第130話 溝の色
炊き出しが始まって、エルフの人々に配られた料理はあっという間になくなっていった。豚汁と、炊き込み御飯はエルフの人たちには好評で、大人から子供まで全員に喜んで食べてもらえた。
「『トンジル』おいしいですね。オミソ? でしたっけ、初めて見たときは本当に食べられるかどうか心配でしたけど」
隣でリーフェが幸せそうな表情をしながら、スプーンで豚汁を食べている。それを見てるとやっぱり、自分の一番よく知るリーフェが頭の中に浮かんできて....でも、やっぱりどんな人でも自分が作った料理を美味しそうに食べてもらえるというのは悪くないような気がした。
自分がそれぞれ炊き出しに集まったエルフたちのお椀に豚汁を盛り付けている隣では、レギナが同じように炊き込み御飯をお椀に盛り付けて渡している。なんだかとても手慣れている感じだ。
「レギナさん、手慣れてますね」
「王都騎士団9番隊は主にこういった災害のあった場所での活動が主な任務だ。私も動くからな、こういうところでは慣れている」
王都騎士団。その言葉にエルフが反応する。そういえば、確かリュイは戦争中でそれで敵対しているのが隣国と王都だったか....
となると....レギナはエルフにとって....
「9番隊って....確か解放軍だったよな....」
「あぁ....確か首都を1日で陥落させたって.....」
「....」
突如、エルフの間で小声で話が広がる。聞こえてくるワードは『解放軍』『首都』『陥落』などなど、あまり良い関連を持たないワードだ。
しばらく黙り込んでいたレギナは、炊き込み御飯のしゃもじを寸胴鍋の中に放り、そばにいたエルフに残りを任せると、洞窟の方へと戻っていった。
「そうか....レギナさん....王都騎士団だったんですね〜」
「リーフェさん、王都騎士団とリュイで何があったんですか?」
「あぁ....ショウさんはわからないんでしたっけ?」
すべての豚汁を配り終え、自分の分を取り終えた後、リーフェの隣に座って話を聞くことにした。
当時、ここから遠くにあるリュイではその王が統制を乱したために国内での反乱が大きく上がった。ただでさえ長命のエルフはその反乱が長く続き、それは30年にも及んだという。当然、王都はそれを放っておくこともなく、騎士団として解放軍を派遣した。そしてその解放軍は30年にも及んだ内戦をたったの1日で終わらせてしまったのだという。そのため首都では復興が行われているのだが、その内戦を終わらせた反面、政権の指揮権をリュイ市民ではなく王都の人間が進めており、また新しい問題が発生しているのだという。
「まぁ何のために国と戦ったのかといえば、市民にも自由な政治をという理由でしたからねぇ....結局王都の人が政治を行うようになっちゃって何にも変わらないどころか余計ひどくなっちゃったんですよ」
「なるほど....」
「それで、エルフの人たちはせっかく助けに来た王都騎士団の人たちのことをちょっと軽蔑したりしてるんですよね....まぁ、わからない話ではないですけど」
リーフェは豚汁と炊き込み御飯を交互に口に運んでいる。自分はといえば、あまり分からない話で頭の中身を整理させていた。地球にいた頃も政治の話だなんて興味なかったし、ましてやこの異世界でそんなことに巻き込まれるとは思っていなかった。やっぱり社会の勉強は大事だ。
とにかく、彼女をあのまま放っておくわけにはいかないだろう。
リーフェの隣を立ち上がり、先ほど自分のもっていた器に豚汁と、炊き込み御飯を盛って行く。
「おかわりですか?」
「いえ、レギナさん何も食べてませんから。ちょっと持っていくだけですよ」
「....やっぱり優しいですね。ショウさんは」
そんなことないですよ。とだけ言って二つのお椀を持ってレギナのいる洞窟の方へと向かう。
自分は優しくなんかない。何せ、こんな時、彼女になんて言葉をかけていいのすらわからないのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「レギナさん」
「どうしたんだ、両手にお椀を持って」
