第160話 腐れ縁の色
ノワイエのどこで見たかと言われれば、それは決して良い出会いではなかったことが言える。そう、レギナがさらわれ激した感情の赴くままに塔を破壊した時、その場に彼女はいたのだ。
あの覆面からこぼれた青い髪を自分は忘れもしない。
「....あの人はいつからここへ?」
「ロシェの事? あぁ....あの子は日雇いで来てる子。つい最近来た子よ?」
だが、もし。もしノワイエであった彼女だとしたら、あの時倒壊した塔の中生き残っていたということなのか。仮そうだったとして、どうして彼女がこんなところに……
そんなことを考えていると、ボーイは部屋を後にしてカーテンが閉じられた。
「それで、どうする? 続きをする?」
「え....いや。お酒、頂けますか?」
「もう、ヘタレね」
さすがに熱が冷めてしまったというか、そんなことをやる気分ではなかった。若干むすったれた表情のまま酒を注いでくれるマリだが、髪で思い出した。そういえば、この世界に来て初めてレギナ以外の黒髪の人物を見た。
「マリさんの髪って、きれいな黒髪ですね。染めてるんですか?」
「え? これ? あぁ、これは地毛よ。みんなみたいに茶色とかじゃないから恥ずかしいけどね」
そう言いながら少し嬉しそうに髪を撫でる彼女だが、黒髪の人物は珍しいようだ。髪の色や、身体的特徴は大陸に住む人間の特徴であったり、もしくは共通の祖先を持つとかを聞いたことがあるが、もしかしたらこんな異世界でも日本人やアジア人に近い人間だったりするのかもしれない。
彼女の来ている白いドレスのようなものによく映えている。きれいな黒髪だ。
「褒めても安くはしてあげないわよ?」
「それは残念」
そう言って、グラスに注がれた酒とつまみを交互に口に含んで行く。
そして、もう一本持ってきてもらった酒は、彼女のためにと持ってきてもらった。なんとなく一人で飲んでいるのは恥ずかしい。用意されたもう一つのグラスに酒を注ぎ込む。
「どうぞ、よろしかったら」
「あら、いいの?」
「えぇ、僕はあんまり飲めませんから」
そう言って、酒を注いだグラスを彼女に差し出した。するとそれを彼女は受け取り、軽く弄ぶかのようにグラスを回すと、一気に口へと含んだ。少し口からこぼれた酒が彼女の白い肌を伝い、流れてゆくのを僕は見逃さなかった。
「言っておくけど、私。弱いわよ?」
一口、まだここまでは良かった。
二口、ちょっと顔が赤くなってきたか?
一杯。徐々に、体がこっちへと傾いてきた。
二杯め、これは一気飲みだった。
いや、確かに彼女は弱いといった。それに関してはある程度考えていたし、あんまり飲ませないようにはしようと思っていた。
だが、飲んで二杯目で自分の肩にもたれて寝息を立ててしまうほど弱いとは知らなんだ。
「スゥ.....」
「え....っと、マリさん?」
「....ん....もう....飲めない....」
いちいち色っぽい。
完全にへべれけになった彼女だが、頭が自分の肩に乗っかり右手が自分の膝に乗っかっている状態だ。レギナと一緒に寝たときは違うドキドキ感がある。だが、かといって今ここでボーイを呼べば彼女は怒られてしまうだろう。自分が弱いというのに飲ませてしまったのだ。それはあまりにも不憫というものだ。
そっと彼女の頭を自分の膝の上へと誘導させ、寝かせた後。そばに置いてあった自分のローブを彼女の体にかけてあげる。はて、いったい自分は何をしに来たのやら。
寝息を立てている彼女の顔は確かに、17歳だ。
そんな彼女の頭をそっとソファーの上に下ろし、カーテンの向こう側を見る。まだ青髪の女は客と話をしていた。しばらく様子を見ていると、やがて青髪の女は近くのボーイに話をかけて、それに対しボーイがうなずくのを見ると、彼女はさっきまで話をしていた男性の腕をとって、店の外へと出た。
「スゥ.....」
「.....すみません、ちょっと出ます」
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カーテンの外に出て、そばのボーイに少しの間店を出ると伝えると会計は違うと聞いていたのか普通に外に出ることができた。店の外へ出ると、夜の風が妙に冷たい。暗い街には等間隔で置かれた魔術光の街灯がポツポツとあるだけだ。果たして彼女たちがどの方向へ行ったのか、そう遠くに入っていないはずだ。
『レディ』
一言。
するとかざした右手にすっぽりと、先ほど預けたパレットソードが収まる。それを腰のベルトに付け直し街の中を進む。
何があるかわからない。
