第162話 幸運だった色
次の日、王都へと向かう算段がついたため、俺とハンク。そしてジジューと名乗る女を連れて、街を後にした。
昨日の夜は、店に戻った後突然部屋からいなくなった自分に動揺したマリがハンクと一緒に探していたのだそうだ。そして、ジジューを連れて店に戻ってきた時に『馴染みの友人と偶然会って、店の外で話し込んでしまった』と話すと、なんとか納得をしてもらえた。
ジジューは以前から今日に辞職を頼んでいたらしく、今日がちょうど彼女が辞める日だったそうだ。おそらく、あの男の暗殺が目的でこの店に入ったのだから、暗殺の終わった後もこの店にいるのはリスクでしかない。彼女は、周りの人間に見送られながら店を辞めていった。
本当に、長い間勤めていたかのような。演技の表情で、目に涙を浮かべて。
そして今、王都へと向かうハンクの馬車の荷台。体育座りで座るジジューと、俺が正面で向かい合う形で座っていた。
当然、パレットソードに手をかけながらではあるが。
「さて、何から聞きたいんだっけ?」
「全てだ。あんたらが何を企んでいるのか、そして最終的に何をするつもりなのかを正直に言え」
「まずはじめに言っておくけど。私はあくまで言われたことを実行するだけ。上の人間が何を考えているか蚊ほども興味がないわ。それでもいいんでしたら」
「あぁ、構わない。まず、昨日は何であの男を殺した」
昨日、地面に転がっていたあの男。特に何の感情も湧かなかったが、結局彼女が魔法陣を使い、死体を跡形もなく消していた。
結局あの男は一体何者だったのだろうか。
「あぁ。あの男はガーシュというこの街の役人よ。民衆から不当な徴収を行っているって理由で、調査の後に暗殺ってなったの」
「それは誰からの依頼だ?」
「大口はギルドよ。でも依頼主は知らない」
なるほど、要は。ギルドを介して誰かがその男を暗殺するように依頼をしたわけか。ギルドは基本的に一般人の依頼を受け取らない。企業であったり小売店が必要としている材料であったり素材を自分の方に落としてもらうために交渉を行うのだ。決してそんな便利屋みたいな仕事を行っているわけではない。
だが、一体どういうことだ。どうしてそんな暗殺まがいなことをギルドが請け負っている。
「他にも王都の役人、大臣。王族、その他もろもろ、いろんな暗殺を請け負ったわ。あとスパイなんかもね」
「....」
「あんたのことはよく聞いてるわよ。街を一つ救ったんだってね。それなのに、王都に目をつけられて殺されそうになった可哀想な犯罪者。ましてや王都の騎士団長を誘拐して余計に目をつけらちゃって」
「黙れ。余計なことはしゃべるな」
パレットソードの鞘で軽く馬車の床を叩き、親指で白い刃を覗かせる。すると彼女は両手を上げて、悪戯な笑みを浮かべる。
肩の力を抜き。質問、もとい尋問を再開。
「あんたは一体何者だ。王都の人間ではないのだろう?」
「えぇ、そうよ。私はフリーで暗殺をやってるだけ。冒険者のライセンスもあるわ。でも、たまに王都の仕事もやるわね」
「....詳しく」
「王都の仕事は基本的に潜入。だから各所で諜報活動をしてその情報を王都に売るの。そうでもして信頼関係作っておかないと殺されちゃうから」
つまりは、ギルドにも関わりつつ、王都の命令で各所の諜報を行っているというわけか。分かりやすく言うならば二重スパイというわけか。
これまたとんでもない人間と関わりを持ってしまった。
「それで、王都ではどんな情報を?」
「王都では、そうねぇ....最近だとリュイのある建物で内部の情報を収集しろってことで。メイドになっていろんな情報を集めたわね」
「....それはいつ」
「そうねぇ....半年以上前かしら」
「....その情報は....何に使われたかわかるか?」
「えぇ、もちろん」
王都騎士団を、嵌めるため。
その答えを聞いた自分は、自然と右手が震えていた。今すぐにでも、この剣を抜いてしまいたい。
この女のせいで。レギナがどれほど苦しんだことか。
おそらく、直接には関わっていないのだろう。手を下したのも彼女ではない。だが、一体その行動がもたらした結果にどれほどの差があったというのだろうか。
「....怒ってる?」
「....いや」
「他人のことにここまでなれるなんて本当。正義の塊のような人、いや。優しさの塊ね。羨ましいわ」
「しゃべるなと言ったはずだ」
あなた、人を殺したことがないでしょう?
