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異世界探求者の色探し  作者: 西木 草成
第3章 緑の色
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第141話 やさしい色

 街の鐘がなる前、まだ陽が昇る前に目を覚ます。案外、この時間に起きると思って寝ると眠りが浅くなるものだと自分自身思っている。


 布団を跳ね除け、部屋の外の廊下へと出ると下の階からいい匂いがしてくる。おそらく朝食の準備をしているのだろう。寝間着のまま、下の階のフロントを通り、ラウンジへと入る。


 ラウンジの厨房からは気持ちのいい鍋をかき回す音と、包丁で食材を切る音が聞こえてくる。これこそ朝の光景というものだろう。


「あれ? カケルさん。おはようございます」


「おはようございます。すみません、こんな時間に起きてしまって」


「構いませんけど、まだ朝ごはんできてないんですよ。もうそろそろロザリーも起きてくると思うので、呼ぶまでお部屋で待っていただいてもいいんですよ?」


「いえ、大丈夫です。というか....ちょっと厨房お借りしていいですか?」


「え? いや....ダメというわけではないんですが....」


「よかった。エプロンとかありますか?」


 厨房の中へと進むと、自分が地球で暮らしていた家のキッチンの倍の広さと設備がそこにはあった。リーフェさんの家のキッチンしかり、この宿のキッチンしかり、ガスもなければ水道もない。不便と言われれば不便ではあるが、使えないわけじゃない。


「これでいいですか?」


「あぁ、はい。ありがとうございます」


 奥さんが奥から持ってきたエプロンを早速身につける。だが、ちょっと大きい。これを使っていた人は、おそらくガタイがよかったのだろう。完全にこれは男物のエプロンだ。


「やっぱり大きかったですかね?」


「いえいえ、大丈夫ですよ。これは、旦那さんの?」


「はい、そうなんです。奥で埃かぶっていたので、着てくれる人がよかったですよ」


 若干ではあるが、奥さんの顔は嬉しそうだった。


 さてと。


「それでカケルさん。何をされるんです?」


「あぁ....ちょっとレナさんに病人食をと」


「でしたら私が作りますよ? ロザリーによく食べさせていたので、それでよければ」


 確かに、母親であるのならば病人食の一つや二つは作れるだろう。だが、彼女との約束だ。自分が作らなければ意味がない。


「ちょっと約束をしてしまいまして。邪魔はしないので、どうかちょっとだけ貸していただけますか? 料金なら払いますから」


 頭を下げて頼み込む。普通なら他人にキッチンを貸したいとは思わないはずだ、ましてや客に使わせるなどもってのほかだろう。好意に甘える結果にはなる。だが、それ以上に彼女のことが心配であるのも事実だ。


 自分が頭を下げるのを見て、奥さんは若干困惑気味な表情をしたが、しばらくして。


「では....カケルさんは反対側の調理台を使ってください。料金はそうですね....では、お二人の惚気話でも聞かせてくださいな」


「え? あ、はぁ....」


 やはり、あの子にしてこの母ありなのか?


 あてがわれた調理台を見ると、大体の道具は揃っている。包丁にまな板、鍋に、おたまなどなど、少なくともこれから作るものには十分すぎる道具だ。


「おはよ〜....」


「おはよう。井戸で顔洗ってきなさい」


「はぁい....」


 背後から寝起きのロザリーの声が聞こえてくる。どうやらこっちにやってくるらしい。


「あれ....? お客さん、どうしてここに?」


「おはよう。ちょっと風邪をひいたレナさんに食事をね」


「ふぅん.....でもお客さん、料理なんてできるの?」


「舐めてもらっちゃ困るな。こう見えて結構自信はあるんだぜ?」


 ロザリーが自分に貸された調理場の横の扉から不審げな顔で出て行く。そんなに自分は料理ができなさそうな顔をしているか?


