ノーライフキング
ルディアが帰ってくると学園長から知らせが入ってから早くも3日が経ち、学園の1年生達はゼンツ・ガフェインと一緒に門の前に来ている。今は大体昼頃という時間帯だ。予定通りにルディアが来るとすればそろそろ着く頃合いだろう。その事を分かっている学園生徒達はそわそわとしだしている。そのそわそわとしている子供達の中に人気は目立っている子がいた。
「ルディが帰って来る〜! やった〜! 」
ヴィオラだ。ヴィオラは嬉しそうに両手を広げてクルクルと回る。ヴィオラは学園の生徒では無いのだが、クロエの知らせを聞いて学校を休んでまでも迎えに来たのだ。そんなヴィオラを周りの学園の生徒達は微笑ましく見つめていた。同年代とはいえ、無邪気に喜びを表現するヴィオラに感じるものがあるらしい。
「ふふふ、ご機嫌ね。ヴィオラ。」
「だってルディが帰ってくるんだよ? ルディが! 」
クルクルと周り続けるヴィオラにクロエが話しかけた。クロエに話しかけたられたヴィオラはクルクルと回るのを止め、胸の前に拳を持ってきて興奮気味に鼻をふんすと鳴らす。それを見てクロエは苦笑いを浮かべる。
「分かった、分かったから。落ち着きなさいって。全くもう。」
「ルディア君は他校のこんな可愛い子にも慕われているとは色男だな! ハハハ! 」
クロエとヴィオラのやり取りを見たゼンツが腰に手を当て大声で笑った。このゼンツもどこか上機嫌だ。教え子が久しぶりに帰ってくる事に喜びを覚えている様だ。
しかし、ゼンツの色男という言葉を聞いて微笑ましいやり取りをしていたクロエとヴィオラはピタリと止まり、怪しい雰囲気を醸し出す。
「色男、そう色男ね。一体何人連れて来るのかしらね? フフッ 」
「3人までかな〜ヴィオラが我慢できるのは。それより連れてきたらお母さんに教わったお父さんをいつも叱る時に使っているというゴールデンクラッシャーをおみまいしよっと! 」
「エルザ、ヴィオラのゴールデンクラッシャーがとても不穏な技に聞こえるのは私だけでしょうか? 」
フランはシュッシュッとシャドーボクシングをしているヴィオラを見て冷や汗を流し、隣にいたエルザに問いかけた。それにエルザは1つ頷く。
「安心して、私も同じだから。ふぅ〜みんな心配しすぎなのよ。ルディが女の子を連れて帰ってくるって推測しているのだってクロエ・アークライトのお爺さんの情報だけで判断しているんでしょ? 叙勲式をしに行ったルディがそんな浮ついたことするわけないじゃない。」
やれやれとばかりに腕を組んで首を横に振るエルザ。しかし、その組んでいる腕は微かに震えている。それを見たリザがポツリと呟いた。
「エルザちゃん腕が震えているけど‥‥。」
「しっ! リザそれは言っちゃダメよ。エルザは昨日なんて不安で眠れなかったのを強がっているの。ほら見てみて目の下。」
「‥‥なるほど。分かったよ。」
リザが呟いたのを見たフランは、リザへと詰め寄り口に人差し指を当ててしっと言ってから小声で話し始めた。リザはフランに言われて見たエルザの目の下にある物の意味を理解した様で、フランに視線を戻してなるほどと頷き、腕が震えている事に触れない様にしようと心に決める。このやり取りは残念ながらエルザに聞こえていた様で、エルザはピクピクを眉を動かしている。だがエルザは、何も言わない。いや、言えないのだろう。
そんなやり取りを少し離れていた所で見ていた男の子、ジルコ・ベインが面白くなさそうに小石を蹴っ飛ばした。
「チッ なんで俺がルディアの出迎えなんかに来なきゃいけねぇんだ。どうせハーレム作ってるんだろ? アイツ。」
「「「アァ? 」」」
ジルコの言った言葉を聞いて、クロエ、エルザ、ヴィオラの3名が一斉に鬼の形相で降り返った。ゾワッと鳥肌が立つ様な寒気のするオーラがブワッと吹き荒れる。そのオーラに当てられたのか今の今まで和気藹々と会話をしていた1年生達は冷や汗を流す。
1年生はこの原因を作ったジルコを何言ってるんだジルコ〜!っと恨みがましそうに睨みつける。しかしジルコはどこ吹く風だ。クロエ、エルザ、ヴィオラの3名の寒気のするオーラを浴びながら尚且つ、1年生全員に睨みつけられていると言うのにそこまで余裕な態度をとれるとはさすが入試3位と言ったところか。
そんなジルコが気に入らないのか、オーラを出している3名が更に圧力を増やしているとそんな雰囲気に耐えられなくなったグレイがクロエ達とジルコの間に割っては入る。
