも、生きてやる。
これは以前まで抱えていた理由ではない。
自分が、自分の望みで。彼女の為に生きると決めた。
「メルトさん、僕は。あなたを愛しています」
「っ....はい」
「僕と、一緒に生きてくれませんか....?」
「....っ、約束ですからね....っ? 絶対、絶対。絶対に、生きて帰ってきてくださいね....っ」
うなずき、顔を上げた彼女と唇を交わす。月の光が二人を包む。どこかの童話だかで聞いたことがある。月のもとで、誓いを交わした男女はその約束を違えてはならないと。
何としてでも、自分は生きてこの約束を守らなくてはいけない。
平穏をつかめる。その日まで。
さて、なんだか書いてて気恥ずかしい....
では、また明日更新頑張ります。