 さてと。


 材料は、青ネギ、卵、きのこ、米、出汁。以上。


 そんでもってこれで作る料理といったら一つしかない。


 卵がゆだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 幸いにも材料は全部揃っていた。米はトポの実を使い、出汁は調理場に常備してあるいろんな出汁をとった作り置きのスープを使用する。これは、アレンジをすることにより、毎朝の朝食や夕食のミネストローネやコンソメスープなんかに変化するわけだ。


 そして、きのこと青ネギはこの世界にある地球に類似したものを使用させてもらう。それにしてもおかゆだなんて作るのはいつぶりだろうか、自分が体調が悪い時と、親父が体を壊した時以来だ。


 まず、きのこを下処理する。


 ヘタの部分を切り取り、傘の部分を薄くスライスする。それを大体3つほど下処理。そして、スライスしたきのこはボウルにひとまとめに集めておく。感覚は椎茸と同じだ。そしてボウルに集めたきのこのスライスは冷蔵庫へ、こうすることできのこの栄養を逃さないで料理に使える。


 そして次は青ネギの下処理。


 その前に、水を汲まなくては。そばに置いてある、井戸専用の桶を手に取り、先ほどロザリーが出て行った井戸の方へと向かう。すると、宿の裏にある井戸で顔を洗い終えたロザリーとばったり会った。


「あれ? さっき、きのこ切ってなかった?」


「え、あぁ。もう終わったよ?」


「嘘、はやっ!」


 料理はスピードが命。ましてや貸してもらっている分際で長く調理台を占領するわけにはいかない。普段だったらもっとゆっくりやるのだが。


 目の前で驚愕といった感じで固まったロザリーを横目に井戸から水をすくい上げる。さてさて、青ネギがまだ終わってない。


 調理場に戻り、先ほど汲んだ井戸の水を別なところに溜めて、その中で青ネギを洗う。普段使うかわからないが、ちょっと多めに切っておくか。


 青ネギの根っこを切り落とし、ひと束にまとめた後両端を紐で縛る。こうするとひとまとめでやりやすい。


 そして、ネギをそのまま細かく刻んで行く。


「....うわぁ、本当に料理できたんだ....」


「上手ね....」


 いつの間にか後ろで親子二人が、青ネギを刻んでいるところ観察していた。二人とも釘付けである。


 さて、次は米と出汁だ。


 まずトポの実を割って、中の種を取り出して行く。取り出した種はそのまま鍋の中へと打ち込んでゆく。そして、中にたっぷりスープを注ぎ込み下のかまどに火を入れる。使っているスープは和風出汁ではなく、鶏ガラや野菜から取った出汁なので、今回作るのは洋風よりのおかゆになる。


 そして30分ほど経ち、鍋を覗き込むとだいぶ水気がなくなり、とろみが出てきた感じになってきた。そこに、冷蔵庫で冷やしておいたきのこを投入する。そしてさらに10分、きのこにも火が通ったところで、あらかじめ溶いておいた卵を一気に入れ、火を止める。


「よし....うまくできたかな?」


 鍋の中にスプーンを入れ、一口。


 大丈夫だ、うまい。ちょうどその時、朝を知らせる街の鐘が鳴った。


 病人が食べるには薄味で、でもしっかり食べ応えのあるようにはしている。自分も風邪をひいたときに親父がつくってくれたっけ。


 そんなことを考えながら、スープ用の皿におかゆを盛り付けてゆく。盛り付け終わったら、その上に刻んだ青ネギを乗せて完成だ。


「お客さん.....ちょっと食べてもいい?」


「え、いいけど。ちょっと味は薄めだよ?」


「いいよ、このスプーン借りるね」


 そう言ってロザリーは、先ほど自分が味見をしたスプーンを鍋の中に突っ込んで中身をすくい出す。しかし、出てきたのはおかゆの他に黒いものが混ざっていた。


「えぇ〜、なんか焦げてるんだけど? お客さん、ちゃんと火の調整した?」


「ん? あぁ、それは『おこげ』って言ってカリカリしていて美味しいぞ? 騙されたと思って食べてみな」


 ロザリーの訝しげな表情で手に持ったスプーンを見つめているが、やがて恐る恐るスプーンを口の中に入れ、モゴモゴさせる。そして、見開かれた目の様子から察するに、まずくはなかったようだ。