「ご飯食べてないでしょう? ですから、持ってきました」
両手を軽く持ち上げて、あてがわれたベットの上に座っているレギナに向けてアピールをする。すると、レギナは軽くため息をついて、こっちに来いと手招きをしていた。
そばにより、手に持っていたお椀と箸を渡すとしっかりと挨拶をしてレギナは食事を始めた。
「....聞いたのか?」
「はい....まぁ....」
炊き込み御飯を口に入れて、レギナはそんなことを聞いていきた。やっぱり、自分が気にしていることはわかっていたのだろう。ここは隠し通す場所ではないな。しっかりと、正直に話す。
薄暗い洞窟の中で、寝ている患者の他にいるのは自分とレギナのみだ。どうも、この静寂がひどく息苦しく感じる。
「元は政府要人を確保して保護するのが私たちの仕事だった」
レギナがポツリポツリと話を始める。
レギナの言うことには、王都騎士団9番隊は解放軍としてリュイの政府要人を保護するのと、民衆との交渉が主な作戦の任務だった。
これは互いの意見をよりよく交流させ、そして後の新たな政策を打ち出すための機会を生み出すことを目的としていた。
しかしだ。
「民衆側には、特殊部隊があった」
「特殊部隊?」
「あぁ....」
ある日、政府要人らを保護し終え、次の日の交渉を行うための書類の整理をしている時だったそうだ。各部屋で見張りをさせていた9番隊のメンバーが死体で発見された。そして、その部屋の中、すなわち守っていたはずの政府要人も全員死体となって現れた。その時は、魔術師の力を用いて宮殿とも呼べる大きい建物の内部を隈なく探査していたのにもかかわらず起きた出来事だった。
民衆側の攻撃であるということは一目瞭然だった。
そして、それを原因に政府側と民衆側でさらに争いごとが勃発し、事態はさらに悪化したとのことだった。
「今となっても本当にわからないことだらけだ。何せ、魔力探知に一切引っ掛からない暗殺を行ったのだからな。むしろこっちに欲しい人材だ」
「それで....どうなったんですか?」
「そのあとは穏便に話を進めるわけにはいかなくなった。何せ中立の立場であるのだから戦闘に参加するわけにはいかない。それに肝心の中心人物たちが自分たちの守りが浅かったせいで死んだんだ。どうすることもできないだろう」
しかし、そこで王都からの一通の手紙が届いたそうだ。内容は
『民衆の味方をせよ』
たったこれだけだったそうだ。
王都から指令であるのならば騎士団はそれに従って動くしかない。結果、政府の要人がいなくなった宮殿を陥落させるのは時間の問題だったそうだ。結局、王都騎士団は民衆を敵に回し、そして政府も敵に回し、誰からも恨まれてリュイを後にしたそうだ。
「不思議な話さ。民衆と政府を和解させるつもりが、民衆からの攻撃を許し、果ては政府をぶっ潰す手伝いをしたわけだ。笑えるよな」
「レギナさん....」
「しかも、それの指揮を執っていたのは私だ。何が『戦場のコンダクター』だ、私は結局、誰かの指示を受けて動くことしかできない、ただの人形だ。人形のコンダクターだよ」
そういえば、元軍人で今は海賊をやっているレベリオからも似たような話を聞いた。軍人なんていう肩書きは結局は自己満足なんだということに。結局は他人を助けるようにさせられていても、それは依存させているだけなんだということに。
本当の救いというのは誰にもできないものなのだ。
「ショウ、私は....いや、やめておこう。夜も炊き出しを行うのだろう。手伝おう。ごちそうさまでした」
そう言って、レギナはこちらに食べ終わった器を渡して、再び外へと出た。
誰からも恨まれても正義を貫く。だが、正義とは一体何だったのだろう、彼女は王都からの指令だけで動くような人間ではない。しっかりと自分の考えで行動できる人間だ。
彼女にも何かしがらみがあるのだろう、王都に。結局自分には何もできないか。そう思いながら立ち上がり、彼女の後を追う。
さて、今晩の炊き出しは何にしよう。
明日も更新します。
今日はすみません、ちょっと短いですよね。
次回、物語は大きく動く....はずです。




