第163話 想定外の色
王都の外れの方。そこには密集していた一般住居の立ち並ぶ町並みとは異なり、比較的大きい建物が軒並み揃えて並んでいた。そして、徐々に王都の中の方へと進むにつれてそれは多くなってゆくようだ。
「王都の外側は基本的に庶民の住むところ。それで、中に入ってくにつれて貴族とか位の高い人たちが住む場所になるのよ。どうしてだかわかる?」
『....いや』
前を歩きながら、そのまま街のいたるところに目を向けながらジジューは話をする。端から見れば独り言にしか聞こえないだろう。だが、彼女はそんなことを機にするそぶりすら見せない。
「それはね、この王都が外から攻め込まれた時に民衆を盾にして貴族が中に逃げれるようにするためよ。本当、民衆を盾としか思っていないわけね。王都の貴族様連中は」
『....』
「それで、クラークだっけ? 知ってるわよ。この王都において五本指に入るくらい有名な貴族ですもの。王族の剣術指南として名前を広げている獣人の一族ですから。そんなとこ行って何をする気?」
『あんたが気にすることじゃない。黙って道案内しろ』
後ろを歩いている自分は、彼女の背中にパレットソードの柄を軽くぶつけ脅しをかける。すると彼女は楽しげな表情を浮かべながら両手をひらひらとさせて再び歩きを始めた。
建物の規模が徐々に大きくなってきた。辺りを見渡すと、それこそノワイエの宮殿ほどの規模の建物が一定の間隔で並んでいるのがわかる。それはちょうど自分たちが入ってきた入り口の山の反対側に位置する場所だ。人通りもそれほど多くはなく、たまに走っている馬車や、通っている人はみんな高そうな服を着込んでいたり、派手な装飾を身につけている人だったりした。
道の脇から見える景色には、先ほどまで歩いていた街並みがまるで展望台のごとく眺めることができ、青空に映えてよく賑わっていた。
「ねぇ、もうお昼なんだしお腹空かない? 今日の朝、宿のみみっちぃものしか食べてないじゃん」
『ダメだ。案内が先だ』
「えぇ〜、でも何か食べさせてくれないと案内してあげない」
『っ....』
口元に人差し指を当てて妖艶に微笑むその姿。確かに見た目は中学生にしか見えないくらいに幼いが、その表情は男をたぶらかす妖女そのものだ。
実際、自分は彼女に頼らないと王都の中を歩けないというのも事実だった。
『....わかった。まずは案内を優先させろ。終わったらなんか食わせてやる』
「本当? やったぁ〜」
まさに妖女だ。
街の中を進んで行くと、やがて貴族の宮殿はその数を少なくさせてゆく。その代わりに、柵だけが延々と道の端に続いているだけとなった。
『....一体いつになったらクラークの家に着くんだ?』
「ん? もう少しよ、もう少し」
この女。本当に案内をしているんだろうか。もしかしたら別なところに誘導をして騙そうって魂胆ではないだろうな。
だが、ありえなくもない。いつでも逃げれる準備をしておくか。
そう思い、パレットソードの持ち手をひねり、精霊石の接続を緑に設定しておく。あとは抜くだけだ。実際、シルの能力は今持っている精霊石の中では最速を誇っている。逃げるのであれば最適の能力だろう。
「ほら、ついたよ」
『....へ?』
ジジューが指を指した方を見ると、そこには自分の身長の三倍はあるであろう門そして、両側に端が見えないくらいまで広がる鋼鉄の柵。そして、その門の両側に立っている塔のようなもの。そこからこっちの様子をうかがっているのは門番だろうか。
というか、待てよ。では、さっきまで延々と歩いてた時に脇に立っていたあの柵の範囲。あれがまさか全部私有地だっていうのか。
今、この場に立っても建物も何も見えないというのに?