「ま、まあまあ、そう言うなって轟魔。公欠扱いで授業をしなくていいし、それにあの女ったらしのお仕置きに参加できるんだからいいだろ? 」
「あ〜それもそうだな。確かに授業が無くなるのは嬉しい限りだ。ルディア様様だぜ。」
ジルコはグレイに言われてそうだな〜っと納得し、腕を頭の後ろに組んで空を見上げた。ふぅ〜なんとかなったかとグレイは冷や汗を拭う。これ以上余計な事を言ってくれるなよ? とグレイはジルコに視線を向けた。するとジルコは空の一点を見て、パチパチとせわしなく瞬きをしていた。
グレイはそれを見て首を傾げる。どうしたのかと。もしかして目にゴミでも入ったかとグレイが思い始めていると、ジルコが口は開いた。
「あ、なんだありゃ? 」
「どうしたんだよ? 」
「あの黒い塊だよ。あ、デカくなった。」
ジルコが指さした方向にグレイは何を言っているんだと呟きながら視線を向ける。するとそこには黒い塊が浮いていた。その黒い塊には今も地面から複数の黒い粒々が浮かび上がり合流して行っている。
それを見たグレイは目を見開き、大声を上げた。
「何だありゃ!? おいみんな! あっちの空を見てみろ! 」
「大きくなってる‥‥。」
「何よあれ! 」
ジルコの叫び声を聞いた1年生達はなんだなんだと次々に空を見上げて、顔に驚愕の表情を貼り付ける。目を見開いて呆然とする者、口に手を当てて信じられないとする者と様々だ。
そんな1年生達の様子に気づいたゼンツが声を掛けた。
「どうしたんだ! 」
「先生あっち! 」
1人の生徒が指さした方向にゼンツは持っていた双眼鏡を取り出して、覗き込む。双眼鏡を覗き込んだゼンツは次第に目を見開いていく。
「なっ!? あれは魔物の死体の山だぞ! アースドラゴンにオーク、ゴブリン、オーガ、ファンクタイガー、どんどん増えて行ってる‥‥おいおい一体どうなってるんだ! 」
どうやらその黒い塊の正体は魔物の死体の山らしい。黒い塊の正体を聞いた1年生達は恐怖に顔が引き攣る。別に魔物の死体の山自体にそこまで恐怖している訳ではない。いや、恐怖の割合の中に入っていることは入っているが本当に恐怖しているのは別の物のだ。この死体の山を生み出している者と、あの日、空を埋め尽くす程の大群で襲ってきた魔物達へのトラウマ。
次々と追加されていく魔物の死体から見るに、死体の山を生み出している者は魔物など紙屑の様に屠っている事が伺える。その魔物の中にアースドラゴンや、オーガなどの凶悪なモンスターが入っている事も恐怖を更に後押ししているのだろう。そして、空に浮かんでいる例え死んでいるとはいえ魔物の姿を見て5ヶ月前に起きた惨劇の記憶が蘇る。あの時はルディアがいたから助かったものの本来であれば全滅していたのだ、無理はない。
「先生! 」
パニックに陥る、という寸前で1人の生徒が透き通る様な声を上げた。クロエだ。クロエも死体の山を見て目を見開いていたがいち早く立ち直り、まわりのパニックに陥りそうな状況にこれはいけないと声を上げたのだ。
そのクロエの機転のきいた行動に一先ずは冷静を取り戻す1年生達。それを見たクロエはゼンツへと視線を向けた。
「先生これはもしかしたら魔族の仕業なのでは? 本で見たことがありますが魔族の中には死体を操る個体もいるそうです。今その兵隊を集めているとしたら‥‥。」
「これはまずいことになって来たぞ。仲間をやられた腹いせか? いや時期が離れすぎている。なら‥‥ええい! 今そんな事を考えている暇はない! ルディア君が帰ってくるというこんな日に迷惑な事だ! 」
ゼンツはクロエの話を聞いて手に持っていた双眼鏡を地面に叩きつけた。ゼンツ自身もその話は知っているのだ。ノーライフキング。死の王と呼ばれる最上位魔族だ。あの死体の山を生み出しているのがもしノーライフキングなら学園都市に襲来した魔族よりも確実に格上の相手。今度こそ学園都市が滅ぼされるかもしれない。
「全員、門の中に入れ! 私は駐屯所と冒険者ギルドに行かねばならん! 」
ゼンツはこうしている場合ではないと、声を張り上げ門へと走っていくが途中で立ち止まって勢い良く振り返った。何故なら1年生達が動こうとしないからだ。それを見たゼンツは苛立たしげに声を荒らげる。
「おい! どうした早くしろ! 」