「....っ」
「ハハッ! そうよねぇ、だって昨日あんたと殺りあって思ったもん。この男、全然やる気ないんだって。私、何度も殺されそうになったからわかるのよ?」
彼女の言う通りだった。
彼女の言う通りだった。
彼女の言う通りだった。
あの時も、あの時も、あの時も。振るった剣は決して人を殺しはしなかった。あの船の上での爆発も、あれは自分が行ったものではない。
それからも、自分は誰も殺してはいなかった。
「私のことをどうこう言おうが思おうが勝手。でもねぇ、一つ覚えておきなさいお坊ちゃん。たかだか大切な人の一人や二人を失ったくらいで。まだ生きていられるのを幸運に思いなさい」
「言わせておけば....っ」
右手にかかったパレットソードを引き抜こうとしたその瞬間。馬車の前方の扉が開いた。
「おーいお二人さんっ! もう少しで王都に着くよーっ!」
ハンクの明るい声が聞こえる。抜きかけたパレットソードをそのまま鞘に収め座り直すと、ジジューは涼しい顔で微笑みながらこっちを見ていた。
「ほら、やっぱり」
「....黙れ」
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王都。
それはこの世界の中心といっても過言ではない。なぜならば、この広い大陸に広がる七つの国の中心に位置する巨大国家だ。
そして『啓示を受けし者の会』の総本山でもあり、ギルド本部のある場所でもある。すなわち、この大陸を作っている様々な機関の中心でもある。物流なんかも各国から集まるため、人口密度はダントツで高い。
そして、その王都を前にしているわけだ。
「関所とか....ないんですね」
「そういや来るのは初めてだっけ。基本的に、王都に入ってくるもんは他の国にも流れるし、それに国を時計回りで行くのも面倒だろ? そういうこって、王都では物や人の流通は自由なのさ」
「でも....犯罪とか起きたら?」
「王都では、最強の騎士団様を街で巡回してるからね。逆に犯罪を起こそうなんてする奴の気がしれないよ」
馬車の覗き穴から顔を出すと、そこには巨大な山のようなものが見える。そこには様々な建物が並んでおり、遠目からでもわかるほどの人の密集具合と、生活の営みが見て取れた。そして、その山の頂にそびえ立つのは巨大な城と思しきもの。どこか映画から飛び出してきたかのような感じだ。
「あそこのお城には王族の人とかが住んでんだと。全く、掃除が大変そうとしか感想が浮かばないねぇ」
「あぁ....確かに」
そういったのはメイドとかがやってくれるんではないだろうか。この世界にメイドがいるのかは知らないが。
「それで、ちょっと寂しくはなるけど。ここでお別れかい?」
「そう....なりますね」
「....そうかい。しばらくはこの街にいるから。なんかあったら、この馬車が目印だから、いつでも来てくれよ」
「はい....その....今までありがとうございました」
王都に入る前、路肩に馬車を止め、そこで降ろしてもらう。ジジューも自分の後に続いて降りた。ちなみに彼女の服は自分がボロボロにしてしまったため、ハンクに言って買った。小さい体の彼女によく合うワンピースのようなものだ。
「さて、達者でな。イマイシキ ショウさん?」
「....はぁ....やっぱり気づいてたんじゃないですか」
「逆に気づいてないと思ってた方が意外だぜ? 俺」
「いつから?」
「ん? もう忘れちまったな」
そう言って、握手を求めてくる彼の手を取り、両手で握手を交わす。やっぱり気づいていた。だが、なんだろうか。このまま自分を偽ったままお別れよりずっとマシだと思っている自分がいた。
「俺。人を見る目には自信があんだよ。あんたはいい人だ、しっかり生きろよ」
「はい、このご恩忘れません。ハンクさんもお元気で」
彼は軽く頷くと、馬車に乗ってそのまま行ってしまった。だが、自分たちの姿が遠くになって見えるまで、ずっとこっちを向いて手を振っていた。
自分は本当。周りの人間にはよく恵まれる。
「で、これからどうする気? そのあんたの目立つ格好じゃ騎士団に見つかって処刑台行きよ。それと、私はどうするの?」
目立つ格好。というのは、今着ているこの赤い着物のことだろう。それもそうだ、ましてやその上に普通に防具をつけているのだから目立つのも仕方がない。だが、こっちには不可視のローブがある。それさえあれば、王都の中を歩いても問題はなかろう。
そして、彼女だが。
「あんたはまだ俺と一緒に行動をしてもらう。いろいろ情報を聞き出したいからな。解放は用済みになったら王都以外のところで放り出してやる」
「あらひどい人。そんなんじゃモテないわよ?」
「少なからず、あんたじゃなくていい」
そう言って、王都へと歩き出す。まっすぐ伸びた道の先には槍を構えた門番が立っており、それ以外は何ら変わらない、いく先々で行った街並みと同じ姿だ。
前を歩くのはジジュー。その後ろでローブを起動させている自分が後を追う。彼女は王都に何度も言っているようだから水先案内人にはうってつけだ。もし何かやらかしたら後ろから斬りつけてやればいい。
こんなことを考えている自分はいい奴とは言えないだろう。
門番の前を難なく通過。一瞬門番がこっちを見たような気がしたが、目線の先はジジューの着ているワンピースの隙間を見ていただけのようだ。それに気づいたジジューがその門番に軽くウィンクを送る。
顔を真っ赤にさせてるんじゃない。この門番が。
街の入り口に入ると、そこでは生活の営みの音の他にもどこかで楽器を演奏するような音。そして道端で展開している店で何かを焼く音やら揚げる音やら。ノワイエとはまた違った賑やかさと規模の大きさだ。行き交っているのも人間、獣人、そしてたまにエルフなんかもいた。まさに他種族国家とはこのことか。
「それで、どうする? そこのお店のスイーツはそこそこ美味しいけど入るかしら?」
『観光で来たんじゃない』
彼女の耳元でしゃべる。普段は音声までもカットするが、至近距離で話す分では音声を届けられるらしい。
「それじゃどうするの?」
「案内をしてほしい」
クラークと言う貴族の住んでる屋敷。知ってるか?
明日も更新。
感想ほしい....