「言ったでしょ? 五本指にも入るくらい有名な貴族だって」
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「う〜ん、この串肉絶品っ! あんたもひとつ食べたら?」
『わかって言ってるんだったら叩き斬ってやる』
両手に持った串肉をうまそうに方張っているジジューだが、そんな姿を自分は後ろで透明になりながら眺めているしかない。自分だって目の前でそんなうまそうに食べている姿を見れば食欲を刺激される。
「大丈夫だって、そんな熱い視線で見なくてもちゃんとあんたの分はとっておくわよ」
『....わかるのか?』
「フゥン、やっぱりそんな目で見てたんだ。ヤラシー」
かまをかけられた。
串肉を両手に高笑いする彼女の背中に何度もガツガツとパレットソードの柄をぶつけてやる。だが、実際に彼女の腕には自分用のと思われる弁当のようなものがぶら下げられている。
現在、クラーク亭前を後にして、再び王都の下の方へと戻ってきたのだ。よくよく考えてみると、これは日本でも織田信長がやっていた城下町での楽市楽座みたいなものなのだろうか。街では自由に露店が出て、それぞれが好きに商売を行っている。
こういう街並みは、何度見ても飽きない。
「それでどうするの? まだ何をするか知らないけど殴り込みでも行く気?」
「そんなことするわけないだろう。ほら、それ」
そして、今。建物の人通りがほとんどない路地裏で、ジジューの持っていた弁当を口にほおばる。中身は自分が以前作ったサンドウィッチと同じものだが、パンの中に入っている鳥のささみのようなものが甘辛く味付けされており大変美味しい。
「それで、私は用済みかしら?」
「いや、案内はしてもらったがまだ肝心のギルドと王都の情報は全然聞いてない。やること終わったらたっぷり聞き込んでやる」
実際に聞いたのは、彼女がいったいどんなことをやっている人間なのかということだけだ。肝心の情報はまだ聞いてはいない。『啓示を受けし者の会』そして聖典のこと、無色の人間を狙うこと。まだわからずじまいなことばかりだ。
それを聞くまでは、自分は彼女を解放する気は毛頭ない。
「あら怖い怖い。それで、やることって何?」
「言ったろ。あんたに話す気はないって」
「でも、それってあんた一人でやることでしょ?」
「....そうだ....が?」
「何をするかわからないけど。その間に私、逃げるわよ?」
串肉を頬張りながら真剣な目でこっちを見る。こっちも口にサンドウィッチを頬張りながら彼女と見合うが、確かに。自分が一人で行うことに対して、彼女は関係がない。その間に十分逃げることが可能だ。
逃げられたら困る。
「....どうすればいいんだ?」
「う〜ん、そうねぇ....好きな女の子に逃げられたくないんだったらどうするべきだと思う?」
「別にあんたのことなんか好きじゃない。むしろ嫌いだ」
「同感ね。でも、それじゃ女の子は逃げちゃうわよ?」
このアマ、自分がこれから何をするつもりなのかわかってて言ってやがる。本当にタチの悪い女だ。
「わかった。理由を話す」
「正解。理由のない恋ほど冷めやすいものはないわよ?」
「余計なお世話だ」
ジジューの存在はでかい。彼女のおかげで、今まで謎になっていた一部分の手がかりがつかめるのかもしれないのだ。手放すには惜しい。手放すくらいならばと、全てをゲロした。なぜ、王都に来たか。なぜ、クラーク家に用があるか。
全ては、ギルド受付嬢。メルト=クラークのためであると話した。
「お熱いこと」
「放っておけ、理由は話しただろ?」
「それで逃げないと思ってるの? 本当に坊ちゃんね、君」
「っ....」
いや、わかってはいた。この人間が、たかが理由を話した程度でついてくる人間だとは思ってはいない。
であれば、彼女を留めておくにはどうするべきか。
わかっているとも。自分だってそうやってきた。
「おい」
「ん? 何?」
左手に持っている串肉を口に運ぼうとしていたジジューの動きが止まる。
「あんた暇だろ?」
「暇ね。もう退屈してしょうがないわ」
「だろうな。そんな無職のあんたに仕事をやる」
「へぇ....内容は?」
クラーク家の中の人間の動向。門番の数、侵入経路。全てを調べる事。
ジジューが串肉を食いに入れ全てを口に含んだ後、横に付いたソースを指でなぞって口の中へと入れる。
軽いリップ音が無人の路地裏に響いた。
「フゥン....高いわよ? あてはあるの?」
「あぁ、あるとも。今回、ギルドに入ってた街を守った時の報奨金。全部あんたにくれてやる」
総数、金貨130枚。
惜しくはない。
短かったですね。すみません。
明日も更新できたらします。