すると早くしろと促された1年生達を代表する様にクロエが振り返った。
「先生。冒険者達や、警備隊、騎士が来るまで誰かがあそこに行って食い止めないといけない、違いますか? 」
「それはそうだが、まさかお前ら!? 」
腰に差している剣に手を当てて微笑むクロエを見て何をするつもりなのか気づいたゼンツは苛立ちの表情に焦りを滲ませる。そんなゼンツを見てクロエは胸に手を当てて不敵に笑い、それに合わせる様に他の1年生達も各々持っている武器に手を当てて顔に好戦的な表情を浮かべる。
「安心して下さい。私たちは学園都市最高峰の学園の生徒ですよ? そうそうやられる事なんて有りませんし、今この一刻を争う状況で誰が適任だと言うんですか。」
「ハハッ!、腕がなるぜ。いい経験値稼ぎになりそうだ。」
「ここで一気に強くなってやるわ! 」
「それに今日はルディが帰ってくる日です。あの人ならきっと駆けつけてくれますよ。」
「そうだ。あいつは女ったらしだが、決めるところはきっちり決めるからな。必ず現れる、そんな奴なんだ。もうトラブル=ルディアって言っていいほどに、な。」
「もう、お兄ちゃん。でも確かにそうだね〜。フフ、そう考えたら全然怖く無くなってきたよ。」
「そ、そう言う問題ではない! 君たちはまだ1年生だ! 教師である私が置いていける訳など‥‥」
1年生達の意気込みを聞いたゼンツがそれでもダメだ! っと言った言葉は最後まで紡がれることはなかった。死体の山が浮いている方向がピカッと光ったと思ったら轟音が鳴り響いたからだ。
ズドォォォォォン!!
それを見たゼンツは目をギュッと閉じてから、クワッと目を見開いた。
「クソ! 30名だ! 第2回実力テストで上位30名の生徒のみ行く事を許す! それ以外は足手纏いになるだけだ! 私と手分けして方々を回ってもらうぞ! 」
「「「はい! 」」」
ゼンツの苦渋の決断が分かっているのか1年生達は素直に従って、その上位30名以外はゼンツの周りに集まる。自分の周りに集まった生徒達を見て頷いたゼンツは号令を出す。
「行くぞ! 」
ゼンツは大声で返事をした生徒達を引き連れて門の方へと走って向かっていった。ふぅとそれを見送ったクロエは息を吐き、もうもうと煙を上げている死体の山へと視線を向ける。
「さて、行くとしましょうか。」
「うん! 」
クロエの言葉に元気良く女の子が頷いた。その声を聞いたこの場に残った上位30名は一斉に間の抜けた声を出し、声を上げた女の子へと振り返る。
「「「は? 」」」
「ちょ、ちょっとヴィオラ! どうして貴方がまだここに居るの!? ゼンツ先生と一緒に門の中に入ったんじゃなかったの!? 」
エルザはその女の子、ヴィオラの肩に掴みかかる。どうやらヴィオラはゼンツ達と一緒に門の中に入って行ったと思っていた様だ。
エルザのその問いかけにヴィオラは首を横に振る。
「入ってないよ。」
「何考えてんのよ! 今すぐ入りなさい! 学園の生徒じゃない貴方が来ても危ないだけよ! 」
ヴィオラのなんとも緊張感のない表情を見てエルザは肩を掴んでいる手に力を込めて声を荒らげるが、ヴィオラは自分の肩を掴んでいるエルザの手を力尽く、そう力尽くで退けて真剣な表情を作った。
「ヴィオラね、ルディが魔族と戦って倒れたあの日から決めたの。ただ守られるだけの女の子のままじゃダメだって。だからシンシアさんに特訓して貰って強くなった! だから私も連れてって! ルディが帰ってくるこの場所を守りたいの! 」
「だからって‥‥」
エルザは手を掴まれても尚、ヴィオラを説得しようとするが肩に手を置かれて遮られた。
「クロエ・アークライト‥‥。」
エルザはクロエが首を横に振っているのを見て、ふぅーっと息を吐く。どうやらエルザはヴィオラを説得するのを諦めたらしい。
それを見たクロエはエルザの肩から手を離してヴィオラへと目を向けた。
「分かったわ、ヴィオラ。でもついて来られないようなら置いていくからね。」
「分かった! 」
ヴィオラは厳しいとも言えるクロエの言葉に、なんの気負いも無く答える。クロエは分かっているのかしらねこの子と呟いてから腰に差している剣を引き抜いて、掲げた。
「じゃあ、行くわよ! 」
「「「おう! 」」」
上位30名達はクロエの号令に勇ましく答える。その幼くとも勇ましい声はどこまでも響き渡る様だった。




