第167話 自分の願いの色
それでもって色々とあって、いや。いろいろではなかった。その後、何度か唇を重ねた後、彼女はそのまま部屋を出て行った。おそらくあのまま続けていたら色々と辛抱たまらなかっただろう。
なんというか、初めての経験だ....いや。まてよ、確か俺、ウィーネとも一回....
このことは彼女には黙っておこう。
「それで、昨日の晩はお楽しみだったようで」
「知ってて言ってるのか。なんもしてないだろう」
「私のことを放っておいて、他の女と乳繰りあってただなんてサイテー」
「放っておけ、それより持ってきてくれたか」
現在、裏でジジューと話をしている。どこの裏かと言われれば、後々分かるとして。彼女がため息をつきながら取り出したのは、自分が愛用しているパルウスの作った防具だ。
それを彼女から受け取ると、両腕と、両足、そして胸当てといった順番に装備してゆく。
「本当に決闘を申し込んだの、バカかしら?」
「バカかどうかはともかく。とにかく、正気の沙汰ではないのはわかってるさ」
正気の沙汰ではない。だが、正気でいられないほど、今の現状は追い詰められているのだ。
「しっかり生きて帰ってきなさい。報酬も受け取ってないんだから」
「そうだな、善処はするさ」
勝てる確率は万に一。
だが、万に一を掴まなければ、未来はない。
「それじゃ、一応応援するわ。頑張ってね」
「どうも」
片手をひらひらさせながら一つの建物へと向かう。
目の前に立つのは、円状の建物。見たところ、石造りだ。それは、イタリアにあるコロッセオとよく似ている。
ここは、屋敷の裏。そして、目の前にある闘技場という名前建物の裏でもある。全く、家の敷地に闘技場があるとか、どういう家なんだ。
正面の入り口に周り闘技場に入るとそこは客席だった。上から眺めたその闘技場の広さは、野球をやるのには丁度いい広さだ。
全体を見渡し、闘技場の中に戻る。屋敷の使用人の案内に従い通路を進むとメルトが心配した表情でうつむきながら立っていた。そして、自分の存在に気づくと、ハッとした表情でこっちに駆け寄り。そっと両手を握る。
「ショウさん....ご武運を」
「ありがとうございます」
彼女と抱き合い離れた後、そのまま振り返らず通路の奥へと進む。今ここで振り返ったら自分の決意が揺らぎそうになる。
そして、そのまま昨日会ったソフィーという年配のメイドに連れられながら闘技場内を進んで行く。
「今回の決闘。本当に宜しかったので?」
「え、まぁはい。とにかく一度ぶつかってみないと、話し合いでは解決できない感じでしたから」
「なるほど....女の身にはわからない話です」
「はは....」
「お嬢様とは、仲がよろしいようで。イニティウムではどうでしたか?」
「えぇ、とても真面目で。努力家でした。いつも楽しそうに毎日を過ごしていましたよ」
「....そうでしたか」
そのまま、二人は無言のまま中を進む。しばらくすると、奥の方で大きく扉が観音開きで開くと、そこから冷たい空気が一気に流れ込んで行く。
そうか、もう冬か。
全くの日本晴れ、ものすごく澄み切った雲一つない青空の下で。闘技場に足を踏み入れる。
「逃げずに来たようだな。イマイシキ ショウ」
「えぇ、早く始めて早くケリをつけましょう。朝ごはんも喉に通らなかったんで、お腹ペコペコですよ」
「能天気な奴め」
