第165話 ハリボテの色
沈黙の中で、メイドが給仕する音だけが部屋の中を響いている。ソファーの隣ではメルトがずっと自分の腕にしがみついて離れることはない。
「どうぞ、お口に合えばよろしいのですが」
「ありがとう」
差し出されたティーカップに注がれた紅茶を飲む。とても安心する味だ。辺りを見渡すと、ここまで案内をしていた執事は部屋から出て行ったようだ。
「カケル様でよろしいですか?」
「はい」
「当家のお嬢様とはどちらで知り合われたのですか?」
「えぇ、イニティウムのギルドに立ち寄る機会がありまして。そこでお世話になったのですが、あんなことになってしまい....ただクラークという名字がどうも気になりましてね。もしやと思い尋ねて行った次第です」
「....なるほど」
口からのでまかせだが、全くの間違いでもない。メイドは納得をしたのかどうかはわからないが、警戒の様子を少し解いたみたいだ。
ソフィーと名乗るこのメイド。見た感じ、ここのメイドのリーダー的存在なのだろう。この人を観察する目といい、凛とした佇まいと慣れた対応は、たくさんの経験を積んでいるに違いないと思う。
「その仮面は?」
「これですか。私の住む東京ではこれが正装でして。まぁ、それ以前に、顔に大きな怪我をして隠しているのですがね」
「....それはとんだ失礼を。申し訳ありません」
「いえいえ」
さて、本題に入ろうか。
今日の最終目標は、メルトをイニティウムに連れて帰る算段をつけることである。何も自分が連れさるわけではない。そうしたいのは山々だが。
話をして、メルトがイニティウムでもしっかり生きていけるというのことを伝えるために来たのだから。
「本日はお嬢様に会いたいとのご用件でしたが....本当にそれだけですか?」
「っ....いやはや。もう既にわかっているとは鋭いお方だ」
こっちが話を切り出す前に、向こうが話を切り出してしまった。
話の主導権を握られるのはとても面倒だ。
「メルト嬢が、イニティウムのギルドで働いていたのはご存じでしょう」
「えぇ、もちろん」
「どうして彼女はギルドをやめてしまったのでしょう?」
「....詳細は分かりかねますが。私の憶測であるのならば、当家のお嬢様が冒険者の関わる仕事をなさるというのは....貴族的ではありません。お嬢様にはお嬢様のやるべきことが」
....やはりそうくるか。
確かに、魔物の臓物をさばいたり、冒険者の接客を行ったりするというのは貴族的ではないだろう。だが、それでも。
彼女は。メルトはきっとそんなことは望んでいないはずだ。
「ですが、それは彼女の意見を聞いた上での.....っ! .....失礼」
「....どうかなされましたか?」
「いえ....」
その場を立ち上がり窓のそばへと向かう。突然席を離れた自分に戸惑いの表情を浮かべているメルトだが、軽く視線を合わせたのち、自分のポケットの中を弄る。ポケットの中から取り出したのは、半分割れた一つの透明な石だ。だが、その石の中心が赤く発光しており、それはしばらくすると中の色が濁りただの灰色の石ころへと戻った。
まずい。
「すみません、話を戻しましょう。とにかく、メルトさんは....」
「メルト....さん?」
「っ」
しまった。
「....カケル様。長年クラーク家のメイドを務めており、多くの貴族、王族と接してきましたが。あなたは....どう見ても貴族には見えない」
「....」
「かといって、冒険者や、商人。平民の人とも感じ取れない....」
あなた、一体何者?
メイドの怪しい視線。思わずメルトが、自分の右手を取る。
「....ショウ....さん....」
「....僕は、ただ」
その時だ。
突如、部屋の扉が大きく開かれる。その瞬間、中に白い服を着た数人の人間。そして、その奥から現れたのは白銀の髪、そしてその頭にはメルトと同じ猫耳を生やした好青年が続いて入ってくる。
だが、ただならぬこの空気。いや、やはり。
「あなたが、当屋敷に来た客人かな?」
「えぇ、そうです」
「....名前は?」
「....一色 翔」
「イッシキ カケル....か」
思わず、左手が腰のパレットソードに伸びる。白い服を着た人間の間をとって、こちらへと近づいてくる彼の表情は冷たい。だが笑みを浮かべていた。
次の瞬間、
何が起こったのかわからなかった。だが、一瞬見えたその風景。それは半分に割れて見えた。いや、これは....空気が歪んで....
「偽名にしてはいいセンスだ。イマイシキ ショウ」
「....っ」
振り上げられた剣。
そして、同時に。つけていた仮面が真っ二つになり地面へと音を立てて落ちた。突きつけられた剣の先、自分の肌には一つも傷はついていない。
全く見えなかった。この男、一体....
