第169話 裸の色
決してベーコンレタスではありません。
さて、天井のシミを数えばなんとやらとあるが。今、自分は煙漂う天井に描かれた剣の数を数えながら体に染み込む熱すぎる風呂に浸かりながらぼんやりとしていた。
「....熱すぎだろ、このお湯」
目を閉じ、肌をちくちく刺す感触に若干心地よさを感じながらついう数時間前の出来事を思い返していた。
勝負の結果は自分の勝ちだった。
ギリギリの戦いではあったが、相手が獲物を失った時点で戦闘不能と判断された。そしてその判断を行ったのは第三者ではなく、エギルだった。
木剣を失った彼は、戦闘を続行することはなかった。彼も騎士だ、負けを正直に認めたのだろう。だが、彼自身負けを認めてもらってよかったと思っている。自分が一方的に認めさせた考えなど、結局は付け焼き刃でしかない。負けを認めた彼は、自分に時間を与えるといった約束を認め、しっかりと弁護をする場を用意すると言ってくれた。
ようやくだ。
ようやく、自分の中に引っかかっていたものの一つがこぼれ落ちたような気がした。まだ解決はしてはいないものの、ようやく解決へのきっかけを手に入れたのだ。
長かった。
あのイニティウムの絶望から早、一年が経つか経たないかだ。自分は、ようやく自分の中の問題を完結へと結びつけることができる。
「はぁ....」
大きく息を吐き出すと、一人で使うにはあまりにも広すぎる浴場でため息を吐く。広さは旅館の温泉くらいで、それを一人で貸し切っている状態である。ちなみにここは男性の使う屋敷の風呂だ。メルトのいる屋敷とはまた別である。
「にしても、クソガキがよく同調したよ。ほめてやる」
「サリー、あれは一体何だったんだ?」
背後からサリーの声が聞こえてくる。あれ、というのはあの闘技場での戦いの際、炎が赤色から青色に変化したことである。
あの時は、今まで使っていたサリーの能力とは違い。ただ炎を扱うのではなく、炎と一体化したかのような感覚だった。炎に触れたものの全てを感じ取れた。
「あいつは『蒼炎の型』今までのが攻撃特化であったのに対して、今度は相手の動きを見切って隙をつく。いわばカウンター特化の型だな」
つまりは、炎を操るか。それと一体化するというわけか。
ゆえに同調。
「前のクソ剣の持ち主はそっちの方が性にあってたみたいでな。お前とは逆の開花のさせ方だったよ」
「逆?」
「そう、あいつは俺の能力を使った時、先に『蒼炎の型』を使えたんだ。そのあとに、あの赤いほう。まぁ、『紅炎の型』が使えるようになったんだよ」
前の剣の持ち主。それはおそらく、聖典に登場する勇者のことだろう。いったいどんな人物だったのだろう。
周囲の迫害の目を受けながらも、戦い続け。そして最後には裏切られ、無色の国を破滅へと追いやった勇者。
一度でいい、会ってみたかった。
そう思ったその時、後ろの方で扉が開く音がする。
「失礼、いいか」
「え。エギルさん?」
背後に立っていたのは、湯気で所々見えないが。がっしりと引き締まった体をしているエギルが肩に布をかけて立っていた。
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「....」
「....」
水の音と無言が聞こえる。
隣り合った状態でエギルと並んで湯に浸かっているわけだが、先ほどまで戦っていた相手と入る湯というのはかなり気まずい。
よくよく考えてみれば、こういった一対一の時は大抵気まずい雰囲気しか経験したことがない。もういい加減、少しは肩を軽くして生きたいものだ。
「イマイシキ ショウ」
「は、はい」
突如、ぼんやりしていた頭に良く響く声が刺さる。
「まず、貴様の事を蔑んでいたことを深く謝罪したい。本当に、申し訳なかった」
「え、いえ。その、慣れてますし? それに、僕みたいなどこぞの馬の骨かわからない人間が妹さんに近づいてきたら当然の反応だと思いますし」
「あぁ、当然だ」
おい、この人本気で謝る気あるのか。
「妹のことは置いておき。貴様をただの犯罪者風情などと罵ったことに対しての謝罪だ。犯罪者風情にあんな剣技はできない。見事だった」
「あ、ありがとうございます」
一応褒めてはくれてるのか。
隣を見ると、穏やかな表情で伸びをしながら先ほどまでの自分同様、天井をぼんやりと眺めているエギルの姿があった。
「どこで学んだ?」
「え?」
「あの剣技、いったいどこで教わった。軍式のものとは違うし、かといてその国独特の武術とは思えない」
「あぁ....全部父に教えてもらったんです。全部教わり切る前に死んだんですけど。あとは、レギナさんに基本的なことと実践訓練を」