闘技場の中心に立つエギル。彼は昨日とほとんど変わらない軍服の格好だ。すると彼が片手に持っていた一つの剣をこちらに放る。空中で太陽に照らされ飛んできたのは紛れもないパレットソードだ。
「その剣、偽物か? 一切抜くことができなかった」
「いえ、本物ですよ」
そう言って、腰にパレットソードを装備した後、鞘から剣を引き抜くとエギルが少し驚いた表情をした。それもそのはずだ、この剣は自分以外抜くことができない。というか、無色の人間以外抜くことができないのだ。
だが、すぐに元の表情になると。今度はエギルも腰にさしていた剣を抜く。
「決闘を申し込まれたのはこっちだ。ルールは俺が決めていいか?」
「えぇ、どうぞ」
「決闘では真剣の使用を許可する。魔法、魔術の類は身体能力を向上させるもの、攻撃魔術、防御魔術の使用を許可する。戦闘終了は相手の戦意損失、または、戦闘不能の時点で終了とする。で、どうだ?」
「異論はありませんが....エギルさん、なんで木剣?」
彼が今片手に握っているもの、それは紛れもない木剣だ。鞘と一体にはなっているが、遠目から見ても剣のそれではない。
「犯罪者風情に本気を出せばクラークの名が廃る」
「....いいでしょう」
要はハンデということなのだろう。だが、これで少し希望を持てた。もし、彼が慢心で手加減をするというのならば勝機がある。相手が全力を出す前に叩きのめす。
互いに剣を正面に構え、準備が整った。
「王都騎士団一番隊 エギル=クラーク」
「探求者 今一色 翔」
名乗りは終えた。
「「いざ、尋常に勝負っ!」」
開戦。
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やはり、レギナの剣撃のスピードに慣れているからか、ギリギリで彼の剣を裁くことができる。そして、相手が二刀使いではないため、ある程度防御の隙が生まれる。
「ダァっっ!」
大ぶりの横薙ぎ、だがそこは難なく躱され、カウンターで木剣の柄が顔面に迫る。それを背中を反らし躱すと一歩引いて距離をとる。
「....」
「....スゥ....はぁ、そこそこ動けるようだ」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「一つ言っておこうか。イマイシキ ショウ」
木剣を軽く振るい、なぜかそれを背面に隠すような動作を取る。
あれは....
「木剣をハンデと思っているようだったら」
それは、勘違いだ。
次の瞬間、全身の毛が逆立つかのような寒気が襲いかかる。一瞬、彼がいたところに軽く土埃が舞う。
その場に、彼はいない。
「な....っ」
どこへ。探したが最後、
背後から感じた殺意に思わず前転で対応する。
逆さまに映った風景。
先ほどまでいた場所の空気が大きく歪み一瞬遅れて土埃が舞い起こる。
地面に着地。その瞬間、正面から飛んできた面に思わず防御体制をとるが、がら空きの胴に思いっきり蹴りが入り込む。
「が....っ!」
後方へ飛ばされ、地面へと何度も転がり、全身が土まみれになったところで止まる。
「木剣など、ハンデですらない」
土埃が晴れ、白銀の髪が太陽に照らされキラキラと揺らめきながら徐々に近づいてくる。
立たなくては。
そう思い、剣を支えに立とうとするが、不意に左手に鈍い痛みが走る。見ると、左手の防具を引き裂いて、皮膚までもが引き裂かれ、そこから血が流れている。
木剣が当たったわけでもない。
これは、おそらく....