「ほぉ....動じないか、なかなかできるな。貴様」
「....高かったんだぞ、この仮面。銀貨3枚、支払ってくれるんだろうな」
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ポケットに忍び込ませていた石。だが、半分の片割れはジジューが持っており、もし何らかの異常が発生した時は彼女が石を割って危険を知らせるということになっていた。ちなみにその石を『双子石』と呼ぶのだが、そんな話はどうでもいい。
問題なのはこの状況だ。
剣を抜き、こちらの様子をうかがっている獣人の青年。そして、周りを取り囲んでいる白服の人間の姿。
完全に詰みである。
「お兄様っ! この人は罪人なんかではありません。この人は....っ」
「メルト、口を挟むな。これはお前には関係ない」
お兄様。
となると、この男。メルトの兄ということか。だが、それにしては....
そんなことを考えていると、突如左手がズシリと重くなる。見れば、白服を着た人間の間をかき分け、メルトが必死にしがみついている。
「お兄様。もし、この人を捕らえるというのであれば。私も捕らえなさい」
「....何を言う?」
「私は、この人と一緒の村で一緒の時間を過ごしました。そしてあの日、私も最後までショウさんと一緒に行動をしていました。彼だけを捕らえるというのは矛盾しています」
「だがメルト、これは王都からの....」
「王都もへったくれもありません。私がショウさんのことを話します。もしかしたらショウさんが犯人だっていう証拠が出るかもしれませんよ」
「く....っ」
その言葉を聞き、初めてその冷たい顔に動揺が見られる。それはそうだ、妹が突如現れた犯罪者の腕をとって擁護をしているのだ。
だが、この動揺は利用する価値がある。
「エギル様、どうなさるおつもりで?」
「....お前らは一旦本部へ戻れ」
「は....?」
「命令だ。報告は自分で行う。お前らは帰れ」
白服の一人が、獣人の青年に耳打ちを行う。そして、エギルと呼ばれた獣人の青年は、白服の人間に命令を下す。なるほど、おそらくはこの集団のリーダー的な存在なのだろう。確か、王族の剣術指南を行っていると聞いたが。
そして、命令を聞いた白服の人間は互いにアイコンタクトを取ると、剣をしまい、そのまま部屋から出て行った。
そして、部屋にいるのはメイド、メルト、自分。そしてメルトの兄であるエギルである。
そして、正面にどっかりと座ったエギルが真っ直ぐこちらを睨みつけていた。
「メルト、どういうつもりだ」
「言葉の通りです、お兄様。ショウさんは何も悪いことはしていません、街を救った英雄なんです。そんな人をどうして....」
「王都からの命令だ。この男は、街を一つ焼きはらい、そして王都騎士団9番隊元隊長のレギナ=スペルビアを誘拐した人間だ。捕らえる理由としては十分だろう」
「それが間違っているって言ってるんです。このお兄様の頑固者っ!」
頑固者と言われた瞬間、冷静だったエギルの表情が揺れる。
「く....っ。私だってっ、妹のお前が言ってることは信じてやりたい。だが....」
ん? なんだこの流れ。
もしかしてだが、いやもしかしてでもないが。
このエギルという男。シスコンか?
「エギル様。お茶を」
「あ、あぁ。ありがとう....」
ソフィーから差し出された紅茶に念入りに息を吹きかけた後、一気に飲み干す。先ほどまでの冷徹な雰囲気は微塵も感じない。
「おい、イマイシキ ショウ」
「....なんでしょう?」
「お前は何でこうも妹に好かれてる」
「は?」
突如、元の冷徹さを戻したエギルがクソ真面目な表情で素っ頓狂な質問をする。
「いや....それは.....その....」
「おい、メルト。この男のことをどう思ってる」
突然振られた質問に答えられず、話の矛先はメルトの方へ。
「え....それは....私....ショウさんのことが.....その....す」
「よし、それ以上言うな。イマイシキ ショウ、お前はすぐさまここで殺す」
思わず大声で抗議をしたくなった。
間違いない、この男。シスコンだ。すでにその表情は鬼の形相であり、つり上がった目がより吊りあがり、銀髪はこれでもかと逆立っている。
だが、この状況。利用する手立てはない。
「まぁ、いいですがね。でも、そんなことしたら二度と妹さんに口を聞いてもらえないかもしれませんよ?」
「えぇ、二度と口を聞きません、それどころか無視します」
「は....っく....っ、貴様ぁっ」
もうめちゃくちゃだ。まさか、こんなところで脅しの材料が見つかるとは。神様もまだ自分を捨ててはくれなかったらしい。
「僕がここに来た理由はただ一つ。メルトさんを、イニティウムに連れ戻すこと。ただそれだけです。自分はどうなってもいい。それを容認するのならば、あなたに同行しましょう」
「だ、だが....」
「できないのであれば....」
「....できないのであれば?」
「....妹さんのファーストキスを今ここでいただきます」
もうこうなりゃ自分もやけだ。
もう、疲れた....
明日は休み....