「....なるほどな。貴様の剣に、彼女の姿が見えたのはそういうことか」
湯けむりが天井に登っては消えてゆく。その度に思い返すのは彼女との訓練の日々。彼女との旅、いや誘拐犯と被害者の関係になて彼女が稽古をつけるといってからほとんど欠かさずに行った訓練だ。
基本的なこと、相手の剣を見切ること、体の重心の乗せ方。様々なことを彼女とのぶつかり合いで学んだ。
ゆえに、彼からレギナの剣を感じたと言われたのは少し嬉しかったりもする。
「レギナ=スペルビアは以前1番隊に所属していた先鋭だった。初めて入ってきたのは13歳の時。その時から彼女は強かった。正直、貴様が羨ましいよ。彼女から剣の手ほどきをされるなんて滅多にないからね」
「そうなんですか?」
「そう、大抵は男に言い寄られて返り討ちにしてるのしか見たことがない。9番隊に行った後のことは知らないがな」
彼女らしいと言われれば彼女らしい。
だが言われてみれば、最初に会った時剣を教えてくれたのはレギナではなくガレアだった。今頃どうしているだろうか、
「でも、エギルさんって幾つなんですか?」
「俺か? 俺は28だ」
嘘だろ。
とてもそんな見た目には見えない。見た感じ、まだまだ20代前半、もしくは20といっても通用する年齢なのに。
となると、妹のメルトとはちょうど10歳差ということになる。
ということは....いや。だが....
「エギルさん....多分ものすごく失礼な質問になるんですけどいいですか?」
「....言ってみろ」
少し、唾を飲み込む。
もし外れていたら大事だ。
「エギルさんとメルトさんって....その....」
「....あぁ、もう言うな。そうだ、貴様の考えている通りだ」
手をひらひらさせて答えるエギルだが。彼の反応している内容はそんな軽い話ではない。
「当時、クラーク家では跡継ぎが生まれなかった。そのために何度も当主は違う女をひっかえとっかえで結婚したらしい」
だが、どうしても子供はできなかった。
「そんな時だ。近くの国で戦争が起きた。騎士団の一員として駆り出された当主は、その全てが争いで血に染まった村で俺を拾った」
最初は、その当主を食い殺すつもりで暴れていた。だが、彼がそれを正面から受け止めいずれ剣の手ほどきを受けるようになっていた。そして、いつの間にかクラーク家の当主候補として持ち上げられるようになっていた。
そんな時、すでに自分にとっては3番目にあたる母親が子供を産んだ。
初めてできた妹だった。そんな頃には自分が今まで育ってきた過去は幼い記憶とともに忘却の彼方へと消えていた。
「自分にとっては血の繋がらない妹。だが、同時に思った。この娘だけは、何としてでも守らなくては、とな。自分が最初から築ける唯一の絆がメルトだった」
それから、彼女の成長とともに、自分は王都騎士団1番隊に向かい入れられ、戦いの日々に明け暮れた。
「初めてお兄様と呼ばれた時は気絶するかと思った。昔も可愛かったが、大きくなってからは立派な女性になった」
「そうですね....」
「貴様がそうですねとか言うな。殺すぞ」
結論、この男はただのシスコンだ。
だが、血の繋がっていない家族。そんな彼がメルトを愛するその気持ちは筋金入りだ。こればかりは自分がどうこうしようという問題ではあるまい。
となれば、自分がするべき行動は一つだろう。
湯の中で正座をし、エギルと向かい合う。
「....どうした?」
「エギルさん。僕は....メルトさんを....その....愛してます。ですから、どうか。僕の無実がわかった暁には、彼女とイニティウムで暮らすことをお許しください」
湯の熱さも相まって、顔が真っ赤になるのがわかる。そして正座のまま自分の顔を湯の中にどっぷりとつけながら頭を下げた。
無音の水中、だがしばらくして顔を上げると。冷徹な表情で接した昨日とは打って変わって、その表情は穏やかだ。
「本当だったら、今ここで貴様の首をはねてやりたいところだが。湯が汚れるのは困る、特別に不問にしてやる」
「え、では....っ」
「くどい、わかったらさっさと出ろ。それで、さっきの言葉をしっかり妹に聞かせてやれ」
そういった後、エギルは目を閉じ。そのまま天井を仰いだまま動かなくなった。彼の言った通りだ、
この気持ちを、しっかり彼女に伝えなくては。
湯船から立ち上がり、外へ出ると。未だ湯に浸かっている彼に一礼をして立ち去ろうとした。
「イマイシキ」
「はい」
「今度は、負けないぞ」
「.....今度も、勝ちます」
さて、次回は休み。