「....カマイタチ....」
「俺の剣に間合いは通用しない。降参するのであれば五体満足で闘技場から出られるぞ」
勝利条件は、戦意損失、もしくは戦闘不能になること。裏を返せば、生きていれば相手がどんな状態であっても構わないということである。
「チィ....っ」
次の瞬間、再び土煙が軽くその場で起こる。だが、正面からではない。徐々に近づいてくるものの正体は目で追えないくらいに速い。各場所で軽く土埃が発生するのは見えるが、それを起こしている者の正体が見えないのだ。
一体どこから....っ
その瞬間、自分の左側でとんでもない速さで何かが通り過ぎてゆく。とっさに剣を構えたが、衝撃で身体強化術をかけているのにも関わらず、剣を持った腕ごと弾き飛ばされる
「っ....」
続けざまに、右側から同じような衝撃が襲いかかる。防御を取るも再び弾き飛ばされるようにして簡単に崩れる。
この後はただ単にその繰り返し。防御をしては崩され、防御をしては崩され、とんでもないスピードと衝撃で翻弄され続ける。
おそらく、あれは単なる人間と獣人のスペックの差ではない。そこにさらに拍車をかけるように身体強化術を使用していることで起きている機動力だ。人間のできる真似ではない。
「ぐ....っ」
防御が崩れるたびに、腕が悲鳴をあげる。それもそのはずだ、関節にかかる負担は大きくいくら身体強化を行ったところで体の構造を強くすることはできない。すでに骨は軋み始め、このまま防御を続けていればいずれ剣も持てなくなる。
「っ」
剣撃が終わる。
その瞬間、剣を鞘に収め軽く息を吸う。
『今一色流 抜刀術 円月斬<地>』
体全身をひねりながら弓なりに抜刀術が放たれる。その瞬間、それが剣撃と重なり、一瞬の静寂が訪れる。
「....はぁ....はぁ....」
「....欠けたな、初めてだ。木剣が欠けたのは」
土埃の中から、息一つ乱していないエギルが木剣を見つめて一言こぼす。彼の持っている木剣を見ると、確かに持ち手に近い部分が遠目ではあまりよくわからないくらいに欠けている。
だが相手はあくまで木剣だ。何製かわからないこの剣だが、それでも鉄より強度がある。でも、幾たびの剣撃を持ってして、ようやく抜刀術で木剣が欠けたのである。
技量の高い人間の使う剣ほど刃こぼれはない。だが、それが木剣でも同じことが言えるのだと初めて知った。
「だが、勝負は終わっていない。みたところ、満身創痍だが?」
「....はぁ....フゥ.....なんですか、もう疲れました?」
「....ほざけ」
次の瞬間、再び彼のいた場所に軽い土煙が立つ。だが、それは先程とは違い撹乱させるような動きではない。
まっすぐ正面を向いた攻撃。
「くっ....!」
突如、地面から伸びた木剣が鼻の頭をかすめながら通過する。目線を地面にやると、そこには獲物を捕らえた、まさに獅子の目でこちらを睨んでいるエギルの姿がそこにあった。
とっさに次の攻撃を防御。
だが、削られた体力ではせいぜい受け流すのが精一杯になっていた。受け流した剣は次の攻撃へとつながり、受け流し、次の攻撃へと一方的に防衛へと仕向けられる。
「あぁっっっ!」
両肩が外れそうな衝撃が襲い、今にでも剣から手が離れそうだ。
だが、
だが、
今ここで剣を離せば。自分は何もすることなく死を待つのみ。そして、メルトはイニティウムに戻れないまま、ずっと王都で過ごすことになる。
自分は、何のためにここまで来た。
何のために。
昨日、彼女と交わしたものが何を意味するか。わからなかったわけではない。
自分が、この地に来るまで。それは彼女のためを思ってだったのか。全てが彼女の願いのために自分はここに来たのか。
いや、違う。
自分は、
自分はきっと。彼女と一緒に、
イニティウムへ。
「ウォオおおおっっっっっ!」
横薙ぎ、それを受け流すのと同時に剣を左手に持ち替え逆手にもつ。
両足に込めた力を一気に前へ押し出す。
『今一色流 剣術 笹雪』
一閃、一瞬の隙が生んだ攻撃だが、難なく木剣で防御される。
「まだ終わってないぞっ!」
「....えぇ、でも」
ここで終わらせます。
剣を鞘に収め、持ち手を一回転させる。
鞘にはまった精霊石が赤く光る。
「メルトさん、一緒に帰りましょう」
パレットソードを一気に引き抜く。その瞬間、自分を覆う空気が一気に炎へと転化する。パレットソードはその姿を変え、白く炎を纏った一本の日本刀へと姿を変える。
そのまま、周囲の炎ごと一気に叩き斬る。
炎が晴れると、目を見開いたエギルが木剣を構え様子をうかがっていた。
「....貴様....一体、何者だ....?」
探求者、今一色 翔。
さて、明日もよろしく