 炊飯器ではできない、鍋で作ることでできるからこその定番だろう。


「なにこれすごく美味しいんだけどっ! ねぇ、もう一口っ」


「ダメです。これは病人が食べる物、ロザリーはちゃんとお母さんの料理を食べなさい」


「ちぇ〜」


 スプーンをこっちに返して、とぼとぼラウンジの方へと向かうロザリーの背中を追いながら、食器類を持って上の階へと上がろうとすると、お盆の上に軽いフルーツが乗せられた。乗せたのは母親だ。


「これはサービス。それにしても料理が上手ね、冒険者やめてうちに勤めるかい?」


「ハハッ.....前にも言われたなぁ、そんなこと」


 自分も、その道を選んでいたら。多少は違う結果になっていたのかもしれないが、たとえやり直せたとしても、自分はこの道を選んでいただろう。


 階段を上がり、手にはおかゆを持ってレギナの部屋の前に来た。


「レギナさん、起きていますか?」


『....あぁ、起きてる』


「失礼します」


 ドアの前で一声かけてからレギナの部屋へと入る。すると、顔を赤くさせたレギナがベットの上でジト目でこっちの方を見ていた。自分はそんなことをされるようなことはしていない。


「それはなんだ....」


「約束したでしょう? 特別な料理を作ってあげるって」


「あぁ....そうだったな。あんな酷い思いをしたんだ、不味かったら叩き斬るぞ....」


 薬飲まされたくらいで大げさな。


 レギナのそばに置いてある椅子に座り、テーブルの上におかゆをおく。レギナが度々鼻をひくつかせているが、どうやら気にはなっているらしい。


「おかゆと言う料理です。僕の世界で風邪をひいたらこれを食べるんですよ」


「そうか....なんだかぐちゃぐちゃで残飯みたいな感じだが....」


 まぁ、見た目は良いわけではない。外国人とかが見たら、食べたいとは思わないだろう。だが、味は保証する。


 しばらくおかゆをボーッと見つめていたレギナだが、おもむろにスプーンを手に持って口へと運んだ。


 そして、


「うまい....」


「でしょう?」


 百聞は一見に如かず。この場合は百見は一舌に如かずか?


 とにかく気に入ってくれてよかった。


 昨日とは今朝は食欲がある。一皿あるおかゆを一粒も残さず全て平らげたレギナは、再び横になり天井を見上げていた。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様です。じゃあ片付けますね、あと朝の薬、ちゃんと飲んでくださいね」


「はぁ....わかった....」


 一瞬憂鬱そうな表情をしたかと思うと、布団を退け体を起こす。


「....気持ち悪い....」


「え?」


 嘘、まさか吐くのか?


 突然ぼそりと呟いたレギナの言葉に大慌てで洗面器を探すが、オロオロしている自分の視界の端に映ったのはパジャマに手をかけるレギナの姿だ。


「ん?」


「....汗で気持ち悪い....」


 あぁ....なるほどそういう意味で....


 え、待てよ。


 思考が行動を起こすまで0.01秒かからなかったかもしれない。


 レギナが自分の目の前で上半身裸になる前に、自分はレギナの部屋の扉の前に立っていた。


『....ショウ、体を拭いてくれないか....自分でやるにはキツイ....』


「何言ってるんですか、年頃の男子にそんなことやらせないでくださいっ!」


『....何を今更....風呂で散々私の裸くらい見たろ....気にするな』


「しますっ!」


 弱々しいレギナの声が扉の向こう側から聞こえてくるが、こればっかしは自分の力ではどうしようもできない。確かに、彼女の裸を見るがこれが初めてではないが....それでも、いろいろあったりするわけで。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 とにかく、またお世話になるしかないか。ロザリーの母親を呼びに下へと向かう、こういうことならば自分よりも彼女の方が適任だ。


 しかし、この時。自分が、荒ぶる感情を抑え込んで、彼女と一緒にいればと、後悔するまで、そう時間はなかった。


さて、今回も話がちょっと進みましたが。


明日は京都行ってきます。


状況によっては更新できませんかも。


でも頑張ります。書きます。


では、また明日。

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