第144話 義正の色
風を切って空を飛ぶ。
昔はこうやって空を飛びたいだとか、雲の上に乗りたいだなんて想像をしたことがあった時もあったけど、現実はやっぱりそんな夢の溢れたものではないというのをつくづく思わされる。
「....とうとう人間でもやめたか?」
「....言わないでください。結構気にしてるんです」
翼なんてものはないし、プロペラがついているわけでもない。だが、今自分は建物の屋根をステップする以前に、空間をステップしている。すなわち、足場がないのに空間を跳んでいるということだ。
これはもはや人間のなせる技ではないだろう。
いや、まだ武器を振り回してなんか出すのであれば、それは自分じゃなくて、武器の性能がすごいということになる。だが、自分自身がそういうことができるとなると、なんだか色々と複雑な気分だ。
「風が痛い。もっとスピードを落とせないのか」
「あのですねぇ....助けてもらった分際でそういうこと言います?」
腕にすっぽりとお姫様抱っこで抱えられたレギナが文句を言うが、確かにこれは痛いな。自分自身確かにそうも思うが、なんだかなぁ....煮え切らん。
「そういえば、さっきは何を話してたんですか?」
「....あぁ、いや。何でもない」
抱きかかえながらレギナの目を見て話すも、歯切れが良くない。これは何かあったと見るべきか、もしくは触れてはならないものなのかはわからない。だが、自分が踏み込んでいい領域ではないというのは何となくわかった気がする。
街の上を駆けて行き、宿が見えてきた。さて、問題はここからだ。
街の外れで騒ぎを起こしたにしても、塔を一つ崩したのだ。おそらく、今までやってきた中で一番の重罪だろう。思わず勢いでやってしまたことが悔やまれる。遺跡をぶっ壊して、次は塔かと思うと今度はお城でも壊そうか....
「レギナさん、体調は大丈夫ですか?」
「それは大丈夫だ、すこぶるいい。少なからず、今回の件について貴様を尋問するくらいにはな」
「アハハ....勘弁してください」
「もっと上手いやり方だってあっただろう....」
確かに、上手いやり方もあったはずだが。そんなことを考える以上に勝手に体が動いてしまっていた。そろそろ自重しないと命取りになりそうだ。
「でもまぁ....助かった。ありがとう」
「....どういたしまして」
宿へと進む中、少しだけスピードを緩めた。
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宿へと入ると、涙目でフロントに立っていた奥さんが僕たちを出迎えてくれた。なんでもものすごく不安だったとかで僕たちの姿を見るなりそれはそれは熱い抱擁で出迎えてくれた。
なんだろうか、人に心配されるのはものすごく久しぶりの感覚だった。
やっぱり暖かい。
「ものすごく心配したんですよ、急に病人のレナさんがどっかに行っちゃいますし、それを追ってカケルさんがものすごい形相で出て行っちゃうんですから」
「す、すみません....」
目の前に出された大量の料理に目を丸くさせながら、謝罪の言葉を述べる。レギナも同じような表情だ。とにかく、量が多い。
「心配のあまり材料の配分間違えちゃって....」
「いえ....いいんですけど....」
まさかこれを全部食えと?