それは彼女のとる戦法の魔法陣にある。感知不能、それでもって強力。はっきりいて同一人物かどうかはまだ怪しい。できれば同一人物ではないということを祈りたい。
街の気配に全集中をする。するとどこからか、楽しそうに話をする男女の声が耳に入ってきた。ちょうど、今自分が向いている方向だ。
腰に下げたパレットソードに手を添えながら静かに街を歩く。
声のする方へと、
徐々に近づいてきた声は、路地裏から聞こえてきた。息を潜め、そばの荷物に身を潜める。
聞こえてくる内容は....なんというか、性的な内容だ。
男が誘い、女が受け止めようとする。
女が誘い、男が受け止める。
そんな繰り返しだった。
やはり人違いだったのだろうか、それもそうだ。あの塔の崩壊で生き残れるとは思えない。生き残れたらそれは化け物だ。
腰を上げ戻ろうとした、その時だ。
突如、男の声が消えた。
あまりにも突然だった。熱り立った男の声が突如途絶えて、不思議に思わないと言われれば、現に今感じているこの違和感の正体は確かめなくてはなるまい。
再び、荷物のそばに身を潜め、そーっと覗き込む。
ぼーっと立ちつくす暗闇でもわかる青髪の女性。ことを終えた後だからだろうか。
いや、違う。
あの表情は、面倒臭い仕事を一つ終えたかのような、そんな表情だ。
となると男の方は、
そう思い身を乗り出した瞬間だった。
「そこにいるのは、わかってるんだから」
「っ!」
突如手元へと飛んできたナイフが軽く手の甲を切る。とっさに体全体を路地裏の入り口に晒してしまった。
「チィ....っ」
「あら? お店にいた客よね? 確かマリちゃんがいたと思っていたけど、あの子じゃ飽きちゃった?」
「....ここで何をしているんだ、逢い引きにしてはちょっと埃くさくないか?」
右手を見ると、血がダラダラと流れており、止まる気配はない。となると、あのナイフ何らかの毒を仕込んであったか。そして、徐々に右手の感覚が薄くなってゆき、痺れてゆくのを感じた。
相手は仮面をつけているせいか、正体はわかっていないようだ。
「あら、私たちの情事を見に来たの? やっぱり若いからかしらね?」
「そういうあんたも、見た感じ14、5歳にしか見えないぞ」
彼女の体型。確かに見る感じだと、身長は145センチあるかないか、顔もまだ幼さ残る感じだ。本当に中学生程度にしか見えない。だが、闇夜に光る青い瞳と、その体型からは考えられないほどの殺意を感じる。
これは逃してはもらえなさそうだ。
「あら、こう見えても。25はいってるのよっ!」
『スクトゥムっ!』
盾を展開。右腕に持ってきた盾に3本のナイフが当たる衝撃がする。しかしあのひと振りで3本のナイフを投げて正確に当てるとは、ただ者でないというのはわかる。
左手に持った剣を逆手に近づく、
だが、駆け出そうとした左足に何かが絡みつき、その場で転びそうになる。
「な....っ」
「へぇ、やる気? 脅しのつもりだったんだけど、もしそうなら別に構わないのよ」
死体が一つや二つ増えたところで、どっちも同じようなものよ。
雲に隠れていた月が路地裏を照らす。
青白く照らされていたのは、先ほどまで彼女と遺書喋っていた男。その顔色は、決して月に照らされて青白いのではない。喉から細く流れた血は、確実に致命傷だったことを証明していた。
そして、今自分の足に絡みついているものは、地面そのものだ。レンガ敷きの地面がまるで溶けているかのように自分の足首から先を飲み込んでいるのである。
「くそ....っ」
「まぁ、欲を抑えられなかった自分を呪いなさい。バイバイ、仮面の変質者さん」
いや、ここで死ぬわけにはいかない。
自分は、死にたくない。
彼女との約束を果たすまで、俺は死ぬわけにはいかない。
「俺は....変質者じゃないっ!」
「っ!?」
とっさに左手に持ったパレットソードで絡みついてくる地面を叩く。その瞬間、何かに解放されたかのように絡みついていた地面の一部が砂に変わり拘束が解除された。
そして同時に、振るったパレットソードで飛んでくるナイフを叩き落とす。
「探求者、今一色 翔っ!」
「イマ....イシキ? あの『コンダクター』の守り人の?」
名乗ったしゅんかん、彼女の表情が一変する。やはり自分の正体を知っていたか。そしてその歪んだ表情からは憎しみを感じ取る。
「あんた....どっかで聞いたことがある声だと思ったら....刺し違えても殺すわ」
「あん時は悪かったなぁ、しっかりと埋めとくんだった」
「殺すっ!」
開戦
さて、50話で収まるか心配だぞぉ
明日も頑張る。