テーブルの上にどっさりと乗せられたホールサラダ。そして積み重ねられた肉詰め野菜の小山と、鍋にいっぱいのオニオンスープ。そしてバスケットにたくさんのったバケットだ。
軽く6人前はある。
「すみません....」
「う〜ん、でしたら奥さんとロザリーも一緒にどうですか? さすがにこの量を二人では....」
バケットの山の向こうから覗くレギナと顔を見合わせるが、首が取れるくらいの勢いで縦にふる。
決まったな。
しばらくして、奥の方からロザリーがやってきて自分の隣の席に座った。
「お客さん、今度は小さい女の子連れてるけど....もしかしてそっちの趣味?」
「なぁ....もう聞くけどどこからそんな情報持ってくるんだ?」
「ここに泊まるお客さん。みんな冒険者とかだし、カップルの人も多いから。まぁ、いろんな人が来て話を聞いているうちに覚えちゃった」
なるほど。どうやら宿屋の娘とかに生まれるとこういうことを自然に吸収してゆくというわけか。いい勉強になった。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いえいえ。ではいただきます」
手を合わせ、食事を前にしてお辞儀をする。そして、それに合わせ、目の前で座ったレギナもあなじような所作をした。それを見て、隣に座っているロザリーと奥さんはこっちを見て少し戸惑っていた。
「えっと....すみません。今のは?」
「あぁ、はい。これは食事の前の挨拶です。こうやって、手のひらと手のひらを合わせて『いただきます』って言うんですよ」
「へぇ....お二人で決めたんですか?」
「いえ、僕の住んでいたところでこれが普通でして。それを教えたらこれが習慣なっちゃったという感じで」
「なるほど....でも食事の前に挨拶をするのはいいですね」
同感だ。使われた食材や、それらを作った人に感謝を込めるというのは、やはりいろんな文化を見て回ってきてもいい習慣ではあると思う。
すると、自分たちの後に遅れてロザリーとその奥さんも一緒になって『いただきます』を行った後、食事を始めた。
久しぶりの大人数の食事、暖かった。
たくさんしゃべって、たくさん笑って、あんなことがあった後にも関わらず、こんなにも楽しいと思ってしまう自分が浅ましく感じるほど、暖かった。
そんな時間も、あっという間に過ぎた。
目の前にあった山のような食事は、主にレギナとロザリー。そして奥さんのなkへと消えていった。レギナはなんとなくわかるが、この宿屋の二人も相当な量を食べるのだと思った。
そして、食事を終え、同じように『ごちそうさま』を教えた後。奥さんが食器を洗いに厨房へと向かい、食休みの紅茶を口にしていた。ふと、隣で牛乳を飲んでいたロザリーが口を開く。
「お母さん珍しかった」
「ん? それは」
「うん、料理を多く作っちゃうのお父さんが死んだ時以来かも」
「....そうか」
ロザリーの父はいない。確か革命の時に死んだとあの貴族のボンボンから聞いたが、なるほど。そういうことだったのか。
「....君の父親は....どうやって亡くなったんだ」
しばしの無言の後、先に口を開いたのはレギナだった。紅茶を置き、ロザリーと向き合う。
子供には酷な質問だ。本来ならば止めようとするだろう。だが、レギナは今この地で自分がしたことの責任を取ろうとしている。それは、彼女にとって一生の傷を負うかもしれない。
だとしたら、ここは止めず彼女の動きを見るべきなのが筋というものだろう。なんのかかわりもない自分が口を出してはいけない。
しばらく戸惑った顔だったロザリーが少し悲しげな顔をすると、満遍の笑みを浮かべてレギナと向かい合った。
「かっこよかったよ。最後の最後まで、私たちのためって言って慣れない剣を持ってみんなと一緒に戦ってたよ。一緒にいた騎士団の人もみんなを守るために頑張って」
でも、
でも、
でも....っ
「やっぱり....死んでほしくなかった....なぁ....っ。私たちのためにって言ってたけど....生きてて欲しかったなぁ....」
魔法の勉強を一緒にしたかった。
宿屋の手伝いを一緒にしたかった。
学校に一緒に行きたかった。
もっと一緒に遊んで欲しかった。
もっと一緒に話したかった。
もっと....
もっと....っ
「一緒にいたかったよ....ぉっ」
厨房で皿が落ちる音が響いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「レギナさん....」
「....なんだ」
ベットで背中合わせ。二人とも寝ないギリギリのラインで起きている。さきほどの襲撃がもうないとは言えない。警戒は必要だ。
「もう....大丈夫ですか?」
「....あぁ、ちゃんと。向き合うことができた」
ベットのシーツが歪む。
月に照らされたシーツがやけに眩しい。
「もう、行けますか」
「あぁ....」
「お別れは....言えませんよ」
「....大丈夫だ」
レギナに対して問いかけているのか、自分に対して問いかけているのかよくわからなかった。
ただ、背中に感じた温もりが少し、また少しと近づいてくる。
「....ショウ」
「はい....」
「私は....正しかったのか?」
「....」
「真実に気づいていながらも、忠義のため、仲間のためと思って自分を偽った」
「....」
「その結果、大勢の人を苦しめた。ロザリーの父親も含めて....」
「....でも、それでも。あなたにできたことは....何もなかったと思います」
「....あぁ」
「正しいかどうかなんて....わかりませんが。自分のやったことを否定することが、一番の間違いなんじゃないですか? 多分....あなただったらそう言う」
「....そうかもな、ありがとう」
「いいえ....」
では、行くとするか。
もう一つ、僕たちにはやらなくてはならないことがある。
さて、ちょっとブランクを取り戻しつつある西木です。
やっぱり家の方が落ち着くわぁ、家最強説
ということで明日も更新しますんでよろしくね。




